帰る場所
「あの、帰り方を教えてください」
最近、認知症になったと近所で噂される爺さんに声をかけられた。
平日の真昼間。学校をサボった俺は暇を持て余していたので、とりあえず爺さんを家の近くまで送ることにした。
「ありがとうなぁ、ありがとうなぁ」
爺さんがニコニコして言うものだから、なんだか照れ臭くなった。別に大したことをしているわけでもないし、ただの暇つぶしなのに。
それから俺は何度かその爺さんに道を尋ねられた。アルツハイマーだかなんだからしく、場所や時間や人物の見当ができないと言う話を聞いたが、いつもニコニコしているので道を教えるくらいなら悪い気はしない。
「あの、帰り方を教えてください」
その日も爺さんに道を尋ねられた。俺はいつも通りに爺さんを家へと連れて行く。
いつもと違ったのは、玄関のチャイムを鳴らすと婆さんが少しだけスッキリした顔をして出迎えたことだ。
「いつもありがとうねぇ。死んでも会いにきてくれる子がいるなんて、あの人も幸せだろうよ」
爺さんが死んだ? じゃあ、隣にいるのは…
ふと爺さんを見ると、いつも通りのニコニコ顔で
「あぁ、やっと帰ってこれた」
と言いながら家の中へと入っていった。
俺は帰りがけに爺さんに道を尋ねられた場所を訪れた。左右が見渡しにくい交差点の足元には花が添えられており、誰かがそこで手を合わせた形跡が残されていた。
そういえば、昔婆さんが言っていたな。
「事故現場で手を合わせたら迷子になるよ」
って。
これは半分フィクション