表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第3章 青少年期 九龍城砦黒議会 指輪争奪戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

177/276

05「子供が作った呪いの人形」


 五龍棟に存在する戦闘区域。その区域の入り口に存在する御嶽(うたき)は強力な拡張操術を宿しており、御嶽(うたき)を潜り抜けた先には木造建築の古い学舎が建てられていた。

 第五龍棟校と呼ばれる学舎。学舎を取り囲む校庭には古びた手作りの遊具や強力な呪術師を育てるための案山子(かかし)などが置かれてあり、それらの周囲には異彩を放つ漆塗りの鳥居が乱雑に地面へと突き刺さっていた。それらは九龍城砦に住む呪術師や呪詛師、霊術師や霊媒師などが呪いや呪力、霊力や霊魂を込めて作った忌み物である。

 

 アンクルシティでは呪術や霊術といった術式が廃れ始めている。空中を飛び回る蒸気機関の発達した浮遊型自動車や錬金術が発達した現代で呪術と霊術が廃れないようにするためには、より強力な方法で次の世代の術師を育てる必要があった。

 そのため、(リウ)峻宇(ジュンユ)首領を始めとした九龍城砦を統治する人物、技術開発部門の面々は、学舎に通う生徒の中からアイデアを募り、呪具や霊具を日常生活に必須な道具に成し得ないか模索していた。


 黒髪美人の連絡によって巫蠱の回廊というゲームが始まってから数時間が経過し、指輪を保持した試合参加者が数百名から数十人まで減った頃。二人の少女を引き連れた短髪の青髪男性が御嶽(うたき)の前にやって来た。彼の頭髪が青色なのは、潜在意識の奥深くに閉じ込めた、もう一人の人格の抵抗の顕れだった。


「さて牡丹(ボタン)。指輪の呪具が指し示す光によると、どうやら御嶽(うたき)の先に見える学舎内には、本戦に出場する権利を得る芻霊(スウレイ)が隠されているらしい。私たちが本戦試合に参加するには、もう一つ芻霊(スウレイ)を手に入れなければならない。私は別に本戦試合に出場しなくても構わない。どうする。取りに行くかい?」

「カイレン、何を仰っているんですか? 貴方が本戦試合に参加しなければ、魔導王イヴが望むシナリオ通りにいきません。後で怒られるのは貴方ですよ?」


 面倒臭そうに頭をボリボリと掻きながら溜め息をつくカイレンに対し、黒い小袖姿の少女は自慢の脚力を使って飛び跳ね、二メートルはあるであろう長身のカイレンの頭を引っ叩く。

 カイレンの頭を引っ叩いた少女の名は、カイレンが持つ七度返りの宝刀によって造られた改造呪霊・牡丹(ボタン)。知る者からは怪異殺しの三面地蔵・牡丹と呼ばれていた。


 改造呪霊・牡丹は周囲に漂う呪力を体内に吸収し、体内に内蔵する濾過装置によって自身の呪力へと変換できる。そのため、他の怪異や妖怪の呪力を浴びたとしても、牡丹には何の問題も無かった。


「カイレン。私の側から離れない方がいい。この御嶽(うたき)には一種の拡張操術が組み込まれている可能性がある。一人で潜り抜ければ何が体に降り掛かるのか分からない」

「珍しいね。牡丹。キミが警戒するなんて……」

 

 ボタンは体内の仕組みを利用して周囲に結界を張り、同行者に降り掛かる災いや穢れたといったマイナス要素の呪力をプラスな呪力に変換させて、自身の体内に吸収していた。

 

 牡丹は重力を感じさせない動きで砂利道に着地した後、カイレンの瞳を軽く睨み付ける。すると牡丹の近くにいた黄色いコートを着た少女が彼女の元に駆け寄り、「ねえ牡丹ちゃん。私も本戦試合に参加したいから、あの学舎に隠されている芻霊(スウレイ)を探すの手伝ってよ!」と言い、牡丹が着ていた黒い小袖を引っ張り始める。


 最強の漢ベネディクトを彷彿とさせる黄色いコートを着た少女の名は、イスカ・ディアボロ・ハンドマン。ベネディクトとカトリーナの間に生まれた一人娘であり、種族は獣人族と魔人族。彼女はアンクルシティに産まれてから数年しか経っていないが、獣人族の特性である魔石吸収のお陰で多くの強力な魔石を体内に吸収したため、短期間の間でアクセルを越す年齢まで成長した。

 

「ああ牡丹。実は秘密にしてたけど、今回の計画で仲間になりそうな女の子が一人居るんだ」

「また女性ですか。たまには男性の方を仲間に引き入れないんですか?」


「いや、今回の女の子は見た目は男の子だから許してよ。それにその女の子が体に宿す個性因子だけど、あの最強の漢と謳われていたベネディクトの後天性個性を使える可能性があるんだ」

「それは由々しき事態ですね。その女の子は放っては置けませんね。あの後天性個性が目覚める前にこちら側に迎える必要があります」


 腰に差していた七度返りの宝刀を引き抜き、カイレンは宝刀を肩に担いで少女達の方へと振り返る。するとイスカがカイレンに質問を投げ掛けた。


「じゃあ、その女をこの学校で待ち伏せして、七度返りの宝刀で後天性個性の個性因子を刺激して個性を目覚めさせるの?」

「イスカは頭が良いな! 私が持つ七度返りの宝刀はレプリカだ。だけど、ベネディクトが持っていた後天性個性の個性因子を宿す肉体を持つ生き物は、そう何度だって同時に出現しない。この機会を逃せばそれこそ魔導王イヴに殺されかねない」


 カイレンは小さく微笑んだ後、イスカの頭をグシャグシャに撫で回した。


(イスカが背負う培養カプセルで細胞を培養させるだけじゃあ、あの強力な個性の個性因子は幾ら待っても目覚めることはない。巫蠱の回廊に参加したあの女を味方につける事ができれば、イスカが抱える負担を減らすことができる。これ以上、イスカには負担を掛けるわけにはいかない。ベネディクトが使わなかった()()()()が手に入れば、魔王城での私と牡丹、イスカの立場は今よりも良くなるはずだ)

 

 少女たちの馴れ合いを放置した後、カイレンは溜め息を吐きながら御嶽(うたき)と漆塗りの鳥居を潜り抜けて校庭に入る。が、その直後、蓄音機から鳴り響く雑音がカイレンの耳元にスッと入り、彼は再び目を開けると学舎内の回廊に佇んでいた。


(なるほど。今のはこの回廊を支配する魔物や怪異の拡張操術の一種だな。恐らく、蓄音機から鳴り響く雑音を聴いた者は学舎内の何処かへと転移される仕組み。だとすると、イスカや牡丹も私と同様に学舎内の何処へと転移されたはず)


「まあ、イスカも牡丹も私と同じくらい強い。一人でも何とかやっていけるだろう……」


 等と考えながら、カイレンは腰のベルトに差していた七度返りの宝刀の柄頭に掌を押し付ける。彼が宝刀を引き抜こうとしたのは、カイレンの目の前にただならぬ呪力を漂わせた『浮浪者』と呼ばれる存在が現れたからだった。


 三つの頭部を一つの首元から出現させた存在。その存在には肩から更に二本の腕が追加して突き出ており、化け物は雄叫びを上げながら学舎内の壁を飛び跳ねカイレンの元へと駆け抜けた。


「冥土の土産だ。私の宝刀の能力の一部を教えてあげよう。()()宝刀には対象に無数の斬撃を加える後天性個性が付与されている。勿論、()()宝刀に付与した個性はそれだけではないがな――」


 三つの頭部を兼ね備えた化け物がカイレンに飛び込んだ瞬間、彼は柄頭に置いていた掌で宝刀を引き抜き、おぞましい化け物が飛び込んで来た間に無数の斬撃を放って細切れにした。すると化け物は調理前の挽肉(ひきにく)の様に細切れになり、音も立てずに回廊に崩れ去った。


「お前と私では背負っている物が違う。それに貴様は怪異や魔物としても三流以下の存在だ。私自身の先天性個性を使用する相手でもない。立場をわきまえろ」


(見たところコイツは怪異の部類に近い存在の魔物だな。恐らく、呪力や霊力を込められた事によって怪異化した魔物といったところだろう。他の試合参加者なら苦戦する相手だろうが、牡丹にとっては蹴鞠(けまり)を楽しむのと変わらん。だが、イスカは少々苦戦するかもしれん。助けに行くのもアリだが……助けてばかりでは成長はしてくれないだろう)


 等と思考を研ぎ澄ませていくと、次第にカイレンの頭髪が白くなっていく。彼の頭髪が白く染まっていくのは、潜在意識の奥深くに封じ込められたシオンの意識が穢れていき、カイレンの人格が強く現れてきたからだった。


 その後、カイレンは指輪の呪具を嵌めた掌を壁に押し付ける。すると指輪に留められた錬成鉱石が輝きだし、掌を当てた壁にメニュー画面が映し出されポッアップ画面が浮かび上がった。


 一方その頃、同学舎内の三階では、カイレンが倒した『浮浪者』と呼ばれる怪異モドキに苦戦する試合参加者がチームを組み、迫り来る浮浪者に対して銃弾を放っていた。

 学舎の回廊には、石造りの灯籠が等間隔で置かれてある。それらは浮浪者と呼ばれる存在に力を分け与える霊具であり、銃弾を受けて朽ち果てた浮浪者は、石造りの灯籠が放つ呪力と霊力によって肉体を再生していった。


「これじゃあ(らち)が明かないぞ、レンウィル。これ以上の魔力消費は完全に無駄だ。それにあの石造りの灯籠を破壊しない以上、浮浪者は延々に再生し続ける!」


 バリケードの隙間から浮浪者に向けて弾丸を放ったのは、ライオネル社が開発したZ555B型魔導ライフルを構えたヴァレリオス・シルヴァルト。

 彼はボサボサで緑色の髪を更に掻きむしり、延々と復活し続ける浮浪者に対して、魔導弾以外の策があるのではないかと思考を研ぎ澄ませていた。


(指輪の呪具が指し示したヒントによると、この学舎内には浮浪者の気を引く数種類の霊具と呪具が用意されている。更にこの回廊には四種類の浮浪者が彷徨っている。俺たちが戦っている相手は、餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者。そして石造りの灯籠は、すべての浮浪者のダメージを回復させる治癒装置と考えて良いだろう――ああ、ダメだ。死を恐れない化け物を相手に戦い続けるのは、精神が擦り減るばかりだ)


 自身の後天性個性『劣化模倣(フォニー)』を発動して、両手で構えていたZ555B型魔導ライフルを体内にしまい込んだシルヴァルト。彼は未だに浮浪者に対して銃弾を放ち続けるパートナーを正気に戻すため、仕方なくパートナーの尻を撫で回した。


「俺の尻を撫で回すな、変態! 撃ち殺されたいのか!?」


 シルヴァルトによって尻を撫で回されたのは、レンウィル・アレイスター。レンウィルは、ライオネル社がM134をベースに改良した魔導ガトリング銃を抱えており、死を恐れず迫ってくる浮浪者に対して延々と魔導弾を放っている最中であった。


 レンウィルは不意にパートナーに尻を撫で回された事で正気に戻り、シルヴァルトが行ったように後天性個性を発動して体内に魔導ガトリング銃をしまう。


 チームを組んだ他の参加者が浮浪者に対して銃弾の雨を降らせている最中、レンウィルは身振り手振りを使ってレンウィルをその場から避難させた。上階層と下階層へと続く階段へと避難したシルヴァルトは、更にレンウィルの尻を叩きながら叱り続ける。


「相手は化け物だ。武器を携帯した錬金術師の俺たちが敵う相手じゃあない。俺の指示に従え」

「だからッ! 俺の尻を叩くなッ! ったく何だよ……シルヴァルト。もう少しで灯籠が破壊出来そうだったのに――」


「文句ばかり言うな。あの石造りの灯籠はそう簡単に破壊できない。それに俺たちが戦う相手は餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者だけじゃない。指輪を嵌めた掌を壁に押し当てろ。案内秘書からこの回廊についてのヒントが送られてきているかもしれない」

「ヴァレリア師範から『お前が指揮を取れ』って言われてから随分と命令口調だなあ? そんなに神の祈り子のリーダーに選ばれたのが嬉しいのかあ?」


 レンウィルは腰に手を当てシルヴァルトの顔を覗き込む。その後、彼の首元にぶら下げてある八芒星が描かれたタリスマンを指先で小突き、シルヴァルトの気分を逆撫でた。


「俺がヴァレリア師範から組織のリーダーを任されたのは、お前が今回の任務で成果を得られる見込みがないと判断されたからだ。この任務が終わってメッシーナ帝国に戻れば、お前が再び組織のリーダーに戻るだろう」

「ふーん……もうリーダーの立場なんてどうでもいいよ。それよりさ。指輪が映し出た映像によると、案内秘書からメッセージが届いているようだよ」


 シルヴァルトはレンウィルの真横に立ち、壁に映し出された映像を眺める。何度か映像を切り替えると『第五龍棟の回廊』に関するメッセージが映し出され、その中にはレンウィルとシルヴァルトが居る『学舎の回廊』についてのヒントも記述されていた。


・学舎の回廊に存在する各教室には、浮浪者の注意をを引きつける霊具や呪具が用意されています。


・学舎の回廊にいる浮浪者は四種類です。光に反応する浮浪者。物音に反応する浮浪者。術式の使用に反応する浮浪者。蓄音機を背負う浮浪者の四種類が校舎内に徘徊しています。


芻霊(スウレイ)を所持しているのは、蓄音機を背負った浮浪者です。蓄音機を背負った浮浪者には幾重もの拡張操術による結界が張ってあり、条件が揃わないと道理と真が攻撃を遮断して芻霊(スウレイ)を入手する事ができません。


・蓄音機を背負った浮浪者の拡張操術を解くには、学舎内の何処かに隠された蓄音機のレコードを探す必要があります。集めたレコードは放送室の部屋に存在する蓄音機にセットする事で、学舎内に音楽が流れる仕組みになっています。蓄音機の浮浪者は音楽を聴いた事により、拡張操術の術式を張る事を保てなくなります。


・ですが、学舎内に流れる音楽には、他の浮浪者の特性を向上させる効果があります。放送室でレコードを蓄音機にセットする際は、周囲に他の浮浪者が接近していないか注意してください。


 レンウィルとシルヴァルトは交互にメッセージを読み上げ、更に案内秘書から送られてきたメッセージに目を通した。


『学舎の回廊に居る参加者にお知らせです。戦闘可能な試合参加者が五十名以下になりましたので、浮浪者に有効な呪具や霊具を【指輪の呪具に込められた錬成鉱石の力】を消費して使用する事を許可します。霊具や呪具の使用は、あらかじめメニューから選択した物の名を呼ぶ事で目の前に出現します』


 以上のメッセージに目を通したシルヴァルトは、指輪が嵌められた掌を壁に押し付ける。彼は案内秘書が『浮浪者に有効』だと言っていたアイテムの項目に目を通して、アイテムの名を呟いた。


「【ガーガーチキン】」


 ガーガーチキンと呟いたシルヴァルト。その直後、彼の背後に煙が立ち込め、その中から口を大きく広げた巨大な人型の人形が現れた。


「し、シルヴァルト……ガーガーチキンだっけ? この薄気味悪い黄色い鳥の人形」

「ああ。ガーガーチキンという呪いの人形……呪具であるらしい。消費した錬成鉱石のエネルギーは三人分だ。アイテムの詳細欄には、コイツは九龍城砦の子供達が作った人形だと記述されている。コイツの大好物は――」


 等とシルヴァルトがガーガーチキンの説明を述べていると、ガーガーチキンは銃声の中から餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者の雄叫びを聞き取り、特徴のある叫び声を上げながら回廊へと駆け抜けた。


 シルヴァルトはその場で留まり、レンウィルはガーガーチキンの跡を追っていく。なんとかガーガーチキンの元へと到着したレンウィルだったが、レンウィルはガーガーチキンの戦々恐々とした姿に目を疑わざるを得なかった。

 レンウィルの視線の先にあったのは、机や椅子で作り上げたバリケードを突き破り、鋭い牙を剥き出しにして餓鬼骸(がきむくろ)の浮浪者を貪り食っていたガーガーチキンの姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ