13「曲芸女団ブギーマン」
『五日前に起きた壱番街でのテロ事件ですが、現場に遭遇した記者の○○さん。便利屋ハンドマンのアクセルは、身を挺して乗客を守ったと言うのですか?』
車庫にテレビの放送の続きが流れようとした瞬間、アクセルは近くに居た機甲手首に向けて、テレビのチャンネルを変えるよう指示を送る。
整備用のクリーパーを用いて、彼はイエローキャブの下に潜り込んでいた。アクセルは部下が破壊したキャブを屋敷へ運び、車庫で修理を行っていた。
「流石に元通りって訳にはいかないな。どうせならイエローキャブも魔導骸の部品を組み込むべきなのだろうか……」
彼がそう呟くと、何者かが彼の乗るクリーパーを引っ張った。彼は咄嗟に『深く揺らめけ』と呟きながら、掌を何者かへと向ける。掌を介して展開した後天性個性【磁力操作】は、アクセルの掌と対象の狭間に捕えきれない磁力の空間を作り上げた。
アクセルは指の隙間から相手の顔を覗き込む。そこに居たのは、彼の瞳をジト目で見つめるリベット・ミラー・チェイスであった。
「やあ……リベット。今日はどうしたの?」
「今日は診療所が休診日だから、アクセルくんの様子を見に行こうと思って屋敷に来てみたの……」
五日前に起こった【神の祈り子】による蒸気路面機関車乗っ取り事件以降、アクセルは事件に関与した重要参考人である立場ということから、屋敷で待機するようダスト軍のアルカナ特殊部隊に命じられていた。
その五日間、リベットとロータスは彼に休む暇を与える事もなく、交互にアクセルの屋敷に訪れていた。
「屋敷に遊びに来てくれるのは嬉しいけど、僕は屋敷から出られないよ?」
「別に良いよ。私はアクセルくんと一緒に居られれば何処だって構わないから」
アクセルとリベットの狭間には、捕らえきれない磁力による狭間の空間が出来上がっている。
彼女がアクセルに能力を解除するよう頼むと、彼は『掻き乱せ』と呟き、掌をリベットの手のひらへと向けた。その直後、リベットの手のひらが彼の掌に吸い寄せられた。
「これでオッケー?」
「う、うん。何だかアクセルくんって少し雰囲気変わったね」
「そうかな? 自分じゃ分かんないわ」
「そういう喋り方だよ。前はもっと丁寧な喋り方をしてたと思う。やっぱり私のことが原因?」
「うーん。別にリベットのことが原因では無いと思うけど。まあやる事が色々あって余裕がなくなってきてるからだと思う。気分を悪くさせて悪かったね」
「いや、全然悪くないよ。むしろ私は今の大人びたアクセルくんの方が好きかな」
リベットがそう答えると、アクセルは彼女の手のひらを強く握り返した。その後、彼は「少しドライブでもしないか?」と彼女に訊ねる。
「それってドライブデート?」
「うん、デートってヤツだな。ちょっと五番街のスラムに顔を出そうと思ってね」
「え。でも軍の人には自宅で待機するよう言われてるんでしょ?」
「あれはダストのとっつぁんが『僕が仕事を休める』ように仕組んだ建前みたいなもんだよ」
アクセルの言う通りである。アンクルシティの独裁者でありながら彼のパトロンであるダスト・アンクルは、壱番街で起きたテロを最小限の被害に留めた彼に対して、間接的にでも何かを与えようとしていた。
その結果、ダスト・アンクルが思い付いたのは、便利屋ハンドマンのオーナーであるアクセル・ダルク・ハンドマンに対して一週間の間、五番街から出入りすることを禁ずる処分を下した。結果的にアクセルは一週間の間、魔術学校に通うことが出来なくなった。もちろん店に出入りする事も禁じられている。
「まあ、僕的には五番街から出られなくても仕事はできるけど。今は少しだけ休みたいかな」
「やっとなんだね。それでスラムの何処に行くの? 私はアクセルくんよりもスラムに詳しいよ?」
イエローキャブに乗り込んだ二人は、五番街に存在するスラム街へと車を走らせた。
アクセルの屋敷はスラム街からそこまで遠くない。それから十数ほど経つと、二人はスラム街に存在する、『曲芸女団ブギーマン』という組織が構えるスラムの一画に車を停めた。近くにはカラフルな塗装が施された貨物車やストライプ柄の大テント、大型トレーラーが存在している。
「アクセルくん。スラムに用があるって言ってたけど、用ってまさか……」
「ここで働くミナト座長っていう人物に話があるんだ。ちょっとだけ仕事の話をするだけだから心配しないで」
アクセルがそう言うと、リベットは頬を膨らませて「これって結局デートじゃないじゃん。普通はデート中は仕事はしないんだよ?」と言い、車から降りようとしなかった。しかしアクセルが彼女の手のひらを握って、「ごめん。仕事の話はすぐに終わるし、話が終われば面白いものが見れるからさ」と言うと、リベットはロータスの言葉を思い出して、深く息を吸い込んだ。
「分かった。アクセルくんの仕事の邪魔はしない。見てるだけから着いていってもいい?」
「着いていくって……話し合いの場に?」
「うん。一人で車の中で待つのも嫌だし。アクセルくんの力になりたいから」
「うーんと……まあ、見てるだけなら構わないよ」
彼がそう答えると、リベットは思わず目が点になった。彼女はアクセルが同行を許可するとは思っていなかったからだ。
車から降りたリベットは、相手がスラムに住む人物であるがために護身用の手袋を学生服から取り出す。手袋には魔術と錬金術の陣が描かれており、手の甲には魔術や錬金術の力を増幅させる錬成鉱石や魔石などが嵌め込まれていた。
獲物を狩る獅子の如く身を屈めるリベット。そんなリベットの様子を見たアクセルは、「おい。ヤンデレライオン。ここはサバンナじゃあないからな」と警告する。
「馬鹿な真似はよせよ。相手は僕のお客様だからな」
「私はケモ耳だけどヤンデレライオンじゃないもん!」
「いや、十分な程にヤンデレライオンだ。お前は僕を嫉妬させる為に女学生に男装を強要させた純度100%のヤンデレライオンだ。屋敷に戻ったら、またあの格好をさせるからな」
「……酷い。ケモ耳娘にも人権があるのに。あんな格好をさせられるなんて……」
アクセルはリベットと屋敷に居る間、彼女にスラムに居た頃と似た服を着させていた。それはもちろん、彼女の羞恥心を煽る為である。
その上、彼はリベットに対してスクラップや廃材などで、造花を作るよう強要させていた。
サーカス小屋の幕を潜り抜けると、二人は目の前の光景に息を呑んだ。
そこに居たのは光る衣装を着たピエロやダンサー集団、召喚術で召喚した生物を操る調教師たちの姿だった。彼らは観客の拍手や大音量で流れる音楽に合わせて芸を披露しており、子供たちは皆、手に綿菓子を持って彼らが披露する演技やダンスに見入っていた。
「ぼーっとするなよ、リベット。デートは仕事が終わってからだ」
目の前の光景に心をわくわくさせるリベットに対して、アクセルは顔を綻ばせながらそう告げる。その後、彼は大テントの中に居た目的の人物に視線を送り、人の居ない所で話をしようと目配せを送った。
それからアクセルとその人物、リベットは大型トレーラーの中に入り、仕事の話を始める。
「やあ、ミナトさん」
「こんにちは、アクセル。早速だけど仕事の話をしようか」
大型トレーラーの後部座席に作られた広い生活スペースでくつろぐ、アクセルと同年代の少女。彼女の名前は、ミナト・ブギーマン。彼女はジャックオー・イザベラ・ハンドマンが才能を見抜いた最後の人物であった。
アクセルはそのことをイザベラから直々に告げられ、ミナト・ブギーマンという人物の才能を自分の目で見抜くことが、『ジャックオー師匠の人の才能を見抜く才能』に繋がるのではないかと思っている。
(ミナトさんは言わば、師匠が残してくれた最後の試練だ。この少女の才能を見抜けなければ、僕はジャックオー師匠に並ぶ事さえできない。これまでの『ジャックオー』という存在が作った枠組みを越えた行動をしなければ、師匠の名を汚す事になる)
彼は持っていた契約書を広げるや否や、ミナト・ブギーマンにサインを求める。
契約書には『便利屋ハンドマンは【曲芸女団ブギーマン】に対して全面的に資金を提供する』という文言が綴られている。しかし文言の最後には追記事項が書かれていた。
「『反政府組織との取引の禁止』か。これはイザベラさんとの契約には無かった契約内容だな」
「僕が追加しておいた。ブギーマンの前に居た【アンクル青年団】が反政府組織の構成員に成り下がった時、何者かが彼らを襲撃したそうなんだ」
「なるほど。何者かがな。アクセルは私たちを馬鹿にしているのか?」
「馬鹿になんかしてないよ。僕が馬鹿にするのは反政府組織だけだ。奴らは白い粉をガキに流しているクソどもだからね」
「いいや。この文言だと、まるで私たちが反政府組織と関わりを持とうとしている風に思えるじゃあないか」
「捉え方によってはそう思えなくはないかもね」
アクセルがそう答えると、ミナトが机を叩いて怒りを露にする。その直後にトレーラー内に静寂が訪れた。彼とミナトは互いのプライドを懸けて睨み合っている。
サーカス団の座長という立場である以上、ミナトは便利屋ハンドマンからの出資を絶ち切る訳にはいかない。しかし【曲芸女団ブギーマン】が人々に認知されていくに連れて、反政府組織に属する人物と親密な関係になることは必然であった。
睨み合う両者だったが、先に折れたのはブギーマンだった。
「頼むアクセル。私たちはアンクルシティで一番有名なサーカス団になりたいんだ」
「知ってるよ。それは僕も応援している。だけど反政府組織との癒着だけは勘弁してくれ」
「分かった。そういった組織と所縁のある座員に対して、減給措置を取ろう。これで手を打たせてくれ。ダメか?」
「ダメだ。それじゃあ他の座員に対して不公平だ。見せしめにならない」
塞ぎ込むミナト・ブギーマン。それに対してアクセルは冷酷なまでに淡々と仕事の話を続ける。
この様なアクセルの姿を初めて目にしたリベットは、彼の言葉の一つ一つに強烈な魅力を感じて陶酔していた。
「今、ブギーマンは急成長している真っ最中だ。ここで腕の立つ座員が減るのは痛手どころじゃあない。興業で得た収入の10%を便利屋ハンドマンに差し出す。これで手を打ってもらえないか?」
「10%だと? それで僕が首を縦に振るとでも思うのか?」
アクセルは防護マスクに指を置いた後、後ろを振り返る。そこには恍惚とした表情を浮かべるリベットの姿があった。
それからすぐにミナトが、「15%いや、20%だ。これが払える限界だよ」と呟く。
しかしアクセルは態度を豹変し、「僕はお金なんて要らない。ミナトさんとの友情を確かめたくて、今日は会いに来ただけなんだ」と言い、彼女の要求を断って握手を求めた。
「本当に条件は何も変わらないままでいいのか?」
「うん。これからも便利屋ハンドマンは、曲芸女団ブギーマンに対して全面的な資金援助を続ける。ブギーマンは今が大変な時期だろうからね」
「本当にありがとう。どうやってお礼をすれば良いのか――」
「ミナトさんはジャックオー師匠と僕が認めた存在だ。ちゃんと有名になってくれればそれで構わないよ」
大型トレーラーの後部座席から出た三人は、改めて自己紹介を行う。
「この人は僕の彼女、リベット・ミラー・チェイスだ。僕の誕生日で会ったとは思うけど、直接話をするのは初めてだよね?」
「初めまして、ミナト・ブギーマンさん。リベットです。診療所トゥエルブで働いているので、怪我をしたらウチに来てくださいね」
「私はミナト・ブギーマンだ。貴女の話はアクセルから聞いている。彼の脳の一部を壊したそうだね?」
ミナトがそう言うと、リベットがアクセルの方を振り向いて睨み付けた。
「ねえアクセルくん。私の噂って何処まで広がってるの?」
「さあね。何処の街でも【百獣の王】って呼ばれているようだぞ」
「あの無敵なアクセルにも【寝取られ】に弱いという弱点があったなんて驚きだな」
その後、アクセルとリベットはミナトに案内してもらい、曲芸女団ブギーマンが繰り広げるサーカスを堪能した。




