18「擬似天使の繭籠もり」
それから僕は限られた僅かな時間の中で招来招魂術式の掌印を組み始める。が、それに気付いたデンパ君と魔導鎧に身を包んだカトリーナは、各々が召喚した白き魔獣『白豹』と斉天大聖の名を冠する『美猴王』を引き連れて突撃してきた。
「アクセル、絶対に何も召喚させないわよ! 劉峻強。彼女が殺されたくなかったら私に協力しなさい!」
「はいはい、了解しましたよ。カトリーナさん、俺が召喚した美猴王には中距離からリリスの攻撃に対応させる。あんたも白豹に指示を送って彼女の相手をさせろ」
等と協力し合ったデンパ君とカトリーナは、自らが調伏、又は契約した魔獣と怪異へ指示を送る。その直後、彼女に従う白豹は物凄い速度で地面を疾走していき、リリスが掌から放ち続ける聖赤散弾の豪雨を掻い潜りながら彼女の元へと駆け抜けた。
そしてカトリーナが召喚した白豹は彼女を翻弄するように動き回まわると、僕の機械鎧に深い傷跡を残した分厚い爪でリリスに襲い掛かる。しかし、彼女も多くの任務を遂行してきた水上都市メッシーナ帝国を代表する優れた帝国錬金術師であった。
リリスは魔獣が襲い掛かる寸前に掌を地面に押し付けると、同時に後天性個性の『茨化』を発動して、自身の周囲に茨の防壁を作り上げる。
「アクセル! なんとか白豹の攻撃は防げたわ。だけど貴方が言っていた二体の怪異の召喚はまだなの!?」
「もう少しだけ待ってくれ。こっちもカトリーナさんとデンパ君に抑え込まれてる。二人とも僕の後天性個性や術式の弱点を理解しているようなのか、招来招魂術式の掌印を組む暇が全くないんだ……」
デンパ君と壮絶な組み手を交わしながら、隙を見て招来招魂術式の掌印を組もうと試みる。が、僕の発言から何かを察したカトリーナは、魔導鎧に備えられた加速装置を起動して目前まで迫ってきた。
そして彼女は有無を言わさず『魔導鎧式霊爆黒魔術』を連続で放ち続ける。しかし、僕の周囲に張り巡らせた斥力の多重結界が彼女の攻撃を跳ね返し続けた。
「アクセル! 本当にイヤらしい能力を持っているわね! 殺してでもパンプキンを奪ってやるわ!」
「カトリーナさん。今の僕を四年前に貴女を殺し損ねた僕と同じ人物だと思わない方がいいですよ。それにパンプキンさんが言っていたように、五番街の掌握者という肩書は貴女に相応しくない!」
等と彼女に言い返しながらデンパ君の発勁を最大限の動体視力で捌き続けると、カトリーナと共に襲撃してきた彼が僕の視界から忽然と消えた。
その直後、僕の背中に強い衝撃と共に激痛が走った。
どうやらデンパ君は身体機能を向上させる霊術を発動していたらしく、一時的に身体機能を爆上げした彼は僕の背後に回り込んでいたようだ。
激痛に耐えながら背後を振り返ると、そこには発勁を打ち込み終えたデンパ君の姿があった。
彼は僕が維持し続ける斥力の多重結界の弱点を理解している。そして背後に回り込むや否や霊力が込められた渾身の発勁を打ち込んだらしい。
デンパ君が背中に発勁を叩き込んだ直後、僕の霊力操作によって出現していた『虚空の四勾玉』の一部が姿を変え始め、下位互換の術式であった『堅牢の三勾玉』に置き換わった。
「アクセル、申し訳ないが斥力の多重結界の弱点は把握している。今のお前はカトリーナさんに『斥力の面の力』を注ぎ込みすぎて、背後に施した斥力の効果が弱まっていたからな。この発勁を打ち込んだからには霊力の操作が難しくなっただろう。これで暫くは霊力を練るのに時間が掛かるだろうし、招来招魂術式は発動できないな……」
確かにデンパ君の言う通りだ。
僕は屋敷の地下神殿で彼やユズハ先生と修行を重ねた結果、磁力操作の異能を『集中的な一点の強力な攻撃を弾き返す点の力』ではなく『全方位からの攻撃を弾き返す面の力』に置き換えた。
斥力の結界操作を点から面に変更したのは、敵からの突然の襲撃に備えた万能な防御策の一つでもある。しかし、今回のようにカトリーナからの猛攻を防ぎ切るのに斥力の力を彼女に集中してしまったせいなのか、僕は背後にまで張り巡らせた斥力の効果を十分に発揮できていなかった。
「無差別放電!」
デンパ君が打ち込んできた強力な発勁が自身の霊力操作を乱れさせる最中、僕は目と鼻の先の距離まで接近してきた二人に向けて【雷神の力】を宿した無差別放電を行う。すると発勁で重症を負ったのは悪手だったが僕のカウンターは見事に決まり、デンパ君とカトリーナは高電圧の放電をモロに直撃したようだった。
二人は『無差別放電』を受けた直後、強力な衝撃波が伴われる放電の威力で闘技場の端へと吹き飛んでいく。その直後、僕はリリスの身を案じて彼女に視線を送った。
「リリス! 今の攻撃のせいで暫くの間、怪異を召喚出来なくなった! 少しだけ戦法を変えるぞ!」
「分かったわ。こっちも相手が強力な召喚獣なの。応援に来てくれると助かるんだけど……」
リリスは帝国錬金術師の中でも天才肌だったようだ。
彼女は数日前に昇華させた【茨化】の異能を左手に付与させると砂の地面を叩き、何十本もの茨の蔓を出現させて白豹の体を絡め取る。しかし、リリスはデンパ君が召喚した美猴王という怪異の猛攻に苦戦していたらしく、彼女が自由自在に伸縮させる如意棒による攻撃を防ぎ切れていなかった。
「アクセル! 余裕があるのなら美猴王の相手をしてちょうだい!」
リリスが改造機関義手の右腕で如意棒による連撃を防ぐ一方、僕は革製のブーツに仕込んでいた【ドロシー】と【アリス】と呼ばれる二丁の自動拳銃を引き抜き、左眼と同化したパンプキンさんに指示を送る。
「パンプキンさん! デンパ君が僕の体に打ち込んだ発勁は霊力を練れなくさせる技だった! 怪異が召喚出来なくなった以上、別の方法でカトリーナさん達を倒さなきゃいけない! お前の錬金術と霊術を駆使して【ドロシー】と【アリス】に弾丸や弾薬は生成できるか!?」
『もちろん可能です! 私はジャックオー様に仕える最強の霊具ですよ!? 招来招魂術式の件はジャックオー様が掌印を組まないといけませんが、貴方様が支配下に置いた魔導具や霊具に弾丸を生成し続ける事など造作もありません!』
やっぱりパンプキンさんは優秀な霊具だった。ただの頭のイカれた黒髪の痴女って訳じゃなさそうだ。
カトリーナとデンパ君は『無差別放電』をモロに受けて起き上がれないままでいる。今ならリリスに加勢して彼女が苦戦している美猴王を叩く事ができるはずだ。
等と考えながら【ドロシー】と【アリス】に霊力が注ぎ込まれるのを感じ取っていると、霊眼として肉体に同化した彼女が今の僕の体に起こった状態を報告してきた。
『ジャックオー様。貴方様にお伝えしなければならないことがあります。先ほどウォーカー氏が発動した【幽世の刻】の件についてです』
「分かった。美猴王を叩きながら聞くから簡潔に教えてくれ」
その後、僕は二丁の自動拳銃【ドロシー】と【アリス】から精密射撃と高速射撃を行い、リリスへと中距離から如意棒による打撃技を行っていた美猴王に攻撃を仕掛ける。が、デンパ君が召喚した怪異のお姉さんは、僕が銃撃を始めると共に急接近した。
『ジャックオー様。これから告げる情報はあまり良いものではありません。貴方様の身体機能の向上数値や霊力と聖力、そして魔力量の回復速度をお調べしたのですが、全ての数値が通常の状態に戻っています。これは恐らく、ウォーカー氏が発動した【時を巻き戻す異能】の影響でジャックオー様の身体機能の数値が元に戻ったと推測していいのかもしれません』
「やってくれたな……あのマスコミ野郎。つまり僕の体内に残った霊力や聖力、魔力も元の残量に戻ったって事か……」
パンプキンさんの発言が事実であるとするなら、このまま戦闘が長引けば『虚空の四勾玉』が『堅牢の三勾玉』に変化するかもしれない。そうなればカイレンと戦うユズハ先生に送り込んだ勾玉さえも元に戻ってしまうし、利き腕の右腕が動かなくなった彼女のサポートにも回れなくなる――。
ここは思考を並列化させながらも脳への負担を減らして術式の効果を長引かせるべきだ。そうすれば闘技場に残った『虚空の四勾玉』が『堅牢の三勾玉』に戻ってしまうのを遅らせれる。
等と考えながら美猴王が繰り出す如意棒の攻撃を斥力の多重結界で弾き返した直後、僕はカイレンに攻撃を続ける『虚空の四勾玉』を維持するために【磁力操作】の異能を完全に解除した。が、その瞬間、デンパ君が召喚した怪異は手に持った如意棒を呪力の粒子に変化させる。
彼女は僕の瞳をじっと見つめ続けると、「ねえアクセルさん。少しだけ二人っきりで話をしない?」と尋ねてきた後、静かに「定身の呪法」と呟きデコピンをしてきた。
「え……体が動かない――」
「ごめんねアクセルさん。これは『定身の呪法』と呼ばれる異能で金縛りに近い能力なんだ。貴方にはボクらの事情を伝えなければならない。用が済んだら解呪してあげるからジッとしていてね……」
どうやら美猴王という怪異のお姉さんが発動した『定身の呪法』と呼ばれる異能は、対象の身動きを一時的に封じる力であったようだ。彼女は一瞬だけ身動きが封じられた僕を壁ドンのように地面に押し倒すと、上半身に跨がるや否や胸を押し付けて耳元で囁き始めた。
「アクセルさん。これからボクは貴方に負けた振りをして自分の意思で異界に戻る。勿論、アクセルさんを瀕死の状態にまで追い詰めた上で異界に戻る選択を取っても良かったのよ? それでもボクが自分の意思で異界に戻る選択をしたのは、貴方が彼と友人で居続けてくれると感じられたから。それに今の峻強は妹である美華を人質に取られている。だから彼は仕方なく劉峻宇の指示に従ってカトリーナと組んでまで貴方と戦い始めたの――」
上半身に跨がり胸を押し付けながら耳元で囁く怪異のお姉さんの話によると、僕らを裏切ってカイレンの側に着いたデンパ君は、妹である『劉美華』という少女を人質に取られているとのこと。
それから武将を模した甲冑に身を包んでいた怪異のお姉さんは、これ以上の無益な戦いを行わない事を条件に彼の妹を救い出して欲しいと頼んできた。
「美華ちゃんが人質に取られていたんですね。貴女が提示してきた交換条件はデンパ君も承知しているんですか?」
「いいえ。ボクは彼に何も告げていない。本当は峻強だって自分から伝えたかったと思う。けれども彼も自分の大切な友人に助けを求めるような事は言えないでしょ?」
確かに美猴王さんの言う通りなのかもしれない。が、彼が劉家の若頭であるように僕だって五番街を代表するの掌握者の一人だ。
少しでも美華ちゃんの事情を伝えてくれば、何らかの方法を用いてデンパ君に協力できたかも知れないのに……。
「……あの野郎。独りで何もかも抱えやがって」
「まあ、そういう事だから上手く立ち回って彼の妹を助けてあげてちょうだい。今の彼は翔兄さんを牡丹に殺されて冷静じゃなくなってる。感情が暴走した峻強を助けられるのは友人である貴方だけだと思うの」
等とデンパ君の身を心配していた美猴王さんだったが、彼女は最後に「五番街の掌握者ジャックオー・ダルク・ハンドマンの力を思い知らせなさい」と言い残すと、僕の左眼に宿った『真理の霊眼』の力で招来招魂術式の効果を無効化して欲しいと告げてきた。
それから僕はパンプキンさんへ左眼に宿った『真理の霊眼』の効果を【ドロシー】と【アリス】の弾丸に込めるよう指示を送った後、美猴王さんの体を斥力の力で弾き飛ばして立ち上がる。
二丁の自動拳銃の照準を怪異のお姉さんの甲冑に合わせると、僕はそのまま銃口から術式の効果を崩壊させる弾丸を放った。
「アクセルさん。お願いだから峻強や彼の妹を助けてあげてね……」
「任せてください。僕はアンクルシティで便利屋を営なむ最強の掌握者です。デンパ君には少し痛い思いをしてもらいますが、なんとか立ち回ってみせます」
二丁の自動拳銃から放たれた銃弾が怪異のお姉さんの甲冑に直撃した瞬間、彼女の体は呪力の粒子と化して闘技場から消え去る。その後、僕は続いて『術式を崩壊』させる弾丸を白豹に撃ち込み、リリスが相手をしていた魔獣を魔力の粒子に変化させた。
「ありがとう、アクセル。これでやっと二体二の戦いになるわね――」
「残念だけどそうはならないわ! 魔導鎧式霊爆黒魔術!」
等とリリスが安堵した瞬間、麻痺状態から完全に復帰したカトリーナが彼女の元に駆け抜け、緊張の糸が解けたリリスに向けて渾身の魔導鎧式霊爆黒魔術を打ち込んだ。
「リリス!」
「チッ……当たりどころが悪かったようね。肋骨はへし折ってやったけど仕留め損ねたわ。次は貴方の番よ……アクセル!」
空間が歪むような魔導鎧式霊爆黒魔術が炸裂した瞬間、リリスは闘技場の端まで吹っ飛ばされて完全に意識を失ってしまった。
それから僕はカトリーナに自動拳銃の照準を合わせて【ドロシー】と【アリス】による霊弾の精密射撃と高速射撃を始める。が、その瞬間、彼女は臨界操術『魔獣の双腕』を発動して、僕が放った銃弾を巨大な獣の腕で防ぎ始めた。
「劉峻強も情けないわね。貴方の電撃を喰らって気絶しているんだもの」
「カトリーナさん。貴女は本当にしぶとい女性ですね。雷神の力を宿した攻撃を喰らっても平気なのは、貴女が着ている特殊な魔導鎧のお陰ですか?」
僕は満身創痍の中、息を吹き返したカトリーナに尋ねる。
「察しが良いわね。だけどそれだけじゃないわ。さっきも言った通り私は疑似天使の細胞を取り込んで蘇ったのよ? 私の体は神々を殺す事さえ可能な肉体に変化しつつあるの!」
するとそう告げてきたカトリーナは、空中に浮かんだ『魔獣の双腕』を操りながら僕の元へと駆け抜け、自身の霊爆黒魔術に併せて『魔獣の双腕』を操り殴り掛かってきた。が、僕は最大限の動体視力を用いて、彼女が繰り出す殴打の連撃を全てを避け続け、隙を見計らって二丁の自動拳銃をブーツに仕舞う。
それからユズハ先生から学んだ【臨界操術】の掌印を組み上げると、詠唱破棄を行い小龍との戦いでも活躍した『悪魔の隻腕』を発動した。
純白色の巨大で悪魔的な隻腕には、パンプキンさんが込めた霊力が宿っている。カトリーナが発動した魔獣の双腕とは数で劣るが、僕には悪魔の隻腕を利用した奥の手が残されてあった。
「アクセルを圧し潰しなさい! 魔獣の双腕!」
「悪魔の隻腕! もう片方の魔獣の腕は僕が受け止める! お前はもう片方の魔獣の隻腕をぶっ壊せ!」
悪魔の隻腕に指示を送った直後、臨界操術で召喚した隻腕は魔獣の拳と正面からぶつかり合い、彼女の魔獣の拳を粉々に粉砕した。が、こちらに向かってきたもう片方の隻腕を受け止めるのに、僕は霊力を膨大に溜めた機械鎧式霊爆乱舞を解き放った。
しかし僕の機械鎧式霊爆乱舞とカトリーナの魔獣の拳がぶつかり合った直後、機械鎧式霊爆乱舞を放った僕の右腕は強烈な音と共に右腕の骨が次々と砕かれる。
そして僕の右腕は原型は留めていないほど圧し潰れてしまった。
『ジャックオー様! 右腕が……』
「流石にカトリーナさんが召喚した『魔獣の隻腕』の威力は桁違いだな。機械鎧式霊爆乱舞で相打ちを覚悟してたけど、右腕が使い物にならなくなるとは思いもしなかったよ」
『私が実体化してジャックオー様の右腕の治癒を始めます! 今なら治癒が間に合うかもしれません!』
「いいや、パンプキンさん。僕の右腕は完全に原型を留めていない。このまま治癒を施して再生したとしても邪魔になるだけだ。それよりもカトリーナさんを倒す策を思いついたんだ。僕の体には悪魔の隻腕を維持するのに必要な霊力が残ってるか?」
『悪魔の隻腕を維持するだけの霊力は残っています。ですがもう一度でも霊爆乱舞で魔獣の隻腕を弾き返そうとすれば、ジャックオー様の両腕が圧し潰れてしまいます……』
「分かった。それだけ残っていれば十分だ。カトリーナさんの魔獣の双腕も片腕しか残ってない。だけど今の衝撃で僕の悪魔の隻腕も霊力の粒子に戻りつつある。ここは流石に奥の手の出番だな……」
等と静かに呟きながら、僕は全身を包み込んでいた変形機構式機械鎧をキャストオフして、空中に漂う悪魔の隻腕に向けて左手をかざした。するとその直後、宙に浮かんだ機械鎧が空中で分解されていき、悪魔の隻腕を覆うように装備され始める。
その後、僕はとある賭けに出でパンプキンさんに尋ねた。
「パンプキンさん。今から変形機構式鎧を纏った悪魔の隻腕に霊力を注ぎ込むのなら、どれぐらいの量の霊力が溜められるか?」
『ジャックオー様。今から悪魔の隻腕に霊力を注ぎ込んでも、碧血衛が背負っていたパックパック数十個分程度の量しか霊力が注入できません。もしかして彼の異能を利用するつもりですか?』
パンプキンさんが尋ね終えた瞬間、僕が悪魔のように不敵な笑みを浮かべているとカトリーナさんは加速装置を起動して急接近してきた。が、その直後、僕は闘技場内に佇む一体の怪異に向けて叫び声を上げる。
「やっぱりお前は最強の霊具だ! パンプキンさん! ありったけの霊力を悪魔の隻腕に注ぎ込め! カボチャの王様! キャッスリングだ!」
等と両者に指示を送った直後、カトリーナが霊爆黒魔術と共に魔獣の隻腕で殴りかかろうとしたが、僕は怪異の異能の一つである『対象の入れ替わり』を発動させる。
すると膨大な霊力が溜め込められた『悪魔の隻腕』と『僕自身』の位置が完全に入れ替わり、カトリーナに悪魔の隻腕へ目掛けて渾身の魔導鎧式霊爆黒魔術を叩き込ませた。
それから間を置くことなく『膨大な霊力を溜め込んだ悪魔の隻腕』は粉々に砕け散り、同時に隻腕に溜め込まれた霊力の拡散爆発が必然と彼女の体に衝撃を与えた。
「あれだけの拡散爆発を喰らっても魔導鎧がぶっ壊れるだけなんだな。魔導王の機械技術には興味が湧いてきたよ」
霊力の拡散爆発をゼロ距離で受けたカトリーナは、闘技場の壁にもたれ掛かって気を失っている。が、彼女の体には傷が一つもついておらず、拡散爆発の威力の全ては魔導鎧の防護機能によってダメージを最低限に減らしていた。
それから液体型機甲骸と戦闘をしていたカボチャの王様さんが傍に駆け寄ってきた。
彼は圧し潰れた僕の右腕を覗き込むと、不穏な空気を漂わせながら腕の事を語り始めた。
「ジャックオー。今回のキャッスリングは見事に成功を収めた。が、右腕が圧し潰されているようだな。原型を留めていない右腕は流石に私の異能でも治癒が施せない。申し訳ないな」
「カボチャの王様さん。たかが右腕一本を失った程度で疑似天使の細胞を取り込んだ彼女を戦闘不能に追い詰めたんです。それに僕は義手や義足を作る機関技師ですから気にしてませんよ」
彼女の息の根を止めるために闘技場の端へと歩み寄り、再びブーツの中から【ドロシー】を引き抜いて彼女に銃口を向ける。するとその場にセリナさんがやって来た。
どうやら彼女もカトリーナから受けた魔導鎧式霊爆術から自力で復帰したらしく、彼女を見下ろすや否やツバを吐き捨てた。
その後、僕は彼女にどうして自分が墮胎した赤子をカイレンに明け渡していたのか尋ねる。
「カトリーナさん。正直に言って貴女の行動は常軌を逸している。どうして貴女は亡くした赤子を彼らに引き渡したんですか?」
「……カイレン。いや、魔導王イヴ様は私と約束してくれたの。ちゃんとした体で作ってあげられなかった私の天使たちを【本物の天使】にしてくれるって。だから私は何があっても彼女たちを天国へ導くために女神にならなくちゃいけないの!」
等とカトリーナが叫び声を上げた瞬間、闘技場の中心から悍ましい魔力が溢れ出したのを感じ取り、僕は再びユズハ先生の元へと駆け抜け彼女のサポートに回る。が、強烈な違和感があった。
レンウィルが治癒魔術を施し続けていたイスカは、繭のような塊で全身を覆い尽くしていた。
「あれは繭なのか? だとしたら何かが産まれてくる可能性がある!」
その瞬間、僕はカイレンの攻撃を掻い潜り、繭に籠ったイスカに向けて自動拳銃から霊弾の高速射撃を試みる。しかし、繭に籠った彼女は別次元の存在に昇華してしまったらしく、蜂の巣にしたはずの白い繭の中には彼女の姿がなかった。
「ユズハ先生!」
「アクセル。残念だが私たちはここまでのようだ……」
先生がカイレンと凄まじい戦いを行う最中、僕は闘技場の遥か遠く上に出現した天使のような悪魔に視線を送る。
どうやらイスカは羽化を遂げて本物の擬似天使に姿を変えたらしく、空中には純白の翼を背中から生やした鱗翅目の蚕を彷彿とさせる悪魔のような聖騎士が滞空していた。
その騎士は機械的な鎧に身を包んでおり、片翼の翼を屈強な盾として持っていて、もう片方の手には分厚く巨大なクレイモアが握られている。
「お前……まさかイスカなのか!?」
「私は死の淵から蘇り擬似天使を超えた別次元の存在に昇華した。アクセル……さっきまでの私と同じ存在だと思わない方がいいわよ」
巨大なクレイモアを持った聖騎士の風貌をした化け物は、まるで罪を罰する天使と悪魔の中間に位置する化け物の風貌をしていた。彼女からは僅かにイスカの魔力が感じられたが、とてもではないが同じ人物だとは思えなかった。
それから聖騎士を彷彿とさせる化け物に変化した彼女は、闘技場の上空から忽然と姿を消し去ると、いつの間にか僕の目前に現れ巨大な右翼で僕の体を覆い始める。その後、イスカは僕の体を右翼で囲み込むと、とある交換条件を提示してきた。
「私はカイレンさんの直属の『咎人』なの。無闇矢鱈に罪もない人間の命を吹き消すつもりは無いわ。私はこれ以上、貴方達に危害を加えない。だから貴方も黙ってユズハとカイレンさんの戦いを見ていてもらえるかしら?」
ふざけろ……と言いたいところだったが、今のイスカは完全に擬似天使を超えた別の何かへ昇華したようで、今の僕には全く勝てる気がしなかった。




