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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第4章 青少年期 九龍城砦黒議会 小休憩編

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07「傲慢の代弁者」


 車庫に向かっていったエイダさんとノアを引き留め、僕は彼女たちを応接間へと連れ戻す。エイダさんもルミエルさんと会うのが不安で仕方がなかったようだが、ノアに関しては状況が全く分からず酷く緊張していて、肩を震わせながら表情を強張らせていた。


「先輩、何があったんですか?」

「ダルク。その部屋から発せられる魔力の濃度はとても強力で近寄り難い。中に誰が居るんだ?」

「二人とも心配しないで。ルミエルさんっていう方がノアに会いたがってるだけだから」


 その後、僕は応接間の扉を磁力操作で開けきった後、ノアの車椅子を引きながら彼女たちを部屋の中へと連れて行く。しかし応接間に居たはずの白髪の幼女は部屋に存在せず、代わりに居たのは身長が二メートル弱はある龍人族の女性とリリス、その師範レイヴンウッドさんだった。


「貴女は誰ですか? レイヴンウッドさん、リリス。ルミエルさんは何処に行ったの?」

「ジャックオーさん。貴方の目の前に居るのがルミエル様の本当のお姿です」

「師範が言った通りよ、アクセル。この世界に存在する私たちは、ルミエル様が知らない時間軸に居る存在のようなの。だからこうしてルミエル様は本来の姿を見せて、自らの先天性個性を発動し始めたのよ」


 と告げたレイヴンウッドさんとリリスだったが、僕は信じられなかった。

 応接間から離れたのは、たったの数十秒だ。その間、僕はエイダさんとノアを引き留めるために、数秒ほどしか部屋から目を逸らしていない。


 姿を変える……いや、白髪の幼女の魔導骸(からだ)から龍人族の成人女性の魔導骸(からだ)に入れ替わる時間が何処にあったんだ?


 等と考えていると、腰まで白髪を伸ばして騎士の風貌をしたルミエルさんらしき女性は、妖艶な笑みを浮かべながら「そんなに私が信じられないの?」と尋ねてきた。


「信じられませんね。ルミエルさんは貴女みたいに表情の豊かな人物じゃありませんから」

「ふーん。それじゃあ……私がルミエルだって証拠を教えてあげるわ」


 と言った騎士の風貌をした龍人族の女性は、白い蛇のような尻尾で僕の体を絡め取った直後、耳元で『便利屋ハンドマンには沢山の機械が存在するわね。【教えはどうなってんだよ。教えは。これがエ◯ンの賜物なのか? それともティー◯ダのチ◯ポで気持ち良くなりたいのか?】』と囁いてきた。


「すみません、ルミエルさんで間違いないです。教えに背いた僕が悪かったです。僕はティ◯ダさんのチ◯ポで気持ちよくなりたくないです。許してください」

「ガバガバにはなりたくないわよね……よろしい。それじゃあ、ノアって娘を紹介してちょうだい」


 その後、僕はルミエルさんに床へ下ろしてもらい、ノアが乗った車椅子を押してルミエルさんに紹介した。


「ルミエルさん。改めて紹介しますが、彼女がノアです。ノアはオーガ族の娘で九龍城砦の三龍棟にある奴隷商店で売られていました」

「初めまして、私はノアだ。ダルクが言った通り、私は奴隷商店でダルクに命を救われた。それより貴女の顔には見覚えがある。ハッキリと思い出せないが、何処かで会った気がするのだが――」

「こんにちは、ノアさん。私の本名はルミエル・ディザスター・イヴ。見覚えがあるのは……私が現魔導王イヴの()()()であるからなのかもしれない。だけど、私は貴女とは初めて会ったわ」


 車椅子に座るノアの前でしゃがみ込んだルミエルさんは、蛇眼を彷彿とさせる縦型の瞳孔でノアを見つめた後、人差し指を彼女の額に持っていき何らかの術式を発動した。ルミエルさんの指先がノアの額に触れた瞬間、魔術や霊術、呪術や錬金術でもない術式の陣が浮かび上がり、ノアはルミエルさんが行った何らかの術式によって眠ってしまった。


 その瞬間、僕はルミエルさんに向けて「何をしてるんですか!?」と叫び声を上げる。すると彼女は立ち上がった後こう告げてきた。


「心配しないでちょうだい。数十分も経てば目を覚ますわ。私が持つ先天性個性で彼女が生きてきた記憶の全てを()()()()だけよ」

「先天性個性? 記憶を全て観てきた?」


「こんな狭い場所で話すのもアレだから、貴方が安心できる場所で話してあげるわ」

「お、おい!」


 ルミエルさんはそう言うと、指を弾いて空間転移魔術とやらを発動した。その直後、応接間に居た僕と車椅子に乗ったノア、エイダさんやリリス、レイヴンウッドさんやルミエルさんは便利屋ハンドマンの店内から空間転移していて、五番街の街外れに存在する僕の屋敷の食堂に居た。


 頭がグラグラするし吐き気がヤバい。

 ルミエルさんが使う空間転移魔術とやらは、エイダさんを含めた他の人物の体には影響がなさそうだが、僕の体にとっては悪影響でしかなかった。


 その後、ルミエルさんは「適当に座りなさい」と僕らに告げて、食堂の中央に設置された長テーブルに備えられた椅子に座った。


 僕はエイダさんを隣に座らせた後、ノアが乗った車椅子を押して長テーブルに引き寄せる。その後、僕が着座すると同時にルミエルさんが口を開いた。


「それじゃあ、アクセル。もう一度だけ質問させてちょうだい。貴方がノアと出会ったのは『黒議会が行われてから二日目』の出来事で間違いないのよね?」

「店でも答えましたが、その通りです。僕がノアと出会ったのは九龍城砦に存在する三龍棟の奴隷商店で、『二日目の黒議会』が終わって壱番街の便利屋をヤリまくった後です。ついでに言っておきますが、カイレンの意識を宿したシオンと出会ったのも同じ日です。場所は――」


「『スナック・ラプラス』っていう……ちょっと()()なスナックでしょ? それは知っているわ。ノアの事とは関係がないから話したくないのなら話さなくても構わないわよ。別に話したいのなら話せばいいけど」

「ぐぬぬ……」


 こ、ここ、このカルト教団の教祖様……只者じゃねえな。やっぱりタイムトラベラーっていうのは本当のようだな。

 スナック・ラプラスは確かに風俗店だったが、見た目は完全に平凡なスナックだった。実際、僕もスナックだと勘違いして入店してしまったぐらいだし、あの店舗のカモフラージュは完璧であるに違いないはず。


 この場で本当の事を話せば、リリスやエイダさんに「アクセル先輩、そんなに早い段階からカイレンを見つけていたんですか!」等や「流石は便利屋ハンドマンのオーナーだけはあるわね」等と褒められるに違いないが、それと同時にスナックラプラスが平凡なスナックを装った違法風俗店だとバレてしまうことになる。

 もしもそのことが二人にバレればリリスは呆れ返るだろうし、エイダさんに限っては『肥溜めに吐き捨てられた(タン)カス』を見るような目で見てくるかもしれない。


 等と考えながら肩を震わせていると、エイダさんが狂気染みた笑顔を浮かべながら「全部知ってますよ、アクセル先輩!」と言って、僕の震えた肩を押さえつけてきた。


「な、なんでしょうか? エイダ様!」

「だから、()()知ってますよ! アクセル先輩! 私は人造人間(ホムンクルス)ですよ? 誤魔化したって無駄ですよ?」


 エイダさんの瞳からハイライトが失われている気がする。彼女は何を知っていて何を知らないんだ?


 様子を探る必要があるが、そんな余裕は今の僕には全くない。虚な目をしたエイダさんに見つめられて視線を何処に向けたらいいのか分からないのに、迂闊に間違った発言をしてしまえばエイダさんの――。


「い、いえ、なんの事をおっしゃっているのだか、よくわかりましぇん!」

「ホムンクルスの体内には体液を分析する装置も備わっているんです。そして私たちは午前中に肉体関係を持ちました。その時、アクセル先輩の体液からノアさん以外の体液が検出されたんです。ちなみにこの事はロータスさんとリベットさんに先ほど報告しておきました。二人とも声色を変えて『ノアさんのお腹の子』や『私たち以外の体液の正体』が気になると言って、仕事や学校を抜け出して屋敷に向かっている最中です!」


 うむ。なるほど。

 罪には罰がくだされるのか。恐れ入ったな。

 これが神の啓示とやらなのか。


「神も仏も存在しねえな。居るのは悪魔とポンコツホムンクルス、オーガ娘とヤンデレライオン、それと――」

「あとは先輩のチン◯ンに貞操帯を着けようとしているロータスさんだけです。そうですね……アクセル先輩。これを機に『アテナの十戒』に項目を増やすとします。アクセル先輩の煮えたぎる性欲と腐りきったチ◯ポが他の女性を傷付けないためには、そうするしかないんです!」


 それから暫くした後、食堂にノック音が響き渡った。

 後ろを振り向けば扉がある。だけど、生き物としての生存本能が働いているせいなのか、僕は全く動けずルミエルさんに視線を送ることしかできなかった。


 しかし、食堂にやって来たのはルミエルさんが屋敷に住まわせていた『ヴィクトル』という名の魔導骸(アーカム)だった。彼はルミエルさんが食堂に居たのを知っていたかのように、他のメイド型の魔導骸(アーカム)を引き連れて茶菓子を持ってきた。


「ふう……」

「アクセル、何が『ふう』よ。本当に肝っ玉が小さい男ね。それじゃあ話の続きをするわよ」


「お願いします。なるべく早く話を終わらせましょう。僕は便利屋ハンドマンで仕事をしなきゃいけないんです。ほら、従業員の面倒を見るのがオーナーの務めでしょ?」

「情けない男ね。心にやましい事があるからビクビクしてるのよ。そんなんで便利屋ハンドマンのオーナーが務まるとでも思ってるの?」


 等と言いつつも、ルミエルさんはヴィクトルが運んできた紅茶に手を伸ばして、自身が発動した術式について語ってくれた。


「アクセル。私は今の腐敗した魔大陸を正すために、これまでに何千回、何万回、何億回という時間軸の移動を繰り返して世界の情勢や人の動きを観察し続けたの。それを可能としたのが私の先天性個性『完全記憶能力』と『癒着』の二つよ」


 どうやらルミエルさんがノアに施したのは魔術といった術式に関する物ではなく、魔族が生まれながらに持つ『先天性個性』という能力であったらしい。彼女が生まれ持った『完全記憶能力』は言葉の通り、これまでに見たものや聞いたもの、体験したことの全てをありのまま記憶する先天性個性の中でも上位に分類されるチート能力であったようだ。


 そして、ルミエルさんが持つ二つ目の先天性個性『癒着』と呼ばれる能力。この能力はあらゆる物質やエネルギーを結合、物体の修復や再生、万象を引き寄せる訳の分からんチート能力であるらしく、力加減によっては大陸を小さなサイコロに凝縮させて消滅させる程の力もあるらしい。

 

 彼女はこの時間軸に移動する以前、元の時間軸で魔導王に君臨していた際に、二つの能力を駆使して魔大陸と聖大陸の均衡を保ち続けていたのだが、自身の潜在意識の奥深くに閉じ込めた『初代イヴ』という存在に体を乗っ取られて以来、初代イヴが発動した術式によって魔導骸(アーカム)の体に精神と先天性個性だけを解離させられたとのこと。


 その後、ルミエルさんは大切な家族や友人を失い、愛していた夫を自分の姿の初代イヴに奪われたことで過去や未来を変える手段を探し続けていた。が、彼女の前に現れたのは『別の時間軸からやって来たテネブルさん』であったそうだ。


「ちょっと待ってください、ルミエルさん。頭の中を整理させてください。テネブルさんって……確か貴女の部下の修道女でしたよね?」

「間違いないわ、アクセル。突然こんな事を言われても信じられないけど、私が別の時間軸に移動できる様になったのは、そのテネブルっていう修道女のお陰でもあるの」


 確かにルミエルさんが語ってくれた内容だけだと、他の時間軸に移動する手段が全くない。ルミエルさんが持つ二つの先天性個性をどう扱ったとしても、時間軸を移動する能力には繋がらないはずだ。

 いや、魔導骸(アーカム)という体に転々と意識を注ぎ込める彼女なら、時間軸を移動する事なんて容易いことなのか?


「ルミエルさん。そのテネブルさんという修道女と貴女は、どういう関係なんですか?」

「そうね……切っても切れない関係よ。貴方に教えてあげられるのはこれぐらいかしら」


「じゃあ、ルミエルさん。その『癒着』という先天性個性を使用した結果、何が分かりましたか?」

「分かった事もあるし、分からなくなった事も沢山できたわ。応接間での話は聞かなかった事にしてちょうだい。貴方がこの野良犬を拾ったお陰で『この時間軸の未来』が変わってしまった可能性があるの。この時間軸の遠い未来、貴方はツラい人生を歩む事になるけど、貴方以外の人々は真っ当な人生を歩むことが出来るはず。もちろん、そこのホムンクルスや貴方の家族を含めた人々のことよ?」


 どうやらルミエルさんはノアが見た光景や得た体験などを観測して、それに関わってしまった僕の将来に変化が訪れると予測しているらしい。彼女は続けて「明日の試合の事も何も保証はできないわ。私に協力して欲しいのなら今しかないわよ。何をしたいのか自分で選択しなさい」と呟いた。


「僕にとってはツラい人生ですか。でも、エイダさんやロータスさん、リベットやその他の人物にとってはツラくない人生って事ですよね?」

「その通りよ。貴方自身の命の保証はしてあげられない。だけどその代わり、私の手の届く範囲内であれば、貴方の家族や貴方がこれまでに守りたかった物だけは必ず守ると約束してあげるわ」


 重苦しい空気が漂う中、ルミエルさんだけが静止した空間を動いているかのようにクッキーを頬張り続けている。リリスやレイヴンウッドさん、目を覚ましていたノアやエイダさんは微動だにせず、彼女が告げた僕の未来に目を背けている気がした。


「ありがとうございます、ルミエルさん。それだけ聞ければ十分です」

「本当に? 自分の将来が気にならないの?」


 ルミエルさんが唖然とした表情を浮かべていたので、僕は前世の記憶を思い返しながら、彼女に微笑み返した。


「はい。どんなにツラい目に遭おうとも、多分、前の人生よりは充実してるはずなんです。だって駆け回ったり宙に浮いたりできるんです。それに素敵な奥さんが四人もできて、機甲骸(ボット)という子供や実の子供まで持つことになるんですよ? 何があっても老衰するまでは死にません。いや……せめて、自分の子供が成人を迎えるまでは生きていたいですね」


 ふざけた笑みを浮かべつつも真面目な事を言い放つと、ルミエルさんはニッコリと微笑んでくれた後、立ち上がって僕の両眼を手のひらで覆い隠した。


「やっぱり貴方は想像以上の人物だわ。貴方が私の味方で良かった。これから私は『傲慢の悪魔ルシファーの代弁者』として、貴方に【傲慢の加護】と【傲慢の魔眼】を授けます」


 と彼女が告げてきた直後、ルミエルさんの片手に魔力が溜め込まれて僕の視界の半分が真っ暗闇になった。

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