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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第二部 第1章 青少年期 地獄の魔術学校編

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05「近代装備」


 その日の夜、僕はスチームパンクな異世界に転生して初めて枕を涙で濡らした。

 

 それは正午の事だった。僕はジェイソン君と過ごす昼食を断ってリベットに会いに行こうと、食堂のある別の校舎へと向かった。理由は彼女の学生生活がどんな物なのか気になったからだ。


 学校の敷地内を歩きながら、僕は首輪と化したパンプキンに手を添えて「音声認識。起動しろ『パンプキン』」と呟く。すると首輪と化したパンプキンは機械的な動きを見せて展開して、体を伝って腕の上を転がり手のひらの上で止まった。


 首輪から機械の球体に変化したパンプキンは、「こんにちはアクセル様。何か御用ですか?」と訊ねている。


「僕はコレからリベットが居る医学部の学生食堂に忍び込むつもりだ」

「医学部の学生食堂へ向かうには、専用のIDカードの入手や学生に紛れ込む必要があります。何か手があるのですか?」


「無いよ。だからキミを頼ったんだ。忍び込む方法は無いかい?」

「誰にも見られずに校舎へ侵入する方法ですね。装置に残された記録を基に侵入する方法を確認するので、少々お待ち下さい」


 手のひらの上で転がっていた機械の球体は、勢いを増して高速回転していき空中に浮き始めた。その後、パンプキンは人体に影響がある様な赤い放射線を周囲に放出するや否や、「校舎への安全なルートを見つけました」と答えて、再び手のひらに着地した。


「嘘だろ……今のレーザーで学校内の様子を把握できたって言うのか?」

「はい、アクセル様。この魔術学校には先代のジャックオー様が潜入した痕跡があります。アームウォーマーと同期する事で地図をホログラフィック化できますが、どうなさいますか?」


 パンプキンはそう言って、僕が身に付けたアームウォーマーと同期する事を願っている。

 彼女の言う通りにすれば、学校内の地図が丸分かりになるのかもしれない。しかしパンプキンはジャックオー師匠が去ったあの夜、初対面であるのに僕が心血を注いで作った『機甲手首(ハンズマン)』と同期したい、と申した不気味な人工知能だ。


 迷うところだが、嫌だとは言っていられない。

 ここはパンプキンを信じてみよう。

 

「お前はジャックオー師匠が残した遺物だ。信用してやるよ」

「そう仰っていただけると幸いです」


 パンプキンは球体の体からプラグ付きのコードを現すと、左腕に装備していたアームウォーマーに接続した。

 その直後、僕のアームウォーマーに変化が起こった。


 パンプキンがアームウォーマーにプラグを接続した瞬間から、アームウォーマーがメタリックなオレンジ色に変色したのだ。

 色だけなら許せたのだが、変化はそれだけではなかった。


 僕が装備していたアームウォーマーは、災厄の魔術師が使っていた完璧な曲線を描いた『別の機械』へと姿を変えた。

 彼女の説明によると、僕のアームウォーマーは魔導具と機械を組み合わせた『ガントレット』という装備へとアップグレードされたらしい。


「ガントレットなんて必要ないよ。僕が欲しいのは便利な機械だ」

「ガントレットは便利な機械です。従来のアームウォーマーの機能も備わっていますし、『七つの機甲骸(セブンス・ボット)』に細かい指示を送る事も可能でしょう」

  

 パンプキンに「どうして【七つの機甲骸(セブンス・ボット)】を知っているのか?」と訊ねようとしたが、彼女がアームウォーマーと同期した事で理解したのだと思い、僕は口をつぐむ。

 

七つの機甲骸(セブンス・ボット)】は名前を付けた機甲手首(ハンズマン)の為に作った肉体だ。パワードスーツとしての機能も備えてあるので、搭乗する事も可能な戦闘用の機甲骸(ボット)でもある。

 

 僕はエイダさんやリベット、ロータスさんや店の従業員、ダストのとっつぁんに隠れて、密かに七体の新たな機甲骸(ボット)を生み出した。

 彼らは地下神殿で巨大なサソリや大蛇、般若の面を被った魔物やガルムと戦い、戦闘データを収集している真っ最中だ。


「パンプキン。七つの機甲骸(セブンス・ボット)の事は口外するなよ」

「承知しています、アクセル様」

 

 僕が溜め息をついてそう言うと、彼女は注意を促す様な赤いランプを輝かせて、「アクセル様。ガントレットの手の甲にある大きなボタンを押し込んで下さい」と言ってきた。


 僕は彼女の言葉を無視して物陰に隠れる。

 するとパンプキンは再び腕を伝って、首輪に変化して首に巻き付いてきた。


「ガントレットって武器なんだろ。押せって言われて誰が押すかよ」

「アクセル様、隠れる必要は御座いません。ガントレットに備えられた光学迷彩(ステルス)機能を使えば、数分間は誰からも視認できない存在になれます」


「光学迷彩って……それって冗談だろ?」

「学生たちが接近しています。私の言葉を信じて下さい」


 このまま医学部の学生に醜態を晒してしまえば、リベットにまで迷惑を掛けてしまう。それにロータスさん曰く、『医学科や看護科に通う女学生は気が強い女が多い』とのこと。


 僕は嫌々ながらもガントレットの甲に備えられた、悪魔的な笑みを浮かべたカボチャ型のボタンを押す。

 

 それから間も無く、僕の前を女学生の集団が横切った。

 彼女たちは高そうなブランド品を見せ合いながら、「羨ましいでしょ。誕生日に色んなパパから買ってもらったんだ」と言い合っている。


 僕の事が見えていないらしい。


 残念な事に女学生の言う通りだ。

 パパ活は思っているほど楽な物ではない。


 僕が『化学物質を操る個性』という武器を持っている様に、彼女たちも容姿や愛嬌、気遣いやコミュニケーションといった近代武器を用いて、パパという存在たちと奮闘していたのだ。


「なあ、パンプキン。本当に見えてないんだな」

「アクセル様。光学迷彩(ステルス)機能は先代のジャックオー様も依頼で多用していた暗殺用の機能です。侮ってはいけませんよ」


「ああ、そういう事か。師匠はこれがあったからどんな依頼でも軽装備で済んでたのか」

「貴方は『ジャックオーの名』を受け継ぐ存在です。貴方がお望みであれば、すぐにでも私が機甲手首(ハンズマン)の代わりに防護マスクとして機能しますが?」


 首輪と化したパンプキンがそう言ってきたが、僕は丁重にお断りした。

 ガントレットや光学迷彩といった便利な機械や機能を与えてくれたのは有り難いが、ジャックオー師匠が被っていた防護マスクを被る気にはなれなかった。


「僕がジャックオー師匠を『師匠』と呼び続ける限り、僕はお前を被るつもりはないよ。それに僕には機甲手首(ハンズマン)で組み合わせた防護マスクがあるからね」


 その後、僕は光学迷彩(ステルス)機能を最大限に活かしながら、アドレナリンを体内に駆け巡らせて校内を進んでいく。


 ロザリオ嬢の依頼の一件で訪れた事があるので、食堂の位置や女子寮の位置、リベットが通るであろう廊下の大体の位置は把握できていた。


「あ……リベット……」


 それから少しした後、僕は目の前の光景に脳を破壊される。


 女学生の集団の後ろに、ケモ耳美少女が居た。

 彼女は汚れがない笑顔を浮かべている。彼女の隣には、白衣を着た男子学生が歩いていた。


 二人は恋人の様に手を繋いで肩を寄せ合っている。


 彼女の名前はリベット・ミラー・チェイス。

 男の方は知らない。初めて見る顔だ。僕よりも容姿が良くて、高身長だったのが思いの外ダメージが大きかった。

 

 リベットの年齢は今年で8歳。獣人族の年齢で換算すると、18歳であるらしい。これはエイダさんとアリソンさんから知った情報だ。

 身長は180センチ弱ある。僕よりも10センチ以上高い女性だ。

 以前は痩せ細った体をしていたが、今では僕よりも体重が重い。本人はこの事を酷く気にしているとのこと。

 

 マスクを着けていない彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。

 それだけは今も変わらなかった。


 リベットはどんな状況においても前向きな考え方を持つ。

 人を信用しすぎる性格が少しだけ不安に感じてしまうほどにだ。

 それも変わってないと思いたい。


「アクセル様。心拍数が200を超えています。心が強いストレスを受けているようです」

「自分の体の事は自分が一番理解しているよ。用事ができたから帰るぞ――」


 所詮、僕は裏稼業人でしかない。なのに中途半端な人間だ。

 僕はベネディクトさんの様な『最強の漢』でもなければ、師匠の様な『カボチャ頭のジャックオー』と畏怖される存在でもない。


 ただの『最速の男』だ。

 五番街を代表する『便利屋ハンドマンのアクセル』でもなければ、『蒸気機関技師アクセル』でもない。

 僕の下半身事情を知る一部の女性陣からは、別の意味で最速であると揶揄されている。


 人より少しだけ足が早くて化学物質が自由に操れる人間。

 それが僕という存在だ。

 魔族や亜人族、錬金術師や魔物という存在がいる中で、僕の能力なんて陳腐な力でしかなった。

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