表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

181/276

09「道化の狐仮面」


 リリスが発動した茨化の異能によって体育館の壁面を突破したシルヴァルトとビショップ、そして成長して間もない高出力な異能の使用で疲労困憊な状態に陥ったリリス・エルヴィア。戦闘が可能な二人は彼女が壁面に作り上げた大穴を用いて体育館から脱出したが、脳の深層領域から異能の力を絞り出したリリスは、戦闘の続行はおろか自立することさえ困難な状況を強いられていた。


「クラックヘッド。私はもうダメ無理、一歩も歩ける気がしない。私のことは放って置いて構わないから、この回廊の何処かに連れ去られたレンウィルを見つけ出してあげて……」


 等と告げてリリスは力なく壁に寄り掛かかった。が、側にいたクラックヘッドは彼女の遺言と思わしき言葉を聞き入れずに武器を構える。彼が再起不能なリリスを置き去りにしなかったのは、いち早く体育館を脱出したビショップの言い残した言葉が、心も魂も持ち得ない機甲骸(ボット)のクラックヘッドに技術的特異点(シンギュラリティ )をもたらしたからであった。


 それから、機甲骸(ボット)から次の段階へと成長を遂げた存在は、床に倒れ込んだリリスの体を肩に担ぎながら外部への脱出を試みる。


「おいおい、ポンコツロボット。何してんのよ、置いていってって言ったはずよ。今の私は錬金術も練れなければ魔術や異能にリソースを割くエネルギーもカツカツな状態なの。だから、私のことなんか気にしないで目的を優先しなさい……」


 クラックヘッドは彼女が並べる戯言を聞き流しつつも、凶装状態と化したホームランバットを豪快に振り回し、押し寄せてくる圧倒的な数の餓鬼骸(がきむくろ)の軍勢を次々と肉のミンチに変えていく。それから数分後、敵の軍勢を切り拓いた先にいたビショップらと合流した二人は、互いの安否の確認と今後の通信手段の情報の共有方法を擦り合わせた。


「遅れて悪かったな、ビショップ。ちょいと色々合ったんだ」

「そうか、クラックヘッド。怪我はしてないようだな。無事で何よりだが何か問題でも起きたのか?」


「いんや。別に大した問題じゃあねえよ。ほらほら、お前とシルヴァルトが先に体育館を出ていっちまっただろ? そのあと俺はリリス嬢と二人っきりになっちまったもんだからさ、ついつい魔が差してちょっとだけ悪戯しちゃったのよー」

「分かった。それ以上のくだらない話は聞きたくない。これから予定通り、私とシルヴァルト様は敵を引き付けながら学舎内に潜り込む。お前とリリス様は隙を見計らって別の学舎内に潜入しろ」


「了解、了解。レンウィル様が見つかったりレコードを発見した場合は、アームウォーマーで連絡を取ればいいんだろ?」

「勿論だ。が、アクセル様やエイダ様が私たちの回廊に転移する可能性も考慮しておけ。些細なことでも構わない。状況が変化したら逐一無線連絡を心掛けろ」


 情報の共有を最優先事項であると念押ししたビショップ。二人の帝国錬金術師は二体の機甲骸(ボット)の凄まじい圧倒的な戦闘技能により、各々の目的地である各学舎へと侵入していく。学舎へ辿り着いたクラックヘッドとシルヴァルト、手負いのリリスを背負ったクラックヘッド。四名は二手に分かれてレンウィルの捜索とレコードの回収に当たった。


 シルヴァルトが戦線に復帰するまでの間、彼と協力関係にあったビショップは学舎の回廊に徘徊する餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を視界に捉えた途端、二双の特殊包丁で切り裂いていく。その間、シルヴァルトは術式増幅鉱石が内蔵されたタリスマンの力を借り続け、タクティカルベストに備えていた回復液注入器を首元に射ち、治癒魔術を駆使して体力の回復に徹していた。


「シルヴァルト様。レンウィル様が装備したアームウォーマーの反応と機甲手首(ハンズマン)の位置は?」

「それなら今さっき確認したところだ。俺のアームウォーマーに映された学舎内の立体地図によると、レンウィルはこの学舎内の五階にいるらしい。もしかすると……泥濘(ぬかるみ)の浮浪者の術式によって拘束されているのかもしれない」


「了解しました。では、私たちはレンウィル様を迎えに行きましょう。この事は私がクラックヘッドに連絡をしておきます。作戦を遂行するには情報を共有するのが必須ですからね」

「ビショップ。お前は本当に優秀な機甲骸(ボット)だな。とてもじゃないが……アクセルが作った人工知能だとは思えないほどの傑作だよ」


「帝国錬金術師は御世辞の訓練もされているのですね。私はアクセル様に作っていただいた数体目の機甲骸(ボット)でしかありません。便利屋ハンドマンには私よりも優秀な機甲骸(ボット)が他に存在していますよ」

「謙遜なんかもできるのか、本当に笑えるな。お前のユーモアの設定レベルは幾つなんだ? 冗談まで言えるなんて最高の機甲骸(ボット)だよ。お前とはもっと話がしてみたい。機会があればオイルでも奢ってやるよ……」


 レンウィルがそう告げると、ビショップは「では、最高級の自然由来オイルでお願いします」と言い残して、再び餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を切り倒すべく廊下を駆け抜けた。


 ビショップが告げた内容の半分は冗談であり、もう半分は事実でもある。ビショップという機甲骸(ボット)はアクセルが信頼する優秀な存在だが、彼が制限解放(リミットレス)を行っても歯が立たない機甲骸(ボット)が便利屋ハンドマンには存在していた。


 それから、ある程度の治癒を終えたシルヴァルトは、ビショップの足を引っ張らないよう戦線に復帰する。彼は指輪の呪具から得た浮浪者たちの情報を整理した後、環境を利用した錬金術で大勢の浮浪者に大打撃を与えられるのではないかと推測を立てた。


 シルヴァルトは八芒星のタリスマンを頼らずに錬成術を行い、回廊の通路に幾百もの棘柱(とげばしら)を作り上げる。それらは突進してきた餓鬼骸(がきむくろ)の体を串刺しにしていき、押し寄せる数百体もの浮浪者の軍勢の進行を止めた。


(餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者は音に反応する浮浪者だったはずだ。そして爆音や強烈な音に怯むことは、ガーガーチキンの叫び声で証明されている。浮浪者についての情報欄に記載されてあったが、餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者には視覚というものが存在しない。だとすると、奴らは音を頼りに俺たちを狙って襲いかかってきているに違いない――)


 等と考えながら掌を合わせて錬金術の力を循環させる。シルヴァルトはタクティカルベストに忍び込ませていた、因子の封印器と呼ばれる二つの試験管を引き抜いた。

 

 彼が引き抜いた因子の封印器には、錬金術によって精製した濃縮な塩素ガスが含まれている。そして、彼が引き抜いたもう一つの封印器には、水上都市メッシーナ帝国の海水から抽出した水素が保存されていた。


「ビショップ! 餓鬼骸(がきむくろ)を無力化できる有効な策を思いついた! これから二つの容器を空中に投げる。その中に含まれた物質は一種の爆薬の様な物だと思え! お前は容器に向けてエネルギー弾を放つ事だけを考えろ!」

「了解しました、シルヴァルト様。サポートは任せてください」


 八芒星のタリスマンによって増幅された錬金術の構築術式は、二つの封印器の中に閉じ込められた気体の濃度を更に濃い気体へと変化させていった。

 

 シルヴァルトは再錬成を終えた封印器を餓鬼骸(がきむくろ)の集団の上空へと投げつけ、それに対してビショップは変形機構式機械鞄をバスターガンに変化させて封印器を撃ち抜く。すると撃ち抜かれた封印器は、餓鬼骸(がきむくろ)の集団の上部に黄色い爆煙ガスを漂わせていき、バスターガンの火力によって点火した黄色いガスは塩素爆鳴気という連鎖反応を起こして周囲に爆音を轟かせた。


「コイツらは音に反応する浮浪者だ。聴覚が他の浮浪者よりも何十倍も優れていた。つまり――」

「つまり、強烈な爆音を轟かせて浮浪者達を無力化させたのですね。流石は帝国錬金術師です。これと似た方法を続けてレンウィル様を迎えに行きましょう」


 餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者は音に反応する浮浪者であり、視覚といった器官が存在しない代わりに聴覚が何十倍も発達した怪異モドキ。そんな彼らはシルヴァルトが行った多彩な錬成攻撃により戦線に復帰できず、ただただ二人を回廊の先へと見送ることしかできなかった。


✩︎✩︎✩︎


 一方、蓄音機の浮浪者が纏う拡張操術を剥がすためにレコードを捜索していた、クラックヘッドと手負いのリリス。クラックヘッドはビショップとは異なり、手負いのリリスを背負いながら学舎の回廊を進み続けていた。

 

 二人が歩き続けていた学舎の回廊の二階には、餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者との戦闘を終えた試合参加者たちが力なく壁に背を預けている。体力に余裕のある者は身に纏っていたパワードスーツの損傷箇所を確認しており、戦闘で疲れ果てた者たちは治癒魔術等の回復手段で傷を癒やしていた。


 しかし、装備に余裕があり戦闘狂と恐れられる無法者の姿も中にはあり、準備を怠らずにいた彼らはモルヒネ等の薬品を含んだ回復注入器を取り出すと、自身の首元や心臓に注入して浮浪者の襲撃を待ち構えていた。


「おいおい、リリス嬢。そんなに暴れるなよ。今あんたにぶっ倒れられたら俺がビショップに叱られちまうんだぞ? だから、あんたは黙って俺におぶられてろ。それに周りの感じからすると俺達がいる階は安全そうだ。戦う時じゃねえんだから治癒魔術と体力の回復に専念する時だぞ」

「本当に口を開けば文句ばかりね。ほんの少し私より強い機甲骸(ボット)だからって人間様の心配なんかしてんじゃないわよ。これでも私は水上都市メッシーナ帝国で帝国錬金術師の資格を持つ選ばれし存在なのよ? これぐらいの痛みなんてっ……痛ッ――」


 リリスは必死に彼の背中から降りようとしたが、クラックヘッドはそれを許さなかった。彼はリリスがシルヴァルトとは異なり、これまでの言動や行動面から即効性のある簡易的な回復手段を用意するタイプではないと推測した故、その他の治癒魔術や錬金術を駆使して傷の回復に専念できるよう促し続ける。


 数時間前、ビショップとクラックヘッド、リリスを含めた三人は兵馬俑の回廊で合流後、学舎の回廊に到着するまでに幾度も指輪の呪具の機能を発動して呪術転移を繰り返していた。そのお陰もあってか、三人は転移した回廊先で強敵と対峙しつつも二つの芻霊(スウレイ)を手に入れる。


 紆余曲折ありながらも三人は着々と芻霊(スウレイ)を手に入れたが、当初の目的である仲間との合流を果たせずにいた。そして、無作為な呪術転移を繰り返した後、三人は新たに辿り着いた回廊先で当初の目的であった仲間との合流を果たす。しかし、彼らが転移した回廊には謎の液体で一面が浸水しており、水面には何者かからの攻撃を受けて死亡したと思われる大量の亡骸が浮かび続けていた異形の地であった。


 浸水した回廊に到着後、リリスやクラックヘッドは体の一部を食い破られた亡骸に目を向けるが、ビショップだけは治安維持部隊の兵士が標準装備している暗視装置を用いて回廊の索敵を開始する。三人はその後も水中に敵が隠れていることを懸念して回廊を進み続けたが、暗視装置を装着したビショップの掛け声により索敵を終了後、巨大な何かの側で佇む仲間の元へと駆け寄った。


「無事でいらっしゃったんですね、マクスウェル様、ジェイミー様」


 巨大な何かに背を預けながら寄り掛かるドレッドヘアーの男の名は、アンクルシティの三番街で技巧工房を営むマクスウェル・フッド・スレッジ。そして、彼の隣で装備を整えていたのは同企業の右腕と称される派手髪のジェイミー・フッド・ストーンの姿であった。二人は同回廊に到着した三人を見るや否や視線を近くの岩場に促し、この中で治癒術式に長けた才能を持つ者がいるかを尋ねる。


「治癒系統の術式ですか。残念ですが私とクラックヘッドは機甲骸(ボット)ですので治癒系統の術式は心得ておりません」

「そいつは残念だな。まぁ、もしかしたらと思って聞いてみただけだ。それより、お前らが探している人物なのかどうか分からねえけど、あの岩場の上で仲間が待ってるぞ」


 等と告げたマクスウェルはその後、背を預けていた巨大な何かに拳を叩きつける。すると、彼の放った拳は衝撃波を生みながら何かを貫き、液体を噴き上げながら悪臭を撒き散らした。


(この浸水した回廊は私たちが移動してきた場所とは何かが異なる。奇妙な違和感の正体を突き止めたいが、今は岩場で待つ人物との合流が先決なのだろう)


 噴き出た液体に入り交じる悪臭を吸い込まないようリリスは袖で鼻先を覆い、嗅覚という感覚が存在しないクラックヘッドとビショップは警戒を怠らないまま武器を構えて岩場へと向かう。すると岩場の上には仰向けに横たわる女性の姿と、意識を失った女性に対して知る限りの治癒を施すホムンクルスの姿があった。


「ご無事で幸いです、エイダ様。アクセル様や他の方々とは合流できましたか?」

「あらあら、ビショップとクラックヘッドじゃあないの。全くもって意外ね、私はてっきり強敵と遭遇して壊されたと思ってたわ」


「私たちはアクセル様の技術の結晶ですよ? そう簡単に壊されては彼の名を傷つけることになってしまいます」

「ふーん。まあ、無事で良かったわね。そういえばさっきの質問に答えてあげるわ。私は何十回も呪術転移を繰り返しているけど、アクセル先輩とは一度も合流できてないの。だからね、今の私はメッチャ気分が悪いの」


 人体がどのように構成されているのか網羅しているホムンクルスのエイダは、発動条件の緩い低級治癒魔術と錬金術を交互に行い、岩場で横になる女性の欠損してしまった腹部を人体の他組織を代用して繋ぎ合わせる。が、損傷した臓器や血管を人体の組織で代用するといった緻密な作業と繊細さを求められる術式を行う最中、彼らの後方から悪魔の叫び声があがると共に、金属音に近しい轟音と衝撃が浸水する回廊全体に響き渡った。


「ああ、邪魔して悪かったな。あんだけ苦戦してやっとの思いで勝ったと思ったのによ、気のせいならいいんだが死んだはずの化け物が動いた気がしてな……」


 岩場から徐ろに立ち上がり、リリスは自身の両鼓膜を刺激した音の正体を確かめるべく、クラックヘッドと共にマクスウェルのもとへと歩み寄る。それから間を置くことなく、リリスは自身の鼓膜を揺らした音の正体を知ったと同時にマクスウェル・フッド・スレッジという存在が化け物を凌駕する強者であると確信した。


「マクスウェルの旦那ぁ。もしかしてこの化け物は魔獣クラーケンってヤツなんですかね?」

「ああ、その通りだクラックヘッド。まあ、魔獣といってもエイダの話じゃあ幼体に分類される相手だったらしくてな。少しばかり手を焼いたが俺の相手じゃあなかった」


 クラックヘッドは紙覆面の目出し越しにクラーケンを覗き込み、愛用していたホームランバットでクラーケンの体を叩き付ける。が、巨大な触手が僅かに動き続ける以外の反応はなく、クラーケンは既に息絶えていた。


(マクスウェルの旦那がクラーケンを一人で倒したって言うのか? そんなの絶対に有り得ねえ。俺の脳内CPUに残された情報によると、クラーケンは幼体であっても強力な魔獣で、時には海を渡る船さえ沈没させる事のある化け物のはずだ。それ程までに強敵なクラーケンを……マクスウェルの旦那が一人で倒したって言うのか!?)


 神話の魔獣をねじ伏せたマクスウェルの強さを認めつつも、クラックヘッドは機械の肉体を持つ自身の方が優れていると信じた結果、新たに芽生えた嫉妬心というプログラムに思考を委ねて彼を睨みつける。


 互いに視線をそらさず睨み合い一触即発の事態が迫るが、それを知ってか知らずかマイペースで空気を読まないジェイミーが二人の間に割って入り、歓喜の歌声を響かせながら奇妙なダンスを披露して現れた。


「おい、邪魔すんじゃあねえよジェイミー。俺は今、機甲骸(ボット)から喧嘩を売られたんだ。しかも、この鉄屑は俺の髪型まで貶しやがったんだぞ! ドレッドヘアーを馬鹿にするやつは絶対に何があってもぶち殺してやる!」

「喧嘩なんか売ってませんよ。それに、旦那のモップみたいな汚い髪型も馬鹿になんかしてません。ただ俺は普通の人間が魔獣クラーケンを殺したのを信じられないだけなんすよ。だって機甲骸(ボット)じゃなくて人間ていう存在は嘘をつくのが得意じゃないですか?」

「ハイハイ、互いに煽り合うのはやめときましょうよ。俺達は同盟を組んだ仲なんですよ? 忘れちゃったんですかい?」


 色白の巨漢ジェイミー・フッド・ストーンは互いが同盟関係にある仲であることを確かめさせると、自身が指輪の呪具を頼りに探し出した芻霊(スウレイ)をマクスウェルに差し出す。


「ナイスだぜジェイミー。無事に大会が終わったら臨時でボーナスを支給してやるよ」 

「待ってくれ、マクスウェルの旦那。最後に一つだけ聞かせてくれ。旦那が三番街の掌握者だってのは知っているが、本当にあんた一人で魔獣クラーケンを倒したのか?」


 ジェイミーから芻霊(スウレイ)を奪い取った後、マクスウェルは岩場で横たわる仲間の下へと歩を進める。しかし、この回廊で何が起きたのか把握したかったクラックヘッドは、彼の肩に手を乗せ強引に引き留めた。


「当たり前だろ。三番街の掌握者を舐めてんじゃあねえぞ……と言いたいところだが、コイツを倒せたのは俺だけの力じゃあない。詳細は語りたくねえがクラーケンを倒せたのは、お前の仲間のホムンクルスの助言があったからだ。あのホムンクルスには大きな借りができたからな、これから俺たち技巧工房は呪術転移を繰り返しながら仲間を探して、アクセルの捜索に当たろうと思う」


 マクスウェルの予想外の言葉に驚き、クラックヘッドはどう反応して良いのか分からなかった。


「あなたたち技巧工房がアクセル様の捜索をですか?」

「ああ、俺たちがだ。今回、(リウ)峻宇(ジュンユ)が開催した黒議会の予選通過試合だが、あまりにも危険すぎると俺は判断した。だから、俺は技巧工房のメンバーを捜索し終えて安否を確認した後、俺だけが本戦試合に出場しようと思っている。それにお前ら、未だにアクセルとは合流が出来ていないんだろ?」


(確かにマクスウェルの旦那の言う通りだ。俺やビショップ、リリス嬢はアクセル様と合流できていなければ、ユズハさんやレンウィル様、シルヴァルト様や峻強(ジュンチャン)様とも合流できていない。この回廊でエイダ姐さんと合流できたのが奇跡だと感じるぐらいだ)


「確かにそうですね、マクスウェルの旦那」

「この九龍城砦に回廊が幾つ存在するのか把握できていない以上、俺らは複数のチームに別れてアクセルを探し出すべきだ。なんせ俺たちは五三同盟を組んだ仲だからな」


 クラックヘッドはマクスウェルの意見を受け入れ、それをビショップや手負いのリリス、エイダへと報告しに行く。三人の内、二人はクラックヘッドの意見に賛成的であったが、エイダだけは否定的であった。


「クラックヘッド、ビショップ。それとリリスさん。私はこのまま単独で動いてアクセル先輩を捜索し続けます」

「何でですか、エイダ姐さん。チームを組んで捜索し続けた方が――」


 と、クラックヘッドが言いかけた瞬間、エイダが彼の言葉を遮る。


「別にあなた達の力を否定する訳じゃない。だけど、私は一人で居る方がアクセル先輩を探し出せやすいと思ったの。それに、今の私は無傷で指輪の鉱石に溜められた力の量も三十人分以上は残っている。最後に、私は本戦に出場するつもりはない。だから、あなた達と一緒に芻霊(スウレイ)を手に入れながら呪術転移を繰り返すつもりもない。私はアクセル先輩と合流する事が目的なの。ごめんね、クラックヘッド、ビショップ。リリスさんの事はあなた達に任せるわ」


(指輪に留められた錬成鉱石の力を使って呪術転移をするには、最低でも十人分の力を消費しなければならない。そんな状況の中、ビショップとクラックヘッド、リリスさんと行動を共にしていれば、アクセル先輩と合流するのに更に時間が掛かってしまう。それに、この回廊までに到着するまでの道中、回廊の至る所に特殊な武器で傷つけられた試合参加者を複数目にした。もしそれが私の知る彼女の仕業だとしたら、これからの回廊での戦いはより過酷になる。それにもしもアクセル先輩が彼女と戦う事になってしまえば……アクセル先輩に勝機はない――)

 

 等と考えながら、エイダはリリスに最低限の治癒魔術と錬金術による治癒を施した後、指輪が留められた手のひらを壁に押し付ける。その後、彼女は三人に向けて「アクセル先輩と合流できたら、ずっとその回廊に留まっていてください。私が必ず駆け付けます」と言い残すと、指輪の呪具に備えられた呪術転移の機能を発動して別の回廊へと転移した。


 以上の事を思い出しつつも、クラックヘッドは手負いのリリスを背負いながら学舎の回廊を歩き続ける。彼とリリスは学舎内に存在する教室を調べ周り、レコードの捜索や浮浪者に対して有効な呪具や霊具が保管されていないか確かめていた。


「ねえ、クラックヘッド。あのエイダってホムンクルスの事だけど……一緒にアクセルを探しに行かなくても良かったの?」

「ああ、エイダ姐さんの事ですか。大丈夫ですよ。姐さんは俺とビショップ、それと便利屋ハンドマンで留守番中のハンニバルっていう、チート機甲骸(ボット)と協力しても勝てない強さですから」


「やっぱり、そうだと思ったわ。私って地上からアンクルシティに来たじゃない? だから、その……アンクルシティの真上にあるベアリング王都の事情も少しは知ってるの」

「あーなんか嫌な予感がしますね。もしかしてエイダ姐さんの悪い噂でも知ってるんですか?」


 リリスを背負いながら回廊を歩き続け、クラックヘッドは学舎内の教室を順々と調べ続ける。すると彼は教室の端に置かれた清掃ロッカーの扉を開き、ロッカーの中から二本のサイリウムと狐の面を見つけ出した。


「別に悪い噂って訳じゃないわ。ただ、私が知ってるエイダ・バベッジっていうホムンクルスは、貴方たちが知っている感情の豊かな優しい女性じゃなかったはずなの。とても冷徹で無慈悲で……例えてしまうなら――」

「感情の無いロボットっすか? そうだったんすね。まあ、別にエイダ姐さんの過去がどうであろうと構いませんよ。だって……エイダ姐さんと一緒に居る時のアクセル様って凄く楽しそうにしてるんですよ。俺はそれが凄く嬉しいんです。たとえ、この感情や思考、発言がプログラムが弾き出した答えだったとしても……俺はそれを自分の考えだと信じています。なんせ俺は……あのジャックオー様が作ってくれた機甲骸(ボット)ですからね!」


 クラックヘッドは、本物の人間であるリリスでさえも疑ってしまう程の感情の豊かな機甲骸(ボット)に成長していく。


 人間であるリリスは自分以上に感情が豊かなクラックヘッドにある種の嫌悪感を覚える。それは、彼女がこれまで戦ってきた魔導骸(アーカム)という存在、水上都市メッシーナ帝国に存在する、感情のないロボットという存在を真っ向から否定していた過去があるからだった。


 リリスはクラックヘッドの背中から飛び降りた後、清掃ロッカーに入れられていた【閃光のサイリウム】を拾い上げる。クラックヘッドは彼女の身を案じて「無理はしない方がいいっすよ」と言いながら歩み寄ったが、リリスは「もう平気よ。後はタリスマンに内臓された僅かな術式増幅鉱石の力を借りて、錬金術で肉体の細胞を活性化させるだけだから」と返事をして後退(あとずさ)りした。


(本当にアクセルって何者なのかしら。それに、このクラックヘッドやビショップ、彼の周囲に集まるホムンクルスやボット、スチームボットは皆んな、機械だとは思えないほど感情が豊かで、知的で人間性のある者ばかりだ。これじゃあまるで、私の方が感情の(とぼ)しいロボットと思えてしまう。冗談はさておき。もしも、アクセルが魔導王イヴ側の咎人(とがびと)や協力者になってしまえば、魔導王イヴが操る魔導骸(アーカム)は更にパワーアップして、聖大陸を一気に滅ぼすだろう。そうなってしまえば……このクラックヘッドやビショップも……とても危険な存在だと判断できる)


 クラックヘッドを含めた機甲骸(ボット)の脳内CPUは常に進化し続けている。その進化はライオネル社が開発した幼児向けのボードゲームに搭載された人工知能のバグではなく、アクセルの機甲骸(ボット)への熱い想いと、エンジニアとしての経験が成した答えが実りつつあったからだった。


 その後、清掃ロッカーの中から狐の仮面を拾い上げたクラックヘッドは、「これも何かの呪具や霊具なんですかね?」と言いながらリリス差し伸べる。しかし、またしてもリリスは、クラックヘッドの姿を感情の無いイレギュラーな機械の塊の姿と重ねて警戒してしまい、再び後退(あとずさ)りしながら狐の仮面を受け取った。


「仕方ないわね、ちょっと調べさせてちょうだい」

「頼みましたよ、リリス嬢。俺は廊下の様子を見てきます……リリス嬢を守るのが俺の役目っすからね!」


 彼はリリスが『ボットやスチームボット、機械人形』に対して警戒心を抱いている事を直感的に感じ取り、人間であり保護の対象でもあるリリスに精神的な不安を抱かせないためにも、その場か立ち去ることを選んだ。


 クラックヘッドが廊下の様子を見に行った際、リリスは首からぶら下げた六芒星のタリスマンを起動させて、「要注意人物リストの更新。名前はアクセル・ダルク・ハンドマン。別名・アンクルシティの五番街の掌握者ジャックオー」と記録する。

 

 彼女は水上都市メッシーナ帝国を代表する帝国錬金術師であったが、骸の教団の人格破綻者という派閥に属する下級管理者でもある。それ故、聖大陸の脅威に成りかねない存在を判断する立場にあり、リリスはアクセルや彼が作った七つの機甲骸(セブンス・ボット)という存在に脅威を感じていた。


 その後、タリスマンに記録を残したリリスは、指輪の機能を発動して呪具や霊具に関する項目を壁に映し出す。すると彼女は、クラックヘッドが見つけ出した狐の仮面を壁に映し出された映像と何度も見比べた後、廊下の様子を見ているクラックヘッドの元へと駆け抜け背後から抱きしめた。


「クラックヘッド! 貴方! 最高の機甲骸(ボット)よ! これで私たちはレコードを簡単に見つけ出せるわ!」

「リリス嬢、ビックリさせないでくださいよ! そんなに喜んで良いことでもあったんですか?」


 リリスは彼が見つけ出した狐の仮面を顔に覆いながら、『我は浮浪者なり』と呟く。すると、彼女の体から複数の赤い炎の球体が現れ、リリスの周囲を漂い始めた。


「リリス嬢。その炎の球体は何すか?」

「この炎の球体は【灯籠の浮浪者】が石造りの灯籠で作り出す、呪力の炎と同じ呪力の物質なの! この狐の仮面は仮面を装備した者を『浮浪者』だと敵に誤認識させる【道化の狐仮面】っていう霊具らしいのよ! 本当なら指輪の呪具でも転移召喚できるアイテムなんだけど、転移召喚に必要な錬成鉱石の力の量は三十人分も必要な強力なアイテムってワケ!」


 リリスの発言に間違いはない。彼女が顔を覆った【道化の狐仮面】には、浮浪者同士が発する特殊な呪力と霊力に共鳴する効果が込められている。

 

 クラックヘッドが清掃ロッカーから見つけた狐の仮面は、錬成鉱石の力を三十人も消費してしまう学舎の回廊では唯一無二のチートアイテムであった。しかし、道化の狐仮面が周囲に漂わせていた炎の球体には、仮面を装備した者から体力を徐々に奪う効果が付与されている。


「調べたところによると、この炎の球体には体力を奪う効果があるみたいね」

「リリス嬢。その道化の狐仮面はチートアイテムですが、リリス嬢の体力を徐々に奪っていきます。今のお嬢は体力が万全ではないっす。持ち運ぶのは良いですが、仮面を装着するのはタイミングを見計らった方がいいっすよ」


「それぐらい分かってるわよ。それよりレコードを探しに行きましょう! 貴方が私を背負いながら廊下を歩き続けても、私が【道化の狐仮面】を被っていれば浮浪者に遭遇したとしても見逃してくれる可能性があるから!」

「そんなに都合がいいアイテムなんですかねー。まあ、試してみる価値はあるかもしれないっすね」


 その後、再びリリスを背負いながら廊下を歩き始めたクラックヘッドだったが案の定、廊下の先から餓鬼骸の浮浪者や泥濘の浮浪者が現れ、彼らの元へと迫ってきた。


 クラックヘッドは攻撃体勢に入ってホームランバットを構えるが、リリスが「私を信じなさい、クラックヘッド。チートアイテムの底力を思い知らせてやるわ!」と叫ぶので、彼は仕方なくバッドを構え直して廊下を進み始める。すると、彼らの元へと迫ってきた浮浪者たちは、二人を避けるようにして通路を駆け抜けていった。

 

 リリスが言っていた通り、浮浪者たちは【道化の狐仮面】が発する共鳴効果に呼応して二人を味方だと誤認識しており、浮浪者たちはリリスを背負ったクラックヘッドも攻撃の対象とし判別できずにいた。


「どう!? これが水上都市メッシーナ帝国の帝国錬金術師の力よ!」

「いや、浮浪者が俺たちを避けたのはチートアイテムの力っす。シルヴァルト様が持っているレコードは二枚です。蓄音機の浮浪者が張る拡張操術を剥がすには、最低でも四枚は必要かもしれません。残りの二枚をさっさと探しにいきますよ」


 それから程なくして、リリスとクラックヘッドは浮浪者たちと遭遇しながらも、学舎内に存在する音楽室から一枚のレコードを回収した。二人が回収したレコードには、『第二層の拡張操術』というラベルが貼られており、ラベルには『四分の一』という文字が書かれてある。


「まあ、レコードと言えば音楽室よね、クラックヘッド」

「そうっすか? 俺にはとても安直すぎて捜索範囲からは外しておいたぐらいっすよーー」


 等とクラックヘッドが告げた瞬間、彼の脳内CPUにビショップからのメッセージが伝わる。メッセージはとても端的な内容であったが、クラックヘッドはそれが『ビショップがそれほど敵に対して苦戦している状況』であると一瞬で理解した。


「悪いがリリス嬢。そのレコードはすぐに放送室に持っていきます」

「え? だって、蓄音機の浮浪者の拡張操術を全て剥がすには、四枚のレコードが必要なんじゃないの?」


「確かに四枚のレコードが必要でした。ですが、最後の一枚は『蓄音機の浮浪者自身が回収した』ようです。今現在、レンウィル様と合流したシルヴァルト様が俺たちの居る学舎の一階にある放送室へと向かっています。もうじき蓄音機の浮浪者が張る二枚の拡張操術が剥がれる予定です」

「ちょっと待って、クラックヘッド。レンウィルとシルヴァルトが合流できたのは良いけど、ビショップはどうしたの?」


 クラックヘッドはリリスに道化の狐仮面を強引に被らせ、そのまましゃがみ込む。するとリリスが彼の背中に飛び乗った。


「ビショップは今現在、四つの拡張操術で守られた『蓄音機の浮浪者』や加勢した『灯籠の浮浪者』、『餓鬼骸の浮浪者』を相手に一人で応戦中っす。ビショップは確かに強い機甲骸(ボット)ですが、敵さんが随分と多いので俺の加勢を待ってくれているんすよ」

「分かったわ。それなら……すぐに放送室へ向かいましょう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ