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エピローグ第4/5話:ワガママをひとつだけ

 養成所に通う芸人の卵を対象にした集団インタビューで、あるコンビが結成の経緯を語っていた。疎遠になった旧友に、SNSでDMを送ったことがきっかけだったらしい。街中での運命の再会なんて望めない俺は、迷わず彼らの手法を模倣した。そして今、俺は彼女と昼時の喫茶店で向かい合っている。かつて想いを寄せていた、あの人と。

「人生とはまるで、激流のようだね。どこに行くのか、何が起こるか全く分からない。終わったはずの縁がまたこうして蘇るなんて思いもよらなかったな。ね、九一郎くん?」

 貴子先生を前にした俺は、自分でも驚くぐらい、思いのほか冷静だった。

「お会いしていない間も、先生の漫画は読んでました。『透明な久国』とか好きでした」

「いやはや……、新人の頃に出した、短編集の書き下ろしまで押さえてくれてるとは」

「『たかさわたか子』ってペンネームの理由とか漫画家としての実績とかも、全部押さえてますよ。それぐらい、好きでしたから──漫画家としても、女性としても」

 貴子先生は数秒目を見開いた後、申し訳なさそうに自身の左手の薬指を示した。俺は苦笑して、「よその家庭をぶち壊しに来たわけじゃないです」と注釈を入れた。

「俺はただ、今までのことを全て……清算したかったんです」

 そして俺は、包み隠さず全てを語った。中一の夏のこと。十四歳年下の女の子のこと。貴子先生と会って、自分の気持ちをはっきりさせたかったこと。言葉を選びながらの辿々しい俺の説明は時間がかかったが、貴子先生は決して俺の言葉を遮らなかった。

「……事情は、うん、わかった。それで九一郎くんは今日私と会って、どう思ったの?」

「俺の初恋はもうとっくに終わっていたんだなと、今更ながら気付きました。そして彼女に──りーちゃんに、これまでのことを謝罪します。それから、素直な気持ちを伝えたいです。今すぐにでも。本当に今更、どのツラ下げてって感じですけど」

 可愛くて、天真爛漫で、一途で。そんな彼女の存在が、(ただ)れた生活を送っていた昔の俺を支えてくれていた。そんな彼女を嫌いなはずが──大好きじゃないはずがなかった。

「じゃあ、それが九一郎くんの答えなんだよ」

 そう言って、彼女は笑った。昔と変わらず穏やかな、春の日差しのような笑顔だった。

「じゃあ最後に、とっておきの暴露話でもしようかな。アニメ化や映画化もした私の代表作、『アフタースクール☆あふ太』の主人公は元々、君をモデルにしたんだよ」

 その作品はもちろん知っていた。孤独であることを開き直った少年・あふ太が、一人遊びを極めるため学校帰りを満喫する最中、いつしかたくさんの仲間が出来て……という話だ。仲間であるヤンキー娘がクラスで孤立した時、あふ太が発した『お前を、ひとりぼっちにさせるかよ』という台詞が俺の心を射抜いたことは、今も鮮明に覚えている。

「現実の俺は、たった一人の親友とも疎遠になるような奴ですけどね」

「勝手にモデルにして、ごめんね? そのお礼ってわけでもないんだけどさ──ここの支払いと、あと諸々が上手くいったら、結婚式のウェルカムボードは任せてよ」

 気が早過ぎますよ、と言って、俺は席を立った。

 居酒屋の前で言い争っていた男女の内の男の方が、酒気を帯びた顔で「おっさん、誰?」と俺に問う。「彼女の親戚です。りーちゃん、遅くなるといけないから送るよ」と俺は答え、男女の内の女性の方──りーちゃんの手を握り、駆け出した。男が俺の背中に投げつけていた罵詈雑言は、いつしか消えていた。人通りの少ない夜の公園まで逃げ込む。全力疾走なんて何年ぶりだろう。切らした息を整えていると、手がぎゅっと締め付けられた。りーちゃんは握った手に力を込めながら、言った。

「……九一郎にーちゃん、どうしてここにいるの? ねえ、なんで?」

「どうしても今、りーちゃんに会って伝えたいことがあった。何度も電話したんだけど連絡が付かないから、君のお母さんに、同窓会に行っていることを聞いたんだ」

 なおも戸惑う彼女に、俺は頭を下げた。俺の胸に巣食っていたものを清算してきたことを告げ、そして今までのことを──あの日のことを、精一杯謝った。たくさん謝った。そうしていたら、彼女が「……ほんと、にーちゃん、勝手だよね」と呟いた。本当に、その通りだと思う。でも、もう、抑えが効かなかった。気付けば俺は「りーちゃん。僕は、君が好きだ」と発していた。彼女は目を丸くして「本当に、勝手だよね」と言った。

「……今更そんなことを言うのなら、せめて私のワガママも、ひとつぐらい聞いてよ」

 彼女の言葉の続きを、俺は静かに待つ。一呼吸置いてから、彼女は口を開いた。

「歳の離れた親戚の子としてじゃなく──一人の女として、私の名前を呼んでください」

 震えながら、弱々しくも発せられたその言葉は、しかし俺に真っ直ぐ届いた。本音でぶつかってくれた彼女に、俺も本音で応えたい。二十年前、まだ幼かった彼女に少しでも柔らかい印象を与えようと、彼女の前でだけ使い始めた『僕』という言い慣れない一人称も──この際、脱ぎ捨てることにしよう。

麗来(りら)ちゃん。俺は、君のことが好きだ」

 そして俺は、勢い任せに彼女を抱きしめた。驚いたように硬直した彼女も、少しして俺の背中に手を回した。しかしこの先どうしていいか分からない。まともな恋愛経験を積んでこなかったことを悔やみつつ、必死に話題を探す。一つの心当たりに行き着いた俺は「気が早過ぎる話なんだけど」と前置きをしてから、先ほど貴子先生が言っていたウェルカムボードの件を伝えた。それを聞いて、麗来ちゃんはとても驚いた様子だった。

「もし私が結婚式を挙げるなら、友人代表スピーチは高校時代の親友二人にお願いしたいな、なんて前から妄想してたんだけど──私たちの結婚式……高根沢親子、大活躍だ」

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