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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第5章 青少年期 九龍城砦黒議会 完結編

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16「怪物」


 変形機構式機械鎧で身を包んだ黒髪の少女パンプキンさんと攻撃の態勢を執り、僕はガントレットから災厄の魔術師が使用していた鋭利なブレードを再び露出させる。彼女は獣人族の大人でも持ち上げられなさそうな、白く輝く巨大なクレイモアを軽々と担いでおり、僕の攻撃に合わせてカトリーナの元へと駆け抜けていくようだった。


「ジャックオー様。今の貴方は機械鎧を身に着けておりません。ベネディクトに【憑依化】したイスカとカトリーナの攻撃を絶対に受けないでください」

「それぐらい分かってる。カボチャの王様(パンプ・キング)に霊力や体力を最大限まで回復してもらったんだ。攻撃を喰らう事はあってもモロにヒットする事はあり得ないよ。彼からは【真理の霊眼】の使い方も教わったし、それに何よりも全く負けるイメージが湧かないんだ――」


 等と心に余裕を持って長話をしていた途端、ベネディクトさんの姿に【憑依化】したイスカは、「【唯我独尊(アローン)】」と叫んで身体機能の向上を行う。そしてカトリーナは僕のニヤけた笑み目撃した直後、耳障りに感じる金切声を上げて四年前の事件を彷彿とさせるように【再生移動(オーバーレイ)】を行い、空中に漂っていた僅かな霊力の粒子を踏み込んで僕の元へと疾走した。


 恐らくカトリーナという女性は、僕が溢したふざけた笑みを目撃して『四年前に(あお)られた続けたこと』を思い出してしまって腸が煮えくり返っていたのだろう。もしかすると、今回も煽り散らかして彼女を翻弄しながら葬れるかもしれない。が、流石に相手が『疑似天使』という謎の存在の細胞を取り込んだ敵となると油断は禁物だ。


 そして彼女の相手をするのは、僕ではなく霊具パンプキンさんだった。霊具である彼女としても何らかの秘策を用意してあるはずだろうし、パンプキンさんは過去に一度イザベラ師匠に装備した状態でベネディクトさんに敗北している。


 僕だったら対抗心を燃やしてベネディクトさんとリベンジマッチを果たすだろうが、優秀な霊具である彼女としては戦いたくない相手なのだろう。


 等と考えていた直後、変形機構式機械鎧で身を包んだパンプキンさんがカトリーナの前に立ちはだかり、巨大なクレイモアを薙ぎ払って霊力の斬撃波のような物質を彼女に向けて飛ばしやがった。


「ジャックオー様! イスカの相手は任せましたよ!」

「はーい。じゃあ、カトリーナさんの事はよろしくね」


 パンプキンさんがカトリーナに霊力の斬撃波をモロに喰らわせたので、僕は彼女に腕を上げるよう頼んだ。その後、何の意味もないハイタッチを交わして僕はイスカとの戦闘を開始する。しかし、カトリーナが斬撃波を喰らって闘技場の壁まで後退させられたのを目撃した彼女は、鬼の形相になったかと思えば【招来招魂術式】に絡んだ掌印や指印を組んで詠唱破棄で発動した。


「なにボーっとしてるんだよ。それに私のお母さんを傷付けるなんて絶対に許さない……【招来招魂術式・黒薔薇(ブラックローズ)白百合(ホワイトリリィ)】」

「ああ、随分と物騒な二丁の自動拳銃なんか召喚したな。それも異界の武器なのか? 親戚のお兄ちゃんが遊んでやるから掛かってきなよ。イスカちゃん」


 思考を研ぎ澄ませながらパンプキンさんとカトリーナの戦いに注目していると、ベネディクトさんの姿に【憑依化】したイスカが頭蓋骨を砕くような霊力や魔力が込められた弾丸を白と黒の自動拳銃から放ってきた。が、僕は化学物質を操る異能を用いて『ドーパミン』を強制的に放出させ、思考を複数に並列化させたまま身体機能や思考速度を『神の領域(ゾーン)』と呼ばれる状態に移行する。


 そして僕は左眼に霊力を調整して溜め込みながら、彼女が高速連射する弾丸を全て軽々と避け切った。しかし、何か妙に感じる強烈な違和感があった。


 イスカが招来招魂術式で召喚した【黒薔薇(ブラックローズ)】とやらは、工芸品と間違ってしまうような複雑で見事な彫刻が施された自動拳銃となっており、もう片方の【白百合(ホワイトリリィ)】も同様にコリント式のデザインが施されているようだ。そして見るからに両方の自動拳銃は【貴重な工芸品】として記念博物館に展示されるぐらいの代物だと思えて、とてもではないが実弾を込めて発射できるほど優れた機能を持っているとは思えなかった。


 しかし、一番の謎だったのはベネディクトさんの姿に【憑依化】した状態のイスカが、【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】に一切のリロードをしていない事だった。もしかすると、彼女が自動拳銃から放つ弾丸の全ては『魔力』や『霊力』を元に作られた物質であるから、弾薬を生成してリロードをする必要がないのかもしれない。


「魔力や霊力が底を突きなければ高速連射出来る自動拳銃か。とても魅力的でパーフェクトだね」

「うるさい! 黙って死ね!」


 それから僕は右眼にも魔力を調整して溜め込み、ベネディクトさんの姿に【憑依化】したイスカ自身に【魔眼の異能】の一つであった『服従』の効果を仕掛ける。


「傲慢の加護を受けたジャックオー・ダルク・ハンドマンが命じる。魔眼の力に服従して武器を手放せ」


 するとその瞬間、ベネディクトさんの姿をしたイスカは急に苦しみだして地面に膝を着き、二丁の自動拳銃をこちらに放り投げて自ら首を締め始めた。が、服従の異能への抵抗の現れなのか、彼女は自身の首を締め始めた掌を地面に叩きつけ続ける。


「なあイスカ。お前が先天的に生まれ持った【憑依化】っていう異能について詳しく語ってくれ。お前が持つ異能はどんな人物のどんな能力も使えるのか? それと生きている相手の姿にしか化けられないのか? 答えてくれたら【魔眼の効果】の能力を解いてやる。それが(まこと)(ことわり)だからな」

「……っはぁ、っはぁ。クソッ垂れ。絶対に後で後悔させてやる。『憑依化の対象は生きている人間。生きている人物であれば、姿や形、力の根源まで自分のものにできる。憑依化の効果時間は練度によるものだから、人によっては一ヶ月から半年間は姿を変えていられる。だけど、その人物が経験した事やその人の記憶は自分のものにはできない』これで全部話した! だから魔眼の効果を解きなさい!」


 もがき苦しむイスカから【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】を奪い取った後、僕は少しだけ離れた場所で約束通り【傲慢の魔眼】による『服従の異能』を解いてあげた。


 そして彼女から奪い取った二丁の自動拳銃をベルトに差し終えると、再び右眼に魔力を溜め込み始める。しかし、彼女が汗だくになって蹌踉(よろ)めきながら立ち上がった途端、僕は掌でシャッター切るように親指と人差指を合わせて指で作り上げた【三角窓】から彼女を覗き込んだ。


 それから僅かな霊力が溜められた左眼の【真理の霊眼】で数回ほど瞬きすると、指で作り上げた【三角窓】の中に居る彼は霊眼の対象となって異能の(まこと)(ことわり)が崩壊され、僕と同年代の少女であった『イスカ・ディアボロ・ハンドマン』の姿に変化していく。


 この時、やっと自分の両眼に【真理の霊眼】と【傲慢の魔眼】が宿っているという事が実感できた。


「これが『術式や異能を【崩壊、又は無力化】する力』と『相手を服従させる【傲慢の魔眼】の威力』なのか。色々と試してみる価値はあるけど、霊眼に関しては意外と消費する霊力が少ない気がする。何か裏がありそうで怖いぐらいだ。しかし、魔眼に限っては魔力の消費量が結構エグいな。魔石を持ち運びすれば魔力が回復するのかもしれないのだろうけど、それだと荷物がかさばって移動が面倒くさくなるな――」

「えっ……どうして私の【憑依化】が発動できないの!? 何度も先天性個性を発動しようとしているのに、全然体が反応しないんだけど!」


「ああ、イスカ。お前の【憑依化】が発動できないのは僕が発動した【真理の霊眼】のせいだよ。発動のクールタイムは分からないけど、暫くは発動できないと思った方が良い。無理に発動すれば何が起こるか僕には分からない」

「う、嘘っ……ていうかアクセル。貴方が腰に差した二丁の自動拳銃は私の【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】だよ――」


 黄色いコート姿のイスカは僕がベルトに差していた二丁の自動拳銃に指を差していたが、勿論、彼女には返すつもりはない。


 それから僕はイスカに向けて「イスカって成長したよな。僕は異界から武器を召喚するなんて発想は思いつかなかったもん」と伝える。その直後、彼女は僕から感じ取った強力な魔力や霊力に苛立ち始め、終いには「お願いだからアクセルお兄ちゃん……私の大切な銃を奪わないで」と呟き、しきりに涙を流し始めた。


「残念だったなイスカ。その手は通じない。僕はお前のお兄ちゃんでもなければ、お前が思っているよりも意地が悪くて変態な男なんだ。傲慢の加護を受けたジャックオー・ダルク・ハンドマンが命じる。魔眼の力に服従して僕の配下になれ」


 僕はニヤリと笑みを溢しながら腰のベルトに差していた二丁の自動拳銃を引き抜き、【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】と名付けられていた『無駄に装飾が施されていた』可哀想な二丁の自動拳銃に視線を落とす。


 そして二丁の自動拳銃に向けて呟いた瞬間、左眼に宿った【真理の霊眼】による『術式の強制崩壊』の能力を発動させた。すると自動拳銃の周囲に空間の歪みが発生してガラスの様に空間が砕け散り、イスカが自動拳銃と結んだであろう契約、又は調伏の儀自体が無かったことになったようだ。


 それから姿を変えた大型の自動拳銃は、規格外の大きさを誇るコルト・パイソンへと姿を変化していき、彼女が何の意味もなく工芸品と仕立て上げた装飾を消し去っていく。


 自動拳銃は僕から吸収した霊力と魔力を元に二つのブローチを作り上げると、グリップの外観中央に二人の可愛げな少女の肖像画と彼女らの名前が彫られたブローチ埋め込んだ。


「な、何なのよ。そのクソダサい二丁の自動拳銃は!? 私の【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】は何処に行ったのよ! 私の銃を返しなさいよ!」

「イスカ。お前は何も分かってないな。そもそもお前が持っていた【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】は自分で名付けた名前だろ?」


「それが何なのよ! 私の魔銃は藍上(アイガミ)様によって調伏させた武器なのよ! 何の存在価値も無い武器に名前を付けるのが飼い主としての役目でしょ!」

「誰が調伏させたかは置いておいて……彼女たちには『ドロシー』と『アリス』っていう立派な名前があったはずだ」


「それが何なのよ! 今さら名前なんてどうでもいいでしょ!」

「ダメだ。全然良くない。僕は馬鹿だから今まで良く分からなかったけど、とある友人から名前がどれだけ大切なものなのか知る事ができたんだ。名前というものは『その人物や物をどういう存在であるか証明、定義するものだ。僕が【最速の男】であると称されるのは、その名を冠するのに相応しい存在だから』らしいんだ。つまり、僕が言いたいのは、お前が持っていた【黒薔薇(ブラックローズ)】と【白百合(ホワイトリリィ)】にも『ドロシー』と『アリス』という存在を定義する立派な名前があるって事だ。僕はお前が彼女たちの存在意義を否定して新たな名前を付けた『最低の人間』だって言いたいんだよ」


 この言葉は昔、クリエイト・ロデオ・ウィザード……否、アンクルシティの情報屋であるダブルフェイスJrから忠告された言葉だった。


 あの時の僕は便利屋の従業員としても未熟だったし、ロザリオというお嬢様に掛かった呪いの魔術さえ一人では解呪する事ができなかった。最終的にはメビウスの輪の拠点を叩くことで難なくを得たが、それは運が良かっただけに過ぎない。


 等と考えながら二丁の大口径自動拳銃のグリップを握り締め、トリガーに指を置いてイスカの体に狙いを定める。そして僕は何の躊躇いもせずに左手に持つ『アリス』による精密射撃と右手に持つ『ドロシー』の高速射撃で、イスカの体を蜂の巣に変えた。


「さよならイスカ。異界で生まれ変わったらまた会おう」


 彼女の亡骸に別れを告げた後、僕はパンプキンさんたちの加勢に行く。が、こちらもどうやら片付いていたようで、彼女はカトリーナを『霊縛術』の鎖で捕縛。そして掌握者であるセリナさんは数分前にデンパくんを無力化していたらしく、彼はセリナさんが空中に浮かばせた水魔術の檻の中に入れられ、必死にもがき続けていた。


 しかし、マクスウェルさんと戦っていたウォーカー氏は未だに孤軍奮闘中でありながらも肉弾戦で戦い続けていたようで、彼は様々な後天性個性を併用して身体機能をマクスウェルさんと同等に高めて戦っている。もしかすると、カイレンはウォーカー氏に十以上の後天性個性を与えたのかもしれない。


 彼のこと注視しながら観察していると、パンプキンが傍に寄ってきて「ジャックオー様。お怪我はありませんか?」と身を案じてくれた。


「うん。全然無傷。それよりビショップが破壊されたのが悔しいぐらいだ。それに【四勾玉の知覚共有】によると、クラックヘッドはリリスを三面地蔵の攻撃から守るために粉砕されたらしい。でも、リリスがクラックヘッドの仇を討って三面地蔵を倒したようだから少しは胸がスッキリしたかな。なあパンプキンさん。お前の力で『ウォーカー氏』が持つ後天性個性の能力を調べ上げられないか?」

「分かりました。今なら真理の霊眼を介してジャックオー様と『完全に同期』した状態なので、もしかすると術式だけではなく相手の異能や後天性個性を調べることも可能かもしれません。試してみます」


 彼女は変形機構式機械鎧を脱着すると、下着姿になって自身の身体を霊力の粒子に変化して僕の左眼に吸収されていった。


「あ? おい、完全に同期したって……もしかして僕の左眼自体がパンプキンさんの住所になったって事なのか!?」

『ダメですか? 私、防護マスクに変化し続けるのが嫌だったんです。歴代のジャックオー様は皆、私をカボチャ型のマスクや仮面、武器や衣服に変化させていました。しかし、殆んど実体の無い私からしてみれば、ジャックオー様と常に一緒に居られるのであれば、体の一部であれば何処だって構わないのです。それに眼球の中であれば少しは寝転べますし、お布団を引いてお休みも取れますからね……』


 それから彼女がウォーカー氏の持つ異能について調べ上げようとした瞬間、僕の右眼が魔力の僅かな粒子の変化に気付いた。その後、僕は直立不動した機械鎧を装着して、傲慢の魔眼が感じ取った僅かな魔力の粒子の変化を探り始める。が、既に『彼女』は亡骸となったイスカに治癒魔術を施し始めていたらしく、その女性は彼女を僕たちの攻撃から守るように自身の体で覆い被さっていた。


「何をするのか分からないけど、今は絶対に何もするな! レンウィル!」


 僕は両手に握り締めた【ドロシー】と【アリス】から精密射撃と高速射撃で、レンウィルの体ごとイスカの亡骸に弾丸を放ち始める。が、何処からか激しい雷鳴と共に巨大な粒子砲と化した魔導弾が一直線に放たれ、ドロシーとアリスが放った霊弾と魔弾は一瞬で消し飛ばされた。その直後、僕は四勾玉の知覚共有を介して誰が魔導弾を放ったのか探り当てる。


「シルヴァルト! その女はカイレンの側に着いた敵だ! 何で僕の邪魔をするんだ!」

「すまない……アクセル。レンウィルは俺の……大切な仲間なんだ。これは感情に流された行為じゃない。仲間を守る立派な行為なんだ――」


 僕が放った霊弾と魔弾を消し飛ばしたのは、シルヴァルトが持つ【Z555B型魔導ライフル】から放たれた魔導弾だった。彼は恐らく……いや、間違いなく、レンウィルという女性に恋心を抱いている。そしてなにより魔導王側に寝返った彼女もろとも葬り去ろうとした僕よりも、彼は感情に身を任せてレンウィルを殺す覚悟ができていなかったのだろう。


「ふざけるな! お前がやった行為は『骸の教団』や『帝国錬金術師』としての存在価値を否定する行為だ! お前は何の為に九龍城砦へ来たんだ!? お前はどっちの味方なんだ! 何も選択出来ないんだったら延々と選ばれる側で居続けろ!」


 そう叫び終えた直後、僕は雷鳴の如く闘技場を疾走してイスカに治癒魔術を施し続けるレンウィルの元へと駆け抜ける。そしてドロシーとアリスを両脚のブーツに仕舞い込むと、パンプキンさんに「霊爆乱舞の準備だ!」と叫び、右拳と右腕に膨大な霊力を込め始めた。


「レンウィル。僕はお前が裏切っていた事に何となく気付いていた。それもこれもビショップとクラックヘッドのお陰だけどな。最期に言い残す事はあるか?」

「アクセル……私は貴方と蒸気路面機関車で戦って多くの民間人の死者を出した。それは今でもとても後悔している。だから私はカイレン様に『天術』を施されてもらって【咎人(とがびと)】という存在になって罪を償う選択をとった。私はこの先、殺めてしまった人の分だけ罪を償っていかなければならない。お願いだアクセル、今は死ぬわけにはいかない。私を救ってください……カイレン様!」


 この時、僕は三つの間違いを犯した。


 一つ目はレンウィルから遺言の言葉を聞かずに霊爆乱舞を放てば良かったこと。


 二つ目はレンウィルの治癒魔術によって『完全に蘇生』されたイスカを再び殺せば良かったこと。


 そして三つ目の間違いは、イスカとの戦いで失ってしまった『斥力の多重結界』を張り直さなかった事だった。


「レンウィル、イスカ。待たせてしまって本当にすまない。これからお前達は私が守ってみせる。先ずは貴様からだ……アクセル!」

「シオン……じゃあないよな。お前がカイレンか!」


 渾身の霊爆乱舞をレンウィルの胸元に放った瞬間、僕の拳はシオンの体を乗っ取り目の前に現れたカイレンの片手によって軽々と押さえ付けられた。そしてカイレンは腰に差していた【七度返りの宝刀】を引き抜くと、何かを呟き始めて宝刀の柄を強く握り始める。


「宝刀よ……【斬撃】と【残撃】、【拡散】と【崩壊】を繰り出せ!」


 空間が歪む程の霊力がカイレンの元に集結した直後、彼は鞘から白刃を抜いて空間がガラス状に砕け散るような斬撃波を飛ばしてきた。


 ダメだ。あの斬撃を喰らえば確実に死ぬ。等と今際の際で死を覚悟した瞬間、彼の飛ばした斬撃波から僕を遮るように【頑丈な甲冑を纏った双腕】が現れた。そして見覚えのある【甲冑の双腕】が現れると共に闘技場の端から『いも虫組の副担任』であったユズハ先生が僕の元へと歩み寄ってくる。


 しかし、ユズハ先生はいつものように般若の面で顔を覆っておらず、生徒であった僕でも見たこともない憎悪に満ちた瞳でカイレンの両眼を真っ直ぐ睨み続けていた。


(ようや)く姿を現しおったか……カイレン。この闘技場に張られた結界がどういう結界なのか理解して侵入してきているのだな?」

「当たり前だ。この結界は森閑の包と呼ばれる侵入者を外部に逃さないように(まこと)(ことわり)が拡張された絶対的な【結界天動術】の檻の中だ」


「なるほどな。つまりお主は(シャン)が闘技場に施した結界天動術が今も継続中だと知っているのにも(かかわ)らず、火中の栗を拾う様に飛び込んできたという事で間違いないようだな」

「……そういう事になるな。ユズハ、いずれはお前と決着を着けなければいけなかったんだ。どこまでも逃げられると思っていた私の考えが甘かったのかもしれない。怪異と成り果てたお前は陰陽師である私の退魔対象だ。覚悟はできているな?」


 カイレンがそう尋ねると、ユズハ先生は僕に向けて「アクセル! 私の動きに合わせろ! 奴はここで必ず仕留める!」と告げてきて、僕が彼を殺すのに必要な存在だと認めてくれた。

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