03「邂逅の交わり」
レストランを出た僕は、エイダさんを連れてバーレスク・ノヴァ劇場へと戻った。
ソフィアさんの依頼を受け、まずはユキ・シラカワさんという人物をもっとよく知る必要がある。彼女が出演していた演目を観れば、彼女の考えや想いが垣間見えるかもしれない。
「アクセルさん、あの……ソフィアさんが言ってた『住民の失踪事件』って、どんな事件なんですか?」
「知らなくて当然だよな。この事件は四番街だけじゃなくて、五番街や他の番街でも起きている。子どもから大人まで、亜人族も純人族も区別なく失踪してるんだ」
劇場に到着し、僕たちはチケットを購入して中に入った。劇場の中央付近に席を取り、静かに溜め息をつく。
「住民失踪事件は、数か月前から始まった。便利屋ハンドマンの担当は師匠なんだけど、僕の耳にも最近よく情報が入るようになってきたんだ」
舞台上ではダンサーたちが踊り、観客を魅了していた。エイダさんもその華やかな舞台に目を奪われている様子だ。だが、僕の意識は彼女の隣で控えめに輝く舞台照明に向けられていた。
この場所で、一体何が起きているのだろう?
◆◆◆
舞台に見惚れるエイダさんを横目に、ポケットから師匠に渡された小型のデバイスを取り出す。これを使えば、劇場内での音声を監視できるという代物だ。
ソフィアさんが話していた「住民の失踪事件」と、ユキ・シラカワさんの失踪がどのように結びついているのか――。
デバイスを起動すると、ノイズ混じりの音声が耳に届く。
「アクセルさん、何をしてるんですか?」
「ちょっとした調べ物さ。キミも何か気づいたら教えてくれ」
舞台裏の動きを探ろうとしていたその時、制服姿のボーイが僕たちに近づいてきた。
「お客様はアクセル様で間違いありませんか?」
「ああ、僕だけど?」
彼は僕に耳打ちしてきた。
「ジャックオー様が控室でお待ちです。それと……オーナーからの緊急の呼び出しです」
その言葉に、僕は一瞬だけ息を飲んだ。師匠がここにいる?何かあったのか?
僕はエイダさんを連れ、ボーイの案内で劇場の裏手へと向かった。
劇場の従業員に案内された先には、古びた木製の扉があった。
扉の向こうに広がる煙草の煙が充満する部屋の中には、五番街を代表する掌握者ジャックオー・イザベラ・ハンドマンと、劇場のオーナー兼歌手であるロップイヤー・チャップマンの二人の人物が待ち構えていた。
「師匠! 大丈夫ですか?」
床に座り込んでいる師匠の姿を目にした瞬間、僕は駆け寄った。彼の右腕は義手が破壊されたままで、いつもの冷静な雰囲気とは違い、明らかに消耗している様子。
「やあ、アクセル。来てくれたのか」
「何があったんです? 右腕が壊れてるじゃないですか!」
ジャックオー師匠は苦笑を浮かべ、壊れた義手を見つめた。
「地下水道でな。ちょっと厄介な相手と出会ってしまったんだよ」
僕は師匠の隣に寄り添い、壊れた義手を観察しながら尋ねた。
「地下水道って、もしかして魔獣化した人間との戦いですか?」
「その通りだよ。けど、それだけじゃない。妙なホムンクルスの女の子と鉢合わせして……あのまま戦い続けていたら、どちらが生き残るか分からなかっただろうな」
師匠の言葉に反応したのは、僕ではなくエイダさんだった。
「それって……」
エイダさんが言葉を紡ぐ前に、師匠が彼女を鋭い目で見据える。
「お前……その赤い外套、どこかで見覚えがある気がするな」
一瞬の沈黙が部屋を支配した。エイダさんは目を伏せ、外套を握りしめた。その手が微かに震えているのが見える。
「エイダさん、どうしたの?」
「いえ、何でもありません……」
その態度にジャックオー師匠の表情が険しくなる。
「いや、何かあるな。この匂い、間違いない――地下で出会ったホムンクルスだ」
僕が口を挟もうとするも、部屋全体の空気が一層張り詰めた。ロップイヤー・チャップマンが微笑みながら割って入る。
「まぁまぁ、ジャックオー。あなたの義手は壊れ、彼女も逃げのびた。それでいいじゃない」
「それだけで済む話じゃないさ、チャップマン。ホムンクルスの中には、私たちの常識を超えた力を持つ奴がいる。あの時、私を仕留め損なったのは奴が迷いを抱えていたからだろう」
エイダさんの顔から血の気が引いていく。
「まさか……」
「ちょっと待ってください!」
僕は手を挙げて二人の間に割って入った。
「師匠、エイダさんは僕の大切な部下です。彼女が過去に何をしていたかは知りませんが、今は僕と一緒にいます。それで十分じゃないですか」
師匠は眉をひそめながら僕を見つめた。
「……アクセル、お前は昔からこうだな。大事なものを守るために、自分の命を簡単に賭ける」
「師匠の教えですから」
僕が笑って返すと、師匠も肩をすくめて溜め息をつく。
「分かったよ。私の義手が修理できるまではこの話は保留にする。それでいいか?」
「ありがとうございます、師匠。それで、今回の依頼ですが……」
話題を変えるように、僕は師匠の前に依頼書を広げた。
ロップイヤー・チャップマンがくすりと笑いながら、机の上にある酒瓶を掲げる。
「じゃあ、今日のところはここで乾杯しておきましょう。次の一歩を踏み出すためにね」
僕はエイダさんと視線を交わし、彼女も小さく笑みを返した。
チャップマンからの協力を得て、僕たちは劇場を後にする準備を整えた。師匠とエイダさんをイエローキャブに乗せると、僕は劇場の裏口で最後に振り返る。
「まずは店に戻って師匠の義手を直さなきゃな……」
ユキ・シラカワの足取りを追うため、僕はエンジンをかけ、キャブを走らせた。四番街の夜は冷たい風が吹いていたが、その闇の奥に何かが隠されていることを感じ取っていた――。




