20「罪人vs咎人」
エンジン機構が搭載された巨大なバスターソードを担いだアクセル。彼は身の内に巣食う解離者の力を暴走させ、身体中に駆け巡る聖力を感じ取りながら剣の柄を握り締めて闘技場を駆け抜けた。
「僕の前に立つんじゃねぇええ! 全員邪魔だぁぁあ!」
彼はカイレンと戦い続けるユズハに加勢しようと闘技場の壁を疾走していく。しかし、決着が決まろうとする二人の戦いを邪魔されたくなかった事件の首謀者はアクセルの戦線復帰に酷く驚き、遠隔から流体型機甲骸の行動プログラムを書き換えて彼の進行を遮らせた。
「クソッ! 流石は九龍城砦の最先端技術の結晶ってだけはあるな。Z1400型の蒸気機甲骸が抑え込まれてる。いや、さっきまでの行動パターンとはまるで違う! 誰かが流体型機甲骸全体の戦闘プログラムを書き換えたのか?」
アンクルシティの歴史至上、最も熾烈な戦いを見せる蒸気機甲骸。彼女らは闘技場に送り込まれた流体型機甲骸と互角の戦いを繰り広げる。が、行動プログラムを書き換えられた流体型機甲骸は、顔の位置にある鏡面のモニターから赤いシグナルを放ち始めた途端、腕に纏っていた液体金属を刃状に変化させた。その直後、彼女らは事件の首謀者が書き換えた戦闘プログラムに従い、刃状に変化させた腕で蒸気機甲骸の体を切り刻んだ。
そして彼女らは相手をしていたZ1400型タイプの機甲骸を倒していくと、ユズハに加勢しようとしたアクセルを囲い始めた。流体型機甲骸は液体金属の素足を先の尖ったピンヒールを彷彿とさせる武器へと変貌させ、素早い動きで彼を翻弄しながら攻撃を繰り出す。しかし、解離者として再覚醒を遂げた今のアクセルには、彼女たちのピンヒールを利用した刺突攻撃や常人を翻弄するような素早い刃の切り払い等は、降り掛かる火の粉を払う程度の愚策でしかなかった。
「大丈夫だ。右腕は失ったけど相手の攻撃は全て避けれる。それに四年前と同様に心が落ち着いているせいなのか、流体型機甲骸の動きの一つ一つが遅く感じる。これなら後天性個性や術式を使うのは勿体ないな――」
等と呟きながら、アクセルは流体型機甲骸が繰り出す攻撃の全てを僅かな動きで避け切る。そして彼は左肩に担いだエンジンが搭載された変形機構式バスターソードで反撃を開始した。
アクセルは緩急自在にピンヒールによる刺突蹴りを繰り出す機甲骸へと狙いを定めると、バスターソードの柄を強く握り締めて刃を振り下ろす。しかし、その直後に起こった出来事に彼は酷く困惑してしまい、これまでのアクセルが持ち得た自身の膂力を遥かに凌駕する桁外れな斬撃の威力に酷く驚く他なかった。
それからアクセルは無数の機甲骸の相手をしつつも、自身の急激な肉体の成長の正体や身体機能の向上具合をパンプキンに聞き出す。が、それ以前に彼は危惧すべき大きな問題を抱えていた。
「パンプキンさん! 成長前に着ていた赤いシャツが窮屈過ぎる! このままだとシャツの前ボタンが弾け飛んでOπがポロリする可能性がある! それと四年前は走る速度で頭が一杯だったから気付かなかったけど、今の僕の体って成長する前と比べてどれぐらいの身体機能が向上してるんだ!? 変形機構式バスターソードを一振りしただけで流体型機甲骸が両断できたんだけど!?」
豊満な胸を包み込む赤いシャツの前ボタンが弾け飛ばないよう、彼は流体型機甲骸の攻撃を最低限の動きで避け切る。しかし、無理な動きに合わせてシャツの前ボタンが一つずつ弾け飛ぶ度、アクセルは公衆の面前で痴態を晒さぬよう額から冷や汗を流しながら戦闘を続ける他なかった。
『ジャ……ジャックオー様。この急激な女性の肉体への成長は、既に覚醒した聖力核を再覚醒させるための副作用だと割り切ってください。体内の身体機能数値を測定したところ、今の貴方様の身体機能は少年時の数万倍の数値を維持し続けています』
「数万倍だって!? はーん……なるほど。それだからショッピングモールの回廊で苦労して戦った敵の動きが完全に予測できるのか。いや、だとしてもこのままだと両胸を包み込んだ赤いシャツが窮屈過ぎて本来の速さで動けないんだけど……」
アクセルは左眼と同化していたパンプキンと会話を繰り返す。が、群れを成して襲い掛かる流体型機甲骸の中から一体の機甲骸が彼の死角から急接近した。
その個体は自慢の脚力を駆使して飛び上がるや否や、アクセルの零れ落ちそうな乳房を包み込む胸部へとピンヒールの刺突攻撃を試みる。するとそれと同時に彼の周囲に居た機甲骸も砂埃を巻き上げながら飛び上がり、急接近して鋭利なピンヒールの刺突攻撃を行った。
何十体もの流体型機甲骸が一斉に動き出した途端、闘技場に散りばめられた砂埃が舞ってアクセルや機甲骸の周囲を漂い始める。
『ジャックオー様!』
機甲骸のピンヒールが彼の豊満な胸部に触れた直後、アクセルを囲んでいた流体型機甲骸は刃状に変化した液体金属の腕を振り下ろした。しかし、左眼に同化していたパンプキンはその瞬間、彼の身を守るために霊力の粒子を凝縮させて眼球から小規模な『パンプキン・コア』と呼ばれる拡散爆発を引き起こす。
それから彼女は闘技場に残留した霊力を自身の霊力粒子と結び付けて、頑丈な鎧を身に付けた姿の黒髪少女へと実体化した。
「彼女……じゃあありませんでした。彼の命は絶対に私が死守します!」
「いや、パンプキンさん。流体型機甲骸の事なら気にしなくていいよ。シャツの前ボタンを犠牲にしたけど全員ぶった斬ってやったから……」
砂埃の舞う闘技場から耳にしたアクセルの発言に驚き、パンプキンは攻撃の構えを執りながら周囲を見渡す。が、彼女の周囲には視界を覆う程の砂埃が舞っており、成長前のアクセルと同様の背丈の黒髪少女では彼の姿を視認できなかった。
それから彼女は暫くの間、アクセルを探すために砂埃の漂う闘技場を駆け回る。しかし、近くから彼の声が聴こえてくるのは良かったが、当の本人である成長後のアクセルの姿は一向に探し出せなかった。
「ジャックオー様! 何処に居られるのですか!」
「いや、パンプキンさんの近くに居るよ。ただ、問題が起きて姿を晒せないだけなんだ。それにもう少しで闘技場に駆け込んだ流体型機甲骸を片付けられそうだし、それが終わったら合流するよ」
等と砂埃の舞い散る闘技場に潜んだアクセルは、最強の霊具であったパンプキンの身を案じながら疾走を続ける。そして彼は人に見られては不味い姿で闘技場を駆け回りながら、次々と流体型機甲骸を変形機構式バスターソードで破壊し続けた。
だが彼の霊具であったパンプキンは視界の悪い場所で動き回るアクセルを心配してしまい、砂埃の舞い散る闘技場で両の掌を合わせて『霊力を凝縮・拡散』させる術式であった『パンプキン・コア』を発動してしまう。
そしてその直後、彼女が発動したパンプキン・コアの拡散爆発により、闘技場に漂っていた砂埃は一瞬で吹き飛んだ。
「ジャックオー様! こんなに近くに居たんですね――」
「ま、まま、待ってくれパンプキンさん。こっちを見ないでくれ。さっきも言った通り、ちょっと問題が起きて誰にも姿を見られたくない状況なんだ」
「私は最強の霊具パンプキンです! ジャックオー様が抱える問題は私の問題でもあります! すぐにでも問題を解決いたしますので、こちらを振り向いてください!」
「あのなぁ……何度も言わせるなよ。さっきも言ったけどシャツの前ボタンが全滅したんだ! 砂埃が舞ってたから姿を隠していられたのに……」
彼女は砂埃が僅かに漂う場所へと駆け抜ける。しかし、その道中には流体型機甲骸の両断された姿や銃弾で頭部を撃ち抜かれた機甲骸の朽ち果てた残骸が横たわっていた。
パンプキンは恐る恐る視線を先に遣る。が、そこには流体型機甲骸の残骸がアクセルの姿を隠すように山の如く積まれていた。
「ジャックオー様! お怪我はありませんか!?」
黒髪の少女と化したパンプキンは、機甲骸の残骸に囲まれた場所でしゃがみ込む彼の元へと駆け寄る。しかし、彼女は今のアクセルの姿を見た途端、彼がどうして砂埃の舞う闘技場で姿を隠しながら戦い続けていたのか理解してしまった。
「あのージャックオー様。どうして呪いの貞操帯を装着したまま全裸姿で地面に片膝をついているのですか?」
「恥ずかしいから大きな声で喋んな! こっちだってこんな姿で戦いたかった訳じゃねえよ。というよりパンプキンさん。どーしてそんな虚ろな眼差しで僕を肥溜めに吐き捨てられた痰カスのように見てるんだ?」
「いいえ。当然な反応だとは思いませんか? まさかジャックオーの名を冠するアクセル様がそのような淫乱痴女を彷彿とさせる御姿で戦っていたとは思わなかったので……」
「僕は淫乱痴女なんかじゃねえ! 四人の嫁さんを平等に愛する変態紳士だ! 僕が抱える問題はパンプキンさんが抱える問題でもあるんだろ!? だったらこの姿をどうにかしてくれよ!」
全裸に呪いの貞操帯を装備したまま、妖艶な魅力を持て余す魔性の女へと成長してしまったアクセル。彼は零れ落ちそうな両乳房を左腕で隠しながらうずくまり、忸怩たる念を抱きながら頬を猛烈に赤く染め続ける。
数分前、アクセルは流体型機甲骸からピンヒールの刺突攻撃を胸部に受ける寸前、後天性個性の【化学物質を操る異能】を行い身体機能を爆上げして音速を遥かに超える速度で攻撃を避けていた。しかし、解離者と化した状態の彼が行った音速移動は、自身の素肌を覆っていた赤いシャツや白いスキニーパンツの耐久度を超越した人外の素早さ。
アクセルの全身を覆っていた衣服の全ては音速移動の限界地点に達した速度に耐えきれず、彼は動き出すと共に全てを置き去りにして全裸と然程変わらぬ姿となってしまう。
そして彼はそのままの速度で機甲骸をバスターソードで両断し続けた後、時には自動拳銃を用いた高速射撃を行って残骸の山を作り上げた。
「こんなに恥ずかしい気持ちは久し振りに味わったよ。女の人が全裸になりたがらない理由もなんとなく理解できた。そりゃあ誰だって馬鹿デカいOπを見られたくはないよな。とにかく本物のOπって下着が無いと走るのに邪魔でしかないんだ。すぐにでもこの問題を解決してくれないか?」
「す、素晴らしく妖艶な御姿です。御見逸れしました。ジャックオー様の左眼と同化していたので、この様な御姿で人前に立っているとは気付きませんでした。しかし、まさかリベット様を超える程の高さのある身長へと成長し、ロータス様と張り合えるほどの脂肪を胸に蓄えた女性に変化したとは存じておりませんでした。全裸……いや、呪いの貞操帯のみを装着した今の姿では確かに問題が多いです。今から私の霊力粒子を結合させて衣服を作ります。それで許して頂けませんか?」
パンプキンは自身の身体を霊力の粒子に分解させると、再びアクセルの左眼に吸収されて同化していく。彼女は同時に闘技場へ残留した自身の霊力粒子を結合させ、ほぼ全裸姿の彼に似合った衣服を作り上げた。
『ジャックオー様。この度は貴方様の二次性徴を利用する形で聖力核を再覚醒させてしまい申し訳ございません』
「別に謝ることじゃないよ。僕は職業柄、普段から女装しなくちゃいけないことも多かったんだ。エイダさんやロータスさん、リベットやノアが驚くような体に成長したのは僕自身も驚いたけど、別に解離者の力が自由自在に操れるのなら女性の体や立派なOπは良いオマケだと思える」
『ですがジャックオー様。女性の体に成長してしまった以上、エイダ様や他の奥様との夜の営みが……』
「あーそれなら心配しなくてもいいよ。見た目は完全に大人の女性だけど、僕の呪いの貞操帯の中にはアクセルJrが残ってるようだし、夜の営みには困らないはずだから」
アクセルはパンプキンが霊力の粒子で作り上げたパッド付きの黒いタンクトップを地面から拾い上げ、右腕を失いながらもなんとか左手だけ着てみせる。その後、彼女が用意した生地の薄いランジェリーで呪いの貞操帯を包み込むと、続いて彼は霊力の粒子で編み込まれた白いスキニーパンツに足を通して用意されていた黒いロングブーツを履いた。
それからアクセルは地面に置かれたビンテージ風の赤いロングレザーコートに視線を落とす。
パンプキンが作り上げた赤いコートの肩や襟、袖には銀の装飾が施されており、それらの装飾の中でも最も絢爛たる輝きを放つのは、肩から腕に掛けて記されてある『J・HANDMAN』という文字と掌を象った銀の装飾であった。
「なあパンプキンさん。お前が用意した赤いコートに施された装飾のことだけど――」
『はい、ジャックオー様。それらの装飾は文字や形状の通り、便利屋ハンドマンで働く五番街の掌握者ジャックオーを指しているモノでございます。気に入りませんでしたか?』
「いいや……かなり気に入ったよ。黄色いコートはベネディクトさんを思い返すし、今はノアに着せたままだ。それに赤って色ならどれだけ敵の返り血を浴びようが目立たないからね。装飾は随分と派手だけど物凄く気に入った。ありがとう、パンプキンさん」
『そう仰って頂けると特殊な能力を付与して作った甲斐があります。ジャックオー様が身に着けた衣服には、全身の感度を抑える効果が付与されています』
「全身の感度ってどういう事だよ……」
『今の貴方様は人間を超えた別格の存在、解離者という状態です。思考も常に研ぎ澄まされているようですし、身体機能の全てが数万倍を超えている状態と判断して良いでしょう。私が貴方様の肉体を分析したところ、今のジャックオー様の感度は約三千倍以上の数値を叩き出しています』
「感度三千倍って……まんま対☆魔☆忍じゃあねえか!」
『やはり好きなんですね……衣服の説明を続けます。ジャックオー様が着た特殊なコートは、全身の感度を抑制する装置と思ってください。貴方様は歴代のジャックオーの中でも速度に重視した方だと判断したので、ロングブーツを編み込んだ霊力の耐久度も最大値まで設定しておきました。どれだけの速度で走ろうと擦り減る事はないでしょうし、耐久度に優れた逸品となっています』
赤いコートの袖に左腕を通すや否や地面に突き刺さったバスターソードに視線を遣り、アクセルはエンジン機構が仕込まれた変形機構式バスターソードの刃に備わった数字のボタンを押していく。
彼が順々にボタンを『555E』と押していくと、剣に内蔵された聖赤結晶が水分を沸騰させて機械的なバスターソードの逆刃から聖力粒子が含まれた蒸気が勢いよく噴出した。が、アクセルは更に蒸気を放出させるために、地面からバスターソードを引き抜き豪快に振り下ろす。
「エンジンが温まってきたな。これなら無理に剣を振らなくても蒸気の噴出だけで刃が敵の体を抉るはず。だけど、やっぱり左腕だけだと違和感があるな。カボチャの王様さんの話が事実なら右腕の再生は不可能……となると僕もイザベラ師匠やリリスのように改造機関義手でも装備するしかないか……」
アクセルがエンジン機構が備わった剣を豪快に振り下ろすと、機械的な姿を保った変形機構式バスターソードが熱を帯びて刃を赤く染め始めた。
巨大で機械的なバスターソードに備わったエンジン機構には、錬成水を貯蔵するタンクと共に聖赤結晶238が内蔵されている。そして聖赤結晶238は他の聖赤結晶とは一線を画す結晶であり、ひと度熱を上げると半永劫的に燃え続ける性質を持っていた。
錬成鉱石の特殊な性質を理解していた彼は、剣を振る度に起こる機械内の結晶の振動と往復運動を利用して聖赤結晶に刺激を与え熱を帯びさせる。そして逆刃に備わった排気口から噴出する蒸気の放出量を見定めると、彼は再び斬撃の段階的な威力の向上を試みた。
彼が戦闘に向けた万全な準備を整えている最中、アクセルが作り上げた山積みの機甲骸の残骸の物陰に彼を好奇の目で見る人物が忍び寄る。そしてアクセルが蒸気の噴出調整を終えた直後、彼に歪んだ感情を抱いた男が背後に迫った。




