閑話「桃色の想い」
アンクルシティの治安維持部隊長、ロータス・キャンベルの話をしよう。
桃色の長髪を背中まで伸ばし、ボンテージ風の特殊軍服に身を包んだ彼女は、部下のZ1400型蒸気機甲骸を従え、数多の危険な任務を遂行してきた。
数年前、反政府組織『錆びた歯車』の幹部が動くという情報を掴んだロータスは、ダム施設での潜入作戦を命じられた。情報の提供者はスクラップギアの内通者であり、その信憑性は高かった。
「Z1400、周囲を警戒して。私は内部に潜入する」
「了解シマシタ、ロータス様」
ダム施設の冷えた空気の中、ロータスは慎重に足を進める。照明の乏しい施設内では、油と鉄の匂いが漂い、不穏な気配が四方に満ちていた。
Z1400は彼女の指示通り柱の陰に隠れ、バックアップに徹している。
ロータスは腰のホルスターから蒸気機関銃を抜き、無線機を手に取った。
「こちらロータス。『スクラップギア』の幹部と複数名の護衛を目視確認。
即座に応援を要請する」
「了解。応援部隊を派遣するが、到着まで数十分を要する。それまで単独行動は避けろ」
「了解――」
無線を終えた直後、後方から金属が弾けるような銃声が響く。
反射的に振り返ったロータスの目に飛び込んできたのは、大柄な男が鉄パイプでZ1400を破壊する光景だった。
Z1400は一撃で行動不能に陥り、床に沈んだ。
(銃声は一つだけ……一体どうやって、Z1400を瞬時に破壊したの?)
息を殺しながら、ロータスは冷静に状況を分析する。しかし、次の瞬間、頭に鈍い衝撃が走った。背後から何者かに殴打され、視界が暗転していく――。
◆◆◆
目を覚ますと、ロータスはダム施設の屋上にいた。腕と足を縛られ、身体は鈍い痛みに包まれている。視線の先には、反政府組織の幹部たちが不敵な笑みを浮かべており彼女を見下ろしていた。
その中には、女性幹部の冷ややかな眼差しがあった。
「正義感に満ちたお嬢様兵士がこんな所に何の用? 一人で何をしようっての?」
女幹部は嗤いながら錬成水の入った瓶を取り出すと、ロータスの身体に勢いよく振りかけた。
「くっ――」
錬成水が触れた部分が焼け爛れ、皮膚がスーツに癒着していく。ロータスの頬にも飛び散った錬成水は、火傷を負わせながら皮膚を変色させていく。
「これは特製の錬成水。燃料に使う液体だけど、人間には少し刺激が強いみたいね」
ロータスの苦痛に歪む顔を見て、女幹部は足元の彼女を蹴り上げた。
「お前みたいな正義のヒロインは一生嫁に行けないわね」
だが、次の瞬間、女幹部の蹴りは虚空を切り裂き、ロータスではなく謎の少年に当たった。
「貴方、誰なの……?」
少年はサイバーパンク調のオーバーコートに身を包み、淡々とした表情で地面に立っていた。
その身長は140センチ程度、年齢は10代前半。だが、彼の発する冷ややかな気配に、幹部たちは無意識に武器を握り締めた。
「大丈夫ですか?」
少年はロータスに声をかけると、腰から小瓶を取り出し、その中身を彼女の火傷にかけた。
錬成水とは異なる特性を持つ液体は、瞬く間にロータスの身体の傷を癒していく。だが、顔に残った火傷だけは完全に治らなかった。
「貴方……何者なの?」
力なく横たわりながらも、ロータスは少年を見上げる。
「僕はアクセル。五番街のこの辺りで便利屋をやってます」
アクセルは静かに名乗り、幹部たちの方を振り向いた。
「さて、スクラップギアのクソ野郎ども。僕が誰か、分かるよな?」
その一言に、幹部たちは次々に武器を下ろし始めた。少年の名が持つ威圧感が、全員の逃げ腰を引き出していく。
「彼を相手にすれば、掌握者まで出てくることになるわね……」
女幹部の指示で、幹部たちは次々にその場を去り、ダム施設の屋上には静寂が戻った。
アクセルはコートを脱ぎ、ロータスの胸元を隠す。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
「どうして私を助けたの……?」
ロータスの問いに、アクセルはどこか面倒臭そうに肩をすくめた。
「たまたまです。このダム施設の魔物退治を依頼されてね。その途中で出くわしただけですよ」
「偶然……それだけ?」
ロータスは疑いの眼差しを向ける。
「助けられる命は助ける。それが僕の主義なんです」
アクセルはそう言って、ケツポケットから名刺を取り出す。そこには手書きで「便利屋ハンドマン」と書かれていた。
「何かあったら、ここに依頼してください。迷い猫の捜索から下水施設に巣食う魔物の退治、レンタル彼氏や人殺しまで……どんな腐った仕事でも話は聞きますから――」
遠くで赤青灯がちらつき始める。治安維持部隊の到着を察したアクセルは、ロータスに軽く手を振り、その場を後にした。




