16「メイド服と甘すぎる紅茶」
バスタオルを体に巻き付けたエイダさんが、シャワー室から姿を現した。
水滴をまとった水色の髪が陽光に反射して輝いている。
彼女はタオルを握った手で濡れた髪を絞りながら、僕の方に視線を向けた。
「変態さん、どうしましたか?」
「これ、キミの胸に合う服はこれしかなかったんだ。我慢してくれる?」
僕が手渡したのは、フリルのついた黒いメイド服だった。
「素敵な服ですね! こんな可愛い服を着てもいいんですか?」
「いいよ。少なくとも、バスタオル姿でウロウロされるよりはマシだからな」
その言葉に彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、メイド服を抱えてシャワー室へと戻っていった。
◆◆◆
数分後。
「お待たせしました、変態さん」
エイダさんがメイド服を着て戻ってきた。
フリルのエプロンが彼女のスレンダーな体に絶妙にフィットし、胸元で大きく揺れる双丘がさらに強調されている。
「似合ってるな」
「ありがとうございます! 変態さんが用意してくれた服、すごく動きやすいです!」
彼女の嬉しそうな表情に思わず微笑みそうになるが、すぐに顔を引き締めた。
「そうだろ、そうだろ……まあ、似合うのは当然だよ。サイズ的にも問題ないみたいだしな」
「はい!」
その返事と同時に、エイダさんは僕の横に座り込む。
カウンターに置かれたティーカップを見つめるその目は、まるで子供が新しいおもちゃを見つけたように輝いていた。
それから紅茶を淹れて彼女の前に差し出した。
カップと一緒に角砂糖とミルクの瓶を置くと、彼女は真剣な表情で角砂糖の瓶を掴む。
「エイダさん、砂糖は控えめにしとけよ」
「分かっていますよ」
その言葉を信用した僕が見たのは、瓶を逆さまにして角砂糖をありったけ注ぎ込む馬鹿の姿だった。
「おい、入れすぎだ! 糖尿病になりてえか!?」
「え、そうですか? そんなに多かったでしょうか」
「多いどころの話じゃないだろ! もはや砂糖に紅茶を注いだ状態だよ!」
「いいじゃないですか。タダなんですから」
コイツ、なんてヤツだ……。
さらに彼女は、ミルク瓶にその砂糖マシマシ紅茶を注ぎ込み、ミルクをまるごと紅茶に変えてしまった。
その贅沢すぎる飲み方に僕は頭を抱えるしかない。
「贅沢すぎるだろ!」
「変態さんも飲みます?」
「いや、いらねえよ……」
エイダさんはそう言うと、豪快にその液体を飲み干し、満足げな笑みを浮かべた。
「ごちそうさまでした!」
彼女は椅子から飛び降りると、その勢いで胸元がわずかに揺れる。
「……やっぱりキミって普通じゃないよな」
「どうしたんですか?」
彼女を見ていると、どうしても頭に浮かぶのは彼女が「ホムンクルス」だという事実だ。
確かに数時間前、彼女は僕の前で錬金術を披露し、手のひらを機械的なものに変えた。
しかし、それでもなお、僕には彼女が普通の女の子にしか見えない。
「エイダさん」
「はい、変態さん?」
僕は彼女の手を取ると、真剣な表情で問いかけた。
「キミの体を調べさせてほしい。内部構造がどうなってるのか、すごく興味がある」
「……絶対に嫌です」
馬鹿は即答しやがった。
「ダメか……紳士的に頼んでもダメとなると、これはもう――」
「押し倒したら警察に通報しますよ?」
「いやいや、警察に追われてるのはキミだろ。通報するのは僕のほうだぞ?」
「確かにそうでした。でも、変態さんは変態ですし……」
言い返そうとした矢先、彼女が頬を膨らませて僕を睨みつける。
「じろじろ見るのもアウトです」
「……分かったよ」
僕は諦めたように肩をすくめ、彼女にモップとバケツを手渡した。
「キミにはこれを頼みたい。部屋を掃除してほしいんだ」
「ええ!? これって廃オイルの掃除ですよね?」
木床一面に広がる黒い廃オイル。
その一部はエイダさんが漏らしたものだが、大半はジャックオー師匠と僕がうっかりこぼしたものだった。
「これが最初の仕事だ」
「そんな……私、ホムンクルスなのに」
彼女は恨めしげに僕を見つめるが、やがて意を決したようにモップを握りしめた。
◆◆◆
僕は作業台に向かい、義手の修理を再開する。
エイダさんが錬金術で修復した義手は見事だったが、それは依頼人が望んだ仕様とは違っていた。
「エイダさんの錬金術はすごい。でも、この義手のクセや可動範囲を理解して修理しないと、使いにくいんだよ」
「なるほど……すみません」
彼女は小さく頭を下げる。
「いや、謝ることじゃない。キミの錬金術がすごいのは事実だ。でも、こういう細かい調整は、僕の仕事なんだ」
彼女の顔に再び笑みが浮かぶ。
部屋の奥から、掃除をするエイダさんの楽しそうな声が聞こえた。
その姿を見ていると、少しずつこの奇妙な共同生活に慣れてきた自分を感じる。
こんな日常も悪くないな!




