20「叛逆の蒸気都市にて」
こいつ、手合わせ錬成までできるのか。
いや、そうだよな。彼女はホムンクルスだ。魔族を殺すために生まれた存在だ。それぐらいできて当然なのかもしれない。
目の前では、ダンボールに包まったエイダさんがじっと息を潜めている。穴を空けた段ボールから彼女の瞳が覗いていた。
「出てきなよ、エイダさん」
「…………」
無言のまま動こうとしない彼女。僕は溜め息を吐き、問いかけた。
「まさかとは思うけど、キミはそのダンボールに隠れながら兵士の目を誤魔化して、ウチの店まで来たのか?」
「当たり前じゃないですか!」
「いや、当たり前じゃねえよ! たかがダンボールで蒸気機甲骸の目を誤魔化せるなんて思ってるのか!?」
「変態さんは、ダンボールの隠密性を侮っていますね」
そう言い切る彼女の声には、妙な自信が感じられた。
◆◆◆
二人で言い争っている間にも、セキュリティーゲートの守衛たちは着々と近づいてきた。
複数体の二足歩行型の蒸気機甲骸が、僕たちをじっと監視している。その中でも一際目を引くのは、全高三メートルの機関銃を搭載した機体。通称「ED5000」と呼ばれるゲートガードだ。
重厚な装甲に覆われたED5000が、冷たく無機質な声で命じてくる。
「ココカラ先ハ四番街デス。『通行許可証』、又ハ『レベル3以上ノ滞在許可証』ヲ提示シテクダサイ」
「分かってますよ」
僕は右手首を差し出し、刻印されたQRコード型の通行証を見せる。
「アクセル・ダリア・ハンドマン。貴女ノ通行ヲ許可シマス。四番街ヘヨウコソ」
「お勤めご苦労さん」
ED5000が通路を開く音が響く。僕は軽く礼をしてゲートを通り抜けた。だが、ふと振り返ると、まだゲートの外にエイダさんがいる。
「なあ、エイダさん……」
呼びかけると、彼女は再びダンボールを被って完全防備の状態に戻っていた。そのまま地面を擦る音を立てながら、段ボールごとこちらへ歩いてくる。
「話しかけないでください。私はただの善良な段ボール箱です」
「いやいや! どうしてゲートを越えられたんだよ。まさか、そんな馬鹿みたいに目立つダンボール姿で奴らの目を誤魔化せたってのか?!」
「もちろんです! 何度だって言ってあげますよ、私は究極のホムンクルスですからね! ダンボールがあれば無敵なんです!」
彼女の堂々とした発言に、言葉を失う。僕は彼女のダンボールを取り外し、その下から現れたポンコツホムンクルス娘を睨んだ。
「ホント、すごいな、ダンボールって」
「やっと分かってくれたんですね!」
「いや、むしろ悔しい気分だよ」
彼女の得意げな笑顔に返事をする気力も失い、僕は仕方なく歩き出した。
ゲートを越えた先の街並みは、五番街とは全く異なる風景が広がっていた。舗装された石畳の道が続き、左右には洒落た建物が立ち並んでいる。通行人たちも上品な服装で、それぞれが忙しなく歩いていた。
だがその平和な光景を破るように、背後から一発の銃声が響いた。
「エイダさん、僕の後ろに隠れて!」
「わ、分かりました!」
彼女を守るように身構えながら、銃声の発生源に目を凝らす。そこには、反政府組織とおぼしき武装集団がいた。
「くそっ……」
僕はすぐにポーチから変形機構銃「デリンジャー」を取り出し、傘型のハンドルに装着する。
「エイダさん、今すぐ路地裏に隠れていて!」
「で、でも!」
「大丈夫、僕がなんとかするから!」
彼女が躊躇いながらも頷き、ダンボールごと路地裏へと隠れるのを確認する。
ブーツに忍び込ませたデリンジャーを引き抜く。パーツを取り付ける事で性能が変わる特殊機構銃は、頼りになる相棒と呼べる存在だった。
握り締めたデリンジャーを日傘のハンドルに備え付ける。日傘というパーツを認識したデリンジャーは、傘の石突きから銃口を出現させた。
「どこの犯罪組織の一員だか知らねえけど、僕の目が行き届くところでテロ行為を始めたのが運の尽きだったな」
変形機構型蒸気機関銃を犯罪組織の一員に向ける。しかし、こちらの存在に気付いてもなお、Z1400やED5000といったスチームボットたちへ火炎瓶を投げつけていた。
危険なテロ行為を続ける犯罪組織員たち。
彼らは戸惑うことなく市民に銃口を向け、引き金を引いた。
「なんだ、お嬢ちゃん。邪魔する気か?」
「お嬢ちゃんじゃないんだよな。汚え手で触んじゃねえよ」
「ちっ……俺に向かって舐めた口をしやがって」
「オッサンにも家族はいるんだろ? 五番街で何を企んでるんだ?」
「俺たちは家族のために……この腐った政府をぶっ潰すだけだ!」
男が銃口をこちらに向けた瞬間、僕は最速の動きで間合いを詰め、拳で銃を叩き落とした。
「……家族ね。だったら、もっと別の方法があるんじゃあねえのか?!」
「黙れ! 貴様に何が分かる!」
その叫びに答えるように、彼の仲間が次々に攻撃を仕掛けてくる。だが僕は神経を研ぎ澄ませ、全ての動きを見切り、避けられない位置に飛んできた銃弾を掴んだ。
するとオッサンは僕の行動に驚いたらしく、化け物を見るような目つきで続けて銃を撃った。
「相手が誰だか分かってねえようだな」
「なんなんだコイツ、撃った弾丸を掴みやがったぞ!」
神の領域と呼ばれる『ゾーン』に入った僕にとって、弾丸を避ける事や掴む事など造作もない。
オッサンは他の仲間に助けを求めて後ずさりする。その後、僕は『最速の男に銃弾なんか当たらねえよ』と言って彼の背後に回り込み、厚底のブーツで膝を蹴って彼の靭帯を断ち切った。
足から崩れ落ちていくオッサン。日傘からデリンジャーを取り外して、僕はオッサンの後頭部に銃口を押し当てる。
「頭を吹っ飛ばされたくないのなら、仲間にテロを止めさせろ」
「誰なんだお前……」
「僕は『便利屋ハンドマンのアクセル』だ。お前たちが暴れている五番街の掃除屋だよ」
「ちくしょう……この事は絶対に忘れねえからな」
この男はテロ行為を起こした主犯格だったらしい。
運が良かった。彼を組み伏せたお陰なのか、他の犯罪組織員は統制が取れなくて蒸気機甲骸が押さえ込んでいる。
「このまま治安維持部隊に突き出せば、収容所や刑務所へ送られるだろうな。まあ、残念だけど相手が僕だったのが運の尽きだな。何の罪もない住人を殺したお前に罪を償う機会なんて与えてやんねえよ――」
最後に残った男の耳元でそう囁き、後頭部にデリンジャーの銃口を押し当て、引き金に指を置いて彼の耳元で死を宣告する
残党を片付けた後、スチームボットたちがようやく追いついてきた。彼らは拘束された生き残りの男たちを引き取り、ゲートの警備を再開する。
「エイダさん、もう大丈夫だよ」
路地裏のダンボールをノックすると、彼女が中から顔を覗かせた。
「終わったんですか?」
「ああ、全部片付いたよ」
エイダさんはほっとした表情でダンボールを脱ぎ捨て、僕の隣に立つ。
「……変態さん、本当に強いんですね」
「まあ、伊達に便利屋をやってるわけじゃないからね」
唇を震わせる彼女の眼差しを受けながら、僕たちは再びゲートの向こう側街並みへと足を踏み出した。




