01「和装ロリィタと歌姫の依頼」
和洋折衷の街並みが近づく中、僕はガラス越しに映る自分の姿を改めて確認していた。
鮮やかな真紅の長襦袢に、藍色の女袴。その上に巻かれた漆黒のコルセットとゴツい厚底ブーツが、和装の雰囲気を大胆に打ち消している。
袖口には繊細なフリルとレースが施され、背中にはやたら大きなリボン――これが、今回の依頼人である女優、ソフィア・イシムラがプライベートで手掛けたロリィタ和装だ。
「やっぱり似合ってるな、僕。この袖の感じなんて最高だ」
思わずポーズを決めたくなるような出来栄え。だが、この和装ロリィタ衣装は完全受注生産の一点物で、軽い汚れ一つでも台無しになる繊細な品だ。
それなのに、さっきのボランティアで返り血を浴びたせいで、袖や袴に赤い斑点が散っている。
「アクセルさん? 急に立ち止まって窓を見つめて……どうしたんですか?」
エイダさんが慌てて駆け寄り、汚れた衣装に気付いて目を丸くする。
「うーん、これ、目立つかな?」
「アクセルさん、気にしてるんですか?」
「そうなんだよ。この和装ロリィタ衣装、今回の依頼人が趣味で作ったやつなんだけど、近い将来、自分のブランドを立ち上げたいって話をしてるんだ」
依頼を受けた際に渡された衣装の試作品。
スポンサーとして彼女が僕に着せた理由は、単に「注目されるから」というものだろう。だが、これを汚したとなれば怒られること必至だ。
「返り血がついたままだと、四番街に入る前にクレームが来そうだな……」
「なら私に任せてください! 返り血なら錬金術でも落とせますから!」
そう言ってエイダさんは指先を複雑に動かし始める。
「錬金術って、あの義手を直したりするアレか? 服の汚れも消せるのか?」
「ええ。大気中の呪力を使えば一瞬です。ちょっとじっとしていてください」
エイダさんは指先を複雑に動かし、僕の服に手をかざした。すると、返り血だけが吸い取られ、空中に赤い液体の球体が浮かび上がった。
「どうですか? 人類が追い求めたホムンクルスの力、素晴らしいとは思いませんか!」
天高く拳を突き上げ、自慢げに語る彼女。遠くで治安維持部隊の兵士がこちらを見た気がして、僕は焦って彼女を引き寄せた。
「おい、それ以上声を上げるな。シティの刑務所で錬金術の講義をする羽目になるぞ」
「あっ、それは困ります……」
エイダさんは慌てて声を潜め、僕に従った。その間にも、四番街の街並みは徐々に和風の趣が色濃くなっていく。
「これで完璧です! どうですか、ホムンクルスの錬金術の力!」
満面の笑みで拳を掲げるエイダさん。
「でもまあ、この服が綺麗になったのは助かったよ。この和装ロリィタ衣装、今回のスポンサーだけじゃなく、他の依頼主からも注目されてるみたいだしな」
「さすがアクセルさん、服の揃え方にもスポンサーが関わってるんですね!」
確かに、今回の衣装だけでなく、普段の僕の服装もいくつもの依頼主からの「援助」によるものだ。スポンサーがいると聞けば聞こえは良いが、その実、頼み事を増やされるだけなのが現実だった。
◆◆◆
目的地は、四番街の中心にある劇場「バーレスク・ノヴァ」。
その街へ向かうため、僕たちは専用輸送機の駅へと足を運んだ。
「四番街は景観を守るため、ホバーバイクや浮遊型蒸気自動車の利用が禁止されているんだ。その代わり、専用のロープウェイを使う」
「文化財を守る取り組みなんですね。素敵です!」
エイダさんは感動した様子で頷いていたが、僕にとっては単に面倒な規制だった。
駅員に四角型のコードを読み取らせ、乗車手続きを済ませると、僕たちはロープウェイに乗り込んだ。
車内の窓ガラス越しに見えるのは、透き通った湖とその上に立ち並ぶ和洋折衷の建築物。鳳凰古城を思わせる幻想的な景色だ。
「この街って、本当に綺麗ですね! それに、浮遊型蒸気自動車が走っていないのも落ち着きます」
「まあ、景観保護のために制限してるからな。面倒だけど、この街にしかない魅力は確かにある」
僕が答える間も、彼女は興奮気味に窓の外を指差し、歓声を上げ続けていた。
街の中心地までロープウェイで揺られながら、次第に高まるエイダさんの興奮に微笑ましさを覚えた。
四番街に到着すると、街の雰囲気は一層濃厚な和の趣を帯びていた。赤い橋を渡り、温泉街のような通りを抜けた先に、「バーレスク・ノヴァ」の建物が姿を現す。
「あれが今回の依頼主が働く劇場だよ」
「バーレスク・ノヴァ!? まさか、依頼主ってソフィア・イシムラさんですか?」
エイダさんは驚き、腰のポーチから折り畳まれたチラシを取り出した。それは、何年も前に発行された「ソフィア・イシムラのデビュー記念」の宣伝チラシだった。
「へえ、キミ、彼女のファンだったんだ」
「そりゃあ、トップアイドルですから! あの清純派女優に直接会えるなんて……彼女のデビュー当時からずっと応援してるんです!」
感極まるエイダさんを横目に、僕は劇場の裏口へと向かう。そこには、双子のオカマ、ソドムとゴモラが待ち構えていた。
「やだ、アクセル君じゃないの」
「今日は何の用? もしかして、私たちに会いに来たのかしら?」
二メートル近い巨体に、鍛え抜かれた筋肉。タンクトップから伸びる腕には蒸気機関義手が装着されている。彼らの立ちはだかる姿は威圧的だったが、僕は慣れたもので、笑顔を作ってポーチから依頼書を取り出した。
「ソフィアさんの依頼で来たんです。通してもらえますか?」
「いいけど、まずはボディーチェックね」
「またかよ……」
こうして僕は、スポンサーたちの信頼と引き換えに、再びオカマたちの手で屈辱的なチェックを受ける羽目になったのだった。
毎度のことだが、これを拒むと絶対に通してもらえない。僕は観念して両手を頭の後ろに乗せた。
「相変わらず可愛らしいタマちゃんをしてるわね」
「だから触らないでって言ってるでしょう!」
ソドムとゴモラにしっかりと揉まれ、ようやく解放された頃、後ろで様子を見ていたエイダさんが呆れ顔で言った。
「アクセルさん、そういうの慣れてるんですね……」
「慣れたくて慣れたわけじゃない!」
エイダさんは汚物を見るような目で僕を見てきたが、それよりもソフィア・イシムラの元へ向かうことを優先する。彼女の楽屋は、劇場の奥にある控室だ。
劇場の楽屋は、ストリッパーや女優、ダンサー、付き人が慌ただしく行き交い、舞台公演の準備に追われている。化粧台の周りにだけ不思議な空気が漂う中、僕は黒髪のカツラを被ったエルフ族の女性へ近づいた。
「あらアクセル、随分と遅かったじゃない」
「こんにちは、ソフィアさん。新しい従業員も連れてきました。彼女の名前はエイダです」
エイダさんが軽く頭を下げるのを横目に、ソフィアさんが眉を上げる。
「30分の遅刻ね。まずは『遅れてすみません』じゃないの? プロの便利屋なんでしょう?」
「四番街のゲートで反政府組織によるテロが起きたんです。多少の遅刻は許してください」
「言い訳ね。それを予測して早めに出るべきだったんじゃない?」
「僕にだって予定があるんですよ。断ることだってできたんですからね」
ソフィアさんは化粧台に向けていた体をこちらに向け、手に握られた蒸気機関銃を僕に向けてきた。
「ソフィアさん、その銃を下ろしてください」
「いやよ。罰よ、遅刻した貴方が悪いんだから」
銃口から飛び出した白い液体が僕の顔にぶっかかり、頬を伝って顎から滴り落ちる。
「アハハ、我慢できなくて潮吹いちゃった! ごめんね、アクセル」
「わかってますよ。エイダさん、ハンカチ持ってる?」
僕が顔を拭うと、エイダさんは目を見開いたまま後ずさった。
「アクセルさん……彼女、清純派のトップスターですよね?」
「気にしちゃダメだ。どんな人だって表向きの顔と裏の顔があるんだから」




