第9話:引退
「僕は次の大会が終わったら、一足先に引退するよ。今までありがとうな、足立」
小学生の時から中学二年に至る今まで同じサッカー部だった親友が、ある日の練習後にそう言った。これから本格的に暑くなることを予感させる、そんな夏の日だった。親友の言葉の意味を俺がすぐに理解出来なかったのはきっと、俺がバカだからだろう。そうに違いない。決して、受け入れたくない現実を前に駄々をこねているわけではない。
「受験勉強に集中したいんだ。今からじゃないと、僕は間に合わない。部の後輩たちも優秀だし、いつまでもレギュラーに定着しない僕が早めに抜けて、一年生の出場機会を増やした方がチームのためだろう。……でも、だからこそ、次の大会が終わるまでは本気で取り組みたいと思うんだ。だから、居残りに付き合ってくれないか? 足立」
自身の気持ちを淡々と語る彼を見て、俺は思った。この直後に『ドッキリでした!』とおどける姿は期待出来そうもないな、と。そもそもこいつは、そんなふざけ方はしない奴だ。冗談を言っている空気感ではなかったが、しかし冗談であってほしかった。
でも、真剣な顔でそう言われてしまえば、俺はただ頷くしかなかった。
「ありがとう、足立。やっぱり、持つべきものは親友だな」
決意を固めた彼を見習い、俺も決意をした。それならばせめて、出来るだけ多く勝ち進もう。そのためにたくさん努力をしよう。それだけが、今の俺に出来ることだった。