表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第二部 第1章 青少年期 地獄の魔術学校編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/276

15「いも虫組の副担任」


「……クセル。起きろアクセル」


 直垂(ひたたれ)を着た金髪の少女、ユズハによって肩を揺さぶられるアクセル。彼は屋敷に存在する地下室のソファの上で目を覚ました。

 周囲には幾つもの作業台が設置されており、台の上には分解された機甲手首(ハンズマン)の姿や蒸気機甲骸(スチームボット)、機関義手といった物が並べられてある。その中には中毒者(クラックヘッド)指導者(ビショップ)が蒸気路面機関車で回収した【Z555B型魔導ライフル】の姿もあった。


 アクセルは何度か頬を叩かれるが、意識が朦朧としていて状況が分かっていない。


(ここは地下室で間違いない……けど、どうして僕はここに居るんだ?)


「あれ……僕は確か地下神殿でセルケトさんと戦ってて、どうしてここにユズハ先生が居るんですか?」

「えっとな……手違いがあった。本当に申し訳ない」


 ユズハは般若の面を取り、素顔を晒してアクセルに頭を垂れる。彼女は事情を説明しながら謝り、自身が見誤ってアクセルを攻撃してしまったことを語り始めた。


 彼女が事情を話していくうちに、アクセルは段々と記憶を思い出していく。暗がりから突然現れた甲冑の巨椀を思い出すや否や、彼はソファから飛び跳ねて彼女と距離を取り、『深く揺らめけ(チルアウト)』と叫び声をあげる。


「それ以上、僕に近づいてみろ。たとえ相手が学校の先生だからって容赦しないからな!」

「余が確認もせず攻撃してしまったのが悪い。本当に申し訳なかった」


 ユズハはそう言って腰に差していた宝刀を引き抜き、両手を挙げながら敵意がないことを示して作業台に刀を置いた。


「え?」

「事情を説明させてくれ。余が地下神殿に転移したのは、【七度返りの宝刀に対する霊術の術式効果】によるものだ。お主を攻撃してしまったのは別の理由だがな……」


 アクセルは掌をそっと閉じて、磁力操作を解除する。

 

「霊術の一種ってどういう事ですか?」

「うむ。余はこの『宝刀を語った者』の元へと転移霊術で赴く術式を身に付けているのじゃ」


 ユズハは淡々と自身の術式を語るが、アクセルはそれがどれほど強力な術式であるのか理解できていた。


「もしかしてその術式って、地球の裏側でも飛んで行けるって事なんじゃないんですか?」

「よく理解できておるな。その通りじゃ。本当に申し訳ないと思っている」


「謝るのは待ってください。どうしてあの時のユズハ先生は、僕の話を聞いてくれなかったんですか?」

「……それはだな。お主を”カイレン”という男と勘違いしてしまったからだ」


 ユズハは反省し恥じ入る様子を見せながら、作業台と彼の間を行ったり来たりと動き回る。

 彼女は数時間前、魔術学校で学生に霊術を教えた後、自身が営む『般若の魔導具店』に居た。


「……いも虫組の副担任はツラい。アイツらは余の霊術を『筋トレ』に使っている筋肉バカだ。特にあの『プロテイン君』と『ガンギ君』は喋りもしないから意思の疎通が図れない……本当にツラい。教師がこんなに大変な仕事だとは思わなかった」


 等とユズハは愚痴を吐き続ける。それから少しした後、白髪を靡かせた龍人族の女が店を訪ねた。

 彼女の名前はルミエル。元魔導王でありながら、現在は魔導王に抗う勢力として(むくろ)の教団を立ち上げた人物である。

 

 ルミエルは店内を見渡すや否や、「本当に強力な呪具や霊具しか置いてないわね。こんなのばっかり置いてあるから、人が寄り付かないのよ」と言い、棚に置かれた霊具へと手を伸ばした。

 ユズハは腰に差していた七度返りの宝刀に掌を置き、神妙な眼差しで彼女を見つめる。


「ルミエル。言われた仕事はやっておる。今日は何の用だ?」

「世間話がしたくて寄ったの。ウチの教団ってアホな人間ばっかりだから、話してて疲れちゃうのよ」


「世間話だと? お主はそんなに暇をもて余している立場なのか?」

「まあ意外とね。ほら、壱番街で蒸気路面機関車が乗っ取られたって事件があったじゃない? あれについて貴女の意見が聞きたくて」


 ルミエルがそう訊ねると、ユズハは宝刀の柄頭に置いた掌を離した。その後、彼女は「蒸気機甲骸(スチームボット)に茶でも用意させよう」と言い、近くにあった客用の囲炉裏へとルミエルを案内する。

 彼女たちが囲炉裏に着くと同時に、ユズハに従えていた男性型蒸気機甲骸(スチームボット)が紅茶と緑茶を運んできた。

 

「ルミエル。お主がわざわざ穴蔵(あなぐら)に来てまで暇を潰すほど馬鹿な人間だとは思っていない。さっさと用件を話すがよい」

「察しが良いわね。さっきの機関車乗っ取り事件のことだけど、あれはウチの教団の【人格破綻者】がやったテロ行為よ」


 緑茶を口にしたばかりのユズハは、ルミエルの言葉に驚き思わず緑茶を口から吹き出す。


「呆れたものだな。(むくろ)の教団は山賊にでもなったのか?」

「馬鹿言わないでちょうだい。【人格破綻者の派閥】はちょっとだけ頭のネジが緩んだ者が多いだけなの。それに彼らがやったテロ行為にはちゃんとした意味があるわ」


 ルミエルはそう言うと、指先で空中に弧を描いて空間魔術を発動する。彼女は空間に出来た裂け目からスクロールを取り出し、ユズハにスクロールを差し出した。


「そのスクロールには、神の竹の子……じゃなかった。神の祈り子の構成員が収容された施設の『数十年前の見取り図』が載ってあるわ」


 ユズハはスクロールに魔力を注ぎ込み、粒子の地図として浮かび上がった地図に目を凝らす。その後、彼女はルミエルに対して「何が言いたい?」と訊ねた。


「魂の錬金術師レンウィル・アレイスターの部下は、どうやら”カイレン”について重要な情報を知り得たようなの。だけど彼女は現在、二番街の【九龍城砦】っていう要塞に囚われている。今日はそれを知らせたくて、ここに来たってワケよ」


 ルミエルがそう言うと、ユズハは囲炉裏の傍に置かれた茶菓子に手を伸ばした。

 思いがけない吉報に喜び、彼女は顔を綻ばせながら寒天ゼリーを包み込んだオブラートを器用に剥がしていく。


「九龍城砦に囚われているということは、【リウ・ジュンユ】が管轄している城砦内の収容所に居るのか?」

「その通りよ。あの老呪術師が作った九龍城砦は、私や貴女の転移術式でも突破できない術式が多重に施されている。それにリウ・ジュンユがどんな姿をしているのかも、私ですら知らないのよ。『神の祈り子』が頑張ったところで、潜り込めるとは思えないわ」


 ルミエルは彼女が持っていた寒天ゼリーを奪い取り、口の中に放り込む。それでもユズハは彼女の煽りには乗らなかった。


「お主の挑発に乗るほど余は愚かではない。九龍城砦は要害堅固そのものだ。余が行かずとも、そのレンウィルとやらが部下を救出するのではないか?」

「さあ、それはどうかしら。聞くところによると、来月に九龍城砦で行われる【黒議会】とやらでは、『奴隷売買』が開催されるらしいの」


「何が言いたいのだ?」

「ユズハ。私に言わせるつもりなの? 貴女が知りたい情報を持っている生娘は今もシャブ漬けになっていて、日を追う毎に”カイレンについての情報を忘れていっている”可能性がある。ああ、別に奴隷制度に反対している訳じゃあないわよ?」


「申し訳ないが余は奴隷制度に反対だ。人は皆平等であるべきだ」

「あら意外。初めて貴女と意見が食い違った。でもユズハ。ここは私たちが居たような生温い世界じゃないわ。感情を持つガイノイドや凶悪な怨霊、タチの悪い女神や頭を吹っ飛ばされても死なない人間が居る世界なの。誰かが指揮を取ってあげなきゃいけない時代なんだ。そんな馬鹿げた正義感なんか持つから、貴女はカイレンに敵わないのよ」


 ユズハの怒りは、ルミエルの『馬鹿げた正義感』という言葉に反応して体を支配する。

 彼女はレンウィルの部下に対して何の借りもない。しかしカイレンの居所や情報を持っている以上、九龍城砦に乗り込まざるを得なかった。


 ユズハは持っていた茶碗を壁に投げつけ、カイレンやルミエルに対して酷く腹を立たせながらも「よかろう。丁度『いも虫組』という筋肉バカに囲まれて暇をもて余していたところじゃ」と言い放つ。

 彼女は怒り心頭のまま店を飛び出したが、その直後に七度返りの宝刀による霊術転移が起こった。


「……アクセル。本当に申し訳ない」

「ユズハ先生、ちょっと待ってください。カイレンっていう人物がどんな人なのかは全く理解できませんでしたが、先生が言う【黒議会】には僕も参加する予定ですよ?」


「なんじゃと!? それはまことか!?」

「はい。だって僕は五番街を纏める便利屋ハンドマンのオーナーですし、数ヵ月前に三番街で起こった事件のことについて証言しないといけない立場ですから」


 ユズハはモジモジと体を揺らしながら、アクセルの傍にそっと近づく。

 直垂(ひたたれ)で覆われた胸元を少しだけ晒した彼女は、時代錯誤な上目遣いを披露して「今生の願いだ。余も着いていって構わないか?」と尋ね、誰がどう見ても不自然なウィンクをアクセルに送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ