エピローグ第2/5話:卒業旅行をあの街で
大通りに面した洋風庭園は春の陽気に包まれていて、この場所を歩いているだけで気持ちが安らいでいくのを感じる。私が上空に向かって伸びをしていたら、隣を歩く翔子ちゃんが「お。なんかやってんぞ」と言った。彼女が指で示した先では、結婚式が行われていた。設置された主祭壇の前に立つのはウェディングドレス姿の女性と、タキシード姿の男性。大きな拍手を受けて満面の笑みを浮かべる二人を見て、奈々ちゃんが言った。
「何度見ても良いわねえ、結婚式は。それに、こんなお洒落なガーデンで挙式なんて」
彼女は最近、お兄さんの結婚式に参列していた。そのことも思い出したのだろう、二人を見てぽわぽわとした表情を作っている。そんな彼女を見て、翔子ちゃんが言った。
「早くお前を迎えに、白馬の王子様でも現れりゃいいのにな。いや、白鳥かな。まあそんな奴が来たところで、お前のヒステリックにビビって飛んで逃げちまいそうだけどな」
「……あんた、いい加減私を鳥扱いしないでくれる?くど過ぎるんですけど?あんたこそ、男とまともに付き合ったこともないくせに、勝手なこと言ってんじゃないわよ」
「まあ、突き合ってばかりだわな。恋人相手でも意見が割れると、すぐにグーパンが飛び出ちまって、すぐに逃げられるからなー。しかしアタシもかよわき乙女だ。そんな風に言われたら傷つくぜ。なんならお前とも、突き合ってやろうか?」
微塵も傷ついてなさそうなしたり顔を浮かべ、翔子ちゃんはシャドーボクシングを始めた。実家がボクシングジムなだけあって、いつ見ても綺麗なフォームだ。そんな彼女に微塵も臆すことなく、「は?上等じゃないの」と睨み返す奈々ちゃん。この流れで本気の殴り合いが勃発するなんてことはないけれど、私は二人の間に割って入った。
「いっそのこと、翔子ちゃんと奈々ちゃんとで結婚したらいいのに」
「てめえ、彩葉。テキトーなこと言うんじゃねえ。誰がこんなうるせえ奴と」
「私だって、こんな粗暴で攻撃力ばっかり高いノーガード女なんてごめんだから」
しばらく三人でガヤガヤしていると、挙式の参列者が立ち上がった。スタッフが参列者の一人一人に風船を配っている。洋楽のBGMがサビを迎えるタイミングで、風船は一斉に空へ昇っていった。それを見て、翔子ちゃんが「たーまやー、ってな」と笑う。そんな彼女に「打ち上げ花火じゃないから。バッカじゃないの。あんたなんか花火みたく爆散すりゃーいいのよ」と、奈々ちゃんが手厳しいツッコミを入れる。そしてまたも言い争いは始まった。
私たち三人は、卒業旅行に来ていた。卒業旅行と言っても、貧乏大学生たちの質素な旅行だ。場所は私の地元がある県の、一番栄えている所。この場所を選んだ一番の理由──それは、この街には、私たち三人を結んだ漫画家・たかさわたか子先生が住んでいるから。その聖地を三人で歩きたかったという、私のわがままだ。実家をホテル代わりにしたので宿泊費が浮いて助かったが、私が初めて家に友達を連れてきたものだから、両親は泣いていた──いやはや、友人たちにお見苦しいところを見せてしまったな。
屋外でのアフターセレモニーを終え、参列者たちは屋内へと向かった。それを眺めていたら、その中に見覚えのある顔を見つけた。直接的な繋がりがあるから知っていた、というわけではない。それはもっと、遠いところ──最近テレビで見るようになった漫才コンビ『スワリダチ』の二人だった。そのことを二人にも教えてあげようと思ったが、まだ言い争いをしていたのでやめておいた。
駅前を通ると、路上ライブをしている栗色の髪の女性がいた。スローテンポな曲調に乗せた『クールだった初恋の彼が TVで漫才をしていた時の衝撃 人生何があるか 分かんないもんだ』という歌詞に、妙に力がこもっていた。私たちは足を止め、しばらく彼女の歌に聴き入る。彼女の足元に置かれた看板を頼りに、私はスマホで彼女のことを検索してみた。『KURIHARA』という名で活動している彼女は、二十歳の時に本格的にギターと歌を始めたらしい。『幼い頃から音楽を始め……』という経歴の人と比べ、決して長い期間と呼べるキャリアではないのに、ここまで人々を魅了する彼女を、私はすごいと思った。
「……何歳からでも、再出発は切れるんだよね。本気でやろうと思えば、きっと何でも出来るんだ。タイプの違う私たちが、友達になれたみたいに」
私の口から不意に漏れた言葉を、二人にしっかり聞かれていた。奈々ちゃんが照れくさそうに「そうね」と鼻の下を掻いた。
「そう、何だって出来る。何にだってなれる。お前も頑張れば、立派な鳥になれるさ」
「だから!鳥扱い!すんなってーの!」
「『名取奈々』から『な』を取ったら、お前『とり』じゃねーか。バードだよ、バード」
またも言い争いを始めた二人に呆れながら視線を移すと、髪の長い女性が財布を落としたのを見つけた。私は早足でその財布を拾い、女性の元に駆け寄り声を掛けた。
「……おや。街の平和を守る私が、助けられちゃったかぁ。お嬢さん、この辺の人?」
そう聞いてきた彼女に財布を手渡しつつ、私は卒業旅行に来ていることを説明した。
「そっかー。楽しい旅行にしてね。この街は私がいる限り、安全だからさ。親切なお嬢さんには、きっといいことが待ってるよ。それじゃあ、ありがとね!」
そう言って去って行く女性に『大げさな物言いの人だなあ』なんて思いながら、手を振る。少し歩いてから彼女は振り向き、再度「ありがとねー!」と手を振りながら言ってきた。彼女が着るTシャツに描かれた変なタコも、今の彼女と同じポーズをしている。
挙げた左手の薬指に嵌る銀の指輪が、女性の笑顔と同じぐらいに煌めいていた。




