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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第2章 青少年期 非正規雇用編

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02「失踪した獣人アイドル」


 楽屋を出たソフィアさんを待つ間、僕とエイダさんは裏口で立っていた。彼女は不安げな表情を浮かべている。


「アクセルさん、さっきのソフィアさん……想像と全然違いますね」

「まあ、清純派アイドルって表の顔があるだけで、本性は変態淑女だからね」


 エイダさんは何か言いたげだったが、ためらいがちに言葉を切った。


「それにしても……」

「ん? 僕が『変態紳士』だと思ってるだろうけど、本当は紳士の皮を被ったただの童貞だよ」


 冗談を言う僕に、彼女は少し驚いたようだったが、小さく笑った。ほんの少しでも彼女が元気を取り戻したなら、それでいい。


「エイダさん、そんなにショックを受ける必要はないよ。人は誰だって二面性を持ってるんだから」


 エイダさんは目を伏せ、ゆっくりとうなずいた。彼女にとってソフィアさんの「裏の顔」は、清純派アイドル像を信じていたからこそ、なおさらショックが大きかったのだろう。



◆◆◆



 裏口に現れたソフィアさんは、舞台衣装を脱ぎ捨て、地毛の透き通るような金髪をそのまま下ろしていた。シンプルなドレスに身を包んだ姿は、舞台で見る華やかさとは打って変わり、まるで一般人のようだった。


「待たせてごめんね、アクセルさん、エイダさん」

「いえ、全然待ってませんよ。エイダさん、彼女がソフィアさんだ」


 エイダさんは驚きの表情を浮かべた。


「えっ!? あのソフィアさんですか?」


 僕は肩をすくめ、エイダさんを促しながら、劇場から少し離れた場所にあるレストランへ向かった。


 レストランに着くと、個室へ案内される。ソフィアさんは席につくなり、丁寧にドレスの裾を直してから僕たちを見回した。


「ありがとう、アクセルさん。今回の依頼、本当に助かるわ」

「四番街では最近妙な失踪事件が続いているんですか。それで僕に頼んだと?」


 僕はテーブルの上に差し出された依頼書に目を通しながら問いかけた。


「そうなのよ。ウチの劇場でも新人アイドルのユキ・シラカワが失踪してしまってね。四番街の探偵屋や便利屋に声をかけたけど、こっちの職業を気にしているのか全く動いてくれなくて……」


 彼女の言葉には焦りが滲んでいた。依頼書を手に取り、内容を確認する。


「捜索対象は『バーレスク・ノヴァの新人アイドル、ユキ・シラカワ』……」


 その名前は聞いたことがなかったが、劇場で注目され始めたばかりの新人アイドルらしい。


「わかりました。この依頼は『最速の男アクセル』が責任を持って解決してみせますよ」

「頼んだわよ。報酬はたっぷり用意するから」


 テーブルには注文していた料理が次々と並び始めた。中でも一際目を引くのは、艶めかしい見た目をした――黒アワビだった。


「エイダさん、アワビは初めてかしら? 美味しいわよ?」

「なんだか……妙に親近感が湧く形をしていますね。この食べ物、何ですか?」


 エイダさんは箸でアワビを突きながら首を傾げる。その様子を横目に、僕は依頼書の報酬を確認する。


「おい変態エルフ、どうしてモザイクが必要そうなツマミばかり頼むんだよ」

「イヤらしいわね。コレはただのアワビよ。決してマ▓コじゃあないわ」

「……ドSな女だな」


 二人がアワビを楽しむ間、依頼書には前金として銀貨五枚、成功報酬に金貨一枚が記されているのに目を通す。内容を考えれば悪くはないが、事件の背景には何かが隠れているような気がした。


「ソフィアさん、ユキさんの失踪について詳しく教えてください。彼女の人物像や失踪前の行動についても」


 ソフィアさんは箸を置き、少し考え込むように口を開いた。


「ユキがいなくなったのは二カ月近く前のことよ。劇団の中でも歌唱力が抜群で、その人気は私に匹敵するほどだったわ。劇団内では誰とでも仲良くしていて、特に目立った問題もなかったの」


 なるほど。二カ月近くも捜索されてなかったのか――もしかしたら、死んでる可能性もあるな。


「彼氏や彼女はいませんでしたか?」

「多分いないと思うわ。彼女は入団してから忙しかったし、そんな余裕はなかったはずよ」


「じゃあ恋人と駆け落ちした線は薄そうですね」

「そうね。ユキは頭の切れる子だから、そんな馬鹿な真似をするとは思えない」


 話を聞く限り、ユキさんは優秀で人望もある女性だったようだ。それだけに、彼女の失踪が劇場や四番街全体に与える影響は大きいのだろう。


「ソフィアさんは、ユキさんの失踪が最近の『住民の失踪事件』と関係していると思いますか?」

「正直、それもあり得ると思っているわ。ただ、何も手がかりがないのよ」


 僕が刺身を一口食べた時、ソフィアさんがにやりと笑った。


「それは『ヤギの生キン○マ刺身』よ。お口に合いそうで良かったわ」


 飲み込んだものを噴き出しそうになるのを、かろうじてこらえた。


「ソフィアさん。貴女って、本当にどうしようもないクソエルフですね」


 彼女はワインを口に含み、高笑いする。その隣ではエイダさんが苦笑いしながら、アワビをつついていた。



◆◆◆



 食事を終え、レストランを出た僕たちは再びソフィアさんと話し合った。


「ユキさんを見つけ出すのは簡単じゃないかもしれない。でも、僕たちに任せてください」

「ありがとう、アクセル。貴方に頼めて本当に良かった」


 僕はソフィアさんに微笑み返し、エイダさんの肩を軽く叩いた。


「さて、行こうか、エイダさん。次は現場を探る番だよ」


 彼女は真剣な表情で頷いた。僕たちは事件解決へ向けて動き出す準備を整え始めたのだった。

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