12「命と錬金術の狭間で」
両手を引き戻し、僕はエイダさんの瞳をじっど見つめた。彼女は困惑したような表情を浮かべ、溜め息をつくと手のひらを元の形に戻す。
「……キミの体を隅々まで調べたい」
「構いませんよ、どうすればいいですか?」
「単刀直入に言う。着ている服を全部脱いでほしい」
「本当に最低ですね。絶対に嫌です」
真剣な眼差しを送り続けていたつもりだが、返ってきたのは平手打ちだった。それも一発では済まず、二、三発は食らったと思う。
「誤解しないでほしい。僕はキミをバラバラにしたいだけなんだ」
「真っ裸にさせて体を隅々まで調べて、バラバラにするんですね。貴方は猟奇殺人犯ですか?」
「違う! そういう意味じゃない!」
「十分に誤解される言い回しですね。本当に何もしないって、約束できますか?」
エイダさんの真剣な瞳を見つめながら、僕は深く頷く。彼女は小さく肩をすくめると、諦めたように衣服を脱ぎ始めた。
ブラウスのボタンを1つずつ外し、革製のコルセットの紐を緩める。最後に水色の下着に手を掛けたところで、僕は慌てて声を上げた。
「なんで下着まで脱ぐんだよ!」
「あれ? 隅々まで調べあげるんですよね? その後、全身を輪切りにして部下に送りつけるんじゃ……」
「僕はマフィアじゃない!」
「いやらしい目つきで見ているから、そう言われるんですよ」
作業台の近くにあるベッドへ彼女を案内する。エイダさんがベッドの縁に座るのを確認してから、脱ぎ捨てられた衣服を拾い上げ、作業台に置いた。
作業台には、本が山積みになっている。
『錬金術とホムンクルス』『魔術と魔物』『蒸気機関技術の発展』――どれも古いが役に立ちそうだ。
「この本を?」
「キミの体を調べるために使う本だよ」
「……私、本当にホムンクルスなんですけど」
「知ってる。でも、ホムンクルスの基礎知識も載ってるから、参考になると思ってね」
エイダさんから本を受け取り、僕はページをめくり始めた。
「錬金術師が生み出したホムンクルスは、錬金術が代償なしで使えるはずだ」
「はい。それくらいなら子供でも知ってます」
彼女は肩をすくめ、深い溜め息を吐いた。
「それなら、試してほしいことがある」
「試すって?」
「この機関義手を再錬成してくれないか?」
僕はベッドに置かれた修理品の義手を差し出した。彼女は一瞬ためらったが、小さく頷くとそれを受け取った。
「対象を再錬成します」
光がエイダさんの手のひらから放たれ、目を開けていられないほどの輝きが作業台を照らす。
そして次の瞬間、義手は質量保存の法則を無視して新品同様、いや、おそらく上位規格のものに変わっていた。
「これでどうですか?」
「十分だな。ありがとう」
僕は彼女が再錬成した義手を作業台へ運び、ピンセットを取り出して指の隙間を調べる。問題なく動作するのを確認しながら、溜め息を吐いた。
「悔しいけど、やっぱりホムンクルスの錬金術はすごいな」
「でしょう? でも、貴方は褒める前に自分の変態的発言を反省するべきです」
「まあ、そうかもな……」
工具箱にピンセットを戻し、僕はエイダさんが座っていたベッドに飛び込む。すると、眠気がやってきた。
今日は色々な事があった。
アンクル青年団にレーションを届けたし、ロータスさんに追われて空路を走り回った。ダストさんから新たな殺人の依頼も任されたし、最後に爆乳少女の命も救えた。
こんなに忙しい日は久し振りだ。命の危険を感じるのは何年振りなんだろう。自分を褒めてあげたいな。
「ごめん、ちょっと疲れちゃったからさ。少しだけ横になるよ」
「そうですか。私に何かできることはありませんか?」
「じゃあ、その爆乳を少しだけ揉ませてほしいな」
「それは嫌です。でも、命を救われた恩もありますし、膝枕で良ければしてあげますよ」
膝枕かあ。それもありだよな。
横になりながら頭の片隅で「反政府組織の要人殺人依頼」のことを考え、遠慮なく彼女の膝に頭を乗せてみる。
彼女に抵抗されると思ったが、驚くことにすんなりと受け入れてくれた。
人間の女性と変わらぬような、柔らかくてハリのある滑らかな白い太もも。
寝返りするには十分な広さで、レザー調のソファで眠るよりも心地が良かった。




