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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第2章 青少年期 非正規雇用編

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07「水路に咲く絶望」


 スラム街の外れにあるスクラップ小屋の前で、僕はイエローキャブを停めた。エンジン音が止むと同時に、ギィ、と小屋の扉が軋んで開く。


 そこから飛び出してきたのは、小柄なケモ耳の少女――リベットだ。彼女は純粋無垢な笑顔を浮かべながら、僕のところへ駆け寄ってきた。


「ねえアクセルくん! ちゃんと約束守ってくれたんだね!」

「ああ……約束?」


 頭の中で記憶を掘り起こすが、最近は依頼続きでバタバタしていたせいか、すっかり忘れてしまっている。


「もう、ひどいなぁ。仕事が休みの時に遊びに来てくれるって言ったのに!」

「ああ、そういえば……そんなこと言ったかもしれない」


 やばい、完全に忘れていた。けれど、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、怒る気にもなれない。

 リベットは僕のお腹に顔をすり寄せ、両手を回して抱きついてきた。


「ねえ見て! 約束通り、ゴミ……じゃなくて、お花をいっぱい作ったんだよ!」

「お花?」


 彼女が小屋に戻り、何かを抱えてくる。手にしていたのは――鉄屑や歯車を組み合わせ、中心に青く輝く浄化石をあしらえた“造花”だった。


「大きいのと小さいのを合わせて百五十本!」

「百五十本……!?」


 思わず絶句する。確かに「作ったら全部買う」と言ってしまった覚えはあるが――。


「小銅貨一枚が百五十本だから、合計……あー、なんてこった」

「ふふっ、アクセルくん、嬉しそう!」

「ま、まあね……」


 健気なリベットの笑顔に、苦笑いを浮かべつつ造花を一本手に取る。浄化石が柔らかく光を放ち、なんとも言えない温かみを感じた。


「これは……綺麗だな」

「でしょ?これは特別!アクセルくんにあげるんだ!」

「ありがとう、リベットちゃん」


 一瞬、仕事のことを忘れてしまいそうになるが、今日の目的は遊びではない。


「リベットちゃん、今日は遊びに来たんじゃなくて、仕事なんだ。魔物の討伐依頼でここに来たんだよ」

「えっ、魔物……?」


 リベットの顔が曇る。彼女は遠くの方に指を差した。


「もしかして、下水道の入り口にいる人たちと一緒の仕事?」


 指差す方向を見ると、治安維持部隊の兵士たちや蒸気機甲骸(スチームボット)、獣型の偵察ボットが待機していた。さらに遠くには、装備を整えた他の武力組織らしき集団も見える。


「師匠、あれは?」

「私たちと同じくダストから依頼を受けた連中さ。治安維持部隊、そして“民間武力組織”も加わっている」


「民間武力組織……また頭のネジがぶっ飛んだ人たちもいそうですね」

「そういう連中だよ。下手に関わればトラブルになるだろうが、こちらは淡々と仕事をこなせばいい」


 そう言うと、ジャックオー師匠はキャンプ地へと向かっていった。



◆◆◆



 僕はリベットの頭を撫で、小屋に戻っていく彼女を見送ると、イエローキャブのトランクを開ける。隣ではエイダさんがじっとこちらを見つめていた。


「何?」

「アクセルさんって、幼女にまで顔が広いんですね」


「リベットちゃんは純粋無垢な少女だぞ。変なこと言うなよ」

「へえ……もしかしてケーキを使って“釣り”を?」

「そんなことするわけないだろ!」


 冷めた目で見つめてくるエイダさんに、僕は思わず肩をすくめる。


「まあいいです。変態さん、今日の装備は大丈夫なんですか?」

「お前な……変態呼びはやめろって」


 気を取り直し、トランクから討伐用の装備を取り出す。


「今回の任務は、魔物の巣窟と化した地下水道都市への討伐だ。装備品と武器、そして野営の道具が必須になる。ほら、これを持って」


 僕は3つのバックパックを取り出し、そのうちの1つをエイダさんに渡す。


「何が入ってるんですか?」

「生き延びるために必要なもの――焦土石、浄化石、錬成鉱石。それから魔物の弱点である紫外線照射装置や特殊な錬成水だ」


「……私、荷物持ち担当ですからね。ジャックオー先生の分も私に運ばせるんですか?」

「頼んだよ。キミは伝説のホムンクルスなんだろ?」


 自信たっぷりに胸を張るエイダさんだが、なぜか盛大なフラグに思えてならない。


「おい、準備はできたか?」


 いつの間にか戻ってきたジャックオー師匠が、腰のホルダーから蒸気機関銃を引き抜きながら声をかけてきた。カボチャ型の防護マスクが威圧感を放つ。


「はい、準備完了です」

「なら行くぞ。これから先は気を抜くな。地下水道は、ただの魔物狩りの現場じゃない――“何か”が蠢いている」


 師匠の言葉に、エイダさんの表情が硬くなる。


「……アクセルさん、本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫。僕たちならやれるさ」


 どこまで本当かわからないが、そう答えた僕自身に、少しだけ不安が残る。

 地表から吹き込む風が冷たく、遠くで聞こえる金属音が、これから待ち受ける絶望を告げているようだった。

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