閑話「骸の教団1-1」
ある女の話をする。その女は性転換手術を経て男性から女性へと生まれ変わった。
その女の名前は『イザベラ・ハンドマン』という名だ。
後に彼女は自身の師匠であるジャックオー・ハンドマンから『ジャックオー』という名を受け継ぎ、彼女はアンクルシティの五番街の一画にある便利屋ハンドマンという店で活躍する。
しかしこれから語る物語は、彼女がジャックオー・ハンドマンの名をアクセル・ダルク・ハンドマンに授けて、元魔導王であるルミエルが抱える骸の教団に入団した後の物語だ。
イザベラはアクセルに向けて手を振り、ルミエルが待つ車に向かう。
浮遊型蒸気自動車の運転席に座るメイドに会釈をした後、イザベラは後部座席に乗り込んだ。
その後、彼女は視線を横に向けて、隣に座っていた白髪の幼女に、「ルミエル師匠、遅れてしまって申し訳ありません」と言った。
「イザベラさん。その『師匠呼び』ってどうにかなりませんか?」
「なりません。ルミエル師匠は私が目指すべき至高の存在ですからね」
「仕方ないですね。弟子をとるつもりはありませんが、その呼び方だけは許してあげます」
「感謝致します」
イザベラは車内で頭を垂れた後、白髪の幼女が差し伸べた手のひらの甲を掴んで唇をつける。
それから少しした後、運転席に居たメイドの操作によって浮遊型蒸気自動車が走り始めた。
暫くすると、運転手を務めるメイドが口を開いた。
メイドの名は、ソール・オルリア・オルロット。アンクルシティでは『ナオミ』という偽名を使用している。彼女はイザベラに向けて、「後天性個性の調子はどうですか?」と訊ねた。
「はい、ソールさん。『触れた相手の心を読み解く後天性個性』の事ですよね。順調に成長しています」
「それは良かったです。貴女の個性はいずれ、現在の魔導王の軍勢に大きな打撃を与えるモノに昇華するでしょう。努力を怠らぬよう精進しなさい」
ソールがそう言うと、イザベラは「現在の魔導王はどんな方なんでしょうか」と、ソール・オルリア・オルロットに訊ねた。
彼女がソールとルミエルに魔導王の事を訊ねたのは、初めての事だった。
イザベラは地上に存在する聖大陸と魔大陸の各地を転移魔術を駆使して移動していたが、ルミエルと一緒に行動していたその数ヵ月の間、魔導王に触れる会話を出来る限り避け続けていた。
理由はルミエルが『自身が元魔導王である事』と『魔導王の立場を追われた身である』と申したからだ。
身の縮む思いをしながらも、イザベラはルームミラー越しに運転席に座るソールをじっと見つめる。
すると彼女の代わりに、隣にいた白髪の幼女が口を開いた。
「イザベラ。ソールを困らせないでちょうだい。初代イヴの話なら私がしてあげるわよ」
「すみませんでした。師匠に御迷惑をかけてはダメだと思ったので、姉弟子であるソールさんなら答えてくれると思って……」
イザベラがそう言うと、白髪の幼女は溜め息をつきながら「ソールは貴女の姉弟子じゃあないわ。それより、家に着くまで彼女の話をしてあげるから黙ってなさい」と言って、初代イヴと自身の意識が同一の肉体に存在していた頃の事を語り始めた。
それから数十分が経った後、ソールが運転する浮遊型蒸気浮遊自動車は、タワーブリッジを彷彿とさせる建築様式の建物が並ぶ『アイランド』と呼ばれる区画内に入った。
高層集合住宅内の駐車場に車を停め、イザベラを含めた三人は集まってきた使用人型の魔導骸たちに、イザベラの荷物を運ばせる。
ルミエルがイザベラの荷物を使用人型魔導骸に運ばせていたのは、『骸の教団』のある地上の教団施設でイザベラを生活させるためだ。
白髪の幼女はイザベラの隣を歩きながら、「どの派閥に所属するのか決まった?」と彼女に訊ねる。
イザベラはその場で立ち止まって指先で空中に弧を描き、元魔導王の加護を利用して、覚えたての『空間魔術』を発動する。
彼女は空間にできた小さな亀裂に手を入れて、小さなメモ帳を取り出した。
ルミエルはイザベラの学習の速さを見て、「やっぱり貴女は『衝動保持者の派閥』に所属した方が良いわ」と褒め称える。
しかしイザベラは、ルミエルの申し出を断った。
「ルミエル師匠。私はこの世界の住人です」
「そうね。貴方は純粋な世界人よ。それに立派な後天性個性も発現してる。貴方はどんな道を選んでも活躍できる存在になれるわ」
ルミエルがそう言うと、イザベラはメモ帳を開いて視線を落とした。
メモには骸の教団の派閥についての情報が記述されている。
教団内には、五つの派閥が存在していた。
ひとつ目の派閥は『人格破綻者』と呼ばれる個性の能力に長けた者が集まる派閥。
ルミエルに協力すると約束した者たちが多く、先天性個性や後天性個性の力を伸ばす事に力をいれた集団だ。
二つ目の派閥は『衝動保持者』と呼ばれる聖術、魔術の能力に長けた者が集まる派閥。
彼らは魔大陸と聖大陸から集められた殺人の衝動に駆られた存在たちだ。
三つ目の派閥は『臨界の到達者』と呼ばれる、錬金術に長けた者が集まる派閥。
この派閥は『この世界に生まれた純粋な世界人』で構成されており、後に説明する『転生の境界者』との仲が良好ではない。
四つ目の派閥は『浮世の異端者』と呼ばれる霊術、呪術といったモノに長けた術式を発動できる者たちが集まる派閥。
霊術師や呪詛師といった、世捨て人と呼ばれる少数派な存在が集められている。
五つ目は『転生の境界者』と呼ばれる異世界転生、異世界転生人が集まる、ならず者たちで構成された派閥。
初代イヴによって異世界に転移、転生されたのはいいが、彼女の描く未来構想や思想といったモノが理解できず、結果的にルミエルに拾われる形として今はルミエル側に着いている。
イザベラはメモ帳を閉じた後、ルミエルに向けて「やっぱり私は『臨界の到達者』に所属します」と言い放つ。
するとルミエルは笑みを溢して歩き始めた。
「ルミエル師匠。ガッカリさせて申し訳ありません」
「ガッカリなんかしてないよ。私は最初から全部分かってたから。それに私もイザベラには『臨界の到達者』の方が似合ってると思ったからね」
「そう言って頂けると幸いです。でも、どうして、危険な人物まで仲間に?」
「骸の教団っていうのは、いわばリーグ・オ○・レジェンドとアベン○ジャーズ、プレ○デターVSエイ○リアンをひとつ容器に入れてミキサーにかけたようなモノなの。相手が初代イヴっていう『クソチート野郎』だから、こっちは嫌でも変人を仲間にしなきゃいけなかったの」
ルミエルは溜め息をつきながらも自分達の部屋に入り、イザベラや彼女の荷を運ぶ魔導骸を部屋に招き入れる。
その後、彼女は部屋の中心にイザベラを立たせながら続けて言った。
「私が集めた危険な五つの派閥は、『五人の優秀な部下』に管理させているわ。だから安心して自分が目指す存在になってちょうだい」
「では、私が所属する『臨界の到達者』にもルミエルさんの部下が?」
「その通りよ。『臨界の到達者』の派閥にはサンジェロマン伯爵っていう美少女受肉オジサンが居るの」
「美少女受肉オジサンですか。なんだか気が合いそうですね」
未だ見ぬ骸の教団に心をわくわくとさせるイザベラに呆れ返りながらも、ルミエルは「そうね。臨界の到達者に限らず、骸の教団の団員の頭は皆ハッピーセットで出来ているから仕方がないわ」と小さく呟き、続けて「空間転移魔術の準備が出来たわ。転移酔いの薬は飲んでるだろうけど、紙袋の準備はしておきなさい」と言い放つ。
肉体を魔力の粒子に変化させて空間を移動する『空間転移魔術』は、肉体を再粒子化する際に激しい吐き気を催す事がある。
ルミエルのような痛覚を感じない魔導骸の体で出来た人物なら起きない症状だが、イザベラのような普通の人間には当然のように起こった。
白髪の幼女その場で手のひらを合わせて掌印を組み、部屋の天井と床に描かれていた空間転移魔術の魔術陣に魔力を注ぎ込む。するとイザベラとルミエルの体は魔力の粒子と化して、数秒後には地上にある『骸の教団』の施設内に存在する転移先の部屋へと再粒子化した。