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エピローグ第1/5話:荒唐無稽な夢物語

「おうおう。てめーよくノコノコと私の前に顔見せれたな。バイト飛んだくせによお──なぁーんて、嘘ぴょん!この私が、そんなことで怒るわけないでしょーぐゎ!」

 出会い頭に平謝りした僕に、対面に座る彼女はそうおどけて見せた。

「お忙しいところお越し頂いて、本当にすみません。有栖川先輩」

「あぁん? ここは『お越し頂いてありがとうございます』だろーがよ。謝罪すんなし」

 僕がバイトを飛んだことに関しては冗談で受け流したのに、今度は本気で怒っている風だった。逆鱗の所在がどこにあるのか、いまいちピンとこないが、しかしその通りだと思った。僕は有栖川先輩に「お越し頂いて、ありがとうございます」と頭を下げる。彼女は満足げな顔をして「それで、話って何?」と話の続きを促した──僕がこの喫茶店に有栖川先輩を呼び出したのは、相談をするためだった。

「実は、疎遠になった旧友から連絡が来たんです。久しぶりに会わないか、って。その誘いは嬉しいんです。……でも、必死に勉強してまで入った大学を中退した、何者でもなくなってしまった今の自分を晒すのが、怖いんです。そんな時、大学やバイト先で何かと世話を焼いてくれた先輩の顔が思い浮かんで、客観的な意見をお伺いしたくて」

「かー、そんなことかい。電話でいいじゃんよー。さてはお前、誰でもいいから背中を押してもらいたかっただけだろ?うじうじしやがって。自分で決めろよ、そんなこと」

 辿々しく事情を説明した僕を、先輩はそう一蹴した。全てを肯定してほしかったわけではないけど、そう言われてしまえばその通りだ、と僕は自己嫌悪に陥る。そんな心情が滲み出ていたのだろう、先輩は僕をフォローするように、続けて言った。

「……ま、ランチ代が一食分浮いたからいいけどね。もっと単純に、素直になればいいのに──私の両親、二人ともいないの。物心つく前に、二人とも事故でね。だからもう二度と会えない。少しでも旧友に会いたいなら、四の五の言わずに会って、自分の想いを確認してきな。会えなくなる前に。それでも不安っていうなら、ちょっと手を出しな」

 どんな相手にもやたら人懐っこい方だなと思っていたが、そんな背景があったとは思わなかった。そのことに戸惑いながらも、僕は先輩に言われるがまま、右手を差し出す。

「私の中に蓄えた『力』を、君にあげるよ。私はこれを個人的に『ちから貯金』って呼んでる。自己暗示みたいなモンだけどね。でもそのおかげで、色々なんとかなったんだ」

 説明を受けても何のことかはよく分からなかったが、僕の手を両手で握りながら何かを念じている先輩に、僕は「そんな大切なものを、ありがとうございます」と伝えた。

「ただのジンクスだけど、信じてくれたのは君が初めてだ。私にはそれが嬉しいよ。この私に後押しされた君なら、きっと何にだってなれるさ。せいぜい頑張れよ、諏訪(すわ)くん」

 東京を発つ前に有栖川さんから頂いた言葉を思い出していると、彼は現れた。中学時代の同級生・足立は「まさかお前と、居酒屋で再会する日が来るとはな」と笑った。店内のテレビでは、年末に開催される大きな漫才の大会が放送されていた。喧騒な居酒屋で、僕たちはこれまでのことを語り合う。意外だったのは、クラスの人気者だった足立も、僕と似たような軌跡を辿っていたということだ──高校のサッカー部に馴染めなかったこと、大学を中退したこと。それらをぽつぽつと語る足立を見て、僕たちは似た者同士だと感じた。決して心躍る話題ではないから自然と落ち着いた雰囲気になったけれど、しかしそれは店内で起こった歓声に引き裂かれた。漫才の大会で優勝者が決まったらしい。優勝したのは『最強のコメディアン』を自称するボケの米田と、そんな彼に鋭い毒舌を浴びせるツッコミの橘から成る、歴代最年少のコンビだという。スマホを操作し、僕は「……これだよ」と呟く。疑問顔の足立に、僕はテレビを指しながら言った。

「仮に僕たちが次の、あの大会で優勝すれば、彼らの最年少記録を塗り替えられるね」

 自分でも笑ってしまうほどの、荒唐無稽な夢物語だ。足立も「そんなの、無理に決まってるだろ」と、戸惑いながら言った。

「だろうね。可能性はゼロでこそないけれど、それでも天文学的な数字だ。でも、それでいいんだ。無理でいいんだ。僕は他でもない足立と、何か大きなことに挑戦したいんだよ。今日僕と足立が再会して、この場であの番組が流れた。これはもう、そういう運命なんだよ。僕たちが今から全力であの場所を目指せば、可能性はゼロじゃない」

 僕は早口に、そうまくし立てた。大きく溜息を吐いてから、足立は言った。

「冗談でした、なんてふざけ方はしないよな、お前は……。部を辞めた時だってそうだった──何の根拠もねーけど、俺も不思議と、諏訪となら何でも出来る気がする」

「僕と足立なら、きっと大丈夫だ。それに僕は、尊敬する人から『力』を貰ったから」

 そんな無根拠な思い付きから始まった僕らの挑戦は、順風満帆ではなかった。養成所時代、新人を対象にした集団インタビューを受けたのがテレビで少し使われたぐらいで、その後は泣かず飛ばずだった。『最年少記録を塗り替える』という夢は早々に崩れ去った。それでも僕は、足立と進んだ。時には道の上で座り込んだり、立ち尽くしたけれど、一歩ずつ進んだ。あの日思い描いた通りにはならなかったけれど、しかし僕たちは今夜、あの日思い描いた未来に立つ。出番を待つ間、足立が「緊張してるか?」と聞いてきた。

「……大丈夫。弟の結婚式でネタを披露した時ほどではない」

 あの時は新郎である弟が一人だけ号泣していて大変だった。そのことを思い出すと、自然と頬が緩んだ。それを見た足立も「なんだよ」と笑う。そして、その時はきた。

「周りの反対もあったけど、俺は諏訪と歩いてきたこの道を、本当に誇りに思ってるよ」

 僕たちは立ったり座ったりしながら──これから先もきっと、歩み続けるのだろう。

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