第3話:八重歯を覗かせて
気の抜けた声で「ちぇいーっす」と挨拶をした彼女は、俺の大学の後輩だ。なおかつ、俺がバイトに入っているコンビニ店員の後輩でもある──いや、正確には。
「……辞めた翌日に来るか?元バイト先に」
"元"後輩だ。俺が怪訝な表情を作ると、彼女は「辞めたんだから、もう無関係でしょ」とふてぶてしく言った。店長と揉めて、昨日バイトを辞めた彼女。今も店長、バックヤードに普通にいるんだけど。すげえなこいつ。気まずさとか感じないの?
「客と奴隷……、店員という間柄になった事ですし、店長に一発かまそうと思いまして」
「やめとけ。あと店員を奴隷扱いすんな。お前も昨日まで、こっち側だっただろ」
「まあ、それは冗談で……。一発かまそうとしたのは、先輩の方に、でした」
俺の方かよ、とツッコミを入れる。彼女は八重歯を覗かせながら、けらけらと笑った。
「別に、客として買いに来ただけですよ。先輩の時間を。今週末、空いてます?」
「遊びの誘いなら初めからそう言え。ヒヤヒヤさせんな。四百八十円になります」
意外と安い男なんすねー、と彼女は笑う。客足もまばらだったので、その後も彼女と他愛のない世間話を続けた。今週末に彼女と一緒に観に行くことになった映画の話と、この店の前で泣きながらロイヤルミルクティーを飲む高校生とすれ違った話を聞いた。
「甘酸っぱい青春っすねえ」と彼女は言って、八重歯をちらりと覗かせた。