閑話「オリジナルの姿」
エイダさんやロータスさん、リベットやノアが眠りに就いてから数時間が経った頃、僕が居た地下室に設置された置き時計の短い針は、朝の五時過ぎを指していた。屋敷の地下室に存在する工場と化した別の部屋へと耳を澄ませば、機甲骸が機甲骸や機甲手首が増産する音が聞こえる。
ルミエルさんから屋敷を自由に改築していいと許可を得た以降、僕は男のロマンが凝縮した地下室の更に真下に、機甲骸が機甲手首や機甲骸を増産する工場を作った。
工場と化したその部屋には、ビショップやクラックヘッド、ハンニバルやクラリスといった七つの機甲骸が持つ脳核と呼ばれる、彼らが得た知識や体験をバックアップし、そして体内に存在するバッテリーを再充電するのに必要な巨大な椅子型の装置が並べられている。
更に別の部屋には便利屋ハンドマンが請け負った依頼を消化するのに必要な武器や装備、機甲骸のための予備のバッテリーが格納された倉庫も屋敷を改築する過程で作った。
エイダさんやロータスさん、リベットやノアに工場を見せた時は皆、『貴方は機甲骸を沢山作っているけど、軍隊でも持つ予定なの?』と尋ねられたが、僕は正直に『プロトタイプの機甲骸が増えれば増えるほど、五番街を復興させる仲間が増えます』と答えた。するとその時、彼女たちは僕の考えに肯定もしてくれたし否定もしてくれた。
ノアやロータスさんの肯定的な意見によると、腐敗した五番街を僕が目指す五番街へと復興させるには『便利屋ハンドマンで活躍している機甲骸』以外の『治安維持を目的とした機甲骸』が必要不可欠であるとのこと。だが、エイダさんやリベットは二人のように肯定的な考え方ではなく、僕が作った『機甲骸による機甲骸の製作工場』には良い意味で否定的な意見を言ってくれた。
エイダさんやリベット曰く、『機甲骸が機甲骸を製作するのは許せることだが、それを僕一人で管理するのは、いずれ限界が訪れる』とのこと。
「今のところは順調に機甲手首の増産が進んでいるけど、管理ができなくなった時のことも考えなくちゃな……」
等と呟きながら、作業台の上に置かれた棺桶型の変形機構式機械鞄の修理や改良、新たな機能の追加を、作業台に浮び上ったホログラムを操ってインストールする。だが、視界の半分が真っ暗な状態のままでは作業の効率がとても悪く、僕は何度も休憩を挟んで機械鞄に新たな改良を施した。
「エイダさんには、あんな風に言っちゃったけど、全然右眼の視界が戻らないな。ルミエルさんが授けてくれた『傲慢の魔眼』の初期症状は体に馴染むまで、どんなに治癒魔術や魔石を魔力の粒子と化して吸収させても治癒の対象にはならないのかもしれない」
エイダさんは数時間前、僕の右眼に宿った傲慢の魔眼の初期症状を緩和させるべく、九龍城砦の闇市場で購入した治癒に特化する魔石を魔力の粒子に変化させて右眼を癒やしてくれた。
しかし視界がボンヤリと回復したのは一時的なものであったらしく、それ以降の右眼の視界は再び真っ暗に戻ってしまった。
このまま右眼の視界が真っ暗の状態であり続ければ、僕は死角からの攻撃に対して『太極図の術式や術式によって発現された符号』を頼りに視覚を知覚で補うか、敵からの攻撃を『霊縛術の術式で発生する鬼火』を用いて防御に全振りして戦う必要がある。
そしてそれでも対応が追いつかなければ、後天性個性の磁力操作による【斥力の結界による反発】で攻撃の威力を最小限にまで下げるか、体内に蓄積された電気を身体中から放電して、【電撃を利用した無差別放電】を行って、周囲に電撃による【電撃の領域】を拡散させる方法をとって対処しなければならない。
「相手は結界道教師である劉翔と、彼が召喚するであろう強力な怪異だ。右眼の視界が真っ暗だとバレてしまえば、一瞬で負けてしまう」
巫蠱の牢獄と呼ばれていた今回の予選通過試合は、芻霊と指輪の呪具を多く集めた 十六名の猛者によるトーナメント形式の闘技大会だ。試合の途中から巫蠱の牢獄と呼ばれる芻霊を確保する試合内容に予選通過試合が変化したが、僕らが集めた指輪の呪具が本戦試合で必要となる可能性は十分にあり得る。
九龍城砦の別の場所から観戦していた峻宇爺さんや案内秘書、主催者側の人物たちは皆、メッセージを通して、各試合参加者に用意した呪具の指輪に留められた錬成鉱石のエネルギーを他の参加者から吸収することで、呪具から必要なアイテムを召喚させたり、他の各回廊を呪術転移することが可能だと言っていた。
確かに彼らの言う通り、錬成鉱石にエネルギーを溜めれば溜めるほど、各回廊を制覇する有利なアイテムが転移召喚できたが、それだけで指輪の呪具が役目を果たしたとは思えなかった。
「一応、各回廊で挑んできた壱番街の試合参加者から百個以上の指輪を奪い取る事ができた。無駄なのかもしれないけど、指輪の呪具は本戦試合で必要になるかもしれない」
エイダさんやノアの話によると、本戦試合は九龍城砦の九龍棟に用意されたコロシアムのフィールドで行われるようだが、峻宇爺さんが何の仕掛けもなしに指輪の呪具の役目を終わらせる事なんで絶対に有り得ない。それに今日の午後から始まる第一試合は、僕と劉翔の試合だ。彼は結界術に長けた呪術師でもあるし、式神を操る霊術師でもある。
これまで僕は一度も本戦試合にまで上り詰めた事がないが、本戦試合に通過したイザベラ師匠の戦いっぷりなら幾らでも観てきた。
イザベラ師匠が便利屋ハンドマンに居た頃、彼女が参加した時の闘技大会は、必ずイザベラ師匠が優勝を掻っ攫っていたし、その都度、優勝を果たした師匠には信じられないほどの額の賞金が自身の口座に振り込まれていたらしい。が、イザベラ師匠が最後に闘技大会に参加したのは、右腕が義手になる前の年だった。
指輪の呪具が本戦試合でどんな役割を持つのかしらないけど、持っていった方が良いのは確かだな。それに相手は九龍城砦を掌握する峻宇爺さんの次男、劉翔だ。あっちも僕に対して何かしらの策を練っている頃だ。恐らく彼は、後天性個性の【化学物質を操る能力】や【変形機構式機械鞄が機械鎧に変形できること】、そして【僕が招来招魂術式を用いて三体の怪異を召喚できること】や、もしかしたら【臨界操術】という混合術式を用いて戦うことを知っているかもしれない。
「かなり不利な状況だけど、僕だって負けるつもりは毛頭ない」
彼とは数年前に一度、そしてショッピングモールの回廊で一度だけ顔を合わせたが、劉翔は何の術式も発動せずにウォーカー氏や壱番街の便利屋たちに戦わせ、自分だけ戦闘に参加しなかった。もしかすると、劉翔が発動する結界術式は、強力な効果が伴われる【理】と引き換えに、他者を選別できない【真】が強制的に拡張される術式なのかもしれない。
それならモールの回廊で術式を使用しなかった理由も納得できる。
そして劉翔は、ベネディクトさんとカトリーナさんと協力してまで、二番街の治安を維持する九龍城砦を乗っ取ろうとした人物だ。自身の兄である峻偉さんをベネディクトさんに殺させ、峻宇爺さんを殺そうと企んでいた人物でもある。
「劉翔が普通の結界道教師でないのは間違いない。噂によると、彼は招来招魂術式を得意とした接近戦の得意な結界道教師でもある。何の対策も行わずに彼に挑めば、彼が召喚した怪異や劉翔自身に叩き潰されるだろうし、右眼の視覚を失った状態の僕は絶対に負ける。そしてあわよくば、僕は殺されるかもしれない」
いや、数年前に九龍城砦の乗っ取りを僕に阻止されたのだから、劉翔は間違いなく本戦試合で僕を殺そうとするだろう。彼からしてみれば、僕という存在は彼の計画を破綻させた憎悪の対象だ。
「だけどルミエルさんは、僕が劉翔に勝つ未来……いや、劉翔を殺してしまう別の時間軸の僕を観測していたはず。それを思えば明日の第一試合は僕が勝つだろうが、それだと実の兄を殺されたデンパ君が僕を殺そうとしてくるはずだ」
かなり面倒な状況だな。
彼女は僕がノアと出会ったことで未来が変わった可能性があると言っていたが、それが本当なら僕が劉翔を殺す……いや、彼を殺さずに負かすことができれば、別の未来が訪れるのかもしれない。
そんな憂鬱な事を考えながらも、僕は作業台の卓上に投影されるホログラムディスプレイに表示された、『霊具パンプキンへの戦闘システムのインストール』というポップアップ画面に視線を向け、浮び上ったOKボタンに指先を当てる。すると、パンプキンが一体化したガントレットに新たなシステムがインストールされた。
「パンプキン。変形機構式機械鞄を機械鎧に変化させるから、機械鎧と同期して今さっきインストールした『戦闘モード』を起動させてみて」
とガントレットと一体化したパンプキンに指示を送る。するとパンプキンはガントレットに装着されたパーツの一部からプラグを出現させ、変形機構式機械鞄に備わったプラグの挿入口へとプラグを差し込んだ。
「了解しました、ジャックオー様。機械鎧との同期接続後、新たに霊具にインストールされた『メインシステムの戦闘モード』を起動します」
その後、僕が変形機構式機械鞄に備わった数字を『2625』と順に押していくと、棺桶型の変形機構式機械鞄はショッピングモールで活躍した機械鎧へと姿を変える。機械鎧は直立不動したまま、パンプキンが同期接続するのを待っていた。そして作業台の上から飛び跳ねたパンプキンは霊力の粒子に変化すると、機械鎧の左腕に吸収されるように粒子と化して鎧に流れ込んだ。
霊力の粒子と化した彼女が機械鎧に吸収されていくと、機械鎧の左腕は僕が愛用していたオレンジ色と黒のガンメタリックの配色が彩られたガントレットに姿を変え、黒い機械鎧の各所に備わった配管にオレンジ色の霊力が流れ始めた。
「パンプキン。お前が操る機械鎧にはサブシステムが備えられていて、『パーツ換装機能』や『小型徹甲榴弾を発射する機能』、『右腕の装甲には小型のパイルドライバーを突出させる機能』を含めた色んな機能がサブシステムとして組み込まれている。もちろん、これまでに僕が用いていたバスターガンやグラビティーシールド、特殊包丁も小型化されているけど、特殊な機能を備えた上で装備できるように変更しておいた」
「了解しました、ジャックオー様。ですがこのままだと、頭部を晒したまま戦闘を行わなければなりません。その点はどのようにカバーしますか?」
等とパンプキンさんが尋ねてきた直後、彼女は試合観戦者に恐怖を与えないように機械鎧の頭部に霊力の粒子を結合させていく。暫く経つと機械鎧の頭部に、黒髪と藍色のインナーカラーが特徴の凛々しい女性の顔が創造された。
どうやら彼女は試合観戦者が恐怖を抱かないよう配慮して、機械鎧を装着した黒髪の女性に扮して戦うらしい。
パンプキンさんは自身が霊具ではなく、『僕が召喚した怪異』として僕と並んで戦うようで、彼女の両眼や耳にはヘッドセットやゴーグルと思われる装置が装着されている。
そしてパンプキンさんが語った説明によると、自身の耳や眼を覆うように装着したヘッドセットには【世の真と理を見抜いてしまう機能を抑制する機能】が備わっているらしい。
ヘッドセットやゴーグルを装着していなければ、視覚や聴覚から流れてくる全ての物質や現象の【理と真】が情報の集合体として自身に流れ込んでしまうとのこと。
「じゃあ、つまり。そのゴーグルやヘッドセットを装着していなければ、全てを識る事ができるし視ることもできるんだ」
「その通りです。全てを識ってしまった状態では、情報がいつまでも完結しません」
「凄いね。パンプキンって霊力の粒子を結合させて女性の顔も創造できるんだ。僕はお前の事が全く理解できていなかったようだよ」
「ご安心ください、ジャックオー様。私の本来の姿はただのカボチャ型の霊具です。今回は劉翔という複数体の怪異を召喚する結界道教師が相手ですので、このような姿を創造したまでです。この顔は私の中に記録されていたデータを参考にして創造したものでしかありません。気に入らないようであれば別の顔を創造しますが……」
「いや、そのままで良いよ。そりゃあそうだよな。確かにパンプキンは色んなジャックオーさんに仕えてきた霊具だもんね。顔ぐらいなら記録したデータを元に霊力の粒子で構築できてもおかしくはないか……」
「いいえ、顔だけではありません。現在の私は、霊力の粒子を結合させた実態のある肉体を機械鎧の中に構築させた状態です」
はい? 何て言った?
霊力の粒子を結合させて機械鎧の中に肉体を作っただと?
「それってつまり肉体があるって事か? お前は霊具なんだぞ? どれだけの霊力の粒子を結合させてたとしても、流石に肉体までは――」
等と訝しく思いながらも心を踊らせて尋ねると、パンプキンは機械鎧から透き通るように自身の肉体を霊力の粒子に変化させ、同期接続していたはずの機械鎧を直立させたまま、再び霊力の粒子を結合させて僕の目の前に姿を現した。
「ちょっと待ってくれ、パンプキン。流石に真っ裸はマズいからコートを持ってくる……」
「別に構いません。この姿は私の中に記録された女性のデータを結合させた『オリジナルの姿』でしかありません。それに私はいつでも霊力の粒子に肉体を変化させる事が可能ですし、私には羞恥心という感情がありません。私はジャックオー様に仕える【世の真と理を識る霊具】でしかありませんから」
言い訳のような言葉を並べるパンプキンさん……否、羞恥心も抱かず全裸のまま突っ立つ痴女を相手に話を続けると、呪いの貞操帯の中に秘められた天元突破するアクセルJrやキ◯タマが貞操帯の効果で締め潰されそうで恐怖を感じた。
その後、僕はジト目でこちらを見つめる黒髪の貧乳痴女に、着ていたナポレオンジャケットを羽織らせ、僕が座った作業椅子の隣に置かれた別の作業椅子に座らせる。視線が黒髪の貧乳痴女の乳房や股に行かないよう、僕は天井を見つめながら彼女に話しかけた。
「さっき話した頭部をカバーする装甲のことだけど――」
「ジャックオー様。私は霊具でもありますが、今は霊力の粒子を結合して女性の姿を実体化させています。私と話すのであれば、眼を合わせて話していただけませんか?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。お前はジャックオーに仕える最強の霊具だと思ったが、今のお前は【黒髪の痴女パンプキン】だ。これでも僕は来年には三児の父親になる身なんだぞ。霊具のお前に欲情してきたらどうするつもりなんだよ」
「その時は私がジャックオー様の性欲を素早く処理してみせます。それに、ジャックオー・イザベラ・ハンドマン様も私のことを男性の姿に変化させ、溜まりに溜まった性欲を処理していた時期があります。お好みでしたら胸部や臀部の大きさの変更、大腿部の太さや表情も貴方様の好みに変更できますが、どうされますか?」
あー絶対に聞きたくない事を聞いてしまった気がする。
イザベラ師匠……パンプキンを男性の姿に変化させて、アンナことやコンナことをしていたのか。
このままパンプキンさんの話を聞き続けてしまえば、僕が師匠に対して抱いていた格好良い姿が消えていく気がする。
「分かった。お前が人間の姿に変えて屋敷で過ごす時は、せめて裸じゃなくてちゃんとした服を着ていてくれ。それに人間の姿に変化できる事実は、自分からロータスさんやリベット、エイダさんやノアに説明しろ」
「了解しました、ジャックオー様。彼女たちには朝食時に説明します」
その後、半裸姿のパンプキンさんと語り合った結果、明日の戦いで彼女には『防護マスクに変化させた機甲手首』を装着させる事になった。彼女は特殊なヘッドセットやゴーグルを身に着けた状態であるから顔を隠す必要性は感じられないが、防護マスクに変化させた機甲手首には通信機能が備わっている。
恐らく、パンプキンさんの事だから機甲手首を上手く利用して、僕と連携を重ねながら戦ってくれるだろう。
しかし、イザベラ師匠がパンプキンを使ってアンナことやコンナことをしていたとは思いもしなかった。少しだけ幻滅したけど、いつも被っている防護マスクが魅力的な男性や女性の姿に変化できるのなら、彼女が独りきりで困難な依頼を請け負っていても弱音を吐かないワケにも納得がいくな。




