05「光無き水路の戦場」
それから数日が経った。
改造蒸気機関義手の製作は終わり、師匠――ジャックオーの新しい義手はその動作確認を経て、ほぼ完全な形に仕上がっていた。
「悪くない出来だな。特にこの軽さは素晴らしい」
師匠は、軽くなった蒸気機関義手を動かしながら満足げに頷いている。
新しい義手は蒸気機関銃への変形こそできないが、軽量化と耐久性を重視した設計になっており、これまでのどんな義手よりも扱いやすい仕上がりだ。
「師匠、義手の調整はもう大丈夫そうですか?」
「絶好調だよ。ただ、これだけ軽いと感覚が少し違ってくるな。慣れるまでは時間がかかりそうだ」
彼女は軽く肩を回しながら、感触を確かめている。
義手を作り直す手間はかかったが、その甲斐あって師匠の戦闘能力はほぼ完全に回復しただろう。
「ふむ、これなら地下水道の討伐依頼にも問題なく対応できるな」
師匠の言葉に、僕は一瞬耳を疑った。
「え、地下水道って、あの依頼のことですよね。魔物の討伐って話でしたけど……そんなに危険なんですか?」
師匠は少し表情を曇らせ、腕を組んだ。
「アクセル、お前は魔物と魔獣化した人間の違いを理解しているか?」
「……魔物は元々この世界にいる危険生物で、魔獣化した人間は、何らかの理由で変異した人間……ですよね?」
僕の答えに、師匠は小さく頷いた。
「その通りだ。そして今回討伐するのは後者、魔獣化した人間だ。普通の魔物と違って、元々人間だった奴らだと割り切るのは難しい。覚悟しておけ」
僕は無意識に拳を握りしめた。
魔獣化した人間――その存在は、僕にとっても割り切るには重すぎるものだ。
「師匠、その……魔獣化した人間って、一体どうしてそんなことになるんでしょう?」
「はっきりした原因はわからない。だが、アンクルシティで進行中の住民失踪事件とも何らかの関連があると言われている」
「住民失踪事件……確か最近頻繁に話題になっていますよね」
「そうだ。五番街でも四番街でも起きている事件だ。失踪した住民の一部が地下水道で発見されることがあるが、その多くはすでに“人間ではなくなっている”状態だった」
師匠の言葉には、隠しきれない重みがあった。
彼女はこれまでにもこうした依頼を数多く引き受けてきたのだろう。その中で、数え切れないほどの変わり果てた住民と向き合ってきたのだ。
「……僕は、覚悟できていると思います。でも、いざその場に立ったらどうなるか……自信はないです」
僕がそう正直に告げると、師匠は静かに微笑んだ。
「それでいいさ。無理に割り切る必要はない。ただ、目の前で危険な存在になった相手を放置することだけは許されない。それが便利屋ハンドマンの仕事だ」
「……わかりました」
僕の返答を聞いて、師匠は立ち上がり、軽く背伸びをした。
「よし、準備を整えろ。地下水道での討伐は今日中に片付けるぞ」
「その義手は純粋な蒸気機関義手です。蒸気機関銃への変形はできませんが、軽量化と耐久性に優れています。上級の魔物相手でも壊れることはまずありませんよ」
そう説明を残し、僕は一階に続く階段を降りた。
◆◆◆
カウンター席にはエイダさんがいた。店内の掃除を終えたのだろう、彼女はレーションを材料にしたケーキを作っていた。
「掃除、お疲れさま」
「アクセルさん!ケーキを作ってみたんです。味見、してみませんか?」
差し出されたケーキを一口食べると、想像以上に柔らかくて美味しい。
「うん、美味しい。これならスラムの子供たちも喜ぶよ」
「そんなに褒めても、何も出ませんよ? 私の体は絶対に分解させませんからね!」
エイダさんは手のひらで胸を隠し、冗談めかして言う。――このポンコツホムンクルスめ。一言多いんだよな。
「安心しなよ。僕が本気を出せば、いつだって分解できるから」
「えっ、『分解しなくてはいられない性癖の持ち主』ですか? 貴方、スタンド使いだったんですか?」
まったく……冗談が通じないのもこの子の特徴だ。
それから彼女はカウンターへ身を乗り出すと、何か書き物を始める。
近づいて覗き込むと、彼女は錬金術のメモを取っているようだった。
「何を書いてるんだ?」
「次回、レーションで何か新しい料理を作る時の案です。魔術を使った調理方法を考えついて……」
彼女の手元に視線を落とすと、細かい計算式や錬成術式の記号がびっしりと書き込まれている。
「料理のメモにしては妙に本格的だな」
「実験失敗の確率を下げるためです! 失敗すると、またアクセルさんに呆れられますから……」
その言葉に思わず笑ってしまった。
「いや、僕はただ、まともな食事が取れればそれでいいんだ。次の実験、期待してるよ」
「……本当ですか? 絶対に文句を言わないでくださいね!」
エイダさんは嬉しそうに笑っていた。
車庫に通じる扉を開けると、そこにはすでに師匠が待機していた。彼女の蒸気機関義手は、いつでも戦闘に対応できるようにしっかりと調整されている。
「師匠、地下水道ではどんな状況になりそうですか?」
「油断するなよ。地下は暗くて視界が悪い上に、足場も不安定だ。そして、相手は元人間だ。いざとなれば迷わず殺せ。相手が人間だった頃の姿を考えるな」
師匠の言葉が、地下水道の不気味さを物語っていた。
僕は蒸気自動車のエンジンをかけながら、覚悟を新たにする。
「絶対に……生きて帰りましょう」
「当然だ。私たちに死なれて困る依頼人がいるからな」
車庫のシャッターを開け、蒸気自動車はゆっくりと闇の中へ進み始めた。




