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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第2章 青少年期 九龍城砦黒議会編

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30「意思」


 レンウィルとシルヴァルトが言っていた通り、術式が発動できる広さのトレーニングルームでは、牛鬼(ギュウキ)と呼ばれるミノタウロスと破戒僧(ハカイゾウ)と呼ばれる般若の仮面を被った法衣姿の坊主がリリスと戦っていた。


 部屋の奥には自身の身長と同じ刃渡りはあるだろう太刀を構えた、極道の女を彷彿とさせるユズハ先生が佇んでいる。彼女はいつもの様に般若の面で顔を覆っておらず、追憶にでもふけるかのように目を瞑っていた。


「ユズハ先生! リリス! 戻りました!」


 と言っても、二人ともトレーニングに集中しているらしく、僕の声は全く届いていないようだった。

 リリスはユズハ先生が召喚した破戒僧と牛鬼との戦いで没我の境地にでも入ったかのように、二体の召喚獣を相手にケタケタと笑いながら素早く動き回り、錬金術で作り上げた槍を振り回している。

 

 背後に回られた破戒僧は握り締めていた金砕棒で彼女を薙ぎ払おうとするが、リリスは既に破戒僧の背後から移動していた。その後、リリスは破戒僧と牛鬼から距離を取るや否や両手を床に接地して、カイレンから無理矢理与えられた後天性個性の【砂漠化】を発動した。


「このタイミングで個性を発動するのか――」

「なんだアクセル……ここに居たのか。つうか部屋が砂だらけになってるな」


 壁にもたれ掛かりながらリリスの様子を見ていると、部屋にデンパ君がやって来て僕の隣に座ってきた。

 どうやらカイレンについての情報収集を終えて部屋に戻ってきたらしい。


 デンパ君が電磁波妨害用のヘルメットのバイザーを擦りながら、「リリスが誰と戦っているのか」と尋ねてきたので、僕は彼の質問に答える。

 

「ユズハ先生が召喚した妖怪と呪霊。両方とも三面地蔵と同じクラスの化け物だってさ」

「明日は【闘技大会の予選】があるんだぞ? まあ、まだ大会の情報は伝えられてねえけどよ。流石に大会前の調整にしちゃあ気合いが入り過ぎじゃあねえか?」

 

 デンパ君の言う通りだ。

 明日は九龍城砦の九龍棟で闘技大会の予選が行われる。明日と明後日だけは、峻宇(ジュンユ)爺さんも九龍城砦に他の番街からの住民を招き入れる予定だ。勿論、それは賭け試合で儲けるためや九龍城砦への入場料、観戦料で金を儲けるためだ。

 それに予選と試合当日はアンクルシティの貴族や富裕層、更にはベアリング王都の貴族や富裕層まで観戦しにくる。


 彼らが闘技大会を観戦するのは、賭け試合を楽しむからだけではない。アンクルシティの富裕層や貴族は、闘技大会で優秀な成績を残した選手や便利屋に対して、その人物の特徴や特技に合わせた依頼や仕事を頼む事があった。

 ベアリング王都から訪れた貴族や富裕層が試合を観戦するのは、選手や便利屋を低賃金で働かせられる都合の良い働き手を厳選できるからだ。


 等と考えていると、リリスが投げ飛ばした牛鬼が僕たちの目と鼻の先まで迫ってきた。


「おい、アクセル! 何ボーッとしてるんだよっ!」

「悪い……明日のことを考えてた」


 立ち上がって逃げようとしていたデンパ君を引き留め、僕はガントレット側の掌を目一杯広げて『深く揺らめけ(チルアウト)』と呟く。すると数百キロはあるだろう牛鬼に磁力が宿って、迫り来る彼との間に虚無の狭間が出来上がり、牛鬼は僕の磁力操作によって空中に漂い続けた。


 隣に居たデンパ君は怪訝な表情を見せて、「こんなに馬鹿でかい妖怪でも持ち上げられるのか?」と困惑して佇んでいる。

 牛鬼を投げ付けたリリスや部屋の奥に佇んでいたユズハ先生も又、数百キロはあるだろう牛鬼を軽々と浮かばせている僕を見て唖然としていた。


「僕の後天性個性は磁力操作だ。体重が何百キロもあろうと磁力の前では無意味だよ――」


 そう言いながら牛鬼に触れると、空中に浮かんでいた牛鬼は僕の指先を介して操作された【斥力】によって高速回転していき、指先が触れた事によって牛鬼は肉の塊の弾丸と化してリリスの方へと一直線に弾け飛んだ。


 リリスは自身に向かってくる肉の弾丸を、錬金術を発動して作り上げた何重にも及ぶ砂の壁で衝突を免れる。しかし最後の一枚の砂の壁が突破されてしまい、彼女はそれでも威力が軽減しない肉の弾丸を前にして、死を決意したかのように唇をぎゅっと結んで目を瞑った。


「ルミエルさんの話だと『個性は今際の際や生死を境を彷徨う』ことでしか能力を昇華させられない。リリスの後天性個性の【砂漠化】も同じ条件で進化するはずだと思う。手荒な真似をしたけど、こうする他なかった」


 僕はそう言って、リリスの体に衝突する直前の牛鬼を磁力の操作でユズハ先生の傍に落とす。するとリリスは「アクセル……今のって私の後天性個性を昇華させるためにワザと殺しかけたって事なの?」と尋ねてきた。


「まあね。僕は何度も死にかけて死にかけて、後天性個性を強く磨いていった。だからリリスの【砂漠化】も今ので少しは昇華したはずだと思う」

「本当にビックリさせないでよ。死んだかと思ったじゃん!」


「死んでもらうつもりで居てもらわなきゃコッチも困る。砂漠化の個性が強くなったか確かめてみて」

「ハイハイ、ありがとうございます……」


 リリスがカイレンから無理矢理与えられた【砂漠化】という後天性個性は、五指で触れた物質や地面等を砂に変化させられるというモノ。変化させられる物質の大きさや地面の広さ等は、彼女自身の身長や体重に比例する。

 しかし彼女は現状、砂漠化の後天性個性をある程度の段階まで昇華させていて、身長や体重を大幅に上回る広さや質量の砂を変化させられていた。


「あれ……なんだか砂漠化の後天性個性を使ってるのに、変なのが生えてきたんだけど――」


 両手を砂につけて膝を着いたリリスが困惑していたので、僕とデンパ君はリリスの元に駆け寄る。するとユズハ先生や破戒僧、牛鬼も快調なステップを魅せながらリリスの元へと駆け寄った。

 僕たちは円陣を組んでリリスを取り囲む。リリスは何度も両手をパンパンと音を鳴らして砂に着けて、『新たに開花』した個性を発動していた。


「ユズハ先生、これはまさか……草ですか?」

「アクセル。コレはブタクサという草だ。花粉症の人間には辛い草だぞ」

「えっと……ユズハ先生。私が新たに開花した後天性個性って草を生やす個性なんですか?」


 リリスは失意に沈んだかのように肩を落として、ぼんやりとした様子でブタクサを見つめていた。

 そんな彼女のために僕はフォローを入れる。


「リリス。お前の後天性個性はアンクルシティにとっては十分な利益を生む価値のある個性だ」

「いや、ただの草を生やす後天性個性なんですけど。これのどこに価値があるわけ?」


「お前はアンクルシティがどれだけ荒廃しているのか理解してない。シティは壱番街や四番街を除く他の番街では、土壌や水質の問題が重なって全く植物が育たない環境なんだ」

「アンクルシティってそんなに荒廃した街なの? 宙を飛び回る車があるから草なんて何処にでも生えてるかと思ってたけど……」


 リリスは大きな勘違いをしている。

 アンクルシティは確かに蒸気機関と錬金術が発達した街だが、水質や土壌の汚染問題が重なった事によって四番街と壱番街の一部を除く地域以外では、全く植物が育たなくなった。

 現に各番街に行き渡る食料の中に含まれる野菜などの作物は、壱番街と四番街の室内農業で育てた物が賄われている。


 彼女にその事を伝えると、リリスは僕にどうしてアンクルシティに留まっているのか尋ねてきた。


「地上に出れば沢山の植物が生えているわ。勿論、野菜だってお腹いっぱい食べれるほどにね。それなのに貴方はどうして地下に居続けるの?」

「僕は地上になんか興味は無い。多くの問題を抱える街が目の前にあるのに、それを放って自分だけ間抜けなツラをして地上に逃げるなんて、犬畜生に劣る者がする行為だ。僕が地上に出る時はアンクルシティの問題が解決した時だよ」


 リリスは腕を組んで僕を睨み付けている。恐らく彼女には僕の考えが理解できないのだろう。

 彼女の気持ちも理解できる。目の前の問題から目を逸らして地上に行けば、アンクルシティよりはマシな生活が待っているのは確かだ。この鉄臭くて汚泥にまみれた世界に居続けるなんて、外の世界からきた人間から見てしまえば狂ってるようにも思える。


 それから僕は一旦、アンクルシティの植物問題の話ではなく、彼女が新たに開花させた後天性個性について考え始めた。


「今はその能力の話に戻そう。リリスの【砂漠化】は案外強力な能力だ。それならコッチのブタクサを生やす個性も強力な物で間違いないはず。多分、僕の予想が当たっていればリリスの二つ目の後天性個性は【緑化】なんだと思う」

「私の後天性個性が【緑化】?」


 それから僕は、リリスに砂漠化の対になる現象が緑化である事を説明した。

 彼女が持つ砂漠化という後天性個性は、恐らく成長段階の最大値まで成長していたに違いない。でなければ新たに別の能力が発動するわけがない。それに砂漠化は触れた物質を無条件で砂に変えてしまう危険な後天性個性だ。乱用すれば世界中が砂だらけになる恐れだってある。


「もしかすると、後天性個性の能力自身が緑化を選んだ可能性がある。それなら砂漠化の個性を持つリリスに緑化の個性を選ばせたのも納得がいく」

「え? アクセル。それじゃあまるで、後天性個性に()()があるみたいじゃん」


 自分でも何を言っているのか分からない。

 だけど、こう考えると世界の(ことわり)(まこと)が自然と成り立つ。


「あくまで仮の話だよ。僕は神も仏も悪魔も天使も信じてない。それらは実在してないけど存在はしている。もしかしたらそういった存在たちの意思によって、僕らの能力は選ばれているのかもしれない」

「ふーん。アクセルって偶に哲学的な発言もするのね。とりあえず後天性個性の開花に付き合ってくれたのは礼を言うわ。ありがとう。それと義手の事だけど問題なく使えてるから気にしなくても良いわよ!」


 リリスは僕の頭をポンポンと叩いた後、再びユズハ先生と闘技大会のトレーニングを始めてしまった。どうやら義手に関しても問題はないらしい。


「背が低いってのは何かとお得だな! アクセル!」

「黙れ、電波野郎。お前が寝ているうちに体のどこかにマイクロチップを埋め込むぞ?」


 等とデンパ君とふざけ合いながら、僕はトレーニングルームを後にしてリビングに戻る。するとレンウィルとシルヴァルトが『呪術が使える呪術師は居ないか? 仲間が目を覚ましたんだが、様子がおかしい』と言ってきたので、僕はデンパ君の右腕を掴み上げて「彼は呪術師で治癒呪術も使えますよ」と言い、女の子のいる部屋へと向かった。


「アクセル。俺を面倒な事に巻き込ませんなよ……」

「黙れ、アルミホイル。ロビンさんの事を黙ってくれているとしても、お前にはまだまだ貸しが沢山ある。僕は呪術に関しては少ししか知らない。お前の出番だ」


 レンウィルに案内されたベッドルームに到着すると、エクソ○ストの映画でも観ているような光景がそこにあった。


 ユズハ先生やエイダさん、レンウィルやシルヴァルトが助け出した神の祈り子の構成員の女の子は、両手と両足を紐でベッドの柱に縛り付けてあるのに、空中に浮かんでそこら中に緑のゲロをぶち撒けていた。


 どうやら呪術師の出番というよりは、祓魔師(エクソシスト)や悪魔祓いの出番なのかもしれない。呪術師が出ていったとしてなんになるのだろうか――。


「ヨシ……アルミホイル。お前の出番だ」


 と言いながら僕はデンパ君の背中を勢い良く叩く。すると彼は咄嗟に僕の頭を引っ叩いて、「んな訳ねえだろ。どう考えても祓魔師(エクソシスト)の出番なんですけど!?」とツッコできた。


 僕はとシルヴァルトに視線を送って、「彼女の状態に心当たりがあるのか?」と尋ねる。


「彼女の状態は間違いなく『呪術による精神汚染』だ。覚醒物質が体から抜け切る事にだけ気を払い過ぎていたせいで気付かなかったが、今の彼女の状態は呪術による精神汚染で間違いない」

「だってさーデンパ君。僕は呪術がサッパリだしそこの二人も帝国錬金術師だけど呪術はサッパリだと思う。だけどこう考えてみなよ。デンパ君が女の子の精神汚染を治癒呪術でチャチャっと治せば、二人に大きな貸しができるんじゃない? それに二人は(むくろ)の教団の団員だよ? ここで恩を売っておけば――」


 等と彼の耳元で囁いていると、デンパ君は雄叫びを上げながら複雑な掌印を組んで詠唱を詠み、腕に入れられた刺青を指先でなぞって治癒呪術を発動した。


 部屋の天井と床一面に治癒呪術の巨大な術式陣が展開した直後、術式陣の中から鎌を持った死神が現れた。空中に浮かんでいた女の子に手を当てた彼らは、女の子から何かを吸い出して陣の中へと戻っていった。その瞬間、女の子はベッドに落下して目を覚ました。


 息も絶え絶えなデンパ君の肩を叩いて、僕は彼にサムズアップを送る。


「これで(むくろ)の教団と水上都市メッシーナ帝国に大きな貸しができたね。やったじゃん」

「頭痛え……闘技大会前なのに馬鹿みたいな量の呪力を使っちまった。手を貸してくれ……」


 なんだかんだ言ってデンパ君は良い人だ。

 彼が(リウ)家の若頭にならなければ、九龍城砦の秩序を守る【碧血衛(へきけつえい)】は設立されなかった。それに、こうしてふざけ合えながらも競い合える友人は貴重な存在だ。


 彼には長生きして欲しい。

 等と考えていると、目を覚ましたら構成員の女の子がレンウィルとシルヴァルトに何かを伝えていた。

 二人は女の子の伝言に首を傾げて質問に答える。その後、レンウィルは僕の傍に近づいてきて「『イスカ・ディボロ・ハンドマン』という名の少女に心当たりがないか?」と尋ねてきた。


 僕は思いもよらぬ人物から少女の名前を聞かされた事に驚き、『どうしてイスカの名前を知っている!?』と大声で叫びながら、磁力操作でレンウィルを部屋の壁に叩きつけた。

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