09「機械の少女と禁断の躯体」
作業台に置かれた時計の鐘の音で目を覚ますと、卓上にはジャックオー師匠の書き置きが残されていた。
『アクセル。私はこれからダストさんと依頼の打ち合わせをしてくる。他の依頼も消化してくる予定だから、店に帰るのは数日後になりそうだ。店の留守番は頼んだよ』
その書き置きにはさらに続きがあった。『蒸気機関義手の修理が終わったのなら、小遣い稼ぎにイエローキャブを利用しなさい』と。
どうやら師匠は、僕が義手の修理を手早く終えることを見越してイエローキャブの使用許可を出したらしい。
数時間後、師匠の言いつけ通り、蒸気機関義手の修理を終えた僕は小遣い稼ぎにイエローキャブを走らせることにした。
ところが、車庫から出庫した直後、思いも寄らない出来事が起こる。
「さてと……師匠への借金も返さなくちゃいけないし、少しでも働くとするか……」
そんなボヤきが終わらないうちに、キャブの屋根を何かが貫いた。そして、そのままゴスロリ風の衣装を着た女の子が屋根からダイナミック乗車してきたのだ。
「おいおい! どうしてドアが二つもあるのに、よりによって屋根から乗車しやがるんだ!」
僕が叫ぶも、少女は気を失っていて返事はない。屋根に空いた穴を見て、修理費用が給料から天引きされる未来が脳裏をよぎる。
さらに問題だったのは、彼女が防護マスクをしていないことだ。五番街では煤煙を防ぐため必須の装備だが、彼女はそれすら用意していない。
「このまま治安維持部隊に突き出せば済む話だけど……とっつぁんやロータスさんの仕事を増やしたくないな」
僕は仕方なくキャブを車庫に戻し、少女を抱き上げて店内の休憩スペースに連れて行くことにした。
◆◆◆
少女を休憩室のソファに横たえる。青空を彷彿とさせる水色の髪、百五十センチほどの身長。僕より少し背が高いくらいだ。
そして――年齢の割に胸が立派すぎる。
二つのメロンがブラウスの上で存在感を主張していた。
「……いやいや。デカけりゃいいってもんじゃない」
自分を戒めるように頭を振り、彼女の頬や髪の煤煙をタオルで拭う。その時、彼女が目を覚ました。
「ここは……?」
「便利屋ハンドマンの休憩室だよ。キミは上の階層から落ちてきたみたいだけど、何か覚えてる?」
少女は少し考え込むと、驚きながらこう答えた。
「そうだ……便利屋ハンドマンで働く蒸気機関技士に用があって来たんです!」
どうやら彼女は僕や師匠に頼み事があるらしい。僕は彼女を来客用のカウンターへ案内する。
「そこの丸椅子に座っていて。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「いえ、お金があまりないので飲み物は……」
水髪の少女が恐縮した様子で椅子に飛び乗ると、その動きに合わせて胸元が揺れる……つい目がそちらに向いてしまった。
「そっか。じゃあ、初回サービスってことで紅茶を淹れるよ」
こういう時は紳士的に振る舞うのが正解だ。これはジャックオー師匠からの受け売りである。
「砂糖とミルクは?」
「ありがとうございます。紅茶でお願いします。錬成水は硬水で、砂糖は多め、ミルクも濃いめがいいです」
この子……早死に三段活用を理解しているのか?
それともただの偶然か?
「キミの名前は?」
「申し遅れました。私はエイダ・バベッジです」
名刺を差し出しながら自己紹介をする。
「僕はアクセル・ダルク・ハンドマン。ジャックオー師匠の一人弟子だよ。それで、今日はどんな用件で?」
「えっと……」
エイダさんはモジモジしながら赤い外套を脱ぎ、白いブラウスのボタンを外し始めた。そして、丸椅子を回転させながら背中を向けてきた。
「この首輪を外して欲しいんです」
彼女の首には、機械仕掛けの拘束具がつけられていた。見た目からして、ゼンマイを巻き上げて徐々に締まる仕組みだ。暴れるほど首を絞める構造だろう。
「この首輪、普通の人間用じゃないな」
「……」
彼女は答えない。ただ髪を持ち上げて僕に首元を見せる。その肌は滑らかで、背中の輪郭からでも胸元の存在感が分かるほどだった。
「キミは何者なんだ?」
「……私は、人族でも亜人族でも魔人族でもありません」
その言葉と同時に、彼女はブラウスを脱いで振り返った。
「私は、人造人間です」
その宣言と同時に、僕の視界に「初めて見る生のブツ」が飛び込んでくる。綺麗なうなじから星型のアザ、そして――。
「デカすぎんだろ……初めて生のブツを拝んだ……」
エイダさんの言葉を半ば聞き流しながら、僕は彼女の果実のような胸を直視し続けていた。




