表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第一部 第1章 青少年期 蒸気機関技師編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/276

13「朝の柔らかな誤解」


「変態さん、変態さん」

「僕はただの変態じゃない……変態紳士だ」


「アクセルさん、起きてください」

「……どうしたんですか、エイダさん。って、あれ?」


 エイダさんの声で目を覚ます。

 機械式腕時計に目をやると、針は朝の七時を指していた。随分と眠っていたらしい。


 僕は夢の中で、ロータスさんやナオミさん、女性型の蒸気機甲骸(スチームボット)たちに弄ばれるという夢を見ていた。

 随分と疲れがたまっているのかもしれない。


 膝枕から起き上がろうとして手を伸ばすと、何か柔らかいものに触れた。


 それは指が沈み込むほど、何ともいえない柔らかさで――まるで、何かの穴に手を吸い込まれるような。


「変態さん。貴方が性欲に飢えた狼だということは、よーく理解できました」

「ごめん、そういうつもりじゃなくて!」


 慌てて手を引き抜き、僕はベッドから飛び起きる。エイダさんの方を見ると、彼女は腕を組んで胸を隠しながら、恥じらいのこもった眼差しを向けていた。


「いくら命の恩人だからって、やっていいこととダメなことくらい分別をつけてください」

「ものすごく反省してます……」


 もちろん、わざとじゃない。たまたま手が変なところに行っただけだ。

 下着越しだったのが幸いだが、素肌だったら完全にアウトだっただろう。


 そんな僕を尻目に、エイダさんはベッドから立ち上がり、作業台に置かれた衣服を手に取り、着替え始めた。


「変態さん。首輪を外してくれて、ありがとうございます」

「気にしないでいいよ」


「それより……私が上の階層から来たことには興味がないんですか?」

「気にならないって言うと嘘になるかな」


 正直なところ、上階層のことは気になっていた。どうしてエイダさんがわざわざこの階層まで降りてきたのか――それに、ある人物の言葉が頭をよぎる。


『上の階層には絶対に行くな。絶望したくないなら、アンクルシティに居続けることだ』


 上階層で何が起きているのか、確かめる術はない。

 以前、僕と同じこの階層に住んでいた男がホバーバイクレースで優勝し、上階層に招かれたという話を聞いたことがあるが、それ以来その男は戻ってこなかった。


「変態さん?」

「……まあ、上階層のことは気になるよ」


 僕はエイダさんの名前を呼びながら、作業台のクランクを回す。棚が音を立てて回転し、必要なものが見えたところでロックをかけた。

 取り出したのは、色見本帳。


「エイダさん。この色を空と同じだと思える?」

「いいえ。空の色はもっと澄んだ青色のはずです。私の髪の色に近い感じで、黒い雲の向こうには太陽がありました」


 太陽……か。そんな言葉を耳にしたのは久しぶりだ。

 僕たちのいるアンクルシティは、この巨大な天井に覆われた階層だ。天井には住人たちのために設置された巨大な照明があり、それを頼りに朝か夜かを判断している。


「正解だよ。これは信号機の青緑色だ」

「常識ですよ、そんなこと」


 エイダさんはそう言いながら背中を向けてきた。どうやらコルセットの紐を引っ張ってほしいらしい。


「じゃあ、引っ張るよ」

「お願いします……ウッ!」


 紐を引くたびに驚きの声が漏れるが、気にせず引き締め続ける。

 その途中、ふと思い出した。


「そういえば、どうして僕を起こしたの?」

「あっ!  そうでした!  お客さんが来ているようなんです!」


 それ、早く言ってよ……。



◆◆◆



 一階に降りると、来客用の丸椅子に女性が座っていた。

 軍服姿の彼女は、カウンターに突っ伏しながら呼び鈴を鳴らしている。


「遅いわよ、アクセル。こんなに待たせるなんて信じられないんだけど」

「ああ、ロータスさん。昨日ぶりですね」


 彼女――ロータスは筒型の投影機を取り出し、ボタンを押した。

 ホログラムが投影され、赤ずきんのような少女の姿が映し出される。


「この子に見覚えはある?」

「……ただの女の子に見えますけど」


「そうね。見た目は普通。でも捜索対象になるってことは、何かあるはず」

「どうして僕に聞くんですか?」


「だって、この子、年齢の割に立派な胸をしてるでしょ。貴方なら放っておかないと思ったの」

「失礼なこと言わないでください。おっぱいはデカけりゃあいいってもんじゃないんです!」


 投影機のボタンを押してホログラムを消すと、僕はそれをロータスさんに返した。

 彼女は受け取ると同時に、深い溜め息を吐き出す。


 その背後に控えるのは、女性型の蒸気機甲骸(スチームボット)

 スチームボットはロータスさんに付き従いながら、同時に監視役も担っている。


 最近、ダストさんから聞いた話によると、『蒸気機甲骸のパーツが闇市場に横流しされているらしい。

 恐らくその対策として、彼女にも複数の機体が配備されたのだろう。


「ねえ、アクセル。私、転職しようかな」

「え?」


 突然の言葉に思わず顔を上げる。


 ロータスさんは桃色の髪を指先でいじりながら、ぽつりと呟いた。


「……私、この仕事向いてないのかも」


 彼女は肩を落とし、さらに弱音を吐き続ける。


「他の犯罪者は捕まえられるのに、どうして十五歳の青年には逃げられるのかしら。情けないわよね、私……」


 不貞腐れた様子で、カウンターに腕を置く彼女。仕事中だというのに、腰のポーチから携帯用酒瓶(スキットル)を取り出すと、口に運んで飲み始めた。


「仕事中に酒飲むとか、色々とダメな気がしますけど」

「いいのよ、別に。これくらい誰も気にしないわ」


 軽く肩をすくめる彼女の目は、少し赤くなっている。たぶん、昨日の疲れが抜けていないのだろう。


「でもさ、アクセル……」


 そう言いながら、彼女は再び携帯用酒瓶(スキットル)に口をつける。


「……犯罪者を捕まえるのって、どんどん虚しくなってくるのよ。たとえ捕まえたって、また新しい犯罪者が湧いてくるだけだし……」

「それはまあ、世の中ってそういうものですよね」


 ロータスさんは視線を机に落としながら、ぼそりと呟いた。


「転職したら、もっと平和な仕事ができるかな……」

「平和な仕事って、たとえば?」

「え、そうね……」


 彼女は考え込むように天井を見上げたあと、小さく笑った。


「アクセル、便利屋の助手とかどう?」

「……それ、平和な仕事って言います?」

「何よ!  便利屋ってけっこう平和そうじゃない?」


 僕は苦笑しながら彼女を見た。

 確かにロータスさんが便利屋をやる姿を想像すると、ちょっと面白そうではある。


 彼女の背後で待機しているスチームボットが静かに動き出した。

 その光る瞳がこちらを向いた瞬間、僕は何となく背筋が寒くなるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ