表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第5章 青少年期 九龍城砦黒議会 完結編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

211/276

03「無関心」


「あぁぁぁああぁあぁあ!!」


 と叫び声を上げると同時にアクセルの睾丸は袋の中で弾け飛ぶ。その直後、彼は悶絶しながら口から泡を吹き出して卒倒した。


 彼が装着していた貞操帯に手を添えたリベットは、数秒も経たずに袋の中に内蔵されていた二つの臓器を再生治癒魔術で元の形状へと復元させた。続いて「アクセル先輩!」「ジャックオー様!」と叫び声を上げたエイダと霊具パンプキンは、悶絶して気絶してしまった彼の元に駆け寄り、治癒に特化した錬金術や治癒霊術を行い、悶絶して気絶した彼に治癒を施す。


 しかし、悶絶しながら気絶した彼の無様な姿を前にして腹筋を崩壊させたロータスは、席に戻って静かに着座すると同時に食卓に並べられたオニオンスープをスプーンで(すく)い取った。


 ノアに限っては、食卓に並べられた料理を捕えた得物のように(むさぼ)り続け、大腿部や腕にソケットを装着して二日目だというのに痛みを気にせず、ヴィクトルやメイド型の魔導骸(アーカム)が用意したステーキを口の中へと運び、「美味い!」「美味い!」「これもまた美味い!」等と言って、次々と彼女のために運ばれてくる肉料理を口にして満面の笑みを浮かべていた。


「ごめんね、アクセルくん。悶絶して気絶しちゃった貴方も凄く可愛いよ」


 と呟いたリベットは、仰向けになって床に倒れたアクセルの傍で膝を付き、呪いの貞操帯に治癒魔術を施し彼の袋の中に内蔵された睾丸を癒やし続けた。が、治癒を施し続ける彼女の瞳は、深い藍色の下着を装着したパンプキンに真っ直ぐ向けられており、リベットは少女の姿をしたパンプキンに向けてこう告げた。


「物凄く重要な事だから念のために聞いておくわ。貴女、本当に霊具パンプキンなの?」

「リベット様。今現在、(わたくし)は霊力の粒子を結合させて少女の体を保ち続けていますが、(わたくし)は紛れもなくジャックオー様に仕える【真と理を識る霊具パンプキン】でございます」


 と告げた霊具パンプキンは、深い藍色の下着を装着した半裸の黒髪痴女の姿から霊力の粒子を分散させ、カボチャ型の霊具へと姿を変化させる。するとその様子を目にしたリベットやエイダ、そしてロータスとノアは口をあんぐりと開けながら呆然としたまま、一斉に『やってしまった……』と呟き、自分たちが勘違いをしてアクセルの睾丸を潰してしまった事に後悔の念を抱き始めた。


 そしてそれから数時間が経ち、ようやくリベットの上級治癒魔術やエイダの治癒に特化した錬金術、霊具パンプキンによる上級治癒霊術、ノアによる極僅かな治癒魔力を注ぎ込まれたアクセルは暖炉のある談話室で目を覚ます。


 彼は失ってしまった記憶を辿るように、どうして自分が談話室に居るのか考え始めた。


(い、一体僕はどうして談話室なんかに居るんだ? 確か……僕は屋敷の食堂で誰かと話をしていたはず。だけど、話の内容も覚えていなければ誰と会話をしたのかも覚えていない。多分、僕は寝不足が原因で倒れたのかもしれない。九龍城砦のホテルで寝たのも数時間だけだ。そして地下神殿の王者であるセルケトさんやバジリスクさん、コカトリスさんと行った猛烈な訓練で疲れ果てたのだろう。寝てても仕方がないよな……)


 等と考えながら薪木や焦土石が()べられた、暖炉の前にあるソファから彼が起き上がると、ソファの後ろには私服姿のロータスやリベット、エイダやノアが申し訳無さそうに佇んでおり、ロータスはカボチャ型の霊具へと変化したパンプキンを彼に差し出しながら、引きつった笑顔で微笑みかけた。


「お、おはようございます。ロータスさん」

「う、うん! お、おはよう……アクセル。さっきの事で少し謝り――」


 ロータスたちが彼の睾丸を潰した時の事を謝罪しようとした瞬間、アクセルは彼女の話を遮って逆に自分が寝てしまった事を謝り始めた。


「すみませんでした、ロータスさん。それとリベットやエイダさん、ノアも本当にごめんね。少し寝不足だったようで、いつの間にか談話室の暖炉前で寝てたみたいなんだ……多分、朝方まで試合に向けた準備をしていたせいだと思う。皆んな心配掛けてごめんね……」

「だ、大丈夫よ。それよりアクセル。体の調子は平気なの? (もしかしてコイツ……食堂でキン◯マを潰された事を忘れているのか?)」

「アクセル先輩、凄く気持ちよさそうに寝ていましたよ。寝顔が凄く可愛かったです! (もしかしてアクセル先輩……自分が食堂で悶絶した事を覚えていないのかな?)」

「アクセルくん……さっきの事だけど……」


 リベットが真実を語ろうとした瞬間、ロータスとエイダは彼女の口を手のひらで塞ぎ、首を大袈裟に感じるほど横に振って耳元で囁いた。


「静かにしてなさい、リベットさん。多分、今のアクセルは食堂で起こった出来事を覚えていないわ」

「ロータスさんの言う通りです。先輩のあの様子だと、先輩は明け方まで仕事をしていて疲れ果てて寝てしまったんだと思い込んでいます」

「ほ、本当に?」


 俯きながらも返事をすると、ロータスやエイダは拳を握りしめた後、親指を突き立てて「何もなかった!」と言わんばかりのグッドルッキングスマイルを送る。

 そしてリベットを含めた三人は、車椅子に乗っていてアクセルの背中を擦っていたノアにも向けてスマイルを送った。するとノアにも彼女たちの思いが通じ、彼女は彼が両眼を手のひらで覆っている間に親指を突き立てた。


 その後、出かける準備を終えたロータスとエイダ、そしてリベットとノアは、(リウ)(シャン)との試合に向けた準備を終えたアクセルを引き連れ、ガレージへと向かう。が、その道中、アクセルはクラックヘッドやビショップ、ハンニバルや屋敷に住み始めたグレースと廊下ですれ違い、彼らに『九龍城砦へ向かう際にはイエローキャブとホバーバイクのブロッサムに乗ってコロシアムまで向かうように』と指示を送った。


「ハンニバル。キミもコロシアムまで着いてきて欲しいけど、()()()が落ち着くまでは便利屋ハンドマンで待機して欲しい。今日は何が起こるか分からないからね。ブロッサムを店に置いてきたんだけど、それに乗ってコロシアムに着いたら店に戻っていいよ」

「お任せ下さい。ご武運を――」


 その場で指示を受け取ったハンニバルは、魔導骸(アーカム)蒸気機甲骸(スチームボット)で構築された肉体に意識を注ぎ込み、体内に内蔵された魔力核を媒介にして空間転移魔術を行い便利屋ハンドマンへと転移移動した。


 続いて彼はビショップとクラックヘッド、グレースに視線を合わせて闘技大会で行われる試合について指示を送った。


「ビショップ、クラックヘッド。そしてグレースさん。三人には【便利屋ハンドマン】の一員として闘技大会に出場してもらう。壱番街の反政府組織と癒着した人物や水上都市メッシーナ帝国から訪れた帝国錬金術師、ユズハ先生や魔導王の幹部カイレンやその部下、そして他の番街の掌握者や【便利屋ハンドマンの同じ従業員】であっても死力を尽くして戦ってほしい」

「お任せください、アクセル様」

「最初から分かってますよ、アクセル様。誰が相手であろうと俺のホームランバッドでぶん殴ってやりますよ!」

「アクセルさん。私はホムンクルスです。本気で戦ってしまえば誰が相手であろうと殺せるかもしれません。どこまで本気を出せばいいですか?」


 等とアクセルが指示を送ると、グレースは彼が棺桶型の変形機構式機械鞄を背負っていたように、自身が背負っている刃付きの分銅鎖を射出させる大型機甲銃を見せつけた。


「ああ……グレースはホムンクルスだったね」

「はい。私が本気を出せば、昔のエイダ隊長のように誰彼構わず破壊……もしくは殺すことも可能だと思います」


 と、グレースが眼鏡の位置を直すためにクイっと動かすと、アクセルの代わりにエイダが忠告をした。


「グレース。相手がウチの従業員やユズハさん、神の祈り子や他の掌握者でなければ手加減は無用よ。まあ、貴女が手加減したところでビショップやクラックヘッドは、貴女には敵わないわ」

「え!? クラックヘッドさんやビショップさんって物凄く強そうに見えたのですが……」


 俯いていたグレースだったが、彼女は元ホムンクルス部隊壱番隊隊長エイダ・バベッジという憧れた存在であった彼女に自身の強さを認めてもらい、抱えていた不安が楽になった。


「先輩には失礼ですけど言わせてもらいます。グレースの両隣にいる機甲骸(ボット)は、どれだけ頑張っても私たちホムンクルスには勝てません」


 等とエイダが胸を張って答えると、ビショップやクラックヘッドは彼女を睨み付け「別に本気で戦ってきても構いませんよ? 完全武装の機甲骸(ボット)の力を見せつけるだけですから」「エイダ姐さん。残念っすけど、俺たちも伊達にアクセル様が作った【七つの機甲骸(セブンスボット)】を名乗っているんじゃねえんすわ。今回は勝たせてもらうぜ」と言い放ちガレージへと向かった。

 

 ガレージへと到着したアクセルは、ロータスやエイダ、リベットが選び抜いた大型のワゴン浮遊型蒸気自動車の運転席の前で立ち止まり、ロータスやエイダ、リベットが後部座席や助手席に乗ったのを確認する。

 その後、彼は後天性個性の【電気操作】を使用してノアに磁力を付与させ、【磁気浮上(マグレブ)】と呼ばれる磁力操作を応用させた技を発動すると、車椅子に座ったオーガ族で長身のノアを車椅子から車内の後部座席へと乗り移させた。


「ダルク。私は自分独りでも立ち上がれるようになりたい。気を遣ってくれたのは嬉しいが、今度からは自分で乗車させてくれ」

「分かった。次からは気をつけるよ。でも、本当にノアは頑張り屋さんだね。僕だったらソケットを埋め込んだ次の日になんか立ち上がりたくないよ」


 オーガ族の女性ノアは彼が地下神殿で訓練や地下室でリリスの対応をしている間、大腿部のソケットの神経と連結した改造機関義足を使いこなすため、寝る間も惜しまず自身の部屋で改造機関義足を使って立ち上がる練習をしていた。


(私はただの魔族じゃない。痛みを苦痛と感じさせないと(うた)われるオーガ族だ。彼の気遣いは物凄く嬉しいが、ダルクに甘えてばかりでは何時になっても自分で立ち上がることができない。それにダルクに気を遣わせ続けてしまえば、彼の能力や体に負担を掛けてしまう。大腿部に埋め込まれたソケットからも痛みを感じるが、神経回路とやらが繋がった状態の義足を操る度、それを上回る激痛が大腿部に駆け巡る。だが、これに耐えきれなければ歩くこともできないだろう……)


 等と考えていたノアは、後部座席に乗り移ると俯きながらも今後の生活を考え、自身が彼にとって不必要な存在であると認めないためにもソケットが埋め込まれた左腕の義手を動かし始めた。

  

 それからアクセルは車椅子を畳んだ後、車椅子や棺桶型の変形機構式機械鞄、(リウ)(シャン)との試合で必要な武器が収納された大型のバッグパックを【磁力浮上(マグレブ)】で宙に浮かべ、トランクや後部座席の空いた席へと押し込み、大型のワゴン浮遊型自動車に乗って九龍城砦のある二番街へと車を走らせる。するとビショップやクラックヘッド、グレースが乗ったイエローキャブも屋敷のガレージから出発していき、アクセルが乗った浮遊型自動車を追従するように走り始めた。


「ねえ、アクセル……随分とトランクや後部座席に大荷物を運んだようだけど、今日の相手ってそんなに手強いの?」


 五番街から二番街の九龍城砦へと向かうために、東側に存在する三番街の空路をアクセルが運転していると、助手席に座ったロータスが(いぶか)しく思いながら尋ねる。しかし彼は彼女の質問に答えず、浮遊型蒸気自動車の運転をオートパイロットに任せた後、機甲手首(ハンズマン)と霊具パンプキンが一体化した防護マスクを首に掛けて車の窓に肘を置いて俯いた。


 暫く車内に沈黙が続いたが、アクセルは何も答えようとせず、後部座席に座っていたエイダが彼の代わりに答える。


「ロータスさん。アクセル先輩が戦う相手……(リウ)(シャン)は数年前、先輩がベネディクトさんを殺める原因となった人物です。彼は結界道教師という霊術師と呪術師の中間に位置する存在……分かりやすく説明すると、とても厄介で面倒な相手なんです」

「ふーん。貴女が言った『ベネディクトさん』って人は、ベネディクト・ディアボロ・ハンドマンの事よね? 数年前に起きた()()()()の事なら治安維持部隊の隊長をしている私だって知ってるわ。だけど、その(リウ)(シャン)自身は今回の予選通過試合でも力を見せてこなかったのよね?」


「だと思います。私は彼に直接出会っていませんが、アクセル先輩は彼と出会ったと言っていました」

「……ですって、アクセル。いつまでも黙ってないで教えなさいよ。それとも貴方、相手が例の事件に関与した人物だから怖気(おじけ)付いているの?」

「違いますよ、ロータスさん。僕はただ……彼が今どんな気持ちを抱いて試合に臨むのか考えていただけです」


 ロータスに返事をしたアクセルは、数年前の事件に関わった(リウ)(シャン)が自身と再会した際にどんな言葉を発するのか考えていた。


((リウ)(シャン)とは一度も会話をした事がない。だが、彼は便利屋ハンドマンで働く僕のことを知っているだろうし、僕が黒髪の痴女……じゃなかった。霊具パンプキンが認めた五番街の掌握者であると知っているはず。それに彼は今日まで九龍城砦で過ごした数年間、正当な罰を受け続けていたはずだ。彼を戦闘不可能な状態に追い込む準備も出来ていれば、殺すことを視野に入れた準備もできている。だけど、今日までの間、(リウ)(シャン)は何を思ってどう過ごしていたのだろう。僕にとっては、ベネディクトさんを殺めた事件は忘れたい過去でしかない。対面して早々、何かを言われたところで彼に興味なんてない……)


 その後、アクセルは「僕は彼に何の興味も抱いていません。だけど、彼の方は僕に興味を抱いているでしょう」と呟く。


 暫く経つと、彼らが乗った浮遊型蒸気自動車は二番街の九龍城砦に到着した。その直後、アクセルやエイダが指に嵌めた指輪の呪具に留められた錬成鉱石が輝き出し、彼は運転席の窓ガラスに掌を押し当てる。すると闘技大会の主催者側である案内秘書からのメッセージが、映像として窓ガラスに映し出された。


 案内秘書からのメッセージは、試合選手や選手の関係者に向けた配慮であり、内容は九龍棟に存在するコロシアムに隣接された駐車場への案内や選手の関係者専用観戦席への案内だった。


 その後、アクセルはコロシアムに隣接された駐車場に車を停め、ロータスやエイダ、リベットやノアを車から降ろして、後部座席やトランクにしまった変形機構式機械鞄を背負い、武器が収納されたバッグパックを地面に置いて防護マスクで口元を覆い隠す。


(何が起こるか分からないからな。エイダさんは僕の代わりにロータスさんやリベット、ノアを守るとは言ってたけど、念のため三人の体には『斥力の結界』を張っておいて『太極図の符号』には知覚させて、彼女たちの身を護るよう指示を与えておこう)


 彼はガントレットを操作してイエローキャブやハンニバルが駐車場に停めたホバーバイクの位置を確認すると、溜め息を吐きながら選手や選手の関係者専用の入り口からコロシアムに入り、案内秘書の指示に従って各試合選手に用意された控え室へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ