11「禁断の触れ合い」
エイダさんと僕、二人でポットから噴き出す蒸気に驚き、思わず声を上げた。
「いやー、久しぶりにこんなにソワソワしたよ」
僕はへたり込んだ体を起こし、再びカウンターの丸椅子に腰を下ろす。彼女も安堵の表情を浮かべつつ、恐る恐る拘束具に手を伸ばそうとしていた。
「ダメ、それには触らないで」
「は、はい……えっと」
エイダさんは目を泳がせながら依頼料の件を口にした。
「依頼料、ですよね?」
「あっ、そうです!」
彼女の言葉にようやく思い出す。僕は慌てて腰ポーチから依頼書を取り出し、彼女の拘束具をひょいと掴むと、トロフィーが詰め込まれた棚に放り込んだ。
「今回の依頼料は、金貨一枚ね」
「えっ、高くないですか!?」
思わず声を上げるエイダさん。けれど、僕も譲るつもりはない。
「危険手当込みで妥当な額だよ。それに、キミは五番街の住人じゃないし、さっきの拘束具だって普通の案件じゃなかったからね」
「でも私、今は銀貨二枚しか……」
二万円か。依頼料との差額は約十万円。
どう考えても一括払いは無理そうだな。
「じゃあ、分割払いでいいよ。その代わり、仕事をいくつか斡旋してあげる」
「本当ですか? ありがとうございます!」
エイダさんは何度も頭を下げた後、ちらりとカウンターの端に掲示された「従業員募集」の紙に目を留める。そして――
「あの……よければここで働かせてもらえませんか?」
◆◆◆
彼女は胸元のボタンを1つ1つ留めながら、真剣な表情で言った。
「家事でも雑用でも、荷物運びでもなんでもやります!」
必死な様子で頭を下げる彼女を見て、少し迷いが生じる。だが、ジャックオー師匠が不在の今、安易に判断を下すべきではない。
「確かに、従業員は欲しいけど……」
「ホムンクルスには任せられない、ってことですか?」
エイダさんは肩を落としてしょんぼりしている。彼女の事情がまだ完全には掴めていない以上、即答できないのが正直なところだった。
「そんなにがっかりしなくてもいいよ。ジャックオー師匠に相談してみる」
「ありがとうございます!」
ぱっと顔を明るくするエイダさん。思わず、彼女が悪魔を信じていることを忘れてしまいそうになるほど、天使のような笑顔だった。
その後、紅茶を淹れて彼女に手渡しつつ、二階の作業スペースへと案内する。道中、彼女が何度も礼を言い、胸を揺らして――いや、胸を張って誇らしげにお辞儀をしてくるせいで、こちらの視線の置き場に困る場面が多々あった。
ようやく二階に到着し、作業台の横にある椅子に彼女を座らせる。
「まずは1つだけ確認したいんだけど、キミ、本当にホムンクルスなの?」
「はい! 変態さんに嘘をつくつもりはありません!」
相変わらずの「変態さん」呼びに溜め息をつきながら、僕は回転式荷物棚からホムンクルスに関する資料を取り出した。
「手を出してみてくれる?」
「どちらの手ですか?」
「左手で」
彼女が差し出した白く細い手。僕は彼女の指先を軽く押し込むと、機械仕掛けの音がして彼女の手のひらが関節機構を残して広がった。
「これは……本物だな」
ホムンクルスとは、生命と機械が融合した存在。錬金術師によって生み出された、いわば生物兵器。人間とは異なる構造に、技術者としての僕の心が躍る。
「失礼なことを言うけど、怒らないで聞いてほしい」
「発言次第ですけど、どうぞ」
僕は慎重に指を動かし、彼女の左腕をそっと触れる。そして、自然な流れで胸元に手を伸ばすと――。
「何をするんですか!?」
「いや、ホムンクルスの素材が知りたくて」
「それ、ただのセクハラですよね!?」
エイダさんは顔を真っ赤にして僕を睨むが、僕は構わず手を下乳に添える。そして、指先で軽く押し返してみた。
「やっぱり……本物だな」
「何が、ですか?」
ラテックスの感触ではない、確かに人間の肌に近い弾力と温かみ。ホムンクルスが単なる機械ではなく、生きている存在であることを改めて実感する。
「キミはまさに、人類が追い求めた理想の女性像だ」
「はい、そういう目的で作られましたから」
「そういう目的って……」
僕は生唾を飲み込む。彼女の穏やかな口調に対し、心臓の鼓動が嫌でも早くなっていくのを感じた。




