第5話:大盛りラーメン
「僕がこの大盛りラーメンを完食できたら、結婚してください」
映画のようなロマンチックなプロポーズを望むほど、私は乙女ではない。だからそんな申し出を昼下がりのラーメン屋でされても、別に構わなかった。しかしそう発言したのが少食の彼だったものだから、少々面食らった。三十分以内に完食したら賞金一万円が貰える大盛りラーメン。店内にはチャレンジに成功した人たちの写真が並ぶ。数はそれほど多くない。いつもとは違う様子の彼に、私は「急にどうしたの」と疑問を呈す。
「この前映画館で、ポップコーンを一気食いする人を見たんだ。その思い切りの良さに痺れた。志穂さんに相応しい男になるには、それぐらいの度量が必要だと思ったんだ」
ほどなくして、彼の前に器が置かれた。私が食べるラーメンとはサイズが違う、特大の器。店主がストップウォッチを押したことを確認してから、彼は「いただきます」と食べ始めた。私の見立てでは、全体の三分の一も食べない間に彼は満腹になるだろう。無謀な挑戦だ。出来ることならやめてほしい。こんなことしなくても、私の答えは決まっているのに。しかし頑張る彼の姿を素直に応援したい気持ちも、間違いなくあった。
私は一言だけ──大盛りラーメンの片隅に座るメンマのように、一言だけ添えた。
「頑張れ」
彼はゆっくりと頷き、真剣な眼差しで大盛りラーメンに立ち向かってゆく。