表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

191/276

18「水魚の交わり」


 カイレンから後天性個性を与えられた壱番街の便利屋集団、並びにディエゴ・ウォーカー氏や(リウ)(シャン)らが待ち構えているであろうエリアに向かうアクセルとマクスウェル、セリナを含めた三人の掌握者。各々は独自の呪具や魔導具といった通信手段を用いながら、部下たちと連絡を続けて回廊を駆け抜ける。しかし、アクセルが装備したガントレットにエイダから連絡が入ったため、ショッピングモールの回廊へと踵を返した。


 連絡に応答したアクセルは「どうしたの?」と答える。すると、エイダが「ジェイミーさんとセリナさんの部下から連絡がありました! 碧血衛(へきけつえい)から奪い取ったバッグパックを噴水の近くに置いたようです! バッグパックの位置をガントレットに送信します!」と返事をした。


(思ったよりも早く事が運びそうだな。流石は掌握者の部下たちだ。敵への適応さえ終わってしまえば後は作業みたいなもんなんだろう。伊達に掌握者の部下を名乗る人物ばかりじゃあないな――)

 

 等と考えながらアクセルは単独で行動を開始し、ガントレットに備えられた投影装置を起動する。自身の現在位置や機甲手首(ハンズマン)を携帯したマクスウェルとセリナの位置、エイダが送信したバッグパックの位置情報のデータがホログラムとして浮かび上がると、彼は最短距離でバッグパックの元へと駆け抜ける事ができた。その後、セリナやマクスウェルの部下が配置したバッグパックを回収したアクセルは、噴水とエイダの現在位置を順々と往復し続ける。


「エイダさん、グレースさん! 休まなくて大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、アクセル先輩! ジェイミーさんの蒸気機関銃のお陰で敵が襲ってきてもラクチンですから! それより先輩こそ休まなくて大丈夫なんですか?」

「聞いてください、アクセルさん! エイダ隊長なんですが、さっきから一人だけサボって『アイテムの転移召喚』ばかりしてたんですよ? ジェイミーさんと私にばかり襲撃者の撃退を任せていてズルくないですか!?」


 グレースが告げ口した瞬間、エイダは彼女の尻をぶっ叩いた。が、アクセルはそれに続いてエイダの尻をぶっ叩く。すると何を思ったのか、エイダは疲労が蓄積していたアクセルに抱きつこうとしていた。


「アクセル先輩――」

「触るな、ポンコツ」


「おい、ポンコツ。これからポンコツってずっと呼ばれたいのか? ポンコツ、ポンコツ……」

「ちょっ……ポンコツって! 酷いですよ、アクセル先輩! せめてポンコツホムンクルスまで言ってくださいよ! これじゃあ人権も何も主張できないじゃないですか! 私って貴方の彼女なんですよ!? 彼女をポンコツ呼ばわりする彼氏がどこの世界にいるんですか!? どこにもいないですよね!? これは歴とした人権侵害です! ホムンクルス愛護団体に報告すべき事案です! 謝るのなら今のうちですよ! すぐに撤回して下さい! 私はポンコツでも豚骨でもありません! 超有能なエリートポンコツホムンクルスです!」

「安心してください、アクセルさん。地上にもアンクルシティにもホムンクルス愛護団体なんて存在しません。残念でしたね、エイダ隊長。サボっていた貴女が悪いんです。罪には然るべき罰が下るんですよ」


 彼女の肩を掴むとグレースはエイダを哀れむような瞳で見続ける。その直後、エスカレーターや階段を駆け上がってきた流体型機甲骸(リキッド・ボット)の集団がアクセルの背後に迫ってきた。


「危ないですよ、アクセル先輩……」

「え――」


 緊張の糸が完全にほぐれていたアクセルは、流体型機甲骸(リキッド・ボット)の気配に全く気づかず背後を取られてしまう。が、ホムンクルス壱番隊元隊長であるエイダ・ダルク・ハンドマンと同部隊に所属していたグレース・シルビアは、数十秒前からボットたちの気配を既に察知しており、両者は掌をボットに向けて広げて凝縮したエネルギー弾を放った。


「ビックリした……エイダさん、グレースさん。今のエネルギー弾って何なの?」

「アクセル先輩が使っている機械鞄に内蔵された結晶と同じ結晶を別の結晶エネルギーに変化させたんです。まあ、簡単に言うのであれば、先輩が使うバスターガンの上位互換だと思って下さい」

「説明が雑ですよ、エイダ隊長。えーっと、アクセルさん。私たちホムンクルスの体内には聖赤結晶238と235が同時に存在するんです。聖赤結晶238は単体でも膨大なエネルギーを保存できる結晶なのは知ってますよね? ですが聖赤結晶238を235に変化させる事で……もっともーっと! 多くのエネルギーを生み出す事が可能なんです! 私たちは238を235に変化させた際に作られたエネルギーをエネルギー弾として掌から放出しました。ちょっと難しい話でしたね。この話は後日、改めてエイダ隊長と私が詳しく教えてあげますね!」


 グレースはアクセルが理解できるように分かりやすく説明するが、アクセルは終始呆然としていた。


(聖赤結晶235? 238なら確かに僕の機械鞄にも内蔵されているはず。だけど、それを体内で別の結晶エネルギーに変化させたって言うのか? それにエイダさんとグレースさんが放ったエネルギー弾のあの威力。あれはパンプキン・コアを上回る程の威力だ)


 耐え難い欲求に翻弄されながら彼は二人の手のひらを強く握り締め、アクセルは真剣な眼差しで二人に視線を送り呟いた。


「誤解しないで聞いてほしい。僕は普通の技術者(エンジニア)だ。二人には今すぐ服を脱いで中身を見せて――」

「おい! 目の前に彼女がいるのにまだそんな事を言うのか!」

「申し訳ありません、アクセルさん。そういった仕事は流石に……」


 エイダは真剣な眼差しで見つめる彼に豪快な腹パンを決めた後、うずくまる彼に対して蹴りを入れ続ける。しかし、グレースはうずくまるアクセルに対して治癒魔術を施し続けた。その後、ひと段落した彼は先に目的地へ向かったマクスウェルとセリナの元へと合流するため、エイダが転移召喚したアイテムをダンプポーチにしまって回廊を出発する。


「じゃあ……エイダさん、グレースさん。このあとのことは頼んだからね」

「アクセル先輩、さっきの発言はリベットさんとロータスさんにきっちり報告しますからね」

「任せてください、アクセルさん! エイダ隊長がサボっていたらすぐに連絡しますので!」


 戦いに向けての準備を終えたアクセルは、脳と聖力核と化した副腎から化学物質を放出させ、回廊を超スピードで走り出した。それから少しした後、彼はガントレットの投影装置に映し出された、二人の掌握者の位置情報を基に最短ルートで回廊を駆け抜く。


「ナディア! 良くやった! 碧血衛(へきけつえい)から奪い取ったバッグパックは、全部ロッキーにショッピングモールの回廊まで運ばせろ! 二人とも無理はするな! 最悪の場合、お前とジェイミーが役割を代わっても構わない! とにかく無理はするなよ!」

「アスカ! ライム! ルドラ! お主らは(わらわ)が選んだ十字貿易の掌握者の後継者だ! 後継者としての意地を見せてみろ! 流体型機甲骸(リキッド・ボット)は旧型のZ1400やED5000とは違って術式を弾く液体金属で体表を覆っている。故に魔術や呪術に抵抗があるようだが、碧血衛(へきけつえい)には魔術が有効だ! 流体型機甲骸(リキッド・ボット)の相手はエイダとグレースに任せて、お主らは碧血衛(へきけつえい)を見つけ出す事にだけ集中しろ!」


 各々の部下たちはセリナが提案した計画に従いながら、順々とバッグパックを回収していく。マクスウェルの部下やセリナの部下も碧血衛(へきけつえい)と遭遇して、『バッグパックの中に爆発物が仕込まれている』と告げるが、彼らは有無を言わさず外骨格パワードスーツを起動させて戦い始めた。


 ナディアやアスカ、ライムやルドラ、ロッキーといった掌握者の部下と戦う碧血衛(へきけつえい)たちは、彼らの言葉に耳を傾けつつも『パワードスーツを用意してくれた(リウ)家がそんな事をするはずがない』と信じてしまう。それは、自身の上司である(ワン)小龍(シャオロン)の存在を信頼して、自身に課せられた任務を全うするためであった。


「ダメそうだ。ナディアの話だと、どの兵士もロクに話を聞いちゃくれねえらしい」

「マクスウェル、お主の方もか。(わらわ)の部下たちも碧血衛(へきけつえい)の部下を気絶させてバッグパックを回収してモールに届けているらしいが、お主と同様に話が通じない愚かどもで溢れていたらしい。何か裏がありそうだな……」

「遅れてすみません! お待たせしました、セリナさん! マクスウェルさん!」

  

 二人の掌握者の元にアクセルが合流を果たした直後、三人の掌握者の前に怪異化した魔物たちが襲いかかる。が、半神半人と化したマクスウェルは超スピードで柵や掲示板を飛び越えて魔物たちの背後に回り込み、左胸に彫られた『カナロア』の顔のタトゥーに呪力を注ぎ込んで、海の神を司るカナロアに祈りを捧げながら術式を発動した。


「祈りは捧げたぞ、カナロア! 刀身を伸ばせ!」


 瞬時に魔物たちの背後に回り込んだマクスウェルは、レッグホルスターからサバイバルナイフを引き抜き、ナイフにカナロアの術式を付与して魔物たちの体に向けてナイフを振り抜く。その瞬間、カナロアの術式が付与されたサバイバルナイフは、短い刀身に呪力が付与された高水圧の刀身を生み出し、掌握者たちに迫ってきた魔物たちを一閃した。


「マクスウェルさん。水の刀身を作り出す術式ですか、随分と便利そうな術式ですね」

「そうか? 俺は武器に頼りたくない主義だからな。だから、これまでカナロアの術式に頼ってこなかったんだ。まあ、魔獣クラーケンを相手に戦った時は仕方なくカナロアの術式を使ったけどな!」


 マクスウェルが使ったカナロアの術式は、刀身から作られた高水圧の呪力を飛ばすことさえ可能な高等呪術。彼はこれまで素手や脚部に呪力を宿して接近戦を行う武闘派タイプの呪術師でだったが、カナロアの術式を用いる事で中距離で戦うことも可能になった。


 それから間もなくして、アクセルが左腕に装着したガントレットに連絡が入る。相手はユズハ・クラシキであった。


「ユズハ先生、こちらアクセルです。どうかしましたか?」

「あまりにも連絡がないから心配してた。余はお主の副担任だぞ? 報連相(ホウレンソウ)はキチンとするがよい」


(ヤバい……グレースとの戦いや碧血衛(へきけつえい)が背負ったバッグパック、回廊に徘徊する邪魔者たちのせいでユズハ先生の事を忘れてた)


「えっと、ユズハ先生。色々と事情が変わりました。まず、この回廊にいる碧血衛(へきけつえい)には手を出さないでください。いや、もっと正確に言うんであれば、彼らが背負ったバッグパックには攻撃を当てないで欲しいんです」

「何か込み入った事情がありそうだな。話を続けろ」


「はい、碧血衛(へきけつえい)が背負ったバッグパックの中には、不純物が入り混じった拳サイズの錬成鉱石が内蔵されているんです。それには、パワードスーツを動かす霊力や呪力が込められているんですが、霊力や呪力が付与された強い衝撃を与えると爆発する可能性があるんです。爆発の威力は人を一人簡単に殺せる程の威力と判断して良いのかもしれません。だから絶対に気をつけてください」

「なるほど、了解した」


 アクセルはユズハと連絡を取りながら、ガントレットに備わった投影装置から回廊の立体地図をホログラムで映し出して彼女の位置情報を確認する。


「ユズハ先生! もしかして先生って【カジノホテルの回廊】の近くにいるんですか?」

「うむ、よくわかったな。ああ、このアームウォーマーに内蔵された発信機のせいか。お主は何処におるのだ?」


 等とユズハが尋ね返した直後、彼女の背後に忍び寄ったアクセルが「遅れて申し訳ないです」と言って膝に手を着き現れる。彼は各回廊でバッグパックを回収する役割を遂げたことで疲れ果ててしまい、息を整えるために何度も深呼吸を繰り返した。


「ユズハ先生、先に紹介しておきます。こちらの女性は四番街の掌握者セリナ・アクア・エルモアさんです」

「貴女がアクセルが通う学園の先生ユズハさんですね? (わらわ)は四番街で便利屋を営むセリナです。四番街で何かお困りな事がありましたら、十字貿易アクアリウムをお訪ねください」


「それとユズハ先生。こっちのサングラスを掛けたコワモテの人が、マクスウェル・フッド・スレッジさんです。彼も掌握者の一人で三番街で便利屋を開いています」

「初めまして、ユズハ・クラシキ。貴女の噂は耳にしているぜ。アクセルが魔術学校でどんな学生生活を送っているのか興味があるが、それは別の機会に聞くとするよ。そして、貴女は凄腕の霊術師だとアクセルから聞いている。セリナが気になっているように俺も貴女の実力が気になる。なんせ今のアクセルに霊術を叩き込んだのは貴女だからな」


 慎重派のセリナは口にしなかったがマクスウェルと同様に、二人の掌握者はアクセルの霊術を急成長させたユズハの存在が気になっていた。二人は(むくろ)の教団という存在自体が架空の教団であると思い込んでおり、それに所属していると噂される彼女の実力も未知数だと感じている。


 警戒した様子を見せる二人の掌握者に敬意を払うべきだと感じたユズハは、顔を覆い隠していた般若の仮面を外して素顔を晒しだす。彼女は二人の掌握者が自身より優れないまでにも実力のある確かな強者だと一目で見抜き、表上では『魔術学校の霊術師』という肩書きを持つ一人の霊術師だと明かした。


「初めまして、余はユズハ・クラシキだ。知っての通り、アクセルが通う魔術学校の体育学部基礎術式学科『いも虫組』の副担任をしておる。あのクラスはクセが強い奴しか転入してこない。だから、物凄くストレスが溜まる。最近は眠れてないし肌はカサカサになり始めている――」


 会話を始めた当初は満面の笑みを浮かべていたユズハだったが、彼女の表情は次第に曇っていき最後にはアクセルを睨みつけていた。


「……だが、教壇に立ってから初めて分かったこともある。コイツらは世話が掛かる馬鹿どもだが、我が子のように放っては置けない可愛い存在だとな。お前は良い霊術師になれる。いや、錬金術師にもなれるかもしれない。与太話はこれまでにしておこう。デンパ君をシメに行くぞ、アクセル!」


 彼女は微笑みながらアクセルの頭を撫でた後、再び顔を般若の面で覆って進み始める。一同が進んだ先には【シーザーズ・テスラ】と呼ばれる巨大なカジノホテルが(そび)え立っており、その周囲には建築途中のカジノホテルが乱立していた。


 アクセルはユズハから頭を撫でられた瞬間、彼女の姿をイザベラと重ねてしまう。それは、誰からも素直に褒められた経験がなかった彼の幻想が作り出した想像の産物でしかない。


(ビックリした。あんなに他の回廊で厳しかったユズハ先生が急に撫でてくるなんて思いもしなかった。先生や師匠といった存在から褒められるのは嬉しいけど、頭を撫でられるとイザベラ師匠を思い出すな。やっぱり、なんだかんだ言ってイザベラ師匠は僕の事を気にかけてくれていたんだ。それなのに僕はイザベラ師匠に何も返せてあげてない。今のままじゃダメだ。もっともっと頑張らないとダメだ――)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ