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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第二部 第1章 青少年期 地獄の魔術学校編

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16「意地のぶつかり合い1」


『朝の六時三十分です。朝食を作りました。起きてくださいロータス様』


 私は彼が寄越した少女型魔導骸(アーカム)の呼び声で目を覚まし、ベッドから飛び起きる。彼女が作ってくれた朝食を食べ終えると、すぐにベッドの棚に置かれたホログラムの投影機を起動して、今日の予定を確認した。


「今日の予定は午後から美容院、その後は買い物、夕方からは明日まではアクセルとデートか」


 アクセルが便利屋ハンドマンに復帰してしまうまで残り一日。私は治安維持部隊の上級指揮官と本部長に頭を下げ、有給休暇を申請した。

 彼らはすんなりと私の有給休暇を受け入れてくれた。もしかしたら、私が結婚を控えた身である事を知っていたからなのかもしれない。

 

「何にせよ、この日だけはいつもと異なる自分で居なければならない。それに私には二人の恋敵(ライバル)がいる。このまま彼を陰から支えるだけじゃあ、私の存在が消えていくばかりだ」


 一方は若くて将来有望な医学生のリベット。もう一方は彼と同じ店で働く店長代理のエイダ。


 二人とも私よりも若くて、錬金術や魔術といった術式が使える特殊な人物だ。それに彼女たちには、私と違って『顔に火傷の痕』が無い。


「私が彼女たちに勝てるのは、年齢とアクセルに対する想いの強さだけだ。おっぱいこそ大きいけれどそれはただの外見でしかない。私は何の術式も使えないただの聖人族の人間だ。何をやったって彼女たちには勝てないだろう」


 私はクローゼットの中から勝負下着である黒いブラジャーとショーツに手を伸ばし、それぞれを身に付けていく。

 これではダメだ。これではダメだ。とクローゼットを漁り、ドレスや自慢の私服に着替えている内にお昼になった。午後の美容院の予約時間までは少しだけ時間がある。


「なんだか自信がなくなってきた。上手くいく気がしない」


 ベッドに腰を下ろし、私はクローゼットと一体化した姿見鏡に視線を送る。そこに居たのは、黒のセクシーランジェリーを身に付けた、自信を喪失した桃髪の女だった。

 女の顔の半分には火傷の痕が残っており、両手には最先端の化粧道具が握られている。彼女が買った最先端の化粧道具は、顔に翳すだけで火傷の痕を跡形もなく消すことができる優れものだった。


「でも、火傷の痕を消してアクセルに笑われたらどうしよう……」


 アイツなら絶対にからかってくるに違いない。

 私の顔を見て「今日は気合い入ってますね。プロポーズでもして婚約指輪でも欲しいんですか?」等や「そんなに厚化粧して、まさか今さらその年齢で夜のお店に転職するんですか?」等とふざけた事をぬかすだろう。


「なんだか腹が立ってきた。ヤツに会ったら腹パンをお見舞いしてやろう」


 等と呟きながら、私は持っていた最先端の化粧道具を床に叩きつけてぶっ壊した。

 化粧道具は金貨十枚もしたが、バカ笑いされるネタになるぐらいなら壊した方がマシだ。


 その後、私は勝負下着を着たまま、どこかの敏腕弁護士を彷彿とさせるスタイリッシュでスリーピースなパンツスーツに着替える。

 腕時計には派手過ぎない物を選び、大ぶりのイヤリングを両耳に着ける。それから女性らしさを引き立たせるためにネクタイは着けず、彼の視線が自然と行くよう胸元の谷間が見えるようボタンを幾つか外しておいた。


 谷間を強調したのは、仕事を頑張っている彼への御褒美だ。


 等と考えながら、私は腰に巻き付けた銃のホルダーに彼特製の自動拳銃を忍び込ませ、家から出ていった。

 私の家は壱番街の第壱図書館の近くにある。仕事が休みの日は、いつもそこで時間を潰していることが多い。アクセルの屋敷ができあがってからは、彼の屋敷で本を読むことが多くなった。


 壱番街は五番街とは違って安全と秩序が維持された平和な街だ。

 Z1400やED5000、空を飛び交うドローン型ボットや獣型ボットのお陰で常に治安の維持が保たれている。命を持たない彼らという存在が居なければ、今ごろ壱番街はテロの矛先になっていただろうし、医療機関や通信技術の発展なども遅れていたに違いない。


 一週間前に起こった【神の祈り子】による蒸気路面機関車の乗っ取り行為は最悪だった。

 アクセルが彼らの犯行を止めなければ、間違いなく列車は魔術学校に衝突していたはず。あれは私が知り得る限りの【最悪のテロ行為】と言っても過言ではない。


 そんなことを思いながら私は立ち止まる。視線の先にあったのは、ワルキューレが運営する壱番街でも有名なワルキューレ美容院だった。表には『ワルキューレ美容院』というネオンサインが掲げられている。

 美容院としての最低限の施設を兼ね備えた店内は、まるでタトゥースタジオを彷彿させるような雰囲気を漂わせている。


 受付カウンターには、両腕にビッシリとタトゥーを入れた女性が佇んでいて、私を見るや否や「貴女ってレズビアン?」と尋ねてきた。

 

「違うわ。私はストレートよ。予約したロータスだけど、ワルキューレは居るかしら?」

「こんにちは、ロータス様。ワルキューレさんなら奥でお待ちしております。どうぞ中にお入りください」


 腕にドラゴンタトゥーを入れた女がそう言うので、私は店内の奥へと進んでいく。すると部屋の奥から【Monster】という古い音楽が流れ始めた。


「ロータス。いらっしゃい。今日はデートって事だから、貴女の気持ちがアガるために好きな曲を流してあげるわよ」


 香が焚かれた薄暗い部屋の中央には、リクライニングチェアが置いてあり、そのすぐ傍には医療用のマスクで口を覆った裸エプロンのワルキューレが佇んでいる。


 私は思わずワルキューレにツッコミを入れた。

 

「お前、最近○utlastってゲームやっただろ?」

「いや、断じてやってない」


「ふーん。じゃあどうして壁際にビデオカメラなんて置いてあるんだ? それにどうしてそれっぽい医療器具を並べているんだ?」

「えっと……雰囲気ってやつ? この方が私のヤル気も出てくるし、調子も上がりそうだから」


 ワルキューレは法や規則を破り、流れに身を任せるタイプの人間だ。芸術的でクリエイティブな趣味がある人物と言っても過言ではない。

 そんな彼女が、「調子が上がるから」と言うのだから、私は任せることしか出来なかった。


「ねえロータス。ひとつ質問」

「火傷のこと?」


「うん。私のファンデーションと幻影黒魔術を組み合わせれば、こんな火傷の痕なんてすぐに隠せるわよ?」

「そっか」


「そっか……って、消したくないの? 今の医療技術なら火傷の痕なんてすぐに消せるだろうし、治癒魔術でも治せるわよ?」

「ふーん。別にいいわよ。私はこのままで構わない」


 私はこのままで構わない。この火傷の痕が消えてしまえば、私が私でなくなる気がした。

 この火傷の痕は私がアクセルと出会った日に出来た物だ。彼と私を繋ぎ止める物でもある。


 火傷の痕が消えたら、アクセルは私をどう思うんだろう。綺麗だとは思ってくれるだろうけど、捨てられるかもしれない。

 それをワルキューレに説明したところで、彼女に理解してもらえるとは思えない。事実、この事を話したバイオレットさえも理解してくれなかった。


「さてと。これでいいわね。シンプルにワンサイドヘアに仕上げてみたの。コテで巻いてアレンジも加えておいたわ。鏡を見てご覧なさい」


 私は指先で髪をなぞりながら、鏡の前に立った自分自身を覗き込む。

 鏡の中の彼女は、品のある表情と自信に満ちた目をしている。火傷の痕を隠すような形で髪は片側に美しくまとまっていた。


 鏡に写る彼女は自分自身と対話していた。自分自身の魅力を肯定したり、自信を深めるために鏡に向かって微笑んだり、頷いたりしている。


「ありがとう、ワルキューレ」

「礼は良いわよ。さっさと彼氏の種を貰って来なさい」


 余計なお世話だ……と言いたいところだが、今回はそのつもりだ。今日はアクセルの種を奪うために彼をデートに誘ったのだ。

 アクセルは今後も仕事が忙しくなっていくに違いない。そんな彼が女に構っている暇なんてあるはずがない。今日はそのために勝負下着を履いてきた。


 妊娠したか判別できる検査キットも用意してある。その場で分かる優れ物だ。とにかく何とかして彼のブツからブツを搾り取ろう――。

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