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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第6章 青少年期 雇われ店長 完結編

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06「祝いごと」


 巨大なサソリや大蛇、ゴーレムや般若の面を被った人型の魔物の攻撃を掻い潜ると、僕は無事にルミエルさんに蹴落とされた場所へと辿り着いた。


 そのまま僕がジェットボードの錬成エネルギーの放出を最大限にさせて、白髪の幼女が佇む高所へと登り詰めると、「まだ魔物が残っています。それに朝の六時までは時間がありますよ」とルミエルが言ってきた。


「ガルムが生きてた事やサソリがお前の部下だった事とか気になるけど、あえて聞かない事にしてやるし今日はここまでにしておくよ」

「あれだけ乗り気だったのに辞めてしまうなんて、何か他に急な用事でもできたんですか?」


「別に乗り気って訳じゃあないよ。それに二人の彼女がキレてるようだから止めに行くのさ」

「アクセル様。彼女たちには地下神殿の事は内緒にしてくださいね」


 地下神殿の事を悠然と話す幼女に向けて、「それぐらい分かってるよ。こんな魔物の巣窟に案内するほど僕は邪悪な人間じゃあないからな」と呟き、僕はルミエルさんに案内されるがままに通路を進んでいく。

 着た時と同じ階段を登って帰ると思ったのだが、違ったようだ。

 ルミエルさんと一緒に地下神殿の周りにできた道を歩いていくと、鉱山で使われていそうな錆びれたエレベーターの前に到着した。


 彼女は「このエレベーターは、ダムの管理事務所に繋がっています。私は地上に戻らないので、貴方だけ戻って下さい」と言い、続けて「家族を蔑ろにしてはいけません。個性を伸ばすのも必要なことですが、貴方には自分の人生を生きる権利があります」と言ってきた。


「幼女にしては随分と達観した発言だな」

「これでも私は貴方より二千歳も年上ですからね。家族は何よりも優先にする主義ですから」


「そんなに長生きしてるんだな。てっきり長くても数百年程度だと思ってたよ」

「言ってませんでしたっけ? 私は魔大陸を支配していた元魔導王なんです」


 冗談か何かを言ってるのだと思い、僕は白髪の幼女の額を指で小突く。息が詰まる雰囲気が漂うなか、何度か「それってただの冗談だろ?」「ただの幼女が魔導王なはずがねえよ」と呟いたのだが、目の前にいた白髪の幼女は何かを懐かしむ様子を見せながら、僕をじっと見つめ続けた。


 僕は彼女に案内されるがままにエレベーターに乗り込み、そのまま地上へと向かう。

 無事にダムの管理事務所へ到着したのだが、ルミエルさんが元魔導王である事が忘れられなくて心が騒いだ。


 僕はダムの上を歩きながらアンクルシティの絶景を眺める。


「元魔導王か。何があったのかは分からないけど、元魔導王って事は引退したか地位を奪われたって事だよな。いや、魔導王を倒したいって言っていたから、今の魔導王に魔導王の座を奪われたって事か。ルミエルさんに直接聞いても話してくれないだろうし、エイダさんなら何か知ってるかもな」


 それから僕は持っていた変形機構式機械鞄をグラビティシールドに変化させ、地下神殿で行っていたように機械鞄にジェットボードの役割を担わせる。

 ジェットボードに乗りながら屋敷へ戻る道中、僕は頭のなかで色んな事を考えた。


 ロータスさんやリベットが怒っている事はもちろんの事だが、それ以外の事だ。

 便利屋ハンドマンの店長としての務めやルミエルさんの期待に応える事、一ヶ月後には通わなければならない魔術学校の件やアンクルシティが抱える多くの問題の事だ。


 その内の半分は僕の努力次第で何とかなるモノだが、アンクルシティが抱える煤煙や汚水、スラムやテロといった問題は、僕の力だけでは解決できない。


 等と考えていると、僕はいつの間にか屋敷の前に居た。山積みな問題を抱えながらも、それらから目をそらして屋敷の玄関の扉を開けた途端、銃声の様な音が複数回鳴った。


 僕は咄嗟に『幸運を祈れ(グッドラック)』と呟いて脳からアドレナリンを放出する。

 視線を周囲に向けて危険がないか確かめてみたが、何も問題はなかった。


 僕の目の前に居たのは、クラッカーを弾き飛ばしたロータスさんやリベット、エイダさんやバイオレットさん、ジュゲムと名乗るZ1400やダブル・フェイス・ジュニア、アリソンさんやマーサさん、ジャックオー師匠やソフィアさんといった僕に関係する人物たちの姿だった。


 彼女たちは僕が屋敷に入った途端、声を揃えて『アクセル。店長への昇進と誕生日おめでとう』と叫んだ。


 僕はリベットとロータスさんに「怒ってるって……もしかして嘘だったんですか?」と訊ねる。

 するとリベットは「ごめんね。前々から用意をしてたんだけど、アクセルくんって中々こういうのに興味がないじゃん。だからちゃんと祝ってあげたくてさ」と答えてくれた。

 ロータスさんにも同じことを訊ねたのだが、彼女は「女の嘘を見逃すのも男の甲斐性よ」と言って、食堂へ向かっていった。


 どうやら僕は嵌められたようだ。


 その場に居たナオミさんの話によると、僕のために開かれた『昇進祝い兼誕生日祝い』はルミエルさんも一枚噛んでいたらしい。

 彼女たちは地下神殿の存在を知らないが、ルミエルさんが時間稼ぎをしている事だけは知っていたらしく、僕が魔物と戦っている隙に屋敷の装飾や知人の招待、調理に勤しんでいたようだ。


 それから僕は久し振りに再会したジャックオー師匠の元へと近づき、近頃の店の状況や今後の店の方針を報告する。


「師匠。今日は僕のために素敵な会を開いてくださり、本当にありがとうございます」

「気にしないでいいよ。キミは優秀な弟子だからね」


「褒めても何も出ませんよ。それより給与やボーナス、有給休暇の件についてお話しましょう」

「…………」


「ずるいですよ師匠。こういう時だけ黙らないで下さい」

「まあ、いいじゃないか。魔術学校への支度金も用意してやったんだ。本当はこっちが礼を言ってもらいたいぐらいなんだぞ?」


「それは……そうですけど……」

「そうだ、少し話があるんだ。場所を移して話せないか?」


 僕はジャックオー師匠の問い掛けに頷き、彼女の跡を追って屋敷の階段を登っていく。

 師匠は今日に限って珍しく、女性モノの煌びやかなドレスを着ていた。


 僕はいつも通りの黄色いオーバーサイズのコートを着ている。

 突然の昇進祝いと誕生日祝いに対して準備が全く出来ていなかったからだ。


 この数ヶ月間、僕は師匠の代わりに便利屋ハンドマンを回している。

 ジャックオー師匠が抱える顧客への挨拶回りは勿論、それを行いながらダストのとっつぁんから頼まれる殺人の依頼やスラムへの食料運びといった依頼も継続していた。


 店長に昇進してからというもの、以前よりも忙しさは何倍にも膨れ上がったが、ジャックオー師匠に認めてもらえた事が嬉しくて忙しさなんて気にしなかった。


 等と考えながら師匠の跡を追いかけると、彼女は屋敷の三階にあるバルコニーで立ち止まった。

 彼女はバルコニーに入った途端、持っていたシャンパン入りのグラスを僕に渡して、「この三ヶ月間の事を教えてあげるよ」と神妙な顔をしながら言ってきた。


「何があったんですか?」

「実はね。ルミエルさんと一緒に地上へ行っていたんだ」


「地上って……アンクルシティの上にあるっていう『ベアリング王都』のことですか?」

「うん。キミが言っていた『太陽』っていうのも、ちゃんと拝んできたよ」


「太陽ですか……」

「ああ、太陽だ。それに本物の『月や星』も見てきた。どれも心を奪われるような輝きをしていたし、自分という存在がどれほど矮小な存在なのかも思い知ったよ」


 ジャックオー師匠はそう言ってバルコニーの柵に両腕を置いて、屋敷から見えるアンクルシティの景色を眺めていた。

 師匠が言っていた、この世界の『太陽や月、星』といったモノたちは、ルミエルさんの鏡の魔導具で一度だけ見たことがある。


 どれも思っていたよりも薄暗くて夜を彷彿とさせる暗さをしていたし、とてもではないが心を奪われるようなものとは思えない代物だった。

 しかし、それは僕の感想でしかない。


 ジャックオー師匠は暗雲が太陽を覆った世界に可能性を感じているのかもしれない。『心を奪われた』という発言から推察するしかないが、彼女はルミエルさんと過ごした三ヶ月という期間で、何らかの価値観が芽生えたのだろう。


 僕はジャックオー師匠から受け取ったシャンパンを一気に飲み干し、「師匠。お店の事は僕に任せてください」と宣言する。

 師匠がアンクルシティから地上へ行って、どんな気持ちを抱いて戻ってきたのかだなんて、手に取るように理解できた。


「悪いね、アクセル」

「大丈夫ですよ。師匠はアンクルシティに居るより、もっと大きな舞台で活躍するべき人物ですから」


「言われなくても分かってるよ。こう見えても私は『後天性個性』の才能があるようなんだ」

「それって、ルミエルさんに言われたんですか?」


「まあね。いつもは才能を見抜く側の人間だったけど、あの子には流石に敵わなかったよ」

「それは残念です。地上ではどうするんですか?」


「自分の力を試してみたいんだ。ルミエルさんが抱える『(むくろ)の教団』という宗教団体に所属して、錬金術と魔術を極めながら、後天性個性を磨いていくつもりだよ」

「意外ですね。師匠が宗教にのめり込むとは思いませんでした」


 僕やジャックオー師匠に限らず、五番街に住む多くの住人は、他の番街の住人とは違って神を信じる事が少ない。

 五番街にも神学校というのは存在するのだが、その神学校はどちらかというと、神を崇拝するのではなく『悪魔を崇拝する学校』だった。


 それから僕と師匠は別れの挨拶をすることもなく、一緒に階段を降りて皆が待つ一階へと戻っていった。

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