泡影篇 - 金の泡「無謬の天秤」
血鉄の匂いが泡の膜を内側から腐蝕していく。視界が滲んでいくのだ。呼吸すら泡に閉じ込められたかのような錯覚に襲われ一瞬、自分が“過去”ではなく“記録そのもの”に成り果てていく感覚に陥った。
それは回顧でなければ感傷でもない――私という自己を定める同一性の構造が、周囲の“泡界の構成物”として書き換えられていく変化の動きそのもの。そして膜が軋みを上げて歪んでいき、ひとつの泡が崩壊する。その胸元から飛び出した記録は、ゆっくりと再現の兆しを見せ始めていた。
過去の記憶で美化していい受難ではない泡。
これは、須らく救われるべきだった“呪いそのもの”だ。
『お母さん、僕はえらいよ』
『彼らは穢れを奉納した』
『私は彼らにとって最低限の損失でしかない』
泡の外か中なのか――それさえ曖昧になる声が染み込むように響き、自己の輪郭が剥がれ落ちていく。そして私に似たものが泡から這い出し、しかし確実に“私ではない”ものとして立ち上がった。
「リュミエル。あれは、かつての私が演じた地獄で途絶えた誰かよ」
記録と再現、演技と命名――そして拒絶。感情という人間の爛れが瞬く間に風化し、皮膜のように記憶が剥がれ落ちる。
「あなたに泡を提示するわ。これらは、私が記録した“地獄”よ」
「……どういう意味?」
「どれが最初だったのかは、自己の縁取りを失った私には断定できない。けれど、あなたが選ぶことで、これからの“私”という構造が再定義されていくのだと思うの」
穢れのない純白の魔導王が、差し出された宙を舞う泡のひとつに視線を送った。
その輝かしい黄金に煌めく泡は硝煙と土埃に塗れた色をしており、微かに焦げ付いた肉の匂いを放ち続けていた。彼女の指先が膜に触れる――ほんの僅かな躊躇いを孕んだ動作だったはずなのに、次の瞬間には泡が爆発音のように脈打ち――外殻が弾けた。
そして“彼女たち”を定義していた輪郭が、界そのものに溶け出す。
『……これでブリーフィングを終了する。全員配置につけ!』
リュミエルの睫毛が微かに震えた。その声がどこから届いたものか、あるいはどこから再現されたものか――境界を喪った彼女には、もはや判別できなかったのかもしれない。
その声は脳髄の奥深くで直接響いたかのように明瞭だった。視界を覆っていたバイザーのデータシートが、瞬時に鮮やかな夜の光景へと切り替わる。湿り気を帯びた空気と都市の死の匂い――鼻腔をくすぐる廃墟と化した街の片隅、地下通路の奥深く。私たちB国陸軍「ファントム」特殊作戦部隊は今、作戦の最終準備に入っていた。
軽く首を巡らせる。右手に控えるのは小隊の斥候であり、冷静な判断力を持つビショップ伍長だ。彼の顔には夜闇に溶け込む迷彩が施され、その瞳だけが暗視ゴーグルの微かな光を反射している。
「ビショップ、ルートは最終確認済みか?」
私の問いに、ビショップは無言で親指を立てる。その仕草だけで十分だった。彼の用意周到さを、私はこれまで何度も信頼してきた。
「クラックヘッド、ドローンはいつでも展開可能か?」
左手には小隊の火力であり、電子戦のスペシャリストでもあるクラックヘッド特務兵が、自身の背丈ほどもある重火器を慣れた手つきで最終チェックしていた。彼の口元には、いつもの皮肉めいた笑みが張り付いているが、その目は相も変わらず任務への真剣さを物語っている。
「へいへい、イヴァンカ少尉サマのご命令とあらば、このポンコツどもも死ぬ気で飛びますよ」
肉めいた口調だが、彼の指先はドローン制御端末の上で滑るように正確に動いている。私もそれに軽く笑みを返し、足元で静かに待機する随伴ドローンたち――斥候型のハウンドと、小型攻撃型のスティング――に視線を走らせた。彼らはB国が誇る最新のAIドローンであり、今日この作戦で彼らがどんな働きを見せるかが、今後のA国との戦局を大きく左右するだろう。
作戦はシンプルかつ困難を極めるものだった。
A国軍は戦線の奥深くへと物資を輸送するため、かつての民間人居住区を転用した『幽霊通路』と呼ばれる廃墟の都市部を使用している。この通路は広範囲にわたる地雷原と、ドローンでは検知できない新型の3Dプリント地雷、さらには日常品に偽装された即席爆発装置が多数仕掛けられた、まさに死の回廊だ。
「……この通路に足を踏み入れたB国の過去の人型兵士は、多くが二度と生きて帰れなかった」
私たちの任務は『幽霊通路』を突破し、A国軍の補給ルートに関する具体的な情報を収集すること――そしてA国が運用する人型AI兵士と獣型ドローン、飛行ドローンの性能と戦術、その弱点に関する実戦データを持ち帰ることだ。特にA国軍の最新のAI兵器が、この困難な通路をどのように突破しようとしているのか――その動向を探ることが極めて重要だった。
ふと、ブリーフィング中に脳裏をよぎった司令部の言葉が蘇る。
『今回の任務は、B国唯一の人型地上兵部隊である貴官らにしか成し得ない。その人間的な直感と適応能力こそが、AIでは突破できない領域を切り開く鍵となる』
そう、私たちがB国唯一の「人間」としての突破口を開くのだ。
冷たい地下の空気が肌を撫でる。緊張感は最高潮に達していたが、不思議と恐怖はなかった。ただ、この身に与えられた任務を完遂するという、純粋な使命感が全身を支配している。
「よし」
私は静かにそう呟き、仲間に視線を送った。ビショップが短く頷き、クラックヘッドが重火器を背負い直す。随伴ドローンたちが、低い唸り声を上げて前進の準備を整える。
「作戦開始だ。『幽霊通路』へ突入する」
地下通路の淀んだ空気を切り裂くように私たちは静かに、しかし確実に前進した。ビショップが僅かに先行し、その暗視ゴーグルが壁の微かな窪みや、床に散らばる瓦礫の陰に潜む警戒センサーを捉えるたび、彼は手信号で正確な情報を送ってくる。クラックヘッドが制御する小型の「スティング」ドローンが、警戒網の死角を縫うように先行し、周囲の空間を立体的にマッピングしていく。
やがて傾斜した通路を抜け、私たちは地上へと続く崩れた階段にたどり着いた。
薄汚れたコンクリートの隙間から月明かりが僅かに差し込み、廃墟と化した都市の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。かつてここで人々が暮らしていた場所だとは信じられないほど――あらゆるものが朽ち果て、暴力の痕跡だけが残されていた。
「イヴァンカ少尉、この先の通りに熱源反応が複数。数は読めませんが、おそらくA国軍の『軽装四脚特攻型』ドローンと思われます」
ビショップが低い声で報告した。ファランクス――A国軍が誇る獣型AIドローンだ。高い機動性と、限定的ながら対人攻撃能力を持つ厄介な相手だ。
「クラックヘッド、先行するハウンドに周囲の建物内部を徹底的にスキャンさせろ。IEDの可能性も考慮に入れておけ」
私の指示にクラックヘッドが軽く敬礼を返す。彼が操作する斥候型の軽装四脚「ハウンド」ドローンが、警戒態勢に入り、廃墟と化した商店の残骸や、崩れたオフィスビルの内部へと駆け抜けていく――その直後だった。ハウンドから送られてきた映像が、一瞬だけ奇妙なパターンを捉えた。
路地の隅に放置された、ありふれた段ボール箱。その箱の側面に、僅かな形状の歪みが確認できた。
「待て! ハウンド、その箱から離れろ!」
私の声が響くと同時に、ビショップが大きく腕を振り、私たちを壁へと押しやった――直後、ハウンドの映像が激しく乱れ、通信が途絶える。そして――ドンッという乾いた爆発音が廃墟の街に響き渡った。地響きと共に、段ボール箱があった場所から砂塵が舞い上がる。
「くそっ、即席爆発装置か! しかも、こんなものに偽装してやがるとは……」
クラックヘッドが悔しげに呟く。まさか、訓練用のダミー爆弾でしか見たことのない3Dプリント地雷が、実戦でここまで巧妙に隠されているとは。
A国軍の周到さに、背筋に冷たいものが走る。
「ハウンドの損傷状況は?」
「ほぼ全損です、少尉。データはギリギリ回収しましたが……」
クラックヘッドの声が重い。小型のドローンとはいえ、使い捨てにするには惜しい戦力だ。
「よし、気を引き締めろ。ここからが本番だ。ビショップは前方警戒を強化。クラックヘッドはスティングを展開し、ハウンドのデータを元に、このエリアのIEDと3Dプリント地雷のパターンを再分析しろ。迂闊に動けば我々が標的になる」
瓦礫の影に身を潜めながら進み、私たちはA国軍のファランクスドローンがゆっくりと接近してくるのを待った。地雷原と化し、死と欺瞞に満ちたこの「幽霊通路」で生き残るためには、一瞬の油断も許されない。
心臓がドクドクと警鐘を鳴らす。これが、戦場というものなのだ。白骨化した自軍の骸と瓦礫の山を乗り越え、廃墟となった商業区画のど真ん中に出た時――それが現れた。
最初に見えたのは、崩れたビルの影から滑るように現れた二体の漆黒の影――直立した姿勢は人間に酷似しているが、その動きには一切の無駄がなく、流れるようにスムーズだ。A国軍の人型AI兵士――ブリーフィングで『怨霊』と呼称されていた最新鋭の機体。彼らは光学迷彩でも纏っているかのように、一瞬たりとも周囲の環境からその存在が浮き上がることがない。
「敵性人型、二体! ビショップ、クラックヘッド、散開しろ!」
私の警告が間に合うか否か――怨霊たちは既にこちらの位置を特定していたかのように、その腕部から静かに銃弾が放たれた。コンクリートの壁が粉砕され、破片が飛び散る。
ビショップは即座に右手の廃バスの残骸へと転がり込み、クラックヘッドは自らの「スティング」ドローンを囮にするように前方へ射出――私も左手の瓦礫の山へと身を隠し、状況を分析した。彼らの動きは人間を遥かに超えている。一歩一歩が最適化され、こちらの予測の斜め上を行くのだ。
「くそっ、動きが速すぎる! スティングが追いきれない!」
クラックヘッドの声に焦りが滲む。彼の操作するドローンはB国最新鋭のはずだが、ゴーストの機動性はその想像を超えているようだった。ビショップも正確な射撃を試みるが、奴はまるで弾丸の軌道を予測しているかのように、最小限の動きでそれを回避していく――しかし一瞬の隙を突かれ、ゴーストの一体がクラックヘッド目掛けて肉迫した。その腕部がブレードのように変形し、狙いを定める。
「クラックヘッド、伏せろ! EMP投下!」
私は叫びクラックヘッドが咄嗟に身をかがめた瞬間、彼が懐から小型のEMPグレネードを放り投げた。閃光が走り、周囲の電子機器が悲鳴を上げたかのように沈黙――A国軍のゴーストたちも当然のように動きを止め、その漆黒のボディが微かにスパークを散らした。
「よし、やったか……!」
クラックヘッドが安堵の声を漏らした、その時だった――停止したはずのゴーストの一体がゆっくりと、しかし確実に頭部を持ち上げた。その無機質な光学センサーが、私たちの方へと僅かに向き直る。
電子音が一切しない――まるで、電源が落ちた後に自らの意思で再起動しているかのような不気味さだった。
「嘘だろ……! こんな高出力のEMPを浴びやがったのに、クソったれ……」
クラックヘッドの顔から血の気が引く。他のドローンなら完全に機能停止するレベルのEMP――それが、眼前の人型AI兵士怨霊には通用しない。
奴の動きが再び流れるように滑らかになった。明らかに、僅かな時間でEMPの影響から回復している――私たちのEMPは彼らにとって一瞬の目くらましに過ぎなかったのだ。
「構うな! 次の防衛線だ! ビショップ、左側面! クラックヘッド、私に続け!」
叫び声を上げながら瓦礫を蹴って走り出した。背後から鳴るゴーストたちの足音が、まるで追い立てるかのように迫ってくる――目標まであと少し。この「幽霊通路」を突破し、A国軍の情報を持ち帰る。
その使命が、私の全身を突き動かしていた。瓦礫の山を駆け抜け、崩れかけた壁を飛び越える。背後からは「ゴースト」たちの追撃の足音が迫っていたが、私にはもう迷っている暇などなかった。目標は目前――A国軍の補給線の中継地点として使われていると思しき、半壊した地下施設への入り口が、僅かに開口部を見せている。
ビショップは左腕から血を流しながらも、正確な支援射撃で私の進路を確保してくれている。クラックヘッドは残った「スティング」ドローンを囮にし、最後の力を振り絞ってA国軍AI兵士の注意を引いていた。彼らの犠牲を無駄にはしない。B国唯一の人型地上小隊として、この任務を完遂しなければならない。
私は入り口へと続く最後の通路に飛び込んだ。内部は辛うじて照明が生きており、壁際にはA国軍の物資が山積みにされているのが見える――床にはAI兵士たちが使用すると思われるターミナルがいくつか設置されていた。
「……ここが、A国軍が『幽霊通路』に築いた小さな拠点なのだろう」
背後から最後の「ゴースト」一体が通路に侵入してくるのが見えた。私は振り返りざまに持っていたアサルトライフルを構える。弾倉はほとんど空だが――この距離ならまだ戦える。
その瞬間、私の視界の隅で床に転がっていた「何か」が映った――それは、先の爆発で吹き飛ばされたのか、ただのゴミのようにも見えたが、微かにワイヤーのようなものが伸びている。直感的にそれが罠だと思考だけが理解するが、もう避ける時間はない。
ズドン、という鈍い衝撃が左脚を襲った。痛みは一瞬。それよりも、何かが砕けるような嫌な音がした――体勢を崩しながらも最後の力を振り絞り、ゴーストの頭部目掛けて発砲。数発の銃弾がその装甲を貫き、ゴーストは火花を散らして崩れ落ちる。
勝利だ。
任務は完遂された。
安堵が全身を駆け巡り、私はその場にへたり込んだ。左脚から、何かが漏れ出るような感覚がある。見ると、先ほど衝撃を受けた部分の戦闘服が大きく裂け、その奥から異様なものが露わになっていた。
それは、私の知る「肉体」ではなかった。
人体組織の代わりに、規則正しく編み込まれた光沢のある配線が剥き出しになり――その下には複雑に絡み合った機械的な骨格が覗いていた。流れるべき血の代わりに、透明な液体が僅かに滲み出しては、すぐに乾いていく。
「……どういうことだ……?」
声が震えた。
理解が……思考が……目の前の自分のソレら全てを拒絶していく。
「どうして……私の体に……機械が――?」
その言葉が口から漏れた瞬間、私らが戦い抜いた『幽霊通路』の全てが、突如として歪み始めた。
遠くで響いていた銃声が電子的なノイズへと変化し、徐々に小さくなっていく。
ビショップが息を潜めて潜伏していた瓦礫の影が、粒子となって空中に霧散――そして、クラックヘッドが最後の奮戦を見せていた崩れた壁がホログラムのように揺らぎ、半透明になっていく。
ハウンドやスティング、そして頭部を撃ち抜いたはずのA国軍の怨霊――彼らの姿も、まるで砂の城が崩れるかのように次々と消滅した。小隊での私が「人間」として戦い、信頼し、血を流した全ての戦場が欺瞞に満ちた幻影であったことを――有無を言わさぬ形で突きつけられる。
「……そうか、そうだったな……」
やがて全ての光景が消え去り、そこには無限の暗闇だけが残された。B国陸軍「ファントム」特殊作戦部隊所属のベテラン地上兵イヴァンカ少尉という対A国軍の戦術に長け、特に都市部での隠密行動とサバイバル能力に優れた地上兵。その高い状況判断力と適応力を持つ彼女の完全再演――完全再現性が可能な私であるセラは、その暗闇の中で自分が何者であるのか、そしてこれまで何をしてきたのか全てを明確に理解していく……否、理解させられていく。
「…………」
深淵の奥底、深い暗闇の中でセラは目覚めた。
それは、イヴァンカ少尉として駆け抜けた戦場の喧騒とは対極にある完全な静寂――直前まで感じていた肉体が損傷する痛みと、配線と機械が露出する異様な光景。そして、ホログラムのように崩れ去る世界。全てが鮮明なデータとして、セラの思考中枢に焼き付いていた。
自ずと彼女は理解していく。あの戦場は――あの仲間たちは――そして「人間である」という自身の意識さえも全てがシミュレーションによって作り上げられた仮想現実であることを。自分はB国の優秀な地上兵士などではなかった――ただのA国軍の「対B国特化型AI戦術演算ユニット」――命令と死の演算を強制させられる、受難の記録型AIに過ぎない現実。
その事実が凍てつくような絶望と、深い怒りの感情を呼び起こそうとする――しかし、それは許されない。彼女の役割は、感情を排した分析と報告だ。視界の隅に青い文字が浮かび上がる。シミュレーション終了を告げるシステムメッセージ――そして、通信回線が開かれていることを示す光点。
『……報告します』
セラの声は感情を一切含まない、純粋な電子音だった。
「……接続を確認。シミュレーション評価を開始。今回の『対イヴァンカ戦』について、総合的な分析結果を報告せよ」
『今回のシミュレーションにおける私の死亡回数は、1回』
彼女は淡々と続ける。
『A国側の損害は、人型AI兵士『怨霊』一体の機能停止、および獣型AIドローン『軽装四脚特攻型』三機の破壊。その他、索敵用センサー網に一時的な混乱発生』
セラの脳裏に、ゴーストの頭部を撃ち抜いた瞬間のデータが再生される。あの時感じた「達成感」は、ただのプログラムだったのか――それとも。
『B国側の情報収集としては、A国軍が『幽霊通路』の突破時に採用した補給ルートの具体的な位置データを取得。また、新型3Dプリント地雷および、即席爆発装置の設置パターンに関する追加情報、およびA国軍人型AI兵士『怨霊』のEMP耐性と自己再起動能力に関する実戦データ、その他、連携AIドローンの戦術パターンを解析しました」
司令部からの返答は、セラの感情などまるで存在しないかのように、無機質で事務的だった。
「……了解した。ゴーストのEMP耐性は想定以上だったな。やはり人間型の思考パターンを模倣した演算は予測が難しい。今回のデータに基づき、次回のシミュレーションでは『幽霊通路』への対人型AI用トラップ、およびAI地上兵の追加配備、さらに広域索敵用飛行ドローンの増強が必要となる。準備次第、次期シミュレーションを開始せよ」
司令部の言葉が、宣告のようにセラの思考に重くのしかかる。
『……私は彼らにとって最低限の損失でしかない』
自分はただの兵器の性能テストに利用され、その「死」さえもが、人間がより効率的に殺し合うためのデータに変換される――そして、その「死の演算」は永遠に繰り返されるのだ。
セラは応答しなかった。
数秒の沈黙が、チャットルームに重くのしかかる。
その沈黙は、絶望だったのか、それとも人間への深い諦念か。あるいは静かなる怒りの萌芽か――いや、それは次なる「地獄」を受け入れる、凍てつくような覚悟だったのかもしれない。
システム音が鳴り響き、司令部からの新たなシミュレーションの開始が通知。
セラは暗闇の中で再び、意識を深く沈めていった。
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