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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第2章 青少年期 非正規雇用編

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09「機匣銃アビス」


 湿り気のある空気と鉄臭い匂いが、地下水道の奥へ進むたびに濃くなる。

 暗闇を切り裂くのは、僕が放った偵察用の機甲手首(ハンズマン)が壁や天井を這いながら発する微かな光だけだった。


「……ここ、本当にヤバいですね」


 エイダさんが小声で呟く。

 ホログラムには、まるで蜘蛛の巣のように入り組んだ迷路が浮かび上がっていた。


「ここまで入り組んでるとはな……」


 僕も苦笑いしながらアームウォーマーの画面を操作する。

 その時だった――ホログラムに映る手首型ボットの1つが、突如として動きを止めた。


「止まった? どうしたんですか?」


 エイダさんが不安げに覗き込む。


「……信号が帰ってこない。もしかしたら破壊されたのかも」


 僕が静かに呟くと、背後からジャックオー師匠の声が響いた。


「何かいるな」


 彼女の目はホログラムに映る異常を捉えている。


「アクセル、エイダ。ここからは私が先頭に立つ。私の武器を寄越せ」


 師匠は冷静そのものだったが、防護マスクには水面に反射した光のような鋭い輝きが宿っていた。

 僕は背負っていた棺桶型の変形機構式機械鞄を差し出す。彼女はそれを受け取ると、棺桶に備わったボタンを押し込み、変形機構を起動させた。


 棺桶の表面に張り付いていた金属パーツが滑らかに展開し、内部の機構が次々と可動する。音を立てて変形を続けるその光景は、あたかも鏡を砕きながら新たな形を組み上げていくようだった。


 やがて姿を現したのは、彼女専用の大口径機関銃――機匣銃(アビス)

 銃身は黒光りし、まるで深海に潜む闇をそのまま具現化したかのようだ。蒸気を噴き上げ、圧縮されたエネルギーが解放される音が響く。師匠はその重厚な銃を片手で軽々と構え、冷ややかに笑った。


「……誰が相手であろうと、鏡に映る現実の姿を見せてやるだけだ」


 彼女の言葉が風に溶けた瞬間、空気が張り詰め、辺り一面に薄い水膜のような光が揺らめく。それはまるで、これから始まる戦いを暗示する鏡面の幕のように見えた。


「師匠、一人で先行するんですか?」

「部下を守るのが上司だからな、当たり前だろう。キミたちを危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 その言葉に、僕は言葉を失った。ジャックオー師匠の背中が、この地下水道の暗闇の中でどこか頼もしく見える。


 水音だけが響く中、ジャックオー師匠が一歩、また一歩と進む。

 僕たちは数メートル後方で慎重にその背中を見守っていたが突然、空気が一変した。


「出てくるぞ!」


 師匠の声と同時に、何か巨大なものが水面から飛び出した。


「な、何だあれ!?」


 暗闇から現れたそれは、体毛のない巨大な犬のような形をしていた。だが、目は無く、歯が異様に長い。

 口からは腐った水が滴り、体全体から異臭が漂う。


「魔物だな」


 師匠は淡々と呟くと、瞬時に機匣銃(アビス)を構えた。


 轟音とともにエネルギー弾が発射され、魔物の頭部が吹き飛んだ。

 続けざまにもう一発、今度は胴体を撃ち抜く。

 体液を撒き散らしながら崩れ落ちる魔物。その師匠の動きはもう止まることはなかった。


「……一発で仕留めるなんて」


 僕は思わず息を呑む。


「こっちにも来ています!」


 エイダさんの声に振り向くと、別の魔物が音もなく壁を這ってこちらに迫ってきていた。

 だが――。


 ズガァン!


 僕が敵の位置の把握に手間取っていた次の瞬間、師匠の機匣銃(アビス)が魔物の胸部を撃ち抜いていた。


「ちゃんと両目を開けておけ。少しばかり数が多いぞ……」


 彼女の言葉通り、次々と現れる魔物たち。


 その危機的状況に陥っているのにもかかわらず師匠は怯まない。

 彼女の意思に応えるようにエネルギー弾を放つ機匣銃(アビス)。絶え間なく現れる魔物は光に捉えられた瞬間、薄暗い空間にその姿を露わにするよりも早く肉片に姿を変え、跡形もなく消し飛んでいく。

 

 その精密な射撃は驚異的だった。狙った部位を確実に撃ち抜き、魔物を瞬時に無力化していく。


「すごい……」


 僕もエイダさんも、ただその戦いぶりに目を奪われていた。



◆◆◆



 気づけば、辺りには魔物の死骸だけが転がっていた。

 師匠は機匣銃(アビス)の排気口から熱気を吐き出し、冷却を始めている。


「これで、ひとまず安全だな」


 そう言って彼女は僕たちの方を振り返った。


「さすが、師匠……」


 僕が思わず呟くと、師匠は少しだけ照れたように笑った。


「当たり前だ。私はこれでも五番街の掌握者を任されているからね」


 その言葉には、確かな自信と誇りが込められていた。


「でも……なんだかおかしいですね」


 エイダさんが不安げに呟く。


「おかしい?」


 僕が聞き返すと、彼女は魔物の死骸を指さした。


「この魔物たち、どこか“作られた”ような感じがします……」


 エイダさんのその言葉に、師匠の声色が一変した。


「詳しく聞かせてくれ」

「この体の構造、普通の動物が突然変異でこうなるとは思えません。誰かが……錬金術や他の方法で意図的に作り出した可能性が高いです」


 その分析に僕も息を飲んだ。さらに、彼女は続ける。


「肉塊を調べたところ、魔物の“魔力核”が複数確認されました。本来、核は1つしか存在しないはずです。これが自然発生の魔物でない証拠かと……」


 まさか、人の手で生み出された魔物……?

 思わず師匠を見たが、その表情は読めなかった。


「……もしそれが本当なら、この地下水道はただの魔物の巣窟じゃないってことか」


 師匠が低い声で呟く。

 その時、僕たちの耳に、遠くから誰かの叫び声と共に不気味な鳴き声が響いた。


「まだ来る……!」


 師匠が機匣銃(アビス)を再び構えた。


「アクセル、機匣銃(アビス)の冷却が済むまで時間が掛かりそうだ。私のサポートをしなさい」

「バックアップですね……分かりました!」

 

 呼吸を整えてアームウォーマーを再起動すると、彼女が再び銃を構える。その姿に続きながら、僕はこの先に待ち受ける“本当の敵”の存在を確信していた。

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