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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

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10「最低な二人」


 学舎内に存在する放送室へと向かう、道化の仮面を被ったリリスと彼女を背負ったクラックヘッド。二人は幾つもの階段を駆け降りた末に一階へと到着したが、通路を遮る様な巨大な肉の壁を目の当たりにして唖然とした。


「リリス嬢。この肉の壁は……餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者の肉が重なり合って出来た遮蔽物で間違いないっすね」

「そのようね、クラックヘッド。まさかとは思ったけど……これ程の量の餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者と泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が居るとは思わなかったわ」


 リリスはクラックヘッドから、蓄音機の浮浪者がビショップと戦っている旨を伝えられたと知った瞬間、レコードの音楽を流す放送室前の廊下が、ある程度の浮浪者で守られていると予想をしていた。だが、彼女が予想していた浮浪者の徘徊量は遥かに超えていて、放送室を中心とした通路の両側には、すし詰め状態の浮浪者たちがゾンビの群れの如く(うごめ)いていた。


 リリスとクラックヘッドは、僅かな隙間から通路の様子を覗き込んで同じことを考える。


(流石にこの量の浮浪者の中を【道化の狐仮面】を被りながら進んだとしても、気付かれる可能性がある。それに恐らく、浮浪者たちが放送室側の通路へと向かっているのは、レンウィルやシルヴァルト、彼らを含めた他の試合参加者が私たちとは反対側の通路に居て、そっち側から放送室へと向かってきているからに違いない)


(こりゃあ酷い量の浮浪者だな。流石にリリス嬢が被ったチート仮面も役に立たないだろう。それにこの肉の量だ。まともに進むのは困難だと判断できる。そして浮浪者たちが向かっている俺たちとは反対側の通路。恐らく、そこにはレンウィル様やシルヴァルト様が居るに違いない。ここからでも銃撃の音やガーガーチキンの叫び声が聴こえるところを鑑みると、あの二人以外にも協力者が居ると考えて良さそうだ)


 等と考えながら、二人は一斉に言葉を口にした。


「クラックヘッド!」

「リリス嬢!」


「ごめん。いいわよ。先に貴方が話しなさい。貴方にも何か作戦があるんでしょ?」

「了解っす。僭越(せんえつ)ながら申させて頂ます。正直な話、レンウィル様とシルヴァルト様は、俺たちと同様に放送室へ到着していない可能性があります」


「私もそう思ったわ。あの二人が『道化の狐仮面』っていうチートアイテムを学舎内で見つけ出したとは思えない。じゃなきゃあ……あんな大量の浮浪者が私たちとは反対側の通路へと向かっているのが納得できないわ」

「その通りっす。それで俺が考え出した作戦を聞いて欲しいっす……っとその前に一応、通路の反対側に二人が居るのか確かめてみます」


 彼はリリスにも分かるようにアームウォーマーを起動させ、レンウィルとシルヴァルトに向けて連絡を試みる。するとクラックヘッドが装備したアームウォーマーにホログラフィックが浮かび上がり、魔導ガトリング銃を構えたレンウィルの姿とアームウォーマーに応答したシルヴァルトの姿が映し出された。


「こちら、クラックヘッドっす。レンウィル様、シルヴァルト様。御二人は放送室の西側通路に居ますか?」

「ああ! クラックヘッド! 俺とレンウィルは放送室の西側通路に居る! 放送室までもう少しで辿り着けるんだが、通路の東側から餓鬼骸(がきむくろ)泥濘(ぬかるみ)の浮浪者の集団が迫ってきて前に進めないままだ! お前たちは何処にいるんだ!?」


「俺とリリス嬢はちょうど御二人側からみて逆側の東通路階段に居ます。こちらには餓鬼骸(がきむくろ)の体が重なり合った肉の壁が通路を遮っています」

「そうか……そっちも手詰まりの状態か。コッチには蓄音機の浮浪者をぶっ倒そうと誓った協力中の試合参加者が居る! 何とか浮浪者の数を減らしていくから、それまで待っていてくれ!」


 と、シルヴァルトは一方的にクラックヘッドからの通信を切り、迫り来る浮浪者の集団へと錬金術を発動させ、幾つもの棘柱(とげばしら)を作り上げた。


 クラックヘッドは片膝を着いてリリスを床に降ろした後、自身の脳内CPUが弾き出した『状況に見合った最適な策』をリリスに提案する。

 彼がリリスに提案した作戦内容は自身にとって無謀な策であったが、それでも人間であるリリスやレンウィル、シルヴァルトの生命を(おびや)かす事のない最良な策であった。それに加え、彼が提案した策には『レコードを放送室に確実に届けられる』という保証までがついている。


「リリス嬢。良く聞いてください。この作戦の成功確率は95%です。残りの5%は俺が作戦の務めを果たせなかった場合の事を言います。この作戦が成功すれば、リリス嬢が持つレコードやレンウィル様とシルヴァルト様が持つ二枚のレコードは、確実に放送室へと届けられるでしょう」

「無茶すぎるわよ、クラックヘッド。その計画だと貴方が全ての浮浪者を相手に戦うことになるのよ? それでも構わないっていうの?」


 クラックヘッドは顔を覆い隠していた紙袋のマスクを剥ぎ取り、自身が覆い隠していた素顔をリリスに(さら)け出す。

 

 彼には計画を遂行する『覚悟』があり、その覚悟は自身の加勢を一刻も早く待ち望んでいる『相棒』の存在を重要視していたからこそ考えられた策でもあった。

 そしてクラックヘッドは、自身が考えた策が機甲骸(ボット)が考えた安直な計画でないと証明するため、人間の様に素顔を(さら)さなければならないと確信していた。


 アクセル以外の人間に対して、初めて素顔を(さら)け出したクラックヘッド。彼は自身の創造主であるアクセルと誓った約束を破り、自らの意思で紙袋を剥ぎ取る。

 クラックヘッドは作戦の発案者である自身を信用してもらおうと思い、リリスの瞳を真剣な眼差しでジッと見つめる。するとリリスはクラックヘッドの真剣な眼差しに心を打たれてしまい、自然と彼の手のひらを握り締めてしまった。


(う、嘘でしょ!? クラックヘッドって……こんなに金髪のイケメンなお兄さんだったの!? いつも小汚い紙袋のマスクで顔を覆ってたから分からなかったけど、他の回廊で戦ってる間もこんなイケメンとずっと一緒に居たなんて思いもしなかった! それに私……ずっと背おられたままだったじゃん! 上半身裸の金髪お兄様が相手だったなんて……めっちゃ恥ずかしいんだけど!)


 リリスの脳内は煩悩で満ち溢れている。それはある意味、クラックヘッドが求めていた『ボットへの信用』を獲得する結果にもなった。

 彼女はクラックヘッドの真剣な眼差しに心を打たれた……というよりも、コレまで身近に居た機甲骸(ボット)の正体が自身が知る中でも最も大人の香りをチラつかせる魅力的な男性である事を知ってパニックに陥り、リリスは我を忘れて彼の透き通った青い瞳に釘付けになった。


「リリス嬢。えーっと……話を続けてもイイっすか?」

「あ? うんうん! 聞いてる聞いてる! それでクラックヘッドさん! 私はこの後どうすればいいんでしたっけ……」


 クラックヘッドはボサボサの金髪を掻き上げて澄んだ青い瞳を横に流した後、目を細めながら顎に指を置いて考える仕草をする。するとリリスが更にウットリした表情をして瞳を(きら)びやかに輝かせた。


「俺の作戦はこうです。まずはリリス嬢に『道化の狐仮面』を被ってもらいます。そして体に負担が掛からない範囲で下位魔術を発動してもらいます。そうですね……音を出すような魔術を連発してくれると助かるっす。別に錬金術でも構いません。そうすれば餓鬼骸(がきむくろ)泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が反応してくれるはずなので」

「狐仮面を被った後、音を出す魔術か錬金術を発動すればいいのね。分かったわ。それじゃあその後は?」


「リリス嬢が【音を出す術式】を発動してくれたお陰で、俺たちの方へと【音に反応した】餓鬼骸(がきむくろ)と【術式に反応した】泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が襲い掛かってきます。ですが安心してください。リリス嬢は【道化の狐仮面】を被っているので、奴らの攻撃の対象にはなりません。攻撃の対象になるのは俺だけです」

「うんうん! 分かった! リリス頑張る!」


(何だかリリス嬢の様子がさっきから少し変だな。気のせいか? まあ元気そうだし体力には問題がなさそうだから、気にすることはないか……)


「そんじゃあ話を続けます。通路に徘徊する浮浪者たちは、俺が一気に校庭へと誘導します。リリス嬢はその隙に放送室へと向かってください。そうすれば恐らく、レンウィル様やシルヴァルト様側に居る浮浪者たちも手薄になるはずですから。んで、三人はその間に三枚のレコードを放送室の機械に設置してください」

「分かったわ、クラックヘッドさん。それで三枚のレコードを設置し終えたら貴方とビショップの元に合流して良いのよね?」


 リリスが瞳を輝かせながら尋ねると、クラックヘッドは俯きながら小さく頷き「リリス嬢。俺は最低で最悪なボットです。ビショップの指示を最後まで守り抜けませんでした」と呟いた。

 しかしリリスは彼の発言を気にも留めずに正面から抱きしめ「謝るのは私の方よ」と言い、自身の顔をクラックヘッドの頬へと擦り付けた。


 壁にもたれ掛かりながら座るビショップは、リリスの突然の行動に驚き困惑する。彼の脳内CPUは常に進化し続けてあるが、クラックヘッドはリリスが行った抱擁に意味があるとは思えなかった。


「り、リリス嬢。どうしたんですか? やっぱり一人で放送室に行くのは荷が重いっすか? それとも俺の作戦に納得できませんでしたか?」

「違うわ、クラックヘッドさん。えっとね。貴方に謝りたい事があるの。私は貴方の事を凄く誤解してた。私はその……水上都市メッシーナ帝国に住んでるって知ってるでしょ?」


「あーそんな事を言ってた気がしますね。それとこの抱擁が関係あるんですか?」

「私が貴方を抱きしめたのは……貴方を誤解していた謝罪のつもり。実は水上都市メッシーナ帝国にも貴方みたいなボットが居たりするんだけど、そのボットは貴方とは違って感情のないボットなの。言うならば旧世代の人間が使っていたロボットってヤツ。それでね……私の両親はそのロボットに殺されたの。だから最初は……」


「リリス嬢。その先は何となく分かります。俺の事が嫌いでムカついて憎悪の対象で仕方なかったんですね。なーんとなく……そんな気はしていたっす」

「……うん。それから少しして知った事なんだけど、私の両親を殺したロボットは『イレギュラー』っていう、脳内CPUに異常があったロボットだったの。だから最初、貴方とビショップの存在を知った時は……とても怖くてしょうがなかった。私の両親を殺したロボットと似た機械と一緒に行動しないといけないと知った時は、悔しくて憎くて仕方なかった。だけどね……今はそんな事を全く思ってないの」


 真正面で座り込んだリリスをジッと見つめ、クラックヘッドは進化し続ける脳内CPUで尋ねる。


「俺が憎くないんすか?」

「憎くないよ。貴方は私の両親を殺したロボットじゃない。それに貴方には人間が持つ『心』が宿っている気がする。心っていうのは見えない物だけど、感じ取ることはできる。それを私は貴方が言った言葉から感じ取れた。だからクラックヘッドさん――」


 リリスはさりげなく彼の首筋に唇を押し付けた後、勢いよく立ち上がってクラックヘッドを立ち上がらせた。


「私は貴方が好きよ。イケメンだから好きなんじゃない。まあ勿論……顔がイイのは重要だけど。だけどそれでも、貴方からは他のボットとは違う何かを感じ取れた。さっき言ってあげた『心』ってヤツをね!」

「俺に心ですか……」


 道化の狐仮面で顔を覆ったリリスは、手のひらを合わせて錬金術の力を循環させる。その後、彼女はポーチから錬成鉱石と魔石が留められた手袋を取り出し、術式を発動するために左手に装着した。

 

 リリスが左手に嵌めた手袋には錬金術の陣と魔術の陣が描かれてあり、それらは重なり合う事で別の術式を発動する武器でもある。


「それじゃあ、クラックヘッドさん。どデカい術式を発動するから下がっててちょうだい!」

「どデカいって……下位術式であればイイんすよ!?」


 と、クラックヘッドが止めに入ろうとしたが、既に両手に魔力と錬金術の構築術式を循環させていたリリスは彼の話を無視して、放送室へと続く通路を塞いだ肉の壁に両手を着けた。


 その直後、魔術と錬金術が組み合わさった術式は、赤黒い閃光を放つと共に肉の壁に新たな術式陣を浮かび上がらせる。

 彼女が魔術と錬金術を組み合わせて発動した術式は、混合術式と呼ばれる『才能のある者』にしか発動できない術式であり、リリスが肉の壁に浮かび上がらせた混合術式は、それらの中でも威力が桁外れな高等術式『冥界転術【閻魔爆撃(エンマ)】』であった。


 リリスが両手を接地した浮浪者の肉壁は、彼女が発動した閻魔爆撃(エンマ)の連鎖反応によって次々と爆発を引き起こしていき、先程まで通路を塞いでいた肉の壁は閻魔爆撃(エンマ)の爆撃によって弾け飛んだ。しかしそれだけで閻魔爆撃(エンマ)の効果は終わらない。


 冥界転術『閻魔爆撃(エンマ)』には、爆発した対象に密接した物質や生物を『連鎖的に爆発させる効果』が備わっている。


 リリスはクラックヘッドの方を振り返り、「これが私の作戦よ! 私は最低限の犠牲も出したくない平和主義な女なの! だからクラックヘッドさん! 残念だけど貴方の作戦はナシね!」と言ってニカっと笑みを浮かべた。


「じゃあクラックヘッドさん。もう一度しゃがんで貰えるかしら?」

「え?」


「『え?』って……貴方がやらなきゃいけない仕事を私が代わりにやってあげたんだから、私を放送室まで『背負って行って』って言ってるのよ!」

「はあ……仕方ないっすね――」


 と言いながらクラックヘッドは再び紙袋で顔を覆い隠そうとしたが、リリスが「それは邪魔」「絶対に貴方には似合わない」「レンウィルやシルヴァルトには見せたくないから、被るのなら放送室に到着してからにして」等と言うので、彼は仕方なくそのままの素顔で彼女を再び背負い始める。するとリリスが恍惚とした笑みを浮かべながら彼の背中に飛び込み、クラックヘッドの後頭部に鼻を擦り付けた。


☆☆☆


 一方、学舎外の校庭では、特殊包丁を装備したビショップが餓鬼骸(がきむくろ)泥濘(ぬかるみ)灯籠(とうろう)の浮浪者を相手に一人で戦っていた。

  

「変形機構式機械鞄『MOD・5th』」


 と、空中を舞いながら呟き、ビショップは持っていた二本の大型の特殊包丁を五つに分解させていく。すると彼が拳に握り残した二本の特殊包丁は、更に別の形態の特殊包丁を生み出して分裂していく。

 ビショップが持ち直した一本の特殊包丁を頼りに電磁波が流れ始め、分離した他の特殊包丁は彼の周囲を漂い始めた。


(この形態の分解された特殊包丁は、私の体内に残されたバッテリーを頼りに周囲を漂い、対象に目掛けて無数の斬撃を与える。だが、それにしても……あまりにも敵が多すぎる。このままでは物量差に押されて戦闘の何処かで綻びが生じるに違いない。クラックヘッド……まだ遊んでいるのか?)


 等と考えながら、ビショップは校庭に着地すると同時に餓鬼骸(がきむくろ)の首を()ね飛ばした。その後、彼は背後に備えられた浮遊装置と飛行装置を限界まで酷使しつつも、灯籠の浮浪者が体に纏っていた石造りの灯籠を斬り落としていき、他の浮浪者への呪力と霊力の供給を封じていく。


 しかし、生き残っていた灯籠の浮浪者が身に纏っていた石造りの灯籠は、校庭の奥から聴こえてくる蓄音機に備えられたホーンからの音楽により、徐々に元の形へと復元していった。


「チッ……奴を叩かなければ戦闘は延々と続くな。しかし妙だな。この音楽は全ての浮浪者の肉体を再生させる術式だと思っていたが、そうではないのか? 何にしても……そろそろ奴の様子を見にいくしかないな――」


 ビショップは両手で特殊包丁の柄を強く握り締めて、灯籠の浮浪者や餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者から目標を移し替える。

 

 彼が視線を向けた先には、薄汚れた茶色いローブを何重にも着重ねた、奇怪な仮面で顔を覆い隠したふくよかな体型の蓄音機の浮浪者が佇んでいた。

 蓄音機の浮浪者は巨大なホーンが備わった蓄音機を背負っている。彼はヒモを通した一枚のレコードを首からぶら下げ、まるでビショップを煽るかのようにレコードを見せつけ、軽快なステップを踏みながら雑音が入り混じった音楽を流し続けていた。


「アクセル様が見たら『腹が立ってぶち殺したくなる』と言っていただろうな……」


 その後、蓄音機の浮浪者が流し続ける音楽によって、複数体の灯籠の浮浪者は自身の体に埋め込まれていた石造りの灯籠を復元させていく。蓄音機の浮浪者がホーンから流す音楽の術式には、浮浪者の肉体を一時的に復元させる効果があった。


 石造りの灯籠が復元された事により、灯籠の浮浪者は自身の能力を周囲に振り撒いて餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者や泥濘(ぬかるみ)の浮浪者に呪力や霊力を分け与え始める。すると呪力や霊力を分け与えられた浮浪者たちは、当然の如く肉体を再生させて戦線に復帰した。

 しかし、ビショップはそんな事を気にせず立ち回り続け、再び浮浪者達を数十秒の間で数百体ほど切り倒していき、一気に蓄音機の浮浪者との距離を縮めていく。


 ビショップが発動した「MOD・5th」には、彼が持つ本体の特殊包丁に呼応して対象に斬撃を加える機能が備わっている。そのため、ビショップは蓄音機の浮浪者との距離を縮めていく道中、分離した特殊包丁たちに浮浪者の相手をさせるため、障害物となった数種類の浮浪者へと本体の特殊包丁で最小限の切り傷をつけていった。

 

 蓄音機の浮浪者は浮浪者の群れの奥に潜んでいた上に、自身が四枚中の一枚のレコードを所持している事に安心しきっていた。だが、僅か数十秒の間にビショップが自身の元へとやってきた事に愕然としてしまった。


「さっきまでの軽快なステップはどうした? さあ、生き絶えるまで踊り狂え。私に犬畜生のような悲鳴を聴かせろ。それがお前が奏でる最後の独奏曲だ」


 蓄音機の浮浪者を前にしたビショップは、彼の周囲に分解した四本の特殊包丁を漂わせながら一太刀ずつ斬撃を入れていく。が、蓄音機の浮浪者は自身の体と自身の周囲に四つの拡張操術を張っており、浮浪者が張った第一層の術式は彼が振り下ろした特殊包丁の斬撃を跳ね返した。


(攻撃が跳ね返されたか。宙を漂う四本の特殊包丁にも反応がない。なるほど。蓄音機の浮浪者が張り巡らせた第一層の拡張操術は、物理攻撃を跳ね返す類いの結界か。いや、()()()()という(ことわり)さえも無かった事にする術式なのかもしれない。それなら周囲に漂う特殊包丁たちに反応がないのも理解できる。ならば……他の方法を執るまでだ――)


 特殊包丁による斬撃が効かないと瞬時に理解したビショップ。彼は持っていた特殊包丁を小型のバスターガンに変化させる。すると周囲に漂っていた分離したした特殊包丁は、本体が変化させられた事によってエネルギー弾を放つバスターガンに変化していき、ビショップの攻撃をサポートする兵器へと形を変えた。


 しかしその直後、蓄音機の浮浪者は背負っていた蓄音機のホーンから、他の浮浪者の行動パターンを切り替える新たな音楽を流し始めた。すると音楽を聴いた灯籠の浮浪者や泥濘の浮浪者たちは、蓄音機の浮浪者を守るように彼を取り囲み、九龍城砦を守るような堅固な壁へと変貌した。


 ビショップは浮浪者たちの行動を見定めて蓄音機の浮浪者の音楽を聴いた直後、一歩後退して敵の行動の分析を始める。


(間違いないな。今の浮浪者達の行動と蓄音機の浮浪者の行動で、第一層の拡張操術が特殊攻撃を防ぐことのできない拡張結界だと判断できた。が、それはあくまで第一層の拡張操術の(ことわり)(まこと)だけだ。奴はレコードを一枚所持していて、他の三枚はクラックヘッドやリリス様、レンウィル様やシルヴァルト様が放送室に運んでくださっている最中だ。四名が持つ三つのレコードが何の拡張操術を剥がすのか分からない以上、私はこのまま蓄音機の浮浪者が張る拡張操術の全てを理解する必要がある。でなければ……最悪の場合、蓄音機の浮浪者が持つ最後の一枚のレコードによって、私たちの攻撃が全く効かない可能性だってある)


 バスターガンに聖赤結晶238のエネルギーを溜め込み始めた直後、蓄音機の浮浪者を取り囲んだ灯籠の浮浪者が巨大な火球を放った。


「これだけ近い距離でそれほど強力な呪力の火球を放つのか。蓄音機の浮浪者が流す音楽による肉体の()()を考慮した自壊覚悟の攻撃で間違いないな。それでは避けようにも避けられはしないな。ならば――」


 数体の灯籠の浮浪者が放った呪力の火球は、自壊を覚悟した上で放った攻撃。肉体を再生する事ができないビショップとは異なり、蓄音機の浮浪者を取り囲んだ浮浪者達は蓄音機の浮浪者が流す音楽によって肉体を復元する事が可能だった。


 呪力を宿した強力な威力の火球は、複数体の灯籠の浮浪者が纏った石造りの灯籠から放たれ、校庭の地形を変える程のクレーターを生み出し、一瞬で一面を焼け野原に変えた。


 呪力核が破壊された事によって崩壊していく灯籠の浮浪者。そして灯籠の浮浪者によって形成された焼け野原と巨大なクレーター。


 崩壊した灯籠の浮浪者の体に飛び乗り、蓄音機の浮浪者はファンファーレを彷彿とさせる音楽をホーンから流し始める。が、蓄音機の浮浪者はクレーターの中心に佇む一体の機甲骸(ボット)の存在に気づいてしまい、慌てながら浮浪者の肉体を復元させる音楽の術式をホーンから流し始めた。


「ナンデダ……ナンデダ……ナンデダ!」

「貴様、怪異モドキの魔物の癖に人の言葉が話せるんだな。まあ惜しかったな……相手がクラックヘッドであれば、今の火球で間違いなく勝っていたに違いない。だが、私はクラックヘッドやエイダ様のようなポンコツではない。私は『七つの機甲骸(セブンス・ボット)』を従えるリーダーであり、アクセル様によって創造された、アクセル様が一番信頼する機甲骸(ボット)だ! 貴様程度に負けてはアクセル様の顔に泥を塗ってしまう。潔く死ね!」


 燃え盛るクレーターの中心には、変形機工式機械鞄をグラビティシールドに変化させたビショップが佇んでおり、彼の周囲にはグラビティシールドを模した小さなシールドが幾つも空中を漂っていた。


 浮遊装置と飛行装置を用いて空中に飛び上がったビショップは、崩壊した灯籠の浮浪者の体に飛び乗り、蓄音機の浮浪者が張り巡らす拡張操術を無視して(さげす)むように見下ろす。その直後、学舎外に備えられていたスピーカーから三種類の音楽が流れ始め、蓄音機の浮浪者が周囲に張っていた拡張操術は砕かれたガラスのように飛び散った。


「どうやら私の仲間が放送室にたどり着いたようだ。それよりどうして私が壊れていないのか不思議で仕方なそうな顔をしているな。折角だから冥土の土産に教えてやろう……」


 ビショップは灯籠の浮浪者達が複数の火球を放った際、レンウィルから預かっていた『閃光のサイリウム』をタクティカルベストから引き抜き、呪具であるサイリウムの効果を発動していた。

 

 灯籠の浮浪者に対して有効な呪具である閃光のサイリウムには、二つの使い道がある。一つ目の使い道は、サイリウムを折る事で中に含まれていた『呪力と霊力が宿った液体』を混ぜ合わせ、特殊な発光塗料に変化させる使い道。その発光塗料が放つ光は『灯籠の浮浪者の体内に隠された呪力核の位置』を正確に指し示す()()()の様な効果があった。


 そして二つ目の使い道。閃光のサイリウムの中で混ざり合った二つの液体には、『液体を自身に振り撒く事で、灯籠の浮浪者が放つ呪力が宿った火球や火炎放射のダメージを軽減させる効果』が宿っていた。


「この事に気づけたのはシルヴァルト様が与えてくれたヒントのお陰だ。そして私がこうしてここに居られるのは、シルヴァルト様が機甲骸(ボット)である私を信用してくださって閃光のサイリウムを授けてくれたお陰でもある。まあ、閃光のサイリウムに『呪力核の位置を指し示す役割』があるのは予想していたが……まさかサイリウムに含まれた液体が灯籠の浮浪者が放つ攻撃を軽減する役割を担っていたとは思っていなかったがな――」


 ビショップは蓄音機の浮浪者の前頭葉にバスターガンを突き付け、引き金に指を置いたまま饒舌に喋り続ける。彼はタクティカルベストから砕けた閃光のサイリウムを取り出した後、地形が変化したクレーターの中へと投げ捨てた。


「私は火球が迫ってくる直前、閃光のサイリウムの光が指し示した光を頼りに灯籠の浮浪者の『呪力核』に目掛けてバスターガンからエネルギー弾を放った。勿論、呪力核を撃ち抜かれた灯籠の浮浪者は()()の対象にならない。貴様がホーンから流していた音楽の術式は、完全に呪力核を破壊された浮浪者達には影響がない。それは貴様が数分前に行った、灯籠の浮浪者が纏った石造りの灯籠を復元させた時に気づいた。そして私が火球を防げたのはグラビティシールドと――」


 と話を続けようとしたが、ビショップの元に駆け付けたクラックヘッドが蓄音機の浮浪者の背後に忍びよる。彼は聖赤結晶238のエネルギーを膨大に溜め込んだホームランバットを振り下ろし、蓄音機の浮浪者を叩き潰してしまった。


「悪い! 大分遅れたわ、ビショップ!」

「……まあ、話が通じない怪異モドキの魔物を相手に話を続けても仕方がない。遅いぞ、クラックヘッド。リリス様はどうした?」


「あーリリス嬢は『冥界転術』っていう超ヤバい混合術式を発動してぶっ倒れちまった。今は学舎内の放送室で眠ってるところだ」

「なるほど。それでシルヴァルト様と()()()()()は?」


 彼はクラックヘッドからレンウィルの行動と言動を尋ねた後、完全に死骸と化した蓄音機の浮浪者の体に向けてバスターガンの照準を合わせる。その後、ビショップは無駄であると分かっていながらも、死骸に向けて引き金を引く。すると蓄音機の浮浪者の体が膨れ上がり、血飛沫を発散させながら肉片が飛び散った。


 更に空中に飛散した肉片の数々は、ビショップの周囲に漂っていた分離していた小型のバスターガンによって撃ち抜かれる。


 ビショップはクラックヘッドの到着が遅い事と浮浪者にトドメを刺された事を根に持っており、そのストレスを発散させるには、手を焼いてしまった蓄音機の浮浪者を痛めつけなければならないと思っていた。


「レンウィルとシルヴァルト様も放送室に居る。三人とも人間だからな……幾ら至高の帝国錬金術師サマって言ったって、体の構造はガキのまんまだ。指をしゃぶってオネンネよ……」

「そうか。アクセル様とは違ってだらしないな。おい、クラックヘッド。あの飛び散った肉片を見ろ」

 

「あーあー。死体撃ちは良くねえぞ。あとでアクセル様にチクっちまうぞ?」

「勝手にしろ。密告者は嫌われる運命だ。それよりあの肉片の中から芻霊(スウレイ)を探し出してこい。遅刻した罰だ」


「遅刻した罰って……コレって完全に職権濫用だろ! お前、自分が七つの機甲骸(セブンス・ボット)のリーダーだからって調子乗ってんじゃあねえぞ! ったく、なんで俺なんだよ。お前がバカスカ撃ちまくるから肉片が飛び散ったんだろ? お前が取ってこいよ!」

「イヤだ。奴の頭を潰したのはお前が先だ。それにお前は今回、何の役にも立っていない。どうせ……リリス様とレコードを探している間、お前は介護ボットの様に彼女に付き添っていただけだろう?」


「つ、付き添っちゃ悪いのかよ! リリス嬢は下の毛も生え揃ってなさそうなガキなんだぞ! お前みたいにジュゲムちゃんに()()するボットじゃあ務まらねえ仕事だったんだぞ! この変態ストーカーボット!」

「わ、私を欲情型変態ボットだとでもいうのか!? それにジュゲムと私は運命の赤い糸で繋がれたロミオとジュリエットの様な関係なのだ! 貴様の様な低スペックな脳内CPUでは到底理解できない関係にある! 私は絶対にストーカー型ボットではない! このポンコツボットめ!」


 等と言い合いながら、クラックヘッドとビショップは灯籠の浮浪者の体から飛び降り、お互いの欠点を罵りつつも肉片の中から芻霊(スウレイ)を探し始めた。

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