第6話:姉
思えば喧嘩らしい喧嘩をしたこともないぐらい、3歳差の姉とは仲良しだった。休日にはよく二人で、飯や買い物にも行く。髪型や服の微妙な変化だってすぐに分かる。そんなことが分かるぐらいの距離感だ。だから左手の薬指に光る指輪にも、すぐ気付いた。
「私、結婚することになったよ」
姉の彼氏とは、何度か会ったことがある。俺が学生だった時には友達にならなかったような、悪く言えば地味な感じの男性だった。しかし、真面目で一途な男性だった。『大盛りラーメンを完食出来たら結婚してください』なんて、言わなさそうな。でも愚直そうなイメージのあの人なら、そんな台詞を言ってもおかしくなさそうではあるな。
「結局、完食までに一時間以上も費やしてたけどね。でも最初から『制限時間の三十分以内に』とは言ってなかったから、いいんだけど。本当に彼、すごかったんだよ」
伸び切ったラーメンを啜るあの人を想像し、思わず笑みが浮かぶ。そんな風に一生懸命な彼を憎む理由などない。しかし俺は自分が心の底から笑えていないことに気付いた。
「結婚おめでとう、姉貴」
俺がそう言うと、姉は「ありがとう」と微笑んだ。感情の起伏が少ない姉にしては珍しい、心の底から溢れ出た喜びに満ちた笑顔。俺とは対照的だな。仲良しの姉のそんな顔を見ることが出来て、俺も嬉しいけれど──この時ばかりは、少しだけ寂しく思った。