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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

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07「咎人の茨の冠」


 灯籠(とうろう)の浮浪者を相手に錬金術と後天性個性の【劣化模倣(フォニー)】を駆使して戦う、ヴァレリオス・シルヴァルト。彼は聖大陸に存在する水上都市メッシーナ帝国の賢者、ヴァレリア・レイヴンウッドが認める三人の弟子の中の一人であり、三人の中で最も卓越した錬金術の技術を証明してきた人物だった。


 彼はカイレンから無理矢理与えられた後天性個性に頼らず、環境や状況に左右される錬金術を用いて戦い続ける。校庭に放置されたジャングルジムを再錬成すると、ジャングルジムは瞬く間に形状を鉄の大蛇に変化され、燈籠の浮浪者の足元に絡み付いた。


「呪力核は頭にあるのか? それとも心臓の位置に存在するのか?」


 鉄の大蛇が浮浪者の動きを封じる間、シルヴァルトは間髪入れずに魔導弾を放つが、それに並行して「ガーガーチキン」と二回叫んだ。

 指輪に留められた錬成鉱石の力が働き、シルヴァルトの掛け声によって次元の裂け目から黄色い鳥の人形が転移召喚される。すると裂け目から転移召喚された【ガーガーチキン】は奇声を上げながら走り出し、鉄の大蛇によって足がもたつく灯籠の浮浪者の巨体へと飛び乗った。

 

 二体の鳥人形は餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者に対して効果を発揮する呪いの人形。灯籠の浮浪者には有効な呪具ではなかったが、鉱石に三十五人分という力を溜め込んでいたシルヴァルトにとっては、鳥人形の存在が燈籠の浮浪者を引き付ける格好の(おとり)だと確信していた。


(灯籠の浮浪者は鉄の大蛇で動きを封じた。その上、転移召喚されたチキンに群がられて、コッチに意識を保てていない。この隙に灯籠の浮浪者に有効な呪具か霊具があるのか調べるか――)


 シルヴァルトはその場で膝を着き、錬成鉱石が留められた手のひらを地面に押し付ける。すると地面にメニュー画面が表示され、学舎の回廊に関する項目のページが映し出された。

 彼はそのページに映し出された、浮浪者に有効な呪具や霊具の項目欄に目を通す。


(灯籠の浮浪者に有効なアイテムは……呪力と霊力が掛け合わさったサイリウムか。消費する錬成鉱石の力は一本につき五人分。ガーガーチキンを転移召喚するよりもコストが掛かるとしたら、有効なアイテムだと期待できそうだ。が、ただのサイリウムに何ができるんだ?)


 苦悶の表情を浮かべながらも、シルヴァルトは錬成鉱石に溜められた五人分の力を消費して「閃光のサイリウム」と呟く。すると彼の手のひらに煙が立ち込め、一本のサイリウムが姿を現した。


 彼が転移召喚したサイリウムには、呪力を宿した液体と霊力を宿した液体の二種類が内蔵されている。それらは混ざり合う事で特殊な光を放つアイテムへと変化するが、通常のサイリウムと同様の見た目をしていることから、シルヴァルトはサイリウムに希望を見出せずにいた。


「クソッ……やっぱりただのサイリウムか。アイテムに頼った俺が馬鹿だった。それにこんなことに時間を掛けていたお陰で灯籠の浮浪者がガーガーチキンを踏み潰しやがった。このままじゃあ……奴の標的が俺に戻ってしまう。一旦、近くの施設姿を隠さないと不味いな――」


 サイリウムをタクティカルベストに滑り込ませた後、再びシルヴァルトは走り出しながらアサルトライフルを構えて、灯籠の浮浪者の頭部に魔導弾を放ち続ける。しかし、それから数秒も経たずに、灯籠の浮浪者がガーガーチキンやジャングルジムを再錬成した大蛇を大破させた事実を目の当たりにして、シルヴァルトは焦り始めた。


 校庭の端に設置されたプール施設に勢いよく逃げ込み、シルヴァルトは灯籠の浮浪者が繰り出す火炎放射の炎呪術をギリギリのところで回避していく。


(灯籠の浮浪者が使用する術式は単純な呪術の術式だが、一つ一つの火力が高くてとても厄介だ。メッシーナ帝国付近の村に現れた三面地蔵をヴァレリア師範と倒した時を思い出すな。奴は三つの属性を操る強敵だったから苦戦したが、今の俺は炎属性しか使わないゴーレムを相手に何を手間取っているんだ? 俺は、俺は最強の帝国錬金術師ヴァレリア・レイヴンウッド師範が認めた帝国錬金術師だ。炎属性しか使わないゴーレムを相手に逃げ回って、ヴァレリア師範の名前を汚すワケにはいかない。逃げてばかりいてはダメだ。もっと奴に接近して肉体の構造を見抜け。死ぬことを怖がるな。短期間の間に奴の行動パターンを分析して奴の弱点を見つけ出せ! ヴァレリオス・シルヴァルト!)


・灯籠の浮浪者は、学舎内に存在していた石造りの灯籠を吸収して、その灯籠から炎属性が宿った呪力の火球や火炎放射を飛ばしてくる。

 この攻撃は少しだけ厄介だが、灯籠の浮浪者は火球や火炎放射を放つ直前に、完全に身動きを止めて呪力や霊力を溜め込むクセがある。


・灯籠の浮浪者は、身に纏った石造りの灯籠の効果により、強力な術式以外の呪力や霊力に対する攻撃の耐性を持つ。

 俺はそもそも灯籠の浮浪者に対して、呪術や霊術に分類される攻撃をしていない。俺が奴に与えた攻撃といえば錬金術を用いた肉弾戦や中距離からのライフル射撃だけだ。俺が呪術師や霊術師だとしたら、確実に灯籠の浮浪者を相手に絶望していたに違いない。


・灯籠の浮浪者は、巨体の割には身軽な動きをしていて、一直線に突進してくる挙動が多い。が、時折り敵の身動きを封じるために、高くジャンプして着地する事で地響きを起こすことがある。

 この攻撃……いや、この行動はとても相手を苛つかせる行為だ。

 地面に着地した事で地響きが地面を伝わり、俺の体の身動きを一瞬でも封じてくる。奴が本物の馬鹿でなければ、俺が地響きで身動きを封じられている間に突進攻撃をしてきたに違いない。


・最後に厄介なのが、浮浪者と化した化け物が石造りの灯籠としての役割を継続していること。この役割を継続している事により、灯籠の浮浪者は体の一部と化した石造りの灯籠から延々と呪力と霊力を供給し続ける。


 この事実はとても最悪だった。

 俺が魔導弾で与えた全てのダメージは、灯籠の浮浪者が自身の体に纏った幾つもの石造りの灯籠により、あっという間に崩れかけた石造りの肉体を再構築させていく。


「……唯一の希望は相手が知能の低いゴーレムだって事ぐらいか」


 シルヴァルトはプールサイドを駆け抜け、周囲の状況を観察して錬金術の力を増幅させるために合掌を行う。

 

 錬金術とは魔族が使用する魔術に対抗する為に、過去の人類が亜人族と(つむ)ぎ出した術式であり、体内にある聖力核を力の根源として発動する地動術の一種であった。


「こんなところで負けてらんねえ。俺は絶対にレンウィルを救い出すッ!」

 

 その後、掌が合わさった事で錬金術の構築術式が体内を駆け巡り、肉体を依代にした仮初(かりそめ)の錬成陣が出来上がる。掌に宿った構築術式の錬成陣は水面に触れたと同時に、水の変わりゆく性質を基に新たな姿を創造した。


 掌を合わせる事で錬金術の力を循環させた彼は、更にタリスマンに内蔵された術式増幅鉱石の力を用いて錬金術の力を増幅させる。

 プールに貯められた汚水は底上げされた錬金術の力によって透き通った水に変化していき、掌を介して発動された錬金術はプールに貯められた水に影響を及ぼしていく。


 それらは灯籠の浮浪者を飲み込む程の大波へと創造された。


「錬金術を発動するには常に変化していく【周囲の環境】の情報を脳内で整理して、錬成対象となる物体や現象の【本質と性質】を見抜く必要がある。そしてその両方の情報を理解した時、初めて錬金術は発動されて新たな現象や物質を【創造】する!」


(呪力核は体内の何処かにあるはず。灯籠の浮浪者は謂わば、岩石の鎧を纏った【炎属性のゴーレム】だ。呪力核は体内にあるのだろうが、奴という存在は石造りの灯籠がぶつかり合って出来上がった集合体でしかない。八芒星のタリスマンで底上げされた錬成力と大波なら、石造りの灯籠で重なり合った肉体の僅かな隙間に水が浸水するはず。これだけの水量なら全ての灯籠の灯火も一気に消火できるに違いない!)


 シルヴァルトの錬金術によって創造された大波は、灯籠の浮浪者を飲み込む程の大波へと創造されて彼の体を覆い被さっていく。


 大波に飲み込まれた灯籠の浮浪者は、体に埋め込まれていた灯籠の炎を次々と鎮火させられていく。が、呪力核を根源として発火した呪力の炎は、核を完全に破壊しない限り、呪いの火種を完全に消し去ることはなかった。


 その直後、灯籠の浮浪者は脚力を駆使して空高く舞い上がった。


(ダメだ……奴が着地した瞬間にまたあの地響きが襲い掛かる。タイミングよくジャンプすれば避けられるか!? いや、そんな合理的でない考え方で地響きを避けられるはずがない。地響きで動きを止められたら、次こそ突進攻撃が迫ってきて一気に壁へと押し潰されるだろう。奴が着地するまでになんでもいいから考えろ!)


 等と思考を加速させながら合掌を行い、タリスマンに内蔵された術式増幅鉱石の力を借りてイレギュラーながらも錬金術を発動した。


 彼はプールサイドの素材を利用した砲台を作り出して、空中に飛躍した灯籠の浮浪者へと砲弾を放った。が、安全性を考慮したプールサイドの素材でできた砲弾はとても脆く、灯籠の浮浪者の身体に砲弾が命中したはいいが、浮浪者はそのまま大勢を崩さず彼の傍へと落下し始めた。


(やっぱりこの程度の素材じゃビクともしないか――)


 諦めの境地に立たされたシルヴァルトは、死を覚悟して目を瞑る。しかし、いくら待っても地響きが体を襲わなかった。


 奇跡でも起こったのかと思いながら恐る恐る目を開けると、シルヴァルトの目の前には、アンクルシティの治安維持部隊の風貌をしたビショップの姿があった。


「ここに居られたのですね、シルヴァルト様。間一髪というところでしたが、私たちと合流できたからにはもう御安心ください」

「私たち?」


 シルヴァルトは灯籠の浮浪者が居たはずの空中を見上げ、自身が置かれた状況を少しずつ理解していく。


 水が貯められたプールには空高く突き抜けた巨大なイバラの柱が存在しており、イバラは空中に飛躍した灯籠の浮浪者の体を絡め取っていた。


 イバラに巻き付かれた灯籠の浮浪者の背中には、木製のバットを肩に担いだ紙袋を頭から被るクラックヘッドの姿があった。彼は何者かが作り上げた巨大なイバラの柱をよじ登り、灯籠の浮浪者に少しでもダメージを与えようと邪悪な眼差しを向けながら発狂しつつも木製のバッドで殴打を続けている。


「なあビショップ、リリス嬢! このゴーレムだけど、まだまだピンピンしてる様だぞ! 俺のホームランバットで頭をかち割っても良いか?」

「余計な事をするな、クラックヘッド。リリス様がせっかく身動きを封じたのに、お前のせいでまた暴れるかもしれない。頭をかち割るのは後にしておけ」


 背部に備えられた浮遊装置と飛行装置を用いて、クラックヘッドはイバラの柱から飛び立ちビショップの隣へと降り立つ。


 イバラの根元にはシルヴァルトのよく知る人物の姿がある。その彼女は同じ師範の元で育った妹弟子にも当たる、リリス・エルヴァリアの成長した姿だった。


「り、リリス……生きていたのか――」

「随分と厄介な相手とタイマンしてたわね、シルヴァルト。あんな巨大なゴーレムを相手に一人で戦うなんて無茶すぎると思わないの?」


「ま、まあな。これは……夢じゃないよな? 俺は本当は灯籠の浮浪者に押し潰される瞬間に立ち会っていて、走馬灯を見ているんじゃないよな?」

「馬鹿なことを言わないでちょうだい。ふざけるのは後にしましょう。私の【茨化】の後天性個性で身動きを封じたゴーレムの事だけど、あれば一時的に身動きを封じただけであって完全に動きを封じた訳ではないわ。それより色々と質問があるの。誰かに聞かれたくない話だし先ずはこの場所から離れましょう……」


 それから、リリスたちを引き連れたシルヴァルトは、他の浮浪者の気配が無い体育館へと移動した。彼はレンウィルが浮浪者に連れ去られた事や、この学舎の回廊に芻霊(スウレイ)が隠されていることを伝える。すると簡潔な情報の共有を行った四人は、他に転移した先の回廊で既に三つの芻霊(スウレイ)を確保したことを告白した。


☆☆☆


 一方、それから体感にして数時間前。レンウィルは泥濘(ぬかるみ)の浮浪者の術式によって特殊な部屋に閉じ込められていた。コタツを挟んだ目の前には、自身に無理矢理後天性個性を与えたカイレンという人物が座っている。


「その物騒な機械を私に向けるな。何処へ行っても同じ景色が続くこの部屋から出たいのだろう? 私と協力して脱出しないか?」


 カイレンはそう言いながら茶を啜るが、レンウィルは彼の言葉に何の関心も抱かず、魔導ガトリング銃のトリガーを引いてカイレンの体を蜂の巣にした。


「ザマァみやがれ。やっと殺してやったぜ。ユズハには生きて捕縛しろと言われていたが、俺はユズハが所属する派閥とは別の派閥に所属する(むくろ)の教団の団員だからな。俺の目的はお前の殺害だ。肩の荷が下りたからコレでメッシーナ帝国に帰れるぜ……」


 等と呟きながら別の部屋へと通じる(ふすま)を開いた直後、レンウィルは自身の目を疑う光景に遭遇した。


「おい、カイレン。今さっき蜂の巣にしてやったのに……どうしてまだ生きてるんだよ」

「血気盛んな若者だな。少しは私の戯言(ざれごと)に耳を貸せ」


 レンウィルが進んだ次の部屋には、ブラウン管のテレビに映された映像に夢中なカイレンの姿があった。


「嫌だね……とは言いたいが、俺はさっき確実にお前を殺した。魔導ガトリング銃から放った弾丸には俺の魂が憑依されていて、弾丸に付与された俺の魂は確かにお前の死亡を感じ取った」

「その【魂の憑依】という能力は相手の死を感じ取る事もできるのか。魅力的な異能だな。私の話に付き合うのなら、まずは座ったらどうだ?」


 レンウィルは両手で抱えていた魔導ガトリング銃を彼の顔に投げ飛ばした後、コタツに備えられていた背もたれ付きの座椅子に座り始める。

 カイレンは卓上に用意されていた湯呑み茶碗に茶を注ぎ、レンウィルに差し出した。


「私はこう見ても結構年配なんだ。話が長くなるから茶でも飲んでろ」

「礼は言わないよ。俺はこの部屋から出るのにお前の話を聞いてやるだけだからな」


「まあいい。まずはこの部屋の事から説明してやろう。この部屋……いや、この空間は泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が作り上げた黒魔術の空間だ」

「黒魔術って……魔族が使う魔術のことや魔術を極めた者にしか発動出来ない術式の事だろ? 俺は何時間も同じ景色を見続けて走り続けた。こんなに広大な空間を黒魔術で発現させる浮浪者が居るって言いたいのか!?」


 レンウィルは卓上に掌を乗せ、指輪に備えられた機能を起動させる。すると部屋の外で映し出されたようにメニュー画面が卓上に映し出されたが、泥濘(ぬかるみ)の浮浪者に関する情報を記した項目の映像には乱れが生じていて、名前以外の情報を知ることができなかった。


「私も何度か試してみたが、映された映像は同じようなものだった。それよりテレビを見てみろ。面白い映像が映っておるぞ?」

「あ?」


 背もたれに寄り掛かりながら、テレビの画面に視線を移したレンウィル。画面映された映像には、学舎の回廊の校庭で灯籠の浮浪者と戦うシルヴァルトの姿がある。


「シルヴァルト!」

「何を心配しておる。シルヴァルトはお前よりも何倍も頭の回転が早く、そしてお前よりも強い。お前が加勢しなくても奴一人で何とかなるだろう……」


(確かにカイレンの言葉に間違いはない。俺は……とても弱い。武器や八芒星のタリスマンがなければ、まともに錬金術を発動できない、ヴァレリア師範の弟子の中でも最低の弟子だ。それに比べてシルヴァルトはとても強い。タリスマンが無くても強力な錬金術が発動できるし、頭の回転がとても早くて組織を束ねるリーダーの素質がある存在だ)


 等と考えていると、レンウィルの思考を読み取ったかのように、カイレンが「お前はいつだって卑屈な事ばかり考えるな」と言い出した。


「どうして俺の考えを……」

「分からないのか? この空間は泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が作り上げた、現実と虚空の狭間にできた空間。そしてこの空間は、とある人物の精神と意識を基にして作られた幻の場所だ」


 カイレンは卓上に置かれたテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビのチャンネルを変える。するとチャンネルが切り変わり、テレビの画面に新たな映像が映し出された。


 テレビの画面に映し出された新たな映像には、レンウィルが引き起こした【蒸気路面機関車乗っ取り事件】の被害者の映像が映し出されている。

 画面には暴走した機関車に轢き殺された老若男女の姿があり、彼女たちは自身を轢いた蒸気路面機関車へと血に塗られた指先を伸ばしていた。


「この映像に見覚えがないか?」

「し、知らない……俺が起こしたテロ行為は犠牲者がでない完璧な計画だったんだ。だけどだけど、あの日は計画通りにいかなかったんだ……」


 ふとそう呟き、レンウィルはあの日の出来事を思い出す。しかし頭に浮かぶのは、暴走する蒸気路面電車機関車に()ねられた民間人の姿や客車内で射殺した乗客の姿、一方的に暴行を加えて命を屠られた生命の亡骸の姿だった。


 レンウィルはあの日以降、多くの民間人を殺してしまった罪に(さいな)まれている。それに付随してレンウィルの脳内には、自身を神の祈り子のリーダーだとは相応しくないと発言する、シルヴァルトとリリスの姿が纏わりついている。


 巫蠱の牢獄という予選試合が始まる前夜。ヴァレリア師範の命を受けたシルヴァルトは、レンウィルから八芒星のタリスマンを奪い上げる。同時にレンウィルは、シルヴァルトからリーダーとしての素質を問われて降格処分を受けた。


「レンウィル。厳しいことを言うが、これ以上お前に(むくろ)の教団の上級管理者を任せるわけにはいかない。それに神の祈り子の組織としてのリーダーを任せるわけにもいかない。九龍城砦の結界を調べる際、お前は組織から多くの死者を出した。それにその結果、リリスは右腕を切断する事になった」

「分かってる。俺には上級管理者としての資格がない。それにリリスの右腕を義手にしてしまったのは、紛れもなく俺のせいだ」


「レンウィル。お前は本来ならば今すぐメッシーナ帝国に戻って然るべき裁きを受けるべきだ。しかし、ヴァレリア師範はお前から神の祈り子のリーダーの権限を剥奪する事で、上級管理者としての立場を留められるよう手筈を取ってくれた。だが、メッシーナ帝国に戻るまでは八芒星のタリスマンは俺が預かる。帝国に帰国にするまでは俺が神の祈り子の代理リーダーだ。これ以上、俺たちを困らせるなよ……」

「うん。ごめんな……シルヴァルト、リリス……」


 レンウィルは呆然と目を開けたまま、自身が行なってしまった失態の数々を思い出す。彼はシルヴァルトの背後を歩きながら、数週間前に起きた大勢の仲間の死を悔やみ、自身が償うべき大罪に(さいな)まれていた。


  再び目を開けると正面のコタツにカイレンが座っていて、彼はレンウィルに与えた後天性個性について語り始める。


「私がお前に与えた後天性個性は、人を殺すための能力ではない。機械との融合(アシミレーション)は自身の肉体を機械と融合する事で、機械の力を最大限に発揮させる後天性個性だ。まあ、使い方によっては凶器や武器の力を底上げさせ、発動者を傲慢な人間性に変える恐れもあるがな」

「俺は……傲慢な人間じゃない。この能力は痛みを伴う後天性個性だった。俺はシルヴァルトが言っていた通り、人の痛みを理解できる人間になれたはず……だ」


「そうか。ならば問おう。お前はその能力を過信するあまり、強力な武器に変化した魔導銃を使って、蒸気路面電車内で大勢の死者を出したはずだ。彼らが感じた痛みは壮絶なものだっただろう。それが今の貴様に理解できるか?」

「い、いや……俺は死者を出そうなんて思ってなかった……」


「ならば忘れたというのか? アンクルシティの壱番街で起こした大規模なテロ事件の事を」

「違う! あれは組織の構成員を救い出すための大義ある行為だ! 俺が殺した民間人はアンクルシティの住民だ! それにアンクルシティの住民は地上に住む人間じゃない!」


 レンウィルが抱える罪の大きさは計り知れない。


「そうか。地上に住む人間と地下に住む人間とでは命の価値が違うとでも言うのか。ならばもう一度問おう。貴様程度の考える矮小(わいしょう)な大義の為に壱番街の魔術学校は大災害になるところだった。貴様はたったひとりの構成員を救い出すために、何の罪もない大勢の人間を殺しかけた。いや、実際に殺したはずだ。アクセルが機関車を無理矢理止めなければ、どうなっていたと思う?」


 レンウィルの心は徐々に穢れ始めていく。


(確かにあのテロ行為を計画したのは俺だ。大勢の人々が死んでしまったのは俺の責任で間違いない。だけど、アンクルシティでは毎日のように過激なテロが行われている。俺が行った殺人行為は……テロで死ぬはずの人物の死期を早める行為だっただけだ……)


「レンウィル。貴様にとっての命の価値の基準とはなんだ?」

「命の価値の基準? そんなの……才能に恵まれた人間とそうじゃない人間……」


 コタツから立ち上がったカイレンは、頭を抱えて塞ぎ込んだレンウィルに近づき、彼女の指の隙間から顔を覗き込む。レンウィルの瞳は、自身が犯した罪から目を背ける様に動き回っていた。


「恥を知れ痴れ者め。地上だろうが地下だろうが、大陸が違かろうが命の価値は一緒だ。命の価値に基準など存在しない。人間はどんなに強くなろうと死ぬ時は死ぬ。しかし貴様は自身がした行為で、死ぬはずのなかった者達の命の灯火を意図的に吹き消した。その罪の重さが今の貴様に理解できるか?」


(ダメだ。頭の中がグチャグチャになって何も考えられない。本当にごめんなさい。アクセルが止めてくれた蒸気路面機関車の件もそうだし、数週間前に起こした九龍城砦への潜入もそうだ。俺の判断がもっと早ければ、俺の判断が間違っていなければ、大勢の民間人の死者も出なかった。組織の仲間だって収容されずに助かっていたのかもしれない。それにリリスの右腕だって俺の責任だ。機械化した三面地蔵に挑まなければ、リリスは右腕を失わなかった……全部、全部俺が悪い)


 罪と見つめ合った事で自己嫌悪に陥り、レンウィルは心の隅に残った僅かな自信まで失う。するとそれを見たカイレンが溜め息を吐きながら掌を広げ、塞ぎ込んでしまったレンウィルの頭をグシャグシャに撫で回した。


「そう自己嫌悪に陥るな、レンウィル。確かにお前は大勢の罪なき民間人を殺してしまった」

「はい……間違いありません。カイレンさん。本当にごめんなさい」


「私に謝るな。謝る相手は被害者の遺族や死んでしまった(むくろ)だ。だが、奴らに謝ったところで死者は生き返らない。それより気になった事がある。お前はどうして私を追ってくるんだ? 後天性個性を無理矢理与えたからか?」

「それもあります。が、俺がカイレンさんを追っているのは、貴方が大勢の人間を殺してきた、魔導王イヴ側の幹部だからです」


「なるほど。お前たちにはそう伝えられておるのだな。信じるも信じないも勝手だ。だが、私は魔導王イヴの幹部であっても大量殺人者ではない。この世界に存在する全ての『怪異』や『霊的存在』を消し去りたいだけだ。私だって人間が怪異や妖怪に取り憑かれていなければ、殺人などという行為に走らない」

「そうだったんですね。もう……何を信じれば良いのか分からなくなっちゃいました。俺は……私は、私が殺してきた人たちに対してどう償えば良いのでしょうか?」


「罪の償い方か……私も別の世界で人を殺した経験があるが、その罪は今も償っている途中だ。殺人という罪は最も重い罪だからな。私とお前は同じ大罪を犯した咎人(とがびと)と変わらぬのだろう。罪を償う方法が知りたいか?」

「私に……教えてくれるんですか?」


 レンウィルの思考回路は完全に停止している。殺人という罪を犯した事で咎人(とがびと)となった自分にとって、罪を償い続けるカイレンという存在は唯一の光に見えた。


「カイレンさん。私に罪の償い方を教えてください。私よりも多くの罪を犯してきた貴方からでしか、私は自分の罪の償い方を学べないと思うんです」

「そうか……では、まずはお前に施された幻影黒魔術を打ち砕いて脱出せねばな――」


 泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が彼女に施したのは、対象を閉じ込める結界術でなければ、空間と領域の(まこと)(ことわり)を操る拡張操術の一種でもない。


 泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が彼女に施したのは、高度な幻影黒魔術による幻惑術式の一種。この狭い和室はレンウィルの精神世界と泥濘(ぬかるみ)の浮浪者の精神世界が繋がりあってできた空間であり、空間内に存在していたカイレンという意識は、七度返りの宝刀の効果によって彼女の精神世界に潜り込んだ仮初の存在だった。


 敬意を表すように(ひざまず)くレンウィルに対して、カイレンは柔らかく広げた掌を彼女の額に当てる。するとレンウィルの額に茨の冠を模した聖痕が浮かび上がり、彼女はカイレンが発動した天術によって彼の直属の咎人(とがびと)へと成り変わった。


「目を開けてみろ、レンウィル。やはり茨の冠というのは女の方が似合っているな」

「あまりそういう目で見ないでください……私は罪を償いたいからカイレンさんに導いてもらうだけですからね」


 咎人(とがびと)と化した聖人族には、咎人(とがびと)と化した魔族には持ち得ない強力な聖力が宿る。その聖力は体内に内蔵される聖力核から発せられる力であり、レンウィルの場合はとある個性因子を肉体に宿していることから、泥濘(ぬかるみ)の浮浪者が施した幻影黒魔術を打ち砕く力があった。

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