第56話:わけの分からない人
バイト先の先輩である有栖川さんは今日も、僕のお洒落パーマヘアーを手でぐしぐしとやり、めちゃくちゃ楽しそうな顔をして「マツオー、今日もモヘァっとしてんねー!」と言いやがる。そして今日も今日とて、苗字が『松岡』である僕を俳人みたいに呼ぶ。
「人の髪を、アンゴラヤギの毛みたく言わんでください」
初対面の時から続く有栖川さんの過度なスキンシップは、正直とてもウザかった。しかしあまりにも毎日されるものだから、さすがに慣れてしまった。それは決して僕が彼女に心を開いたわけではなく、大自然の猛威に立ち向かっても無駄だと悟っただけだ。
「さあ、遊んでないで仕事仕事ー。諏訪くんも急に辞めちゃったし、気合い入れるよー」
主に(僕を用いて)遊んでいたのは有栖川さんの方だと思うのだが……。まあ、そんな指摘を、彼女が真摯に受け取ってくれるはずもない。なので黙っておいた。
「今日は祝日ですし、人手不足は痛いですよね」
「まあ、私がいればオールOKよ。マツオーも遠慮せず、ガンガン私を頼りんさい!」
わけの分からない人ではあるが、頼りになる先輩であることも確かだ。僕はこのカラオケ店でバイトを始めてまだ日が浅いが、その言葉が嘘でないことぐらいは知っている。
「面倒ごとは私が全部片付けちゃる! ついでにマツオーで、ちから貯金も稼いだろー」
頼もしい台詞の後に変なことを言った有栖川さん。やっぱり、わけの分からない人だ。




