02「地下に刻まれた狂信の紋章―①」
地下水道の暗い通路を進むたびに、湿った空気が防護マスク越しに染み込むような感覚が増していく。僕たちは一列になり、師匠を先頭にして進行を続けていた。周囲には散発的に魔物が現れるものの、今のところ深刻な戦闘には至っていない。
けれど、僕の胸の中にある不安は、魔物よりもずっと重くのしかかっていた。中継基地局での戦闘が脳裏をよぎるたびに、あの時の自分の未熟さが頭を離れない。
――あの戦闘で、僕は何ができたんだ?
自問が胸の中で渦巻く。僕はただ必死に動いていただけで、周りの足を引っ張らなかったか……そんな考えがどうしても頭をよぎる。
「……アクセルさん?」
エイダさんの声が耳に届く。振り返ると、彼女が心配そうな顔をして僕を見上げていた。
「え、何かあった?」
「いいえ。ただ、少し疲れているように見えたので……」
気遣うような声に、僕は苦笑を浮かべて首を横に振る。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけだから」
本当は大丈夫じゃない。けれど、こんな場所で弱音を吐いている場合じゃない。彼女は少しだけ不満そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
そんなやり取りをしている間にも、師匠は先頭で歩みを進めている。義手を軽く鳴らす音が、湿った空気の中に小さく響いていた。
「まるで失敗したとでも思っている顔だな」
不意に師匠が振り返り、冷静な声で言った。僕が目を丸くして顔を上げると、彼女の目は鋭く僕を見据えている。
「……見透かされてますね」
「当然だろ。私を誰だと思ってるんだ――キミの師匠なんだぞ?」
その言葉に、僕は何も言い返せなかった。ただ俯く僕に構わず、彼女は続ける。
「キミがあの場で敵の注意を引いていなければ、私は十分な準備を整えられなかった。結果を出せたのは、キミの行動があったからだ」
「……でも、僕ひとりじゃ何もできなかった。結局、師匠が全部決めたじゃないですか」
自分でも驚くほど弱々しい声が出る。けれど、師匠は笑うことも怒ることもなく、ただ短く息を吐いた。
「それで十分だろう。キミの役割は、自分の限界を超えることではない。“役割を果たす”ことだ」
彼女の言葉が静かに胸に刺さる。
その時、不意にエイダさんが勢いよく言葉を挟んだ。
「そうですよ、アクセルさん! 役割なんて、それぞれ違うものなんですから!」
「エイダさん……」
「私はポンコツホムンクルスですけど、それでもアクセルさんのサポートには自信があります。変態っぽいですけど、頼れるパートナーです!」
「褒めてるのか馬鹿にしてるのか、どっちだよ……」
苦笑混じりに返すと、彼女は満足そうに笑った。その表情に、少しだけ心の重さが和らぐ気がした。
その後も進行を続ける中で、師匠がふいに歩みを止め、振り返る。
「さて、ここまで来た。改めて確認しておくぞ」
その声に、僕たちは緊張感を持って耳を傾ける。
「この任務の最終目標は、“地下水道の異常事態を解消する”ことだ。そのためには、魔物の増加原因を突き止める必要がある。現時点での情報から見て、地下水道都市を経由する必要があるのは間違いない」
「師匠、その“増加原因”って一体何なんですか?」
僕が問うと、師匠は少しだけ表情を険しくし、言葉を選ぶように答える。
「現時点では分からない。だが、おそらく人工的な要因が絡んでいる……フェンリル教の存在がな」
「フェンリル教……?」
その名前を聞いて、エイダさんが眉をひそめる。僕もその名に聞き覚えがあった。アンクルシティの地下社会で囁かれる狂信的な組織。それが、今回の異常事態と関係しているというのだろうか。
「おそらく、この奥で答えが見つかる。進行を続けるぞ」
師匠の一言で、僕たちは再び闇の中へと足を踏み入れた。




