02「黄昏の鉄空と小さな誓い」
浮遊型蒸気自動車――イエローキャブが低い唸りを上げ、車輪が格納されると同時に浮遊装置が展開される。
キャブの車体がゆっくりと地面を離れ、五番街の泥まみれの路地から、じわじわと空へと昇っていった。
僕は焚き口に視線を向け、腰のダンプポーチから燃焼効率の良い錬成鉱石を取り出す。
手の中で転がした鉱石を投げ込むと、ジェットエンジンが轟音を立て、超圧縮された蒸気を勢いよく吐き出した。
地上を見下ろすと、リベットがぽつんと立っている。煤煙に曇った灯りの下、彼女の手が小さく揺れた。
「それじゃあ、リベットちゃん。また今度な!」
「……うん」
寂しげに伏せたままの瞳に、胸がチクリと痛む。
思わず窓から顔を出し、キャブの速度を落として声をかけた。
「なあ、リベット。次の配達でまた来るまでに、あの造花をたくさん作ってくれないか?」
「えっと……さっきの、あのゴミみたいなやつ?」
「違うよ。ゴミなんかじゃない。すごく素敵な花だと思う。ぜんぶ買うから、いっぱい作っておいてくれ!」
「……ほんとに?」
驚いたように目を丸くしたあと、リベットはぱっと笑顔を咲かせた。
「分かった! 絶対いっぱい作るね!」
彼女の声が煤けた空気の中を明るく突き抜けた。僕は安心したように微笑み、手を振り返してからゴーグルを装着する。マスクを整え、ハンドルを握る手に力を込めた。
「さて、戻るか……」
イエローキャブはスラムの低空を滑るように走り出した。
アンクルシティ。地下に広がるこの巨大都市は、壱番街から五番街までが層のように積み重なる世界。
だが、その中心部でさえ、貧富の差はどこまでも残酷だった。僕の働く便利屋ハンドマンは五番街の中心地にあるが、近年、スラムの影がじわじわと浸食してきている。
ガス灯の淡い光がオレンジ色に揺れる通りを、キャブを浮かせながら進む。
街全体が眠りにつこうとしているのに、遠くからは工場の音が途切れることなく響いてくる。
信号の前でキャブを停め、自動運転に切り替える。しばらくぼんやりと前方を眺めていた。
(……またリベットに、無理をさせたかな)
そんなことを考えていたら、背後からクラクションがけたたましく鳴った。
「おい! 信号が青だぞ!」
振り返ると、運転席から男が窓越しに怒鳴ってくる。
「あっ、すみません!」
慌ててロックを解除し、キャブを発進させた。アクセルを踏み込むと、後続車のヘッドライトがじりじりと迫ってくる。
「……ちょっと寄り道していくか」
視線を上げると、遠くに廃ダムが黒い影となって浮かび上がっていた。
廃ダム跡地への道は、普段ほとんど車の通らない静かな場所だ。
ネオンがちらつくハーレイ大通りを抜け、レンガ造りの建物の間をキャブはすり抜けていく。
煙突から絶えず煤煙が上がり、街の空気はどこまでも重い。人々はその中で、鎧戸を閉じ、フィルターを取り付けながら暮らしている。
僕はキャブをゆっくりと高度を上げながら、ダム跡地へ向かっていった。
「やっと着いたけど……蒸気機甲骸なんてどこにも見当たらないな」
この場所には旧世代の機械群が眠る施設が数多く残されているが、ダムとしての役割はすでに終わっている。浄化石の普及によって、人々はここを忘れ去った。
ダム施設の傍にキャブを停め、荷台から焦土石と浄化石が入った一斗缶を持ち上げる。僕は施設の屋上へと向かった。