04「技巧工房ブラザーフッド」
レンウィルとシルヴァルトに「仕事と学校へ行ってくる。診療所に戻ってくるのは明日だから、それまでは診療所で待ってて」と言い残し、僕は一旦店に戻った。
「脳の構造と形状の変化かー」
もしかしてあれか?
ルミエルさんが屋敷の地下室か地下神殿で言っていた、『死の間際か今際の際』でしか能力が成長しないってヤツのことなのか?
イエローキャブを自動運転に切り替えた後、僕は最近の出来事を脳内で振り返る。
「確かに最近、死にそうな出来事が沢山あった気がする」
殺しの依頼は死にそうな出来事のうちには入らない。
僕の生命や精神を脅かす出来事と言えば、『デンパ君のジャブ』や『リベットのNTR事件』、『磁力操作を用いた弾丸の制止』や『ユズハ先生の甲冑の双腕』等々。よくよく考えてみれば、僕は何度も心身ともに死にかけていた。
店の車庫にキャブを停めた後、僕は店内に戻りながら他にも死にかけた事がないか思い出し続ける。
すると、エイダさんが慌てた様子を見せながら、「大変です、アクセル先輩! ウチのお店にブラック・ア○ド・ピーズがやって来ました!」と言い、興奮して抱きついてきた。
はしゃぎ回る彼女の肩を押さえた後、僕はカウンターの丸椅子に座った四人組に視線を送る。そこに居たのは、三番街の便利屋と謳われる【技巧工房ブラザーフッド】の皆さんの姿だった。
「ブラック……いや、ブラックなんとかは伝説のボーカルグループの名だ。店に来た奴らの中に髭を蓄えたデブが混ざってなかったか?」
来客用のカウンターにまで聞こえるような声量で伝えると、エイダさんの代わりに髭を蓄えたデブが「俺はデブじゃねえぞ!」と声を張り上げた。
僕は再びエイダに彼らの姿を見るよう促す。
エイダさんは首を傾げるや否や、カウンターの丸椅子に座る人物たちに視線を送り、『チッ』と舌打ちを鳴らして二階へと戻った。
ポンコツホムンクルスは随分と音楽に詳しいようだ。
ユキさんやソフィアさんといい、女優やアイドルに興味津々なご様子。
それから僕は髭を蓄えたデブを含めた【技巧工房ブラザーフッド】の皆さんの元へと近づき、カウンターの傍に置かれた丸椅子に飛び乗る。
「やあ、マクスウェルさん。おはよう」
「朝から押し掛けて申し訳ないな、ジャックオー」
僕が最初に声を掛けたのは、ブラザーフッドのオーナーを務めるマクスウェル・フッド・スレッジさん。
彼は三番街を掌握する筋骨隆々の黒人男性。年齢はロータスさんと同じぐらい。
左右の髪を刈り上げたドレッドロックスな髪型をツイストさせたのが特徴的で、手首の裏側には瘢痕文身と呼ばれるアートスティックな彫り物が描かれている。
「それはこっちの台詞です。だって僕が三番街に行く予定じゃないですか」
「お前には『メビウスの輪』を潰してもらった借りがある。こっちから出向くのがマナーってモンだ。それにあの件は身内の俺たちじゃあ出来なかった仕事だ」
「メビウスの輪? 今度の黒議会でも話すと思うけど、僕はなーんにも知らないよ?」
「とぼけても無駄だ。あの日、三番街のゲート付近でハート柄のトランクス姿のお前を見た目撃者が多数いる」
しまった。そういえばそんな事があった気がする。
確か三番街のゲートを通るためにパワードスーツを脱いだんだっけ?
「ま、まあ……あの日は三番街に行った気もしなくはないな……」
「どうでもいい。今回の黒議会について話し合いたい。この店は安全か?」
マクスウェルさんは背後に佇む部下たちに視線を送る。すると髭を蓄えた巨漢ジェイミー・フッド・ストーンが目を丸くして、「何でみんな俺を見るんですか?」と不思議がっていた。
ジェイミーさんの両腕には、マクスウェルさんと同様に瘢痕文身が描かれている。
彼の髪型はツーブロックと呼ばれる髪型に合わせて、襟足をポニーテールにしているという茶目っ気のあるおデブちゃんだ。
「ジェイミーさん。前に会った時よりもお腹が大きくなりましたね。もしかして妊娠したんですか?」
「馬鹿言ってんじゃねえぞ! 俺は生物学的にみても雄だ!」
ジェイミーはマクスウェルさんと違って白人だが、マクスウェルさんのことを大切な兄弟だと認識しているらしい。
技巧工房ブラザーフッドの人たちは皆、消えることのない瘢痕文身を体の何処かに入れている。それを基に呪力を練り上げ、呪術の術式を発動することができた。
「マクスウェルさん。この店は五番街で一番安全な場所です。でもどうしても気になるのなら、ジェイミーさんを入り口のドアに立たせて外を見張らせてください」
「分かった。そうさせてもらおう。ジェイミーお前は廊下で立ってろ」
「そんなのって、あんまりっですってボス! おいアクセル! 段ボールに入ってた携帯固形食料を幾らか貰ったからな!」
残念だったなジェイミーさん。
貴方が奪った携帯固形食料は、ネズミたちが食べている食料と同じものだ。
彼には悪いことをしてしまった。
新しい携帯固形食料が店に届いたら、ジェイミーさんに味見をしてもらおう。
ジェイミーさんは太ってるけど、技巧工房ブラザーフッドの中では二番目に強くて面白い人だ。
そしてとても頼り甲斐があって、年下の僕にも対等に接してくれる。
「じゃあ、マクスウェルさん。便利屋ハンドマン側で黒議会に参加するメンバーを紹介するから、そこで待っててね。それと飲み物は適当に飲んじゃってて構わないからね」
僕は両手を『パンッ』と鳴らした後、二階に居たエイダさんやビショップ、クラックヘッドを一階のカウンターに呼び寄せる。
三人に九龍城砦の黒議会に参加するよう促すと、エイダさんだけが血相を変えて「私も行かなきゃダメですか?」と返事をした。
「うん。黒議会は僕が認める最強の人物に護衛を任せるつもりなんだ」
「なるほど。ってことは……つまり私は最強の護衛ってことですか!?」
はしゃぎ回るポンコツホムンクルスを放置した後、僕はカウンターに肘を置いたマクスウェルさんに状況を説明する。
「あそこで叫んでいるのが、ポンコツホムンクルス美少女エイダ・ダルク・ハンドマン。そして隣に居る軍人の格好をしたのが――」
「私の名前はビショップだ。マクスウェル様、今回の黒議会は必ず貴方たちを守るとお誓い致します」
今回の黒議会にはビショップとエイダ、クラックヘッドを同行させると伝えた。
マクスウェルさんは、僕が魔導骸と蒸気機甲骸を掛け合わせた機甲骸を製作したのを噂で聞いたはず。
「そうか。お前らがジャックオーを守る部下なんだな?」
彼はビショップを一瞥するや否や掌印を組んで指先で瘢痕文身をなぞり、彼の胸へと押し当てた。
その直後、ビショップはマクスウェルさんの腕を掴んで、「私の体には呪術への対策処置が施されています」と悠然と答えた。
「流石だな。俺のパワーと呪術は全盛期劉峻宇のそれと同等か上回っているはずだったのにな」
「マクスウェルさん。劉峻宇は謎に包まれた存在です。デンパ……じゃなかった。劉峻強に何度か九龍城砦に招待されて貰っているけど、僕は一度も本物の峻宇に会ったことがない」
「それは俺も同じだ。気にしてもしょうがない。それより俺がここに来た訳を話させてくれ」
「そうでしたね。長話が過ぎました」
マクスウェルさんはビショップに申し訳なさそうに腕を叩いた後、再び丸椅子に座って胸ポケットから紙切れを取り出した。
紙切れには、壱番街という文字と、僕が潰したはずの錆びた歯車という反政府組織の名や、他の組織の名前が幾つも書かれている。
「嫌な予感がしますね。この紙に書かれた文字の意味は?」
「その嫌な予感は間違っていない。お前が潰した反政府組織は頭をすり替えて再稼働し始めた」
「……残念です」
「まあ、この腐った街じゃあ当然のことだがな。だが問題はそこじゃない」
「と言いますと?」
「来月に行われる黒議会に参加する便利屋の中で、お前ら便利屋ハンドマンを潰そうとしてくるヤツが現れるって情報を掴んだ」
正に寝耳に水? ってヤツだった。
有り難いのか、有り難くないのかはサッパリだ。
だけど聞いてしまったからには、相手がどんな人物なのか調べないと不味い。
「相手は?」
「壱番街で働く全ての便利屋だ。あの街に居る便利屋は小さい事務所から大きな事務所まで、反政府組織と完全に癒着している腐った便利屋の紛い物だ」
なるほど。そうきたか。
マクスウェルさんの話によると、壱番街で働く便利屋さんたちは、彼らのケツ持ちをしていた反政府組織を潰した僕に恨みを抱いているらしい。
もちろん、頭をすり替えて再度稼働し始めた反政府組織も僕に恨みを持っているとのこと。
確かに彼らに恨みを抱かれてもしょうがない。
僕は彼らの資金源である覚醒剤の製造工場や保管場所といった施設を、できる限り破壊しまくった。
もちろん、その行為が便利屋ハンドマンが行ったものではないという、痕跡も残さずにだ。
「そこでだ。俺たち技巧工房ブラザーフッドは便利屋ハンドマンと同盟を組みたい」
等と考えていると、マクスウェルさんが急に顔を綻ばせた。
「同盟ってどういう事ですか?」
「何度も俺に言わせるなジャックオー。俺にはお前に沢山の借りがある。お前が俺の妹たちを救ってくれたのは知ってるんだぞ?」
「あれ? 妹さんですか? 便利屋ハンドマンは僕とエイダさん、ボットだけで営業しているお店ですけど――」
「とぼけるな。アイツらを呼んできてくれ」
仕方ない。こんなつもりで会わせる予定じゃなかったけど、呼びに行くしかないか。と丸椅子から飛び降りようとした瞬間、尋常じゃない速度でケモ耳姉妹が一階に駆け降り、猛スピードでカウンターに備えられた丸椅子に飛び乗ってきた。
二人の名前は、アリソン・デン・スパルタとマーサ・デン・スパルタ。
彼女たちは元々、三番街にある亜人喫茶デンという便利屋で働いていた獣人族のケモ耳姉妹だ。
そして彼女たちには、血の繋がらない家族がたくさん居る。その内の一人がマクスウェル・フッド・スレッジさんだった。




