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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

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06「泥濘の幻惑」


 (リウ)峻宇(ジュンユ)首領と二番街の技術開発部門の技術者が開発した指輪の呪具には、力を溜め込む特殊な錬成鉱石が留められている。魔力や呪力を溜め込む性質をもった鉱石は、九龍城砦に追いやられた才能のある無資格錬金術師によって再錬成され、呪力やその他の力を練ったエネルギーを溜め込む鉱石へと再錬成された。


 (リウ)峻宇(ジュンユ)首領と二番街の技術開発部門の技術者が開発した指輪の呪具には、力を溜め込む特殊な錬成鉱石が留められている。魔力や呪力を溜め込む性質をもった鉱石は、九龍城砦に追いやられた才能のある無資格錬金術師によって再錬成され、呪力やその他の力を練ったエネルギーを溜め込む鉱石へと再錬成された。


 そして今回の黒議会で行われている巫蠱の牢獄という、本戦出場者選抜をかけた予選試合で使用された指輪の呪具。その呪具に留められた錬成鉱石には、資格取得者呪術師が持つ呪力量を目安に、最大で五十人分の力を溜め込む改良が施されている。


 しかし現状、指輪の呪具に溜められたエネルギーを利用して別の力が発揮されるには、(リウ)峻宇(ジュンユ)やその他の術者が張った拡張操術に指輪が反応しなければならない。(リウ)峻宇(ジュンユ)や二番街の技術者たちは、アンクルシティの科学技術に呪術を順応させるために、黒議会の巫蠱の牢獄というゲームを利用して、未完成で特殊な呪具の将来性や不具合などを探り出していた。


 指輪にストックされた三人分の鉱石の力を使用したシルヴァルトは、壁から掌を離してレンウィルの跡を追っていく。彼は指輪の力で転移召喚した『ガーガーチキン』の凄まじい雄叫びで耳を塞ぎ、目の前の光景に愕然とした。


「なあシルヴァルト。コイツが浮浪者に有効な呪具の姿か。三人分の錬成鉱石の力を消費しただけはあるな」

「だろうな。あれだけ苦戦した餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を次々と貪っていやがる。ヨシッ、レンウィル。お前も鉱石の力を消費してガーガーチキンを転移召喚しろ!」


 それからシルヴァルトの指示を受け取ったレンウィルは、錬金術を発動する要領で両の掌を回廊に押し付け、『ガーガーチキン』と五回ほど叫ぶ。すると回廊の天井に次元の亀裂入り、亀裂は裂け目を生んで五体のガーガーチキンを回廊に転移召喚した。


「やっちまえ! ガーガーチキンズ! お前らの大好物が目の前にいやがるぞ!」


 とレンウィルが叫ぶと、新たに転移召喚された五体のガーガーチキンは頬をすぼませた後、回廊の隅々に行き渡るような声量で叫び始めた。が、その直後、シルヴァルトが転移召喚したガーガーチキンまで共鳴したかのように叫び始め、彼らが居た三階はガーガーチキンの奇声で溢れ返ってしまった。


「ったく。うるせえ鳥人形だな。まあ、アイツらが居れば、餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者はやり過ごせるだろう。シルヴァルト、別の階に移動して蓄音機のレコードを探すぞ!」

「当たり前だ。次は四階に行くぞ。この学舎は五階まであるからな。恐らく蓄音機の浮浪者の拡張操術を剥がすには、三枚以上のレコードが必要なはずだ。俺たちが見つけた蓄音機のレコードは二枚だけ。この枚数じゃあ、蓄音機の浮浪者が張る拡張操術の全ては剥がせないだろう……」


 その後、レンウィルとシルヴァルトは身振りと手振りを使いながら、この回廊で生き残るためにチームを組んだ他の試合参加者に、浮浪者に対する有効なアイテムの召喚方法を伝える。


 再び階段へと戻ったレンウィルは、後天性個性の『機械との融合(アシミレーション)』を発動して体内から魔導ガトリング銃を取り出す。レンウィルは巫蠱の牢獄というゲームで後天性個性を昇華させ、痛みを伴わなくても体内から機械を取り出せるまでに成長した。


 シルヴァルトもレンウィルと同様に後天性個性の『劣化模倣(フォニー)』を発動する。彼の後天性個性『劣化個性(フォニー)』は、五本の指で触れた他者の後天性個性を劣化させた状態で発現する能力。シルヴァルトが『劣化模倣(フォニー)』を用いて発動したのは、レンウィルが発動していた『機械との融合(アシミレーション)』の劣化版だった。


 シルヴァルトは体内から武器を取り出す際に肉体的な痛みを伴いながらも、質量を無視してZ555B型魔導ライフルを取り出す。すると苦悶の表情を浮かべたシルヴァルトの様子を見て、レンウィルはタクティカルベストからアドレナリン入りの注射器を取り出した。


「武器を取り出す時って凄く痛いだろ。コレ余ってるから使えよ」

「……大丈夫だ。コレぐらい何ともない」


「我慢すんなよ。お前がコピーした俺の能力は俺が一番よく知ってる後天性個性だ。身体の中から異物を無理矢理取り出すのは凄く痛くて精神的にも気持ち悪い。お前も本当に馬鹿だよな。武器なら我慢して背負えば良いだけの話なんだから、他の奴が使う後天性個性をコピーすれば良かったのに……」

「いいや、レンウィル。お前の後天性個性は単純な物だがとても役に立つ能力だ。質量を無視して体内に機械を隠し持てるという事は、どんなに過酷な任務にも適応できる機械を用意できるという事だ。つまりーーー」


「つまり?」

「つまり、お前は個性という能力の使い方に悩み続ける人々の気持ちを理解できる人物って事だ。それにお前は相手が感じる精神的な苦痛や肉体的な痛みまで理解してあげられる優しい心の持ち主だ。お前は帝国錬金術師の中でも任務の前線に立つ事が少ないが、個性という能力に悩む人格破綻者の派閥を引っ張る優秀な上級管理者になれる器がある。いつまでもその優しい心を忘れるなよ」


 シルヴァルトはレンウィルから注射器を受け取り、腹部に目掛けてアドレナリン入りの注射器を射つ。彼は再びZ555B型魔導ライフルを構えながら階段を駆け上がり、弟弟子であるレンウィルの見本になるよう、腹部に走る痛みに耐えながら四階へと向かった。


「四階の様子を見てきたが、照明が機能していないらしい。三階と同じように石造りの灯籠があるお陰で多少の明かりはあるが、あの暗さじゃあ何処から浮浪者が現れてもおかしくはない」

「四階にも石造りの灯籠があるのか。だとすると、四階にも餓鬼骸(がきむくろ)や他の浮浪者が徘徊している可能性があるな。じゃあ、シルヴァルト。指輪の呪具でガーガーチキンを転移召喚して様子を見るか?」


 レンウィルは階段の踊り場で壁に掌を押し当て、指輪の機能を発動させる。すると先ほどと同様に【浮浪者に対する有効な呪具と霊具】の項目が映し出されたが、ガーガーチキンの項目の側には『クールタイム三十分』という文字が添えられてあった。


「なんだ? このクールタイムって……」

「恐らく、ガーガーチキンを転移召喚するために必要な時間の事だろう。お前は餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を相手に五体もガーガーチキンを転移召喚したからな。何かしらの制限が掛かっても仕方がない」


「ちえっ。面倒なシステムだな。じゃあシルヴァルトがガーガーチキンを呼び出せよ」

「いや。さっき居た三階よりも四階は静かすぎる。ただの勘でしかないが、四階には別の種類の浮浪者が徘徊している可能性がある。ここは様子を見ながら進むべきだ」


 シルヴァルトの指輪に残った鉱石の力は三十五人分。それに対してレンウィルの指輪に残った鉱石の力の量は、ガーガーチキンを五体同時に転移召喚した事で十八人分まで減っていた。

 指輪に鉱石の力を溜め込むには、他者の指輪に留められた錬成鉱石から力を吸収しなければならない。しかし第五龍棟校に存在する試合参加者の殆どは、『制限時間を終えるまで生き残る意思を持つ参加者』で満ち溢れている。


 大事な戦力を減らす事を前提にしてまで、他者の指輪の力を奪い取って芻霊(スウレイ)を確保するなど、チームを組んだ他の試合参加者は誰も望んでいなかった。


 しかし、レンウィルとシルヴァルトは、学舎の回廊に到着するまでの間に、他の回廊で芻霊(スウレイ)をひとつしか確保していない。両者が予選を通過するためには、この回廊で蓄音機の浮浪者から芻霊(スウレイ)を奪い取るか、状況の全く分からない回廊に呪術転移して芻霊(スウレイ)を入手するしかかなかった。


「気を付けろ、シルヴァルト。指輪の呪具が強く輝いている。芻霊(スウレイ)が近くにある証拠だ」

「なるほど。だとすると、四階には芻霊(スウレイ)を持った『蓄音機の浮浪者』がいる可能性があるな。奴がどんな姿をしていてどんな攻撃を放ってくるのかも分からない。少しばかり様子を見た方が良さそうだな」


 指輪の呪具を十個所持した状態で錬成鉱石に五十人分の力を溜め込んだ者の指輪は、制限されていた機能を強制的に解除して芻霊(スウレイ)の距離と在処、方向を指し示すコンパスの機能を果たす呪具へと成り代わる。


 故に両者は既に条件を満たした事で、指輪の輝きと方向を見定めて芻霊(スウレイ)を探し求める事が可能だった。


「了解した。石造りの灯籠の明かりだけじゃあ、蓄音機の浮浪者の姿は目視できない。タリスマンを媒介にして光源となる下位魔術を発動する。バックアップは任せたぞ、レンウィル」

「待て、シルヴァルト。光源の下位魔術『発光(ルミネス)』なら魔力消費も少ないから俺でも発動できる。明かりはなるべく多くあった方がいいからな……」


 水上都市メッシーナ帝国の帝国錬金術師とは、聖大陸の各国で起こる錬金術に関連する事件を解決するために各地へ派遣される存在。謂わば帝国錬金術師の資格を持つ者というのは、単独で複数の業務をこなすことが当然の術師。

 そのため錬金術に関わるイレギュラーな事件にも対応するため、錬金術の習得以外にも魔術や呪術、霊術といった術式の基本を学ぶ事も必須であり、レンウィルとシルヴァルトは錬金術には劣らないまでにも魔術を扱うことに慣れていた。


「「下位魔術『発光(ルミネス)』」」


 シルヴァルトは首からぶら下げたネックレス型のタリスマンを握り締め、タリスマンに内蔵された術式増幅鉱石へと魔力を注ぎ込む。その後、レンウィルはシルヴァルトのタリスマンに指先を当て、微弱な魔力を注ぎ込んだ。すると彼らの前に、発光した淡い緑色の球体と紫色の球体が現れ、二人の周囲を取り囲み始める。


 淡い輝きを放つ球体は揺らめきながら回廊を漂い始め、二人を先導するかの様に回廊を照らしながら廊下を浮かび進め続けた。


「俺とお前のルミネスが通路の左に曲がったな。となると、この先は行き止まりで間違いないようだな。ったく、この学舎内の構造は複雑すぎる。アクセルが用意してくれたアームウォーマーや機甲手首(ハンズマン)がなければ、学舎内の構造をマッピングさせて把握できなかっただろう……」


 レンウィルは石造りの灯籠の影に潜みながら、左腕に装備されたプロトタイプのアームウォーマーを起動する。近未来的な曲線が特徴のアームウォーマーは、アクセルが九龍城砦に同行するメンバーに支給した装備品。


 便利屋ハンドマンの一同が装備したアームウォーマーには、偵察用の個体と電波を利用した連絡機能を持つ小型の機甲手首(ハンズマン)が組み込まれている。しかし、シルヴァルトが装備していたアームウォーマーには偵察用の機甲手首(ハンズマン)が外されており、残っていたのは連絡用の機甲手首(ハンズマン)のみだった。


 彼は既に偵察用の機甲手首(ハンズマン)にマッピングをさせ、学舎内の構造をホログラムの映像を通して理解できる段階にある。

 何度かタッチパネルを操作したシルヴァルトは、第五龍棟校の構造を把握するため、パネルを操作して学舎内を立体化させたホログラムを出現させた。


「偵察用の機甲手首(ハンズマン)はマッピングを終えたようだな。アクセルは本当に優秀なエンジニアだ。メッシーナ帝国にもあんな秀才が居れば機械技術が飛躍的に進歩するだろうにな。いや、そう言えばヴァレリア師範がアクセルをメッシーナ帝国に招待していた気がする。なあレンウィル。確かアクセルは一度も地上に出たことがなかったんだよな?」


 ホログラムから視線を逸らしたシルヴァルト。彼が背後を振り返ると、そこには擦り切れた黒い影のようなカーテンに覆われたレンウィルの姿があり、レンウィルの身体は黒く荒んだカーテンから突き出た、幾つもの腕によって包み込まれていた。

 

「レンウィル! すぐに助けーー」

「コイツは術式に反応する浮浪者だった! 恐らく俺たちが発動した『発光(ルミネス)』の術式に反応して現れやがったんだ! それに不味いぞシルヴァルト、お前の後ろだ! お前の後ろにも別の浮浪者が居る! 俺たちが石造りの灯籠だと思っていた赤い光は、浮浪者の身体の一部だったんだ!」


 レンウィルの指先が届くもう少しのところまで腕を伸ばしたが、シルヴァルトの指先は空を切った。レンウィルは謎の浮浪者が包み込んだカーテンに包み込まれて消え去った。

 

 その直後、地響きの様な揺れが回廊を襲う。シルヴァルトはレンウィルが言い残した言葉を思い出して背後を振り返り、空中に浮かび始めた灯籠を睨み付けた。


「学舎の回廊に存在する浮浪者は四種類。蓄音機と餓鬼骸、レンウィルをさらった奴を除けば、コイツが最後の浮浪者ってことか……」


 回廊を漂う石造りの灯籠は互いにぶつかり合い、徐々に巨大な人型の何かへと変貌していく。その間、レンウィルは指輪を嵌めた手のひらを壁に押し当て、学舎内に存在する浮浪者の情報をかき集めた。


「なるほど……コイツの名は灯籠(とうろう)の浮浪者で間違いないな。『身体の表面は石造りの灯籠で守られています。体内の何処かに存在する【呪力核】を破壊すれば、機能が停止します』か――」


(不味い相手だな。そもそも石造りの灯籠自体、魔導弾を放っても破壊することが困難だった。それに石造りの灯籠は『浮浪者に霊力や呪力を分け与えてダメージを回復させる役割を持つ物質』だったはず。仮に石造りの灯籠を吸収したゴーレムが『浮浪者』だと認識された場合、治癒の対象は自分自身にもなるのか? ダメだ。最悪な事を考えている場合じゃない。とにかくこんなに狭い回廊じゃあ、突進されて一気に押し潰される。場所を移して戦わないと不味い……)


 回廊を敷き詰めるようにひと纏まりになった巨軀な灯籠の浮浪者。彼は回廊に並んでいた灯籠を次々と体の一部へと吸収していき、巨大な石造りのゴーレムへと成り変わった。


「コッチはしょっぱい後天性個性と一丁のアサルトライフル、それと最強の帝国錬金術師のお墨付きな錬金術しか使えねえんだよ。テメェみたいな化け物なんかと正面から戦ってやるもんかッ!」


 シルヴァルトはすぐさまアサルトライフルを背負って合掌をした後、校庭へと通じるコンクリートの壁に両手を押し付ける。すると彼の首からぶら下げたネックレス型のタリスマンが輝き出し、タリスマンに内蔵された術式増幅鉱石が反応して彼の錬金術の力を強化させた。

 タリスマンに刻み込まれた八芒星の紋章によって更に強化された錬金術は、彼が押し付けた壁に錬金術の陣を浮かび上がらせ、瞬く間に校庭へと通じるコンクリート製の避難口を作り上げた。


 シルヴァルトは背負っていたアサルトライフルを再び構えながら、滑り台を転がり落ちて校庭へと移動する。


「来いよ化け物……あんな狭い回廊じゃあ、お前も窮屈で仕方ないだろ? お前が得意な広いフィールドで相手をしてやるよ!」


 怪異モドキは回廊を突き破って校庭へと降り立つ。その際、灯籠の浮浪者の巨体で校庭が揺らめき、振動がシルヴァルトの体を駆け巡った。

 

 スコープを通して灯籠の浮浪者に照準を合わせた後、シルヴァルトは魔力を消費して弾倉を自動装填する魔導弾を放ち続ける。彼は時折り錬金術を用いながら浮浪者の身動きを封じて戦い続けたが、灯籠の浮浪者は自身の術式である『浮浪者に呪力や霊力を分け与える能力』の対象を自身に選択することで、シルヴァルトが放ち続けた魔導弾のダメージを回復し始めた。


☆☆☆


 一方、レンウィルは自身を包み込む黒い布切れを剥ぎ取ると、見知らぬ和室に佇んでいた。


(何処だここは。俺は確か……背後から現れた浮浪者に捕えられたはず。だけど……その後の記憶が全くない。それにこの部屋は何なんだ? 和室のようだし扉や襖もあって脱出できそうだけど、俺を転移させた浮浪者の目的は何なんだ?)


 等と考えながら、レンウィルは別の部屋へと通じた扉を開ける。が、そこには同じ構造の部屋が存在していた。


「どういう事だ……襖を開けても扉を開けても同じ部屋に辿り着く。もしかすると、コレは浮浪者が発動した拡張操術の仮想空間の中なのか?」


 それから、レンウィルは後天性個性の『機械との融合(アシミレーション)』を発動して、質量を無視した巨大な魔導ガトリング銃を体内から取り出す。


「拡張操術の結界や空間は、術式を発動した者も領域内に閉じ込められる。それが術式を発動する限定条件。俺の特製魔導ガトリング銃の装弾数は精神力に比例した弾数だ。避けられるもんなら避けてみやがれ!」


 屈強な精神力を持つレンウィルは、四方八方に目掛けて魔導ガトリング銃から魔導弾を放ち続ける。更にレンウィルが放った魔導弾には、能力の特性である【魂の憑依】が付与されており、弾丸の一発一発にはレンウィルの魂が分散されてあった。


 レンウィルは得意の魂の憑依を用いて、術者の在処を知ることに神経を擦り減らす。


(嘘だろ……アレだけの弾丸をぶっ放したのに、まるで手応えがない。人っ子1人居ないってことなのか? いや拡張操術は空間や結界内に必ず術師や領主が居るはずだ。それに魔導弾には僅かに魂を憑依させている。弾丸が一発でも当たれば、敵の位置と距離だって正確に計れる。何とかこの部屋を脱出しねえとダメだ。俺が居なくちゃシルヴァルトは――)


 レンウィルはシルヴァルトを助けたいと思うあまり、体内に残された魔力の残量計算を放棄してガトリング銃をぶっ放す。襖や扉を魔導弾で蜂の巣にしたレンウィルは、すぐさま別の部屋へと移動してガトリング銃をぶっ放すが、体内の魔力が底を突きかけて歩くのを止めた。

 

「ったく……どうなってんだよ……この部屋は。何処まで走っても同じ景色が続きやがる。扉を開けても襖を開けても、あるのはブラウン管のテレビとコタツとミカン、茶菓子とヤカンじゃねえか。俺にここで永遠に暮らせって事なのか?」


 レンウィルは仕方なくコタツに足を入れて寝そべるが、自身が置かれた状況よりもシルヴァルトの身が心配でしょうがなく、居ても立っても居られなく悶々とする時間を送る。


(ああ、ダメだ。魔力が底を突きたけどジッとしてらんねえ。それにこのままだとシルヴァルトが一人で戦うことになる。いや、シルヴァルトはヴァレリア師範からリーダーに任命されたぐらいの兄弟子だし、一人でも浮浪者を倒せるかもしれない。それにガーガーチキンの事に気づいたのだってシルヴァルトだ。術式効果を増幅させるタリスマンも持ってるし、シルヴァルトは俺よりも錬金術の才能がある。俺なんか居なくたって独りでも倒せるはず――)


 等と憂鬱なことを考えていると、何処へ行っても同じ部屋に通じるはずの扉から白髪の男性が現れる。その男は便所から出てきたらしく、濡れた手のひらを腰まで下ろした続服(つなぎふく)で拭い去り、さも当たり前かのようにレンウィルが入っていたコタツに同席し始める。


 レンウィルはその男を前にした瞬間、卓上に置かれたガトリング銃に視線を向けて腕を伸ばした。


「止めておけ。幾ら銃をぶっ放したところで私には当たらん」

 

 続服(つなぎふく)を着た男の肩と左胸には、旧世代の人類が身に付けていた、肩や顔を防ぐよう型ショルダープレートが装備されていて、胸にはキュイラスと呼ばれる鋼鉄製の胸当てが装備されている。更に続服(つなぎふく)を着た白髪の男の左腕には、禍々しい光を放つ魔石や錬成鉱石、種類の不明な特殊な鉱石が留められたガントレットが指先まで装備されていた。


「ダメだ、カイレン。お前はここで俺が殺す」

「落ち着け。苛立ってばかりいると一生この部屋から出られないぞ? それに後で後悔するのはお前だけだ。私は別に何をされようが構わない。好きにぶっ放すといいよ――」


 白髪の男の名は、レンウィルに『機械との融合(アシミレーション)』という能力の後天性個性を与えた、七度返りの宝刀を持つカイレンという男。その男はレンウィルに対して何の感情も抱いておらず、これからレンウィルが放つ魔導ガトリング銃によって蜂の巣になると分かっておきながらも、その場で茶を啜っていた。

 そして今回の黒議会で行われている巫蠱の牢獄という、本戦出場者選抜をかけた予選試合で使用された指輪の呪具。その呪具に留められた錬成鉱石には、資格取得者呪術師が持つ呪力量を目安に、最大で五十人分の力を溜め込む改良が施されている。


 しかし現状、指輪の呪具に溜められたエネルギーを利用して別の力が発揮されるには、(リウ)峻宇(ジュンユ)やその他の術者が張った拡張操術に指輪が反応しなければならない。(リウ)峻宇(ジュンユ)や二番街の技術者たちは、アンクルシティの科学技術に呪術を順応させるために、黒議会の巫蠱の牢獄というゲームを利用して、未完成で特殊な呪具の将来性や不具合などを探り出していた。


 指輪にストックされた三人分の鉱石の力を使用したシルヴァルトは、壁から掌を離してレンウィルの跡を追っていく。彼は指輪の力で転移召喚した『ガーガーチキン』の凄まじい雄叫びで耳を塞ぎ、目の前の光景に愕然とした。


「なあシルヴァルト。コイツが浮浪者に有効な呪具の姿か。三人分の錬成鉱石の力を消費しただけはあるな」

「だろうな。あれだけ苦戦した餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を次々と貪っていやがる。ヨシッ、レンウィル。お前も鉱石の力を消費してガーガーチキンを転移召喚しろ!」


 それからシルヴァルトの指示を受け取ったレンウィルは、錬金術を発動する要領で両の掌を回廊に押し付け、『ガーガーチキン』と五回ほど叫ぶ。すると回廊の天井に次元の亀裂入り、亀裂は裂け目を生んで五体のガーガーチキンを回廊に転移召喚した。


「やっちまえ! ガーガーチキンズ! お前らの大好物が目の前にいやがるぞ!」


 とレンウィルが叫ぶと、新たに転移召喚された五体のガーガーチキンは頬をすぼませた後、回廊の隅々に行き渡るような声量で叫び始めた。が、その直後、シルヴァルトが転移召喚したガーガーチキンまで共鳴したかのように叫び始め、彼らが居た三階はガーガーチキンの奇声で溢れ返ってしまった。


「ったく。うるせえ鳥人形だな。まあ、アイツらが居れば、餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者はやり過ごせるだろう。シルヴァルト、別の階に移動して蓄音機のレコードを探すぞ!」

「当たり前だ。次は四階に行くぞ。この学舎は五階まであるからな。恐らく蓄音機の浮浪者の拡張操術を剥がすには、三枚以上のレコードが必要なはずだ。俺たちが見つけた蓄音機のレコードは二枚だけ。この枚数じゃあ、蓄音機の浮浪者が張る拡張操術の全ては剥がせないだろう……」


 その後、レンウィルとシルヴァルトは身振りと手振りを使いながら、この回廊で生き残るためにチームを組んだ他の試合参加者に、浮浪者に対する有効なアイテムの召喚方法を伝える。


 再び階段へと戻ったレンウィルは、後天性個性の『機械との融合(アシミレーション)』を発動して体内から魔導ガトリング銃を取り出す。レンウィルは巫蠱の牢獄というゲームで後天性個性を昇華させ、痛みを伴わなくても体内から機械を取り出せるまでに成長した。


 シルヴァルトもレンウィルと同様に後天性個性の『劣化模倣(フォニー)』を発動する。彼の後天性個性『劣化個性(フォニー)』は、五本の指で触れた他者の後天性個性を劣化させた状態で発現する能力。シルヴァルトが『劣化模倣(フォニー)』を用いて発動したのは、レンウィルが発動していた『機械との融合(アシミレーション)』の劣化版だった。


 シルヴァルトは体内から武器を取り出す際に肉体的な痛みを伴いながらも、質量を無視してZ555B型魔導ライフルを取り出す。すると苦悶の表情を浮かべたシルヴァルトの様子を見て、レンウィルはタクティカルベストからアドレナリン入りの注射器を取り出した。


「武器を取り出す時って凄く痛いだろ。コレ余ってるから使えよ」

「……大丈夫だ。コレぐらい何ともない」


「我慢すんなよ。お前がコピーした俺の能力は俺が一番よく知ってる後天性個性だ。身体の中から異物を無理矢理取り出すのは凄く痛くて精神的にも気持ち悪い。お前も本当に馬鹿だよな。武器なら我慢して背負えば良いだけの話なんだから、他の奴が使う後天性個性をコピーすれば良かったのに……」

「いいや、レンウィル。お前の後天性個性は単純な物だがとても役に立つ能力だ。質量を無視して体内に機械を隠し持てるという事は、どんなに過酷な任務にも適応できる機械を用意できるという事だ。つまりーーー」


「つまり?」

「つまり、お前は個性という能力の使い方に悩み続ける人々の気持ちを理解できる人物って事だ。それにお前は相手が感じる精神的な苦痛や肉体的な痛みまで理解してあげられる優しい心の持ち主だ。お前は帝国錬金術師の中でも任務の前線に立つ事が少ないが、個性という能力に悩む人格破綻者の派閥を引っ張る優秀な上級管理者になれる器がある。いつまでもその優しい心を忘れるなよ」


 シルヴァルトはレンウィルから注射器を受け取り、腹部に目掛けてアドレナリン入りの注射器を射つ。彼は再びZ555B型魔導ライフルを構えながら階段を駆け上がり、弟弟子であるレンウィルの見本になるよう、腹部に走る痛みに耐えながら四階へと向かった。


「四階の様子を見てきたが、照明が機能していないらしい。三階と同じように石造りの灯籠があるお陰で多少の明かりはあるが、あの暗さじゃあ何処から浮浪者が現れてもおかしくはない」

「四階にも石造りの灯籠があるのか。だとすると、四階にも餓鬼骸(がきむくろ)や他の浮浪者が徘徊している可能性があるな。じゃあ、シルヴァルト。指輪の呪具でガーガーチキンを転移召喚して様子を見るか?」


 レンウィルは階段の踊り場で壁に掌を押し当て、指輪の機能を発動させる。すると先ほどと同様に【浮浪者に対する有効な呪具と霊具】の項目が映し出されたが、ガーガーチキンの項目の側には『クールタイム三十分』という文字が添えられてあった。


「なんだ? このクールタイムって……」

「恐らく、ガーガーチキンを転移召喚するために必要な時間の事だろう。お前は餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を相手に五体もガーガーチキンを転移召喚したからな。何かしらの制限が掛かっても仕方がない」


「ちえっ。面倒なシステムだな。じゃあシルヴァルトがガーガーチキンを呼び出せよ」

「いや。さっき居た三階よりも四階は静かすぎる。ただの勘でしかないが、四階には別の種類の浮浪者が徘徊している可能性がある。ここは様子を見ながら進むべきだ」


 シルヴァルトの指輪に残った鉱石の力は三十五人分。それに対してレンウィルの指輪に残った鉱石の力の量は、ガーガーチキンを五体同時に転移召喚した事で十八人分まで減っていた。

 指輪に鉱石の力を溜め込むには、他者の指輪に留められた錬成鉱石から力を吸収しなければならない。しかし第五龍棟校に存在する試合参加者の殆どは、『制限時間を終えるまで生き残る意思を持つ参加者』で満ち溢れている。


 大事な戦力を減らす事を前提にしてまで、他者の指輪の力を奪い取って芻霊(スウレイ)を確保するなど、チームを組んだ他の試合参加者は誰も望んでいなかった。


 しかしレンウィルとシルヴァルトは、学舎の回廊に到着するまでの間に、他の回廊で芻霊(スウレイ)をひとつしか確保していない。両者が予選を通過するためには、この回廊で蓄音機の浮浪者から芻霊(スウレイ)を奪い取るか、状況の全く分からない回廊に呪術転移して芻霊(スウレイ)を手に入れるしか方法がなかった。


「気を付けろ、シルヴァルト。指輪の呪具が強く輝いている。芻霊(スウレイ)が近くにある証拠だ」

「なるほど。だとすると、四階には芻霊(スウレイ)を持った『蓄音機の浮浪者』がいる可能性があるな。奴がどんな姿をしていてどんな攻撃を放ってくるのかも分からない。少しばかり様子を見た方が良さそうだな」


 指輪の呪具を十個所持した状態で錬成鉱石に五十人分の力を溜め込んだ者の指輪は、制限されていた機能を強制的に解除して芻霊(スウレイ)の距離と在処、方向を指し示すコンパスの機能を果たす呪具へと成り代わる。


 両者は既に条件を満たした事で、指輪の輝きと方向を見定めて芻霊(スウレイ)を探し求める事が可能だった。


「了解した。石造りの灯籠の明かりだけじゃあ、蓄音機の浮浪者の姿は目視できない。タリスマンを媒介にして光源となる下位魔術を発動する。バックアップは任せたぞ、レンウィル」

「待て、シルヴァルト。光源の下位魔術『発光(ルミネス)』なら魔力消費も少ないから俺でも発動できる。明かりはなるべく多くあった方がいい……」


 水上都市メッシーナ帝国の帝国錬金術師とは、聖大陸の各国で起こる錬金術に関連する事件を解決するために派遣される存在。謂わば帝国錬金術師の資格を持つ者というのは、単独で複数の業務をこなすことが当然の術師。

 そのため錬金術に関わるイレギュラーな事件にも対応するため、錬金術の習得以外にも魔術や呪術、霊術といった術式の基本を学ぶ事も必須であり、レンウィルとシルヴァルトは錬金術には劣らないまでにも魔術を扱うことに慣れていた。


「「下位魔術『発光(ルミネス)』」」


 シルヴァルトは首からぶら下げたネックレス型のタリスマンを握り締め、タリスマンに内蔵された術式増幅鉱石へと魔力を注ぎ込む。その後、レンウィルはシルヴァルトのタリスマンに指先を当て、微弱な魔力を注ぎ込んだ。すると彼らの前に、発光した淡い緑色の球体と紫色の球体が現れ、二人の周囲を回り始めた。


 淡い輝きを放つ球体は揺らめきながら回廊を漂い始め、二人を先導するかの様に回廊を照らしながら廊下を浮かび続ける。


「俺とお前のルミネスが通路の左に曲がったな。となると、この先は行き止まりで間違いないようだな。ったく、この学舎内の構造は複雑すぎる。アクセルが用意してくれたアームウォーマーや機甲手首(ハンズマン)がなければ、学舎内の構造をマッピングさせて把握できなかっただろう……」


 レンウィルは石造りの灯籠の影に潜みながら、左腕に装備されたプロトタイプのアームウォーマーを起動する。近未来的な曲線を描いたアームウォーマーは、アクセルが九龍城砦に同行するメンバーに支給した装備品。


 便利屋ハンドマンの一同が装備したアームウォーマーには、偵察用の個体と電波を利用した連絡機能を持つ小型の機甲手首(ハンズマン)が組み込まれている。しかしシルヴァルトが装備していたアームウォーマーには偵察用の機甲手首(ハンズマン)が外されており、残っていたのは連絡用の機甲手首(ハンズマン)のみだった。


 彼は既に偵察用の機甲手首(ハンズマン)にマッピングをさせ、学舎内の構造をホログラムの映像を通して理解できる段階にあった。

 何度かタッチパネルを操作したシルヴァルトは、第五龍棟校の構造を把握するため、パネルを操作して学舎内を立体化させたホログラムを出現させる。


「偵察用の機甲手首(ハンズマン)はマッピングを終えたようだな。アクセルは本当に優秀なエンジニアだ。メッシーナ帝国にもあんな秀才が居れば機械技術が飛躍的に進歩するだろうにな。いや、そう言えばヴァレリア師範がアクセルをメッシーナ帝国に招待していた気がする。なあレンウィル。確かアクセルは一度も地上に出たことがなかったんだよな?」


 ホログラムから視線を逸らしたシルヴァルト。彼が背後を振り返ると、そこには擦り切れた黒いカーテンに覆われたレンウィルの姿があり、レンウィルの身体は黒く荒んだカーテンから突き出た、幾つもの腕によって包み込まれていた。

 

「レンウィル! すぐに助けーー」

「コイツは術式に反応する浮浪者だ! 恐らく俺たちが発動した『発光(ルミネス)』の術式に反応して現れやがった! 不味いぞシルヴァルト、お前の後ろだ! お前の後ろにも別の浮浪者が居る! 俺たちが石造りの灯籠だと思っていた赤い光は、浮浪者の身体の一部だったんだ!」


 レンウィルの指先が届くもう少しのところまで腕を伸ばしたが、シルヴァルトの指先は空を切った。レンウィルは謎の浮浪者が包み込んだカーテンに包み込まれて消え去った。

 

 その直後、地響きの様な揺れが回廊を襲う。シルヴァルトはレンウィルが言い残した言葉を思い出して背後を振り返り、空中に浮かび始めた灯籠を睨み付けた。


「学舎の回廊に存在する浮浪者は四種類。蓄音機と餓鬼骸、レンウィルをさらった奴を除けば、コイツが最後の浮浪者ってことか……」


 回廊を漂う石造りの灯籠は互いにぶつかり合い、徐々に巨大な人型の何かへと変貌していく。その間、レンウィルは指輪を嵌めた手のひらを壁に押し当て、学舎内に存在する浮浪者の情報をかき集めた。


「なるほど……コイツの名は灯籠(とうろう)の浮浪者。か、『身体の表面は石造りの灯籠で守られています。体内の何処かに存在する【呪力核】を破壊すれば、機能が停止します』か――」


(不味い相手だな。そもそも石造りの灯籠自体、魔導弾を放っても破壊することが困難だった。それに石造りの灯籠は『浮浪者に霊力や呪力を分け与えてダメージを回復させる役割を持つ物質』だったはず。仮に石造りの灯籠を吸収したゴーレムが『浮浪者』だと認識された場合、治癒の対象は自分自身にもなるのか? ダメだ。最悪な事を考えている場合じゃない。とにかくこんなに狭い回廊じゃあ、突進されて一気に押し潰される。場所を移して戦わないと不味い……)


 回廊を敷き詰めるようにひと纏まりになった灯籠の浮浪者。彼は回廊に並んでいた灯籠を次々と体の一部へと吸収していき、巨大な石造りのゴーレムへと成り変わった。


「コッチはしょっぱい後天性個性と一丁のアサルトライフル、それと最強の帝国錬金術師のお墨付きの錬金術しか使えねえんだよ。テメェみたいな化け物なんかと正面から戦ってやるもんかッ!」


 シルヴァルトはすぐさまアサルトライフルを背負って合掌をした後、校庭へと通じるコンクリートの壁に両手を押し付ける。すると彼の首からぶら下げたネックレス型のタリスマンが輝き出し、タリスマンに内蔵された術式増幅鉱石が反応して彼の錬金術の力を強化させた。

 タリスマンに刻み込まれた八芒星の紋章によって更に強化された錬金術は、彼が押し付けた壁に錬金術の陣を浮かび上がらせ、瞬く間に校庭へと通じるコンクリート製の滑り台を作り上げた。


 シルヴァルトは背負っていたアサルトライフルを再び構えながら、滑り台を転がり落ちて校庭へと移動する。


「来いよ化け物……あんな狭い回廊じゃあ、お前も窮屈で仕方ないだろ? お前が得意な広いフィールドで相手をしてやるよ!」


 怪異モドキは回廊を突き破って校庭へと降り立つ。その際、灯籠の浮浪者の巨体で校庭が揺らめき、振動がシルヴァルトの体を駆け巡った。

 

 スコープを通して灯籠の浮浪者に照準を合わせた後、シルヴァルトは魔力を消費して弾倉を自動装填する魔導弾を放ち続けた。

 彼は時折り錬金術を用いながら浮浪者の身動きを封じて戦い続けたが、灯籠の浮浪者は自身の術式である『浮浪者に呪力や霊力を分け与える能力』の対象を自身に選択することで、シルヴァルトが放ち続けた魔導弾のダメージを回復した。


☆☆☆


 一方、レンウィルは自身を包み込む黒い布切れを剥ぎ取ると、見知らぬ和室に佇んでいた。


(何処だここは。俺は確か……背後から現れた浮浪者に捕えられたはず。だけど……その後の記憶が全くない。それにこの部屋は何なんだ? 和室のようだし扉や襖もあって脱出できそうだけど、俺を転移させた浮浪者の目的は何なんだ?)


 等と考えながら、レンウィルは別の部屋へと通じる扉を開ける。が、そこには同じ構造の部屋が存在していた。


「どういう事だ……襖を開けても扉を開けても同じ部屋に辿り着く。もしかすると、コレは浮浪者が発動した拡張操術の空間の中なのか?」


 それからレンウィルは後天性個性の『機械との融合(アシミレーション)』を発動して、質量を無視した巨大な魔導ガトリング銃を体内から取り出す。


「拡張操術の結界や空間は、術式を発動した者も領域内に閉じ込められる。それが術式を発動する限定条件。俺の特製魔導ガトリング銃の装弾数は精神力に比例した弾数だ。避けられるもんなら避けてみやがれ!」


 屈強な精神力を持つレンウィルは、四方八方に目掛けて魔導ガトリング銃から魔導弾を放ち続ける。更にレンウィルが放った魔導弾には、能力の特性である【魂の憑依】が付与されており、弾丸の一発一発にはレンウィルの魂が分散されてあった。


 レンウィルは得意の魂の憑依を用いて、術者の在処を知ることに神経を擦り減らす。


(嘘だろ……アレだけの弾丸をぶっ放したのに、まるで手応えがない。拡張操術は空間や結界内に必ず術師や領主が居るはずだ。それに魔導弾には僅かに魂を憑依させている。弾丸が一発でも当たれば、敵の位置と距離だって正確に計れる。何とかこの部屋を脱出しねえとダメだ。俺が居なくちゃシルヴァルトは――)


 レンウィルはシルヴァルトを助けたいと思うあまり、体内に残された魔力の残量計算を放棄してガトリング銃をぶっ放す。襖や扉を魔導弾で蜂の巣にしたレンウィルは、すぐさま別の部屋へと移動してガトリング銃をぶっ放すが、体内の魔力が底を突きかけて歩くのを止めた。

 

「ったく……どうなってんだよ……この部屋は。何処まで走っても同じ景色が続きやがる。扉を開けても襖を開けても、あるのはブラウン管のテレビとコタツとミカン、茶菓子とヤカンじゃねえか。俺にここで永遠に暮らせって事なのか?」


 レンウィルは仕方なくコタツに足を入れて寝そべるが、自身が置かれた状況よりもシルヴァルトの身が心配でしょうがなく、居ても立っても居られなかった。


(ああ、ダメだ。魔力が底を突きたけどジッとしてらんねえ。それにこのままだとシルヴァルトが一人で戦うことになる。いや、シルヴァルトはヴァレリア師範からリーダーに任命されたぐらいの兄弟子だし、一人でも浮浪者を倒せるかもしれない。それにガーガーチキンの事に気づいたのだってシルヴァルトだ。術式効果を増幅させるタリスマンも持ってるし、シルヴァルトは俺よりも錬金術の才能がある。俺なんか居なくたって独りでも倒せるはず――)


 等と憂鬱なことを考えていると、何処へ行っても同じ部屋に通じるはずの扉から白髪の男性が出ててきた。その男は便所から出てきたらしく、濡れた手のひらを腰まで下ろした続服(つなぎふく)で拭い去り、さも当たり前かのようにレンウィルが入っていたコタツに同席し始める。


 レンウィルはその男を前にした瞬間、卓上に置かれたガトリング銃に視線を向けて腕を伸ばした。


「止めておけ。幾ら銃をぶっ放したところで私には当たらん」

 

 続服(つなぎふく)を着た男の肩と左胸には、旧世代の人類が身に付けていた、肩を顔を防ぐようなマクシミリアン型ショルダープレートが装備されていて、胸にはキュイラスと呼ばれる鋼鉄製の胸当てが装備されている。更に続服(つなぎふく)を着た白髪の男の左腕には、禍々しい光を放つ魔石や錬成鉱石、種類の不明な特殊な鉱石が留められたガントレットが指先まで装備されていた。


「ダメだ、カイレン。お前はここで俺が殺す」

「落ち着け。苛立ってばかりいると一生この部屋から出られないぞ? それに後で後悔するのはお前だけだ。私は別に何をされようが構わない。好きにぶっ放――」


 白髪の男の名は、レンウィルに『機械との融合(アシミレーション)』という能力の後天性個性を与えた、七度返りの宝刀を持つカイレンという男。その男はレンウィルに対して何の感情も抱いておらず、これからレンウィルが放つ魔導ガトリング銃によって蜂の巣になると分かっておきながらも、その場で茶を啜っていた。

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