10「拘束具の首輪」
彼女の胸元、乳頭から数センチほど斜め左――普段ではまず目に留まらない位置に星型のアザがあった。鏡を駆使しなければ本人すら気づかないだろう場所だ。
「えっと、私はホムンクルスです」
「生で見るのは初めてだ」
「え?」
「いや、こっちの話」
彼女の告白に耳を傾けながらも、僕の視線はどうしてもたわわなメロンから離れない。いけない、と思いつつも目が焼き付けられる。
以前、蒸気機甲骸の胸部に触れる機会があったけれど、人形のそれはコンドームみたいな肌触りだった。それに比べて――いや、比べるな。
「あの……首輪って外せますか?」
「シッ、動かないで」
「は、はい!」
「面倒だな……」
彼女の首に巻かれた拘束具を改めて観察する。これは間違いなく人間用ではない。
拘束具は、強い衝撃を与えれば作動するようだ。慎重に扱わなければならない。
僕は息を整え、能動的に副腎からアドレナリンを放出させる。命の危険に直面した時に発揮される集中力、それを自ら引き出す技術は、ホバーバイクレースや数々の修羅場を経験してきた僕の特技だ。
「変態さん……ジャックオーさんにお願いしたほうが……」
「師匠は今いない。それに、こんな精密な機械、あの馬鹿じゃ分解できないと思う」
説得の甲斐あってか、エイダさんは「お願いします」と小さく頷いた。だが、その動きが悪夢の引き金になった。
「カチッ」――拘束具から音がした瞬間、内側に小さな針が現れる。
◆◆◆
「だから動くなって言っただろ!」
「だ、だって……」
事態は最悪だ。拘束具が作動し、次に何が起きるかは想像がつく。
冷や汗を拭う間もなく、彼女はまたしても天井を見上げて動く。再び「カチッ」という音が鳴る。
「バッキャロー! これ以上動いたら泣くまで殴るぞ!」
「もう泣いてますぅ! 助けてくださいぃ!」
彼女の頬を涙が伝う。僕は彼女の顔を両手で掴み、瞳を真っ直ぐに見据えた。
「大丈夫だ、問題ない。キミはアルファベットが分かるか?」
「ハイ……」
「じゃあ、Aから順に数えてくれ。それまでに首輪を外してみせる」
「わ、分かりました……」
彼女が「A」と言うのを合図に、僕は左手に視線を落とし、腕時計のリューズを回す。すると、蒸気の力でアームウォーマーが作動し、工具が現れる。
「E」と数える彼女に問いかける。
「エイダ・バベッジさん。胸のサイズは?」
「おっ教えません!」
「神を信じるか?」
「悪魔の存在しか信じません!」
どうでもいい彼女の答えを聞き流しつつ、工具を使って拘束具の隙間にピンセットを忍び込ませる。
「恥ずかしいかもしれないけど、そのまま首をこっちに寄せて」
「わ、分かりました……服は着てもいいですか?」
「いや、そのままの方が僕のモチベーションの向上に繋がる」
「何このプレイ……」
彼女は顔を赤くしながら目を瞑り、言うことを聞いてくれた。拘束具の構造は、内部に液体を注入する機能を持っているようだ。もし失敗すれば、針が刺さり中身が注入されるだろう。
「これ、誰がキミに着けたの?」
「上階層の治安維持部隊に……」
「上の階層から降りてきたのか?」
「その話は、長くなるのでまた今度……」
集中を極限まで高め、ルーペ付きのゴーグルを額から目に落とす。ピンセットで拘束具の配線を慎重に外そうとするが――「カチッ」――またもや音が鳴った。
「機械が――」
「大丈夫。針は僕が押さえてる。絶対に動くな」
このままではダメだ。僕はピンセットを放り投げ、両手の指を首輪と首の隙間に押し込む。そして全力で拘束具を引きちぎった。
「もう平気だ。他の同業者なら、キミは今頃死んでたかもしれない」
「本当にありがとうございます! どうやってお礼をすれば……」
拘束具をカウンターに置く。その直後、給湯ポットから蒸気が噴き出した。
「「ビックリしたあ!」」
僕とエイダさんはほぼ同時に叫んだ。極度の緊張から解放されたおかげか、僕はその場にへたり込む。




