第93話:おいやうみうくちー
「優しくて聡明で、自慢の姉でした。だから結婚するって聞いた時、正直、寂しかった」
公園のベンチに座り、姪とよその子が遊ぶ姿を眺めながら、俺はそう言った。初対面の人に、俺は何を話しているんだろう。でも話し始めると、止まらなかった。
「俺の姉貴を悲しませたらただじゃおかねえからな、とか思っちゃったり。でも、そんなのは杞憂でした。穏やかな旦那さんと、姪の笑顔を見ていたら、そんな気持ちもなくなっちゃって。今はもう、姪のれんげちゃんのためなら、俺は何でも出来そうですよ」
突然一人語りを始めちゃってすみません、と言うと、隣に座る彼は言った。
「僕も『喪失』に関する話があって。僕、高校時代に大きな失恋をしたんですよ。当時は本当に悲しかったです。でもそのおかげで僕は奥さんと出会えたし、大切な娘も出来ました。大きな喪失があったからこそ、得られるものもある。それでよかったんですよ」
そんな娘もそのうち僕のもとから巣立っていくんでしょうけどね、と彼は自嘲した。すると、彼の娘がこちらに駆け寄り、「おいやうみうくちー、のむ!」と舌足らずの口調で言った。「ロイヤルミルクティーね」と言って、彼は持っていた水筒から少量の液体を、蓋部分のカップに注いだ。娘さんはごくごくとそれを飲んで、姪のもとに戻った。
「失恋がきっかけで、飲めなかった物もいつしか飲めるようになりましたよ」
彼は水筒に入るロイヤルミルクティーを一口飲んでから、柔らかな声でそう言った。




