03「青春の香り」
プライドの権化であるファルスに先導してもらい、僕は四年という月日を共に過ごすクラスに顔を出す。
教室の扉にある窓ガラスから顔を覗かせると、その部屋には十数人のむさ苦しい男子学生が居て、彼らは何らかの授業を受けている最中だった。教師を務めていたのは勿論、体格の良いオカマであるソドムとゴモラを彷彿とさせるイカツイ顔をしたオッサンである。
学生の年齢は10歳から45歳までとみた。オッサンの顔ぶれが多いところを見ると、平均年齢は約30代後半であるに違いない。
後ろの黒板には、『暴力万歳』『本当に究極のアイドルは誰なんだ?』『治安維持部隊24時の放送は――』といった意味の分からない文字がチョークで綴られている。
それにしても女学生が少ない気がする。ただの勘違いか?
教室内に居るアイパーリーゼントをかけた集団から視線を逸らした後、もしやと思いファルスに問い掛ける。
「なあ、ファルス先生……もしかしたら僕と先生はタイムスリップしたのかもしれない」
「心配しなくても良いよ、アクセルくん。この異世界では二度とそんな事なんて起きないから」
「じゃあ、ひとつだけ言わせてくれ。このクラスって妙に男臭くないか?」
「気のせいだよ。青春の香りってヤツじゃない?」
「青春の香りって普通、もっと爽やかな匂いがするはずだろ。なのにこのクラスからは、消臭剤と制汗剤、ポマードとコロンの匂いしかしないんだけど――」
「大丈夫だよ。それがキミの青春の香りになるし、四年も過ごす内に忘れられなくなるから」
「最後にひとつだけ答えてくれ。このクラスに女学生は居るのか?」
「壱番街は多様性に配慮した街だよ。ちん○んが付いてようと付いてまいと、女性は女性だよ」
そう言ってファルスが教室の扉を開けようとしたので、僕は咄嗟に彼の腕を鷲掴みにした。
こんなに男臭くてむさ苦しい教室に入るなんて真っ平ごめんだ。僕が望んだ異世界学園ライフはハーレムでちょっとだけスローライフであって、隣の席に頭のネジがブッ飛んだ女の子が居ればいいだけだ。
別に大したワガママを言っているワケじゃあない。
スチームパンクな異世界に身を投じて早16年。6歳から人殺しの依頼を始めて殺伐とした境遇の中で生きてきたのだから、ちょっとだけでも安らぐ空間に身を置きたいだけだ。
それに今は『便利屋ハンドマン』のオーナー兼店長でもある。
ただでさえ人手が足りなくて困っている時なのに、少ない時間を割いてまでムサ苦しい男の中で魔術の勉強をするなんて御免被る。
等と考え事に集中したせいなのか、プライドの権化であるファルスに力負けして教室の扉が開いた。僕は体勢を崩して教室に飛び込む。すると僕は学生たちから注目を浴びた。
地獄絵図と化した教室に突如静寂が訪れる。
僕は恥ずかしさのあまり、顔を上げられずにいた。
それを知ってか知らずか、一人のオッサン学生が僕の傍に駆け寄り手を差し伸べてきた。
「起きなよ、お嬢さん。怪我はないかい?」
「えっと、ジェイソン君。僕はお嬢さんじゃあないぞ」
魔術学校の学生服を着たオッサン学生は僕の身なりを見ても、僕の事を女の子だと勘違いしているようだ。
彼の身長は、およそ200センチ強。体重は120キロ弱と見て良いだろう。
見事な体格をしていてアイスホッケーのマスクを被っているので、僕は咄嗟に彼をジェイソン君と呼んだ。
ジェイソン君は僕の黄色いコートに付いたホコリを叩きながら、「お嬢さんが新しい転入生のアクセル君だね?」と訊ねている。
訂正する。彼は僕の事を『アクセル』だと知っておきながら、『お嬢さん』だと言ったようだ。
彼の質問に小さく頷くと、ジェイソン君は再び質問を投げ掛けてきた。
「これから私はアクセル君に重要な質問をする。嘘偽りなく答えてくれると有り難い」
「構わないよ。どうせ『どんな女がタイプなのか』を訊いてくるんだろ?」
僕がそう答えると、ジェイソン君は肩を力強く掴んで「そんな腑抜けた質問じゃあない」と叫び、鋭い眼光を向けてきた。
彼のただならぬ雰囲気に教室が静まり返る。阿鼻叫喚としていた教室内に、ジェイソン君の「アクセル君は『キノコとタケノコ』どっち派なんだい?」と言う声が響き渡った。
僕は本能的に「キノコだ。キノコしかあり得ない」と小さく呟き、続いて『キノコ』を選んだ理由を延々と熱く語り続ける。
タケノコ派が行った蛮行は決して見逃せないモノばかりだ。
21世紀初頭。『タケノコ派を名乗る謎の人物』がインターネットのとある掲示板に、洋菓子の画像をアップロードした。
画像に写っていたのは当時大流行していた、『キノコ神』という洋菓子の頭部と胴体が分断された姿だった。
タケノコ派の信徒がキノコ派の信徒に宣戦布告してきたのだ。
この異世界にも同じ洋菓子が売られている。
一説によると、あの蛮行は『キノコ神派の信徒による自作自演』とも噂されているが、その詳細は異世界に転生して16年が過ぎたというのに何も分からないままだ。
僕はジェイソン君の潤んだ瞳をじっと見つめて、そっと肩を叩いてあげる。
ポケットから女性の涙を拭う為のハンカチを取り出すと、僕は「泣くなよジェイソン君。僕らはキノコ神を崇める選ばれた信徒だ。僕らは血の繋がらない兄弟なんだよ」と呟いた。
「こんなに熱心なキノコ神の信徒を見るのは初めてだ」
「そうなんだな。さぞ寂しい思いをしてきたんだね」
「アクセル君。私のお願いを聞いて欲しい。キミの事を『義兄さん』と呼んでも良いかな?」
「ああ大きな義理の弟よ。幾らでも僕の事を義兄さんと呼んでも構わないよ!」
ジェイソン君は僕の体を軽々と持ち上げて肩車をする。
彼の整髪料の匂いが鼻先を掠めたが、僕はグッと堪えた。
こうして僕にアイスホッケーマスクを被った血の繋がらない弟ができた。
彼は身長が200センチ強ある死霊族のオッサン学生だ。こう見えてもクラスの学級委員長の役目を任されるほど、人望のある人物であるらしい。
当然の事だが、ジェイソン君と兄弟の間柄になった所で『突如脳内に身に覚えのない記憶が宿る』といったイベントが訪れたワケではない。
ちなみに僕はタケノコ派でもキノコ派でもない。どちらかと言えば、最後までチョコがたっぷりと入ったお菓子が好きなタイプだ。
この事がジェイソン君にバレれば一悶着起こるだろうが、その時はその時だ。お金さえ払ってくれればドッチにだって靡いてやる。




