14「圧倒的な力の差」
明くる朝、アクセルは密かに地下神殿へと出向いていた。
地下神殿には高く聳える尖塔や頭部を失った像などが配置されており、七つの機甲骸と死霊や魔物による戦闘の痕跡がみられた。
暗がりの中でも碑文や石彫刻、岩肌がハッキリと見える明るさの場所には、巨大な滝が延々と流れ落ちており、アクセルはその上から飛び降りるような形で地下神殿へと舞い戻った。
「やあ、王黒蠍セルケト。今日は七つの機甲骸じゃなくて僕が相手だ。後天性個性の試し台になってもらうよ――」
彼はそう言った後、地下神殿の巣窟に存在する中でも巨大な体格を誇る化け物へと接近していく。
相手は王黒蠍セルケト。ルミエルが信頼する死霊の部下であり、決して死ぬことのない生命体である。彼女の体には巨大な鋏が四つあり、そのどれもが魔導骸や蒸気機甲骸の体を易々と切断できるほど鋭いモノであった。
アクセルはその事実を知りながらも、水深が下がった地下神殿を駆け抜け、セルケトの見通しがきかない死角へと回り続ける。
「【掻き乱せ】」
アドレナリンを体内で操作しながら、走る速度を加速させた瞬間、彼は掌をセルケトの四肢に向けて広げるや否や【掻き乱せ】と叫んだ。彼の言葉が地下神殿に行き渡る直後、セルケトの四肢に【磁力】が生まれ、アクセルの掌に引き寄せられていく。その後、強力な磁力操作によって王黒蠍は体勢を崩した。
体勢を崩したセルケトに対して、アクセルは追撃を行う。
彼が地面に両手を着けた瞬間、体勢を崩したセルケトの足場に柱が生み出され、彼女の体を宙に押し上げた。
「【深く揺らめけ】」
彼がそう叫ぶと、巨大な王黒蠍の体の一部に強力な磁力が宿った。体勢を崩して宙に浮いた巨大な王黒蠍は、彼との間にできた狭間の空間によって弾き出された。そして彼があらかじめ触れておいた壁に吸い寄せられていき、壁に残った『残留磁化』によって、セルケトは壁から離れる事ができなくなった。
アクセルは、この【磁力操作】による効果を『斥力』と『引力』だと認識している。
「悪いね、王黒蠍セルケト。今回も僕の勝ちみたいだ」
「そのようじゃな。たったの数ヶ月だというのに、後天性個性をここまで昇華させたのはお主が初めてだ。これなら地上に居る四足型魔導骸とも互角に戦えるだろう」
アクセルは磁力操作の能力を解除した後、セルケトの鋏を伝って彼女の背に乗る。その後、彼はジャックオー師匠がどうしているのかを、セルケトに訊ねた。
「セルケトさん。修行に付き合ってくれてありがとうございます。ルミエルさんとは連絡を取っているんですよね? 師匠は元気にしていますか?」
「まあな。今は彼氏ができて幸せそうにしているようじゃぞ」
「はあ……彼氏ですが……それは少し残念です」
「お主はあの女子の弟子なのだろ? 師匠の幸せは弟子の幸せじゃあないのか?」
彼は悲しみのあまり少しだけ猫背になって、王黒蠍の頭をペンペシと叩き続ける。
「確かにジャックオー師匠の幸せは僕の幸せですけど……」
「それなら問題ないじゃろが。あの女子は【衝動保持者の派閥】で二ヶ月間も下級管理者のままなのじゃぞ?」
「それって凄いことなんですか?」
「下級とはいえど、管理者は才のある人物にしか任せられない役職じゃ。それに衝動保持者の派間は特殊な人間が多いからな」
王黒蠍セルケトは平然を装いながらも、イザベラが成した偉業の数々を淡々と述べる。
【衝動保持者の派閥】は聖術や魔術を極めるために作られた派閥である。派閥の性質上、衝動保持者は殺人の衝動に駆られた人物が多く集まる傾向があり、下級管理者は上級管理者に比べて身内から命を狙われる立場にあった。
そんな立場にありながら、イザベラは現在も下級管理者を続けている。それは本人の力だけではない。イザベラを支えるロベルト・シュタイン・トレーガーという存在があったからだ。
アクセルはその事実を知り、イザベラが幸せな人生を送っていることに安堵する。しかし命を狙われる立場に置かれているのは納得できなかった。
(身内から命を狙われる立場か。僕なら絶対にそんな役職には就きたくないな。ロベルトさんってどんな人なんだろう。悪い人じゃないといいな)
「そのロベルトって人はどんな人なんですか?」
「お主とよく似ておる変態じゃ。イザベラとロベルトは既に肉体関係を――」
王黒蠍セルケトがイザベラのプライベートを語ろうとした瞬間、アクセルは頭を抱えながら喚き散らかす。
彼にとってイザベラのプライベートを知ることは、これまでのジャックオー・イザベラ・ハンドマンという完璧な存在を消し去ることになり得なかったからだ。
「セルケトさん。師匠の話を聞いた僕が悪かった。何か他の話をしてくれ」
「そ、そうか。じゃあ、例の”カイレン”という男について話してやろうかの……」
それから王黒蠍セルケトは、頭にアクセルを乗せながら地下神殿内を進み続ける。その道中、彼女はアクセルが気になる”カイレン”という男について語り始めた。
「お主が列車内で遭遇したレンウィルという男は、骸の教団に所属する【人格破綻者】のメンバーで間違いない。貴奴は”カイレン”という異世界転生者によって後天性個性を無理矢理与えられた被害者だ」
「【人格破綻者の派閥】ってあれだろ? 先天性個性と後天性個性の力を伸ばすことに力を入れた集団じゃなかったけか?」
「その通りじゃ。ルミエルは今の魔導王を倒すために五つの派閥を作った。その内の一つが人格破綻者の派閥じゃ」
「それと”カイレン”って男がどう関係するんだよ」
アクセルが王黒蠍の話を急かすと、彼女は「これだから馬鹿と話をするのは困るのじゃ」と言い、その場で立ち止まった。
「結論から言ってやろう。カイレンという男は魔導王イヴによって異世界転移された、『転生の境界者』と呼ばれる存在じゃ。奴が持つ【七度返りの宝刀】は呪具と呼ばれる道具で、斬った相手に個性を与えることができる」
「ちょっと待ってくれ。魔導王ってそんなにポンポンと別の世界から超人を転移させる事ができるのか?」
王黒蠍の頭から飛び降りたアクセル。彼は思いもよらないことに、驚きあきれて開いた口が塞がらなかった。
彼女はアクセルに合わせていた視線を遠くに向けて、「カイレンの事について続きが聞きたいのなら、あの女に訊ねるといい」と言い残し、その場を去っていった。
アクセルは王黒蠍セルケトが見ていた方向に視線を送る。そこに居たのは、藍色の直垂に甲冑を装備して般若の面を被ったユズハ・クラシキの姿だった。
彼は見覚えのある般若の面であることから、相手がユズハ先生であると察して近づいていく。
「こんにちは、ユズハ先生」
「…………」
(何がこんにちは……だよ。僕は本当に馬鹿だな)
彼はその場で立ち止まり、ユズハが地下神殿に居ることや武器を構えていること、錬金術と霊術を組み合わせた【臨界操術・甲冑の双腕】の術式を発動した理由を考える。
(ユズハ先生は『転生の境界者』に所属する教団の一員だ。それにセルケトさんの話によると、カイレンの事についても何か知っている可能性がある。いや、もしかしたらカイレンという男と深く関わりのある人物なのかも知れない――)
等と考えていると、アクセルから見て暗がりの右方向から、甲冑を身に付けた巨大な腕が迫ってきた。
彼は何の躊躇いもなく『幸運を祈れ』と叫び、迫り来る巨大な腕に対して両の掌を向ける。
その後、アクセルはレンウィルとの戦いで掴んだ【磁力操作】を用いて、巨大な甲冑の腕の間に狭間を捕えきれない空間を作り上げるが、圧倒的な力に押し負けて石の壁へと吹き飛ばされた。




