第99話:勇気を親指に託して
偶然通りかかった駅前で弾き語りをしていた女性を、俺は知っていた。有名人だから知っていた、というわけではない。それはもっと、直接的な繋がり──中学時代の同級生だった。俺とはあまり喋らなかったけど、よく教室で視線が合ったのを覚えている。彼女は目立つタイプではなかったため、ここで歌っていることが何より驚きだ。それはまあ、俺が彼女の素の顔を知らなかったこともあるが──それか、栗原が変わったのか。
栗原の周りにはそれなりに人がいたので、その人混みに紛れるように、こそこそと接近した。演奏後に声を掛けに行く間柄でもないし、きっと栗原は、俺のことなどわからないだろう。そして何より、今の自分をかつての同級生の前に晒したくはなかった。
栗原が披露していたのは、知名度の高いアップテンポな曲のカバーだった。ポジティブな歌詞をアコギの音色に乗せ、パワフルな歌声で歌い上げている。
「……すげえ」
演奏の巧さはもとより、人前でああも熱唱出来る度胸に俺は感動した。彼女はここに至るまで、色々なことを積み重ねてきたのだろう──それと比べて、いつまで停滞しているのだ、俺は。燻る自分にこれ以上なく嫌気がさした俺は、スマホを操作した。そしてSNSの、あるアカウントにDMを送った──少し前に見つけた、旧友のアカウント。
『久しぶり。同じ中学校だった、足立だけど』




